31 凱旋

 残ってイーヴォたちの戦いを見守っていた空を飛べる魔族たちも、先に去った同胞たちを追って飛び立った。

 固唾かたずをのんで戦いの様子を見ていたホリーと冒険者たちが馬から下りてバートたちの近くに寄ってくる。



「善神ソル・ゼルムよ。この者たちの傷を癒やしたまえ」



 ホリーが治癒魔法を使った。ヘクターが大きなダメージを負っていたのは当然だが、バートもゲオルクの攻撃を盾で受けた時に腕を痛めており、跳ね飛ばされた衝撃などでも体の各所にダメージを負っていた。バートは自分でもその傷を癒やせたのだが、なぜかそうしようという気になれなかった。

 決闘中、ホリーは必死に善神ソル・ゼルムに祈っていた。バートとヘクターの無事を。二人が生き残ったことはもちろんうれしい。だけどオーガたちの死が悲しいという感情もあった。このオーガたちは性格的に立派だったのだからなおさらだ。

 そしてバートとヘクターにはわかっていた。ホリーがいなければ、自分たちは死んでいたと。ホリーがいたからこそ、自分たちは実力以上の動きができたのだと。彼らは半ば確信していた。ホリーは聖女であると。


 バートとヘクターの治癒も終わり、ホリーには聞きたいことがあった。



「このゲオルクさんたちは、悪だったんでしょうか……?」


「この男たちの行動により、多くの人間が死んだ。無辜むこの民も恐怖におびえさせた。そういう意味でこの男たちは悪だったのだろう」


「……」



 そのホリーの質問に、バートはにべもなく答えた。



「だが、ゲオルクたちは武に生きる者として筋を通したのだろう。それは認めなければならない」


「ああ。立派な奴等だった」


「はい……」



 ホリーは普通の村娘として育ったから、素朴に魔族は悪だと思ってきた。しかし彼女は思い出していた。夢の中での善神の啓示けいじを。善の意味を考えよと。彼女はそれに加え、悪の意味も考えていた。だけどまだ答えは出そうになかった。



「お嬢さん。ゲオルクたちをとむらってやってくれ」


「俺からも頼む」


「はい……善神ソル・ゼルムよ。死せる者共にどうか安らぎを。その炎をもちて清めたまえ」



 浄化の炎がゲオルクたちの死体から吹き上がる。



「死せる者たちよ。その魂に安息を」



 ホリーがとむらいの言葉を言い、バートとヘクターも続き、冒険者たちも唱和する。その祈りの言葉には、例外なく弔いの思いが込められていた。冒険者たちにとっても複雑だった。ゲオルクたちは立派だったのだから。

 そうしてゲオルクたちの死体は程なく灰になる。ヘクターが灰の中に突き立っていたハルバードを回収する。

 リンジーがヘクターの肩を叩く。



「まあでも、あんたたちは勝った! あたしたちの勝利だ!」


「おお―――――!!」



 リンジーにも、冒険者たちにも、やりきれない思いを吹き飛ばすための空元気からげんきもあるのだろう。だが自分たちには未来があるのだと、歓声を上げる。

 バートがつぶやく。



「ゲオルクは任務を果たしたと言っていた。私たちは敗北したのだろう」



 そのつぶやきは、バートのすぐ近くにいたホリーとシャルリーヌだけが聞いていた。

 バートにはゲオルクの与えられた任務の全てを知るよしもない。一冒険者である彼らには十分な情報もない。彼らが憶測しても、それが正しいという保証もない。だが彼は自分たちが敗北したのだろうと思っていた。現にエルムステルの領主は殺され、騎士団も壊滅した。新しい領主が選ばれるにしても、死んだ領主の不正と怠慢たいまんの是正と騎士団の再建には相応の時間がかかるだろう。そして妖魔の大侵攻はこの地域だけではなく、大きな被害を受けている地域もあるはずだ。




 冒険者集団はバートとヘクターを先頭に、エルムステルの街に入る。彼らを街の住人の歓喜の声が迎える。ヘクターと冒険者たちは声援に応えて手を振ったり笑顔を浮かべたりしているが、バートは手を振りもしない。

 ホリーはバートのホース・ゴーレムに同乗させてもらっている。彼女にはバートがどんな表情をしているのか見えないが、想像はできる。彼は無表情なのだろう。彼にとって大半の人間は妖魔と大差ないのだ。今の状況は彼にとっては妖魔共に歓声で迎えられているのと大差ないのだろう。

 ホリーはバートにつかまりながら尋ねる。



「バートさんは、なんでいい行いをするんですか?」


「それが私の義務だからだ」


「そうですか……」



 バートの声は淡々としている。その会話を聞いているのはお互いだけだ。

 善神ソル・ゼルムは言っていた。バートは義務感だけで善行をしようとしているのだろうと。その言葉は正しいのだと思うしかなかった。

 ホリーは悲しかった。バートは決して悪い人ではない。その彼の心が絶望でてついていることが悲しかった。彼女は思った。自分がバートにとって救いになるのならば、その絶望を溶かしてあげたい。彼女はバートに少し強く抱きつく。



「私はゲオルクたちのように満足して死ねるのだろうか……」


「……」



 バートが脈絡みゃくらくもなくぽつりとこぼした。彼はそれを考えていたのであろう。

 ホリーは怖かった。バートの言葉は、前向きに取れば悔いなく生きようとしているように聞こえる。だけどこの人は死に場所を求めているように思えた。彼女はもう少し強く抱きついた。

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