58 出陣要請
フィリップは話題を変える。
『そして俺からホリーお嬢さんを含むお前たちに依頼がある。これは帝国からの依頼と思ってくれていい。こう言ってしまうと、帝国公認冒険者のバートとヘクターは断りにくくなる
「いえ。お気になさらず」
『すまんな』
ホリーは、バートはともかく自分に対しても帝国から依頼があるとはなんだろうと思った。自分は神官としては一人前か少し上の神聖魔法が使えるという程度でしかない。広範囲に行使できる浄化の炎は、それほどの規模は戦場くらいでしか必要ない。だけどフィリップ第二皇子の口調は本気で申し訳ないと思っている様子だとも思った。この人はいい人なのだろう。
高貴な者が謝るとしても、上から目線になることも多い。だがフィリップは謝る時は素直に自分の感情を込める男であった。それは下劣な者相手ではつけあがらせる恐れもあるのだが、フィリップは必要に応じて
そしてフィリップにはそれを下劣な者をあぶり出して排除し、自分は下劣な者を
そんなフィリップを敬愛し、彼こそが次代の皇帝に就くべきと考える者も多い。そのおこぼれにあずかって自分の栄達も図りたいと考える者たちもいることは、フィリップ自身は嫌気が差しているのであるが。彼は自分は帝位に就く器ではなく、帝国を支える将軍として働きたいと思っているのだ。
『妖魔の大侵攻に対し、俺は旧王国領北西部にも増援を送って情報収集もさせているのだが、そちらの報告によると北西部の状況は壊滅的に酷いようだ』
「そこまで酷いのでしょうか? 妖魔の大侵攻においては酷い被害も発生する地域もあるようですが、壊滅的というほどの被害が発生した記録はないと記憶していますが」
『ああ。俺もそう思っていたんだが、今回は様相が違うようだ。多数の街や村が全滅し、中心都市にも
妖魔の大侵攻において壊滅的というほどの被害が出たことは、記録に残っている限りではなかったはずだ。だが今回は違うようだ。
「それでも情報は入っているのですか?」
『ああ。人間にも一応は逃げ延びる者はいるようだし、エルフやドワーフについては抵抗をしない者は食料や荷馬も与えられて逃されることは、魔族との戦いで過去の記録にある通りだな。つまり妖魔共は魔族が指揮しているということだ』
「はい」
人間の街に住むエルフやドワーフもいる。過去の魔族との戦いにおいて、人間は皆殺しにされる時でも、エルフやドワーフは抵抗しない者は見逃されるのが普通であった。抵抗する者はエルフやドワーフも殺されるのだが。妖魔共による襲撃では、エルフやドワーフも抵抗しなくても奴等は遠慮などせず
『それで俺はエルマーに歩兵隊はエルムステルに残して騎兵隊を率いて北西部への増援に向かわせようとしている。途中で帝国
「はい」
フィリップは騎兵隊のみで行動させるのではなく、歩兵隊も同行させようとしている。騎兵隊の機動力を生かした突撃は絶大な破壊力を発揮する。だが足を止められて包囲されると、騎兵は案外
バートには続くフィリップの言葉が推測できた。
『そこにお前たちも加わってもらいたい。これにはホリーお嬢さんが本当に聖女なのか確かめたいという
「殿下。お嬢さんの意思を聞いてもよろしいでしょうか?」
『ああ。こうは言ったが、お嬢さんはまだ大人にもなっていないのだろう?』
「はい」
『お嬢さんがまだ戦場に出たくないと言うなら、お前たちは断っても構わん。父上からも、お前たちはこの依頼を拒否してもよいという言葉をいただいている』
バートはフィリップの思惑も正当なものだと考えた。バートはホリーが聖女だと半ば確信しているが、まだ確定はしていないのだから。だがホリーの意思を確認するべきだと考えた。
『そしてバート。お前の意見も聞きたい。お嬢さんはこれほどの規模の戦いに耐えられるだろうかと』
「……このお嬢さんは優しすぎる少女です。ですが芯は強い少女です。このお嬢さんなら戦場に出ることにも耐えられるかもしれないと考えます」
『そうか。だがお嬢さんはまだ大人にもなっていない。そのお嬢さんがまだ戦場に出たくないと言うならば、この依頼は断ってもいい』
バートは自分の中にある相反する感情に
「お嬢さん。フィリップ殿下の依頼を受けるか
「……北西部の妖魔たちを討伐しないと、さらに大勢の人たちが不幸になっちゃうんですよね?」
「だろうな。既に多数の民が殺されたようだが、放置すれば妖魔共は他の地域に進出するかもしれない」
「はい……」
「だが君が出陣する必要は必ずしもないのも事実だ。フィリップ殿下が騎士団を動かしてくださる」
『ああ。俺は前線地域から騎士団をさらに送るように手配している。父上にも帝国領から増援を送るように頼んでいる。それが現地に到着するにはもうしばらくの時間が必要になるのも事実だが』
バートは無表情に言う。ホリーに依頼を受けるようにも断るようにも
ホリーはそのバートの心配りがうれしい。自分が戦場に耐えられるかはわからないのも本音だ。
「……私は殿下の依頼を受けたいです。私が行くことで皆さんの被害を少しでも少なくすることができるのなら。人々の不幸を少なくすることができるのなら」
「そうか」
「そしてバートさん。あなたたちも一緒に行ってもらえますか……?」
「ああ。君が行くと言うならば、私は君を守ろう」
「はい! ありがとうございます!」
ホリーはうれしかった。バートが自分を守ると言ってくれたことが。この人と一緒なら自分は大丈夫だと思えた。自分はこの人と一緒にいようと思っているけれど、自分もこの人に一緒にいてもらいたいのだ。
エルマーはそのホリーを感動する様子で見ている。この少女は聖女なのであろう。この少女をなんとしても守らなければならない。そして聖女を守るのは騎士の
「殿下。お聞きの通り、お嬢さんは依頼を受けるそうです」
『わかった。すまんな、お嬢さん。大人にもなっていない君をこんな大規模な戦いに駆り出すなど、俺は大人としても統治者としても恥じねばならん。言い訳などできん』
「い、いえ。私が望んだことですから」
『お嬢さん。これは俺自身の責任だ。君がどう思おうとな』
「お嬢さん。君の優しさは美徳だ。だが優しさは時として人をつけあがらせる。殿下はそのようなお方ではないが、覚えておくべきだ」
『ああ。バートの言う通りだ。世の中には下劣な奴もいくらでもいる』
「……はい」
フィリップは高潔な人なのだろう。人としても統治者としても。こんな人だからこそ、バートもフィリップに敬意を
やはりバートは人間全般は信じる気などなさそうなのは、ホリーは悲しかった。だけど彼女も認めざるをえない。善意が通用しない人もいることは。
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