29 オーガの将義兄弟たちとの戦い 01 バート対ゲオルク

 バートとヘクターがホース・ゴーレムから降りて収納状態にする。ゲオルクたちは特に警戒しているようには見えない様子で背中を向け、バートたちに着いてくるようにうながして中間点まで下がる。バートたちも中間点まで進む。



「では、勝負と参ろう。我が名はゲオルク!」


「私はバート」


「俺はヘクター!」


「俺はイーヴォ!」


「俺はカール!」


「俺はグンター!」



 魔族と人間の戦いでお互いに名乗り合うことなど、そうそうない。普通は問答無用で総力を使った戦いになるだけだ。だが彼らはお互いに名乗った。お互いにそれに値する相手だと、敬意を向けるに値する相手だと思ったのである。


 バートはゲオルクと対峙たいじする。ヘクターはイーヴォたちと対峙する。

 バートは剣と盾を構え、ヘクターはハルバードを構え、ゲオルクたちはそれぞれ大きさは違うものの同じ形状のバトルアックスを構える。



「おおおおっ!」



 その次の瞬間、ゲオルクがその圧倒的な筋力と巨体ゆえの長い歩幅を使った、人間には不可能な突進をする。バートは突進に対し、斜め前方に進み出る。ゲオルクがバトルアックスを振るう。ただそれだけで、地面がぜた。バートは改めて理解する。ゲオルクは人間が一対一で対抗できる魔族ではない。最高位の冒険者たちが仲間たちと共にかかってようやく対抗できるかもしれないというほどの存在だ。飛び散った石や土がゲオルクとバートを叩く。バートはゲオルクの斜め後方を取る形になった。

 バートが振り返りながらその右手に持った剣を振るう。ゲオルクのまとった鎧の隙間を狙ったその刃はゲオルクの肌を傷つけた。だが浅い。この程度、ゲオルクからすれば傷というほどでもない。



『火炎よ、焼け』



 バートが精霊魔法を放った。巨大な炎がゲオルクを包む。バートは魔法剣士だ。魔法と剣技双方を使ってこそ、本領を発揮する。炎はゲオルクに火傷を負わせる。並の魔族ならそれだけで息絶えるであろう炎を受けても、ゲオルクにとってはさしたるものではない。



「ふんっ!」



 ゲオルクはリーチを生かしてバトルアックスを振るう。バートはそれを下がってかわす。受けることなどできない。下手に受ければ、圧倒的な力に文字通りの意味で叩き潰されるだけだ。


 一方ヘクターたちは動かず、にらみ合っているだけだ。



「あんたら、来ないのか?」


「さっき言ったように、俺たちゃゲオルクの兄者の一騎打ちを邪魔させないようにしているだけだ」


「それに俺たちも兄者の一騎打ちを見たいんでね」


「バートもたいしたもんだぜ。兄者と一対一でまともに戦ってやがる」



 ヘクターにも三体のオーガを排除してバートの加勢に向かいたいという感情はある。だがそれをするわけにはいかないことも理性ではわかっている。そうすれば、今は待機している魔族たちが動くかもしれないのだから。それに目の前の三体相手に勝負を急ごうと焦れば、ヘクターが敗北する恐れがある。一対三、しかも相手は一体一体が極めて強力な魔族たちなのだ。迂闊うかつに動くことはできない。



風刃ふうじんよ、切り裂け』



 目に見えない風の刃がゲオルクの全身に傷を刻む。バートとゲオルクの一騎打ちは続く。バートには一撃でゲオルクに致命傷を与える手段はない。魔法を付与された頑強な鎧を身にまとっているゲオルクに対し、鎧の上から攻撃しても傷を負わせることはほぼ不可能だ。剣で攻撃するならば鎧の隙間を狙わなければならない。逆にゲオルクの攻撃がまともに当たれば、一撃でバートは死ぬだろう。それは極限の綱渡りだ。普通の神経ではすぐにでも破綻はたんして粉々に砕かれるだろう。だがバートはゲオルクの一撃必殺の攻撃の数々をからくも回避し、冷静に細かい攻撃を積み重ね、ゲオルクに傷を負わせていく。



「はははは! お前は強い! まさかこれほどに楽しめるとは、我も思わなかったぞ!」



 ゲオルクはバートとの戦いを楽しんでいる。バートの戦い方は弱者のそれだ。弱者が強者と戦い、狩る戦い方だ。この男はこれだけの力をもちながら、人間では身体能力的にまともに打ち合うことは難しい敵がいることを理解し、それをくつがえす戦い方を実行しようとしている。自分はこの男に狩られようとしている。それがたまらなく愉快ゆかいだった。

 ゲオルクがバトルアックスで下方からすくい上げるように攻撃する。



「これはどうだ!?」


『光壁よ、守れ』



 バートは回避しきれないと見るや防御魔法を唱え盾を構える。だがゲオルクの攻撃は、攻城用投石機の石弾を受けても余裕で耐えるであろうバートの防御魔法をたたき割り、盾で受けたバートをそのまま吹き飛ばす。バートの盾が強力な魔法を付与していないただの頑丈な盾だったら、盾ごとたたき切られていただろう。だが次は防げない。バートの盾を持った腕は痛め、激痛が走っている。体の各所も痛みを伝えて来ている。

 バートは吹き飛ばされて転がる。そうして止まって立ち上がった位置は、魔族たちの軍勢の前だった。ここで魔族たちが手を出せば、バートといえども危うかっただろう。ヘクターが動こうとするが、イーヴォたちが牽制けんせいして動けない。



「すげえな……こいつ、ゲオルク様とまともに戦ってやがる。ゲオルク様はアラン・ヴィクトリアスと戦った時より強くなってるってのに」


「精一杯戦えよ。お前が勝とうがゲオルク様が勝とうが、俺たちが見届けてやるからさ」


「私は人間を見くびっていたのかしらねぇ……人間にもこんないい男がいたなんて」


「ああ。次があるならば、私も静かなる聖者にいどんでみたいものだ」


「お前じゃ打ち合うこともできずに切られて終わりだろ」



 種々雑多な魔族たちは動かない。バートに聞こえてくる声も、口汚い野次ヤジはない。むしろバートに対して好意的なものばかりだ。

 バートは何も言わず中間点に歩いて戻って行く。そこではゲオルクが堂々と待っている。



「魔法で怪我を治しても良かったのだぞ? それだけの精霊魔法の練度があるならば、治癒魔法も使えるのであろう?」


「お前は追撃しようとすればできた。だがお前はしなかった」


「配下を巻き込むわけにはゆかぬゆえに。お前が率いる冒険者たちも巻き込まぬことは約束しよう」


「感謝する」



 バートはその気があれば自分の傷を魔法で治癒できる。だがゲオルクが待っている状態でそうする気にはなれなった。バートは正々堂々とした戦いにこだわる男ではない。だがゲオルク相手に後ろめたい思いを抱えたくはなかった。ゲオルクが追撃していたら、治癒魔法を使う隙などなかっただろう。もちろんバートはゲオルクとの戦いの最中に隙があれば治癒魔法で治すつもりだ。だがそうそうそんな隙があるとは思えない。



(ソル・ゼルム様……どうか、バートさんとヘクターさんをお守りください……)



 ホリーはシャルリーヌの後ろで、善神ソル・ゼルムにバートとヘクターの無事を必死で祈っている。彼女は死に慣れてなどいない。妖魔共の死さえ、彼女にとっては悲しい。ましてやバートたちが死ぬなど、考えたくない。




 そうして一対一の戦いを続けることしばし。バートはもう攻撃を受けることはできないと、各所で痛みを訴える体を無視して、薄氷を踏む思いでゲオルクの攻撃を回避しながら攻撃を積み重ねていく。多数の傷を付けられたゲオルクの動きは少しずつ鈍っていく。イーヴォたちはヘクターと対峙たいじしながらその様子を見ているが、ゲオルクの加勢に向かおうとはしない。



「おおおお――――っ!!」



 ゲオルクがバトルアックスを振りかぶり、全力で振り下ろす。それが当たれば、防ごうとしてもバートは肉片になるだけだろう。城塞じょうさい都市の頑丈な城壁でも、この一撃が振るわれればただそれだけで城壁の一角が崩壊し、軍勢が侵入できるようになるかもしれない。だがバートはゲオルクの動きがにぶり、隙ができるのを待っていた。



『風よ、我を飛ばせ』



 バートは振り下ろされるバトルアックスを避けるように前方上方に飛翔する。手にした剣で、普通なら攻撃するのは難しい高い位置にあるゲオルクの首筋を切り裂きながら。ゲオルクが万全の状態であったならば、この程度の奇襲は防いだであろう。だがゲオルクの動きは鈍っていた。振り下ろされたバトルアックスが轟音を上げて地面を割った。バートは油断なく着地し、構える。その剣についたゲオルクの血は、剣に込められた魔法により霧散する。

 首に致命傷を負ったゲオルクがバートを振り返る。バトルアックスがその手からこぼれ落ちた。だがオーガの強靱きょうじんな生命力がまだ彼を生かしていた。

 ゲオルクが大音声だいおんじょうを上げる。



「皆の者! 我は敗北した! お前たちは魔王領に帰還し、軍師殿に報告せよ! 我は任務を果たし、その上で我の望みもかなえられたと!」



 その声に、待機していた魔族たちが整然と動き出す。東方、魔王領のある方向に。ゲオルクは命じていた。もし自分が敗北したら、旧王国領に侵入した時と同じように小集団に分散して魔王領に戻れと。

 ゲオルクは膝をつく。彼の生命力もいつまでも彼の命をつなぎ止めておくことはできない。そして彼はバートを見る。



「強き者、バートよ。見事な戦いであった……」



 ゲオルクは満足していた。強敵と全力で戦って、討ち取られる。彼にとって文句の付けようのない最期だ。

 バートがゲオルクだけに聞こえるようにささやく。



「私の名はアルバート・チェスター」



 ゲオルクは目を見開く。彼はその名前に心当たりがあった。その人間の居場所は噂されているだけで、今はどこにいるのかわからないはずであった。かの人物が冒険者に身をやつしているなど信じられることではない。だがゲオルクは信じた。

 ゲオルクにとっては、この男の正体が何者だろうとどうでもいい。この男は敬意に値する勇士であり、自分はこの男と堂々と戦って討ち取られた。その事実にゲオルクは完全に満足していた。だがこの男は敬意を表して本当の名を死に行く自分に教えたのだと、彼は理解した。



「感謝する……お前と戦い、ここでたおれることによって、我の生は良きものとなった……」


「強き者、ゲオルクよ。お前の名は私が死ぬまで覚えていよう」


「感謝する……」



 ゲオルクの生は決して不満のないものではなかった。だが彼はこの瞬間において、自分の生に完全に満足していた。しかも自分を討ち取った勇士が自分の名を覚えていてくれると言うのだ。これ以上何を求めれば良いと言うのか。



「偉大なるアルスナムよ……感謝します……良き敵と巡り合わせていただいて……良き死を得られたのですから……」



 ゲオルクは悪神アルスナムに感謝の祈りをささげながら、息絶えた。

 バートはそれを黙って見届けた。

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