54 善神と悪神 04 善神と悪神の対話

 善神ソル・ゼルムと悪神アルスナムはチェス盤を挟んで向かい合っている。



「さて。じゃあアルスナム。とりあえず私がその子たちと話したいことは話した。私と君の話し合いをしようか」


「いいだろう」



 これからが二柱ふたはしらの神にとっての本題なのであろう。ホリーとシャルリーヌは黙ってその様子を見る。



「私は人の本性は善だと考えている。人間たちも含めて」


「我は人間の本性は悪だと考える。我は人間たちを信じることはできぬ。その心清き人間の少女のような者は例外だ」



 この二柱ふたはしらの偉大な神は互いを友と認めているのだろう。だがこと人間に対する考え方では決定的に対立しているのだろう。善神は人間も本性は善だと考え、悪神は人間の本性を悪と考えると。その関係はホリーとバートに似たようなものであった。悪神はバートよりもさらに突き進んだ考え方をしているのであるが。



「人間たちは間引まびきせねばならぬ。人間たちを野放図に繁栄させれば、世界は滅ぶ」


「はぁ……やっぱり君の考えは変わっていないか。私たちが根気よくさとせば、人間たちも理解してくれる」


「我はそうは思わぬ。我ら神々は人間たちを数限りなく諭してきた。我らとお前たちがたもとを分かった後も、お前たちは人間たちを数限りなく諭してきたはずだ。だが人間たちは変わらなかった」


「悪心に飲まれる人間たちもいることは認めるさ。だけど善なる行動を取る人間たちも数多くいる」



 どちらも感情的になっている様子はない。ホリーたちに対してことさらに圧力が襲いかかってくるわけでもない。二柱ふたはしらの神は、冷静にそう思っているのであろう。



「でも人類と魔族たちの戦いが続いている状況じゃ、人類は魔族たちに対する敵意をむき出しにして、他者に対する配慮ができなくなることもある程度はやむをえない。その反対も同様だ。人類と魔族の戦いをやめさせることはできないだろうか。永劫えいごうにとは言わない。せめて数百年平和になれば、人間たちも思いやりの心を持つだろう。そしてその平和は人間という種の終わりまで続くかもしれない」


「お前も知っているであろう。我が配下たちもそう考え、何度も人間たちにそのチャンスを与えたことを」


「……そうだね」


「だが期待はそのたびに裏切られた。人間たちは増長し、そのまま放置すれば世界は滅ぶところまでいく恐れがあった。だから我が配下たちは人間たちの文明をそのたびに徹底的に破壊した」


「その時期にも他の種族と調和を図り平和を求めた人間も数多くいた」


「己らの欲望を満足させるために他者を踏みつけにしても気にもしない人間は、そのような者よりもはるかに多かった」



 シャルリーヌは知った。歴史の真実を。賢者でもある彼女は知っている。世界では何度も人類が神々の時代にも届こうとする繁栄を謳歌おうかする時代があった。それらは魔族たちにより徹底的に破壊され、今は一部の遺跡群がその時代の名残なごりを残しているのみ。それは魔族たちが人間たちに期待し、そして人間たちがその期待に背いた歴史だったのだ。もちろんそれは悪神の一面的な見方なのかもしれない。だが善神もその言葉を否定はしていない。



「アルスナム。君の言うことも理解はできるんだ。悪心に飲まれる人間は数多いことも。悪心に飲まれていなくても、結果的に悪を為す人間も数多いことも」


「我も善なる心を持つ人間がいることは認める。積極的に善行を為すわけではなくとも、積極的に悪行を為すわけでもない人間が大多数であることも。全ての人間が悪に飲まれるならば、我はとっくに人間たちを滅ぼしている」



 二柱ふたはしらの神は、互いの考えも理解している。だから善神も人間たちを全肯定することはできず、悪神も人間を根絶やしにするつもりまではない。ホリーとシャルリーヌもそれを理解した。



「我が聖女よ。心清きエルフの乙女よ。君たちはどう思うかい?」


「私は人間の本性は善なのだと信じています。ですが、悪い心に飲まれる人たちもいることは認めないといけません……その上で人類も魔族も仲良くできるなら、素晴らしいことだと思います」


「私はホリーのように優しくはないから、全ての人間の本性は善とまでは言えないわね。全ての人間の本性は悪だとも思わないけど。たぶん人間は善にも悪にもどちらにも転びうる存在なんだと思うわ。そして大部分の人間は善でも悪でもないと。そう簡単に人類と魔族が和解できるとは思えないけど、そのための道は用意しておくことも必要じゃないかと思うわ」



 突然ホリーとシャルリーヌにも話が振られた。それに対し、彼女らはしっかりと自分の考えを言う。彼女らの考えていることは二柱ふたはしらの偉大な存在もわかっているのだが、彼女ら自身の口から聞きたかった。ホリーとシャルリーヌは互いの考えていることはわからないから、そのために口に出させたという意味もあるのだが。



「ふむ。心清きエルフの乙女よ。お前の言葉にも理がある。人間は善にも悪にも転ぶ中途半端な存在であるとお前は考えているのだな? 善と悪で決めることのできぬ存在であると」


「ええ」


「我らは硬直した考えに捕らわれていたことも否定はできぬ。無論お前以外にもお前のような考え方をする者はいるのだろう。だが我にはそのような言葉は届いていなかった。あるいは届いても、我はそれを気にも留めていなかったのかもしれぬ。その上で人間の本性は悪であると我は考える」


「そうだね。立場の違う子の言葉も聞いてみるものだね。私たちも神々の王呼ばわりされるけど、それゆえ忌憚きたんなく意見を言ってもらえないという面もあるからね。その上で私は人間の本性も善だと思うよ」


「あとバートはアルスナム様の側。彼は人間の本性は悪だと思っている。彼にとってホリーやヘクターのような人間は例外的な存在だと思えているようよ」


「であるな。あの者は我と同じ心境に至った者ゆえに」



 ホリーとバートの考えはそれぞれ善神と悪神の考えに近い。シャルリーヌはどちらか一方に完全に傾くのではなく、中間的な考えなのだろう。善神と悪神はそのシャルリーヌの考えに新鮮さを感じたようだ。偉大なる存在といえども、自分の考えに捕らわれることもあるのだろう。それだけで二柱ふたはしらの神は自分の考えを変えることはないであろうけれど。

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