04 新米聖女の力の片鱗 02 行動方針

 混乱するホリーに構わず、二人は会話を続ける。



「で、このお嬢さんが聖女かもしれないとして、どうする? 帝都まで護衛するか?」


「ふむ。そうするべきか」



 ホリーはどうすればいいのかわからずに黙っている。

 バートが何かに気づいたようにホリーを見る。



「私たちで勝手に決めるわけにもいかないか。お嬢さん。君はどうしたい? 君の要望に応えられるかはわからないが、話は聞こう」


「……わかりません。私はエルムステルの街の神殿で修行するつもりで旅に出ました。私が聖女様だと言われても……」


「まあいきなりそんなことを言われても、信じられるはずがないよなぁ」



 ホリーは人々に幸福をもたらせという善神の啓示けいじを受け、エルムステルの街にある神殿に入り修行するつもりだった。父と兄は反対して村に留まるように説得しようとしたけれど、母は自分を後押ししてくれた。そして母にへそくりと荷物を渡され、家出同然に旅に出た。あと数日で目的地に着くという時に野盗たちに襲われ、この青年たちに助けられたのだけれど。ホリーはそれも善神の加護かもしれないと思い、後で感謝の祈りをささげようと思っている。



「では、私の案を聞いてくれるだろうか?」


「はい」



 バートは相変わらず無表情で、言葉も淡々としている。それでもホリーは彼がとても誠実な人であるのかもしれないと思った。自分に男の人を見る目があるのかはわからないけれど。



「お嬢さん。君は聖女なのかもしれない。そうではないのかもしれない。それはまだわからない」


「はい。私が聖女様とは思えませんが……」


「君がそう思うのも無理はない」


「だなぁ。俺も半信半疑だし」



 ホリーは自分が聖女かもしれないと言われても、到底信じられない。それはヘクターも内心そのようだ。



「だからそれを確かめるためにも、しばらく私たちに同行してもらうのが良いと思う。私は君を旧王国領東部に拠点を置いているフィリップ第二皇子殿下の元まで連れて行こうと考えている。それまでの道中で君が聖女であるのかそうでないのかを確かめたい。君が聖女ではないと確信できたならば、たとえ通り過ぎていても君はエルムステルの街に送り届けよう」


「え……」



 その思いもよらない言葉にホリーは絶句する。自分のような村娘に帝国の第二皇子が会ってくれるとは思えない。それでもバートたちが自分をエルムステルの街まで送り届けてくれることは心強いと思った。彼女も年頃の娘の一人旅は安全とは言えないことは理解した。今回のことは彼女の運が悪かったということもあるのだけれど。



「帝都じゃなくて、フィリップ殿下の所に送って行くのか?」


「ああ。帝都よりあちらの方が近い。殿下も転移魔法を使える魔法使いを召し抱えるなり転移門があるなりするだろう。このお嬢さんが本当に聖女ならば、そちらから帝都に送ってもらえばいい」


「なるほど」



 ホリーは話の内容が理解できない。彼女は地理的なことも魔法のこともよくわからない。


 旧チェスター王国領は現在ヴィクトリアス帝国の統治下にある。皇帝アイザック・ヴィクトリアスは旧王国領の統治を第二皇子フィリップに任せた。武勇に優れるフィリップ皇子に旧王国領での対魔王軍の戦線を任せるために。フィリップ皇子は本格化しつつある魔王軍の攻勢に対し、旧王都フルムではなく東部の前線に近い要害都市カムデンに本拠地を置いている。



「あの……皇子様が私なんかに会ってくれるとは思えないのですが……」


「その心配はいらない。私たちは殿下の直接の依頼を受けたことがあるからそれはなんとかなる。殿下も無意味に無体なことをする方ではない」


「は、はい……わかりました……同行させてもらいます……」


「あと、君が聖女かもしれないことは、君を殿下の元に連れて行くまでは決して口外しないでほしい。君が聖女であろうと無かろうと、このことが下手な者に知られたら、君にとっても人々にとっても悪い結果になるかもしれない」


「は、はい」



 ホリーはその言葉に従うしかない。彼女は村娘に過ぎない自分が聖女かもしれないなどというおそれ多いことは信じる気にはなれないし、そのことを口外するなという言葉には全く異論はない。

 ここで彼女は不思議に思った。ヘクターはともかくとして、バートは人間の本性は悪と思っているようなのに、なぜ自分を第二皇子の所まで送り届けようとするのか。聖女はすなわち人々を救う者だ。なぜこの人は聖女を保護しようとするのか。




 そして三人はゾンビになった死体の灰を埋め、当面の目的も決まったということで、野盗たちの死体の所に戻ってきた。



「お嬢さん。浄化の炎を使ってもらえるだろうか?」


「はい」



 ホリーは優しすぎる少女だ。もちろん彼女も野盗たちが罪を犯した悪人だったことは理解している。それでも死んだ後まで憎みたくはなかった。

 バートが浄化の炎を使うように頼んだのは、その方が時間がかからないからという意味もある。だが彼には思惑おもわくもあった。浄化の炎を使える神官にとっても、その行使にかかる魔力の負担は大きい。ホリーの様子を見て、この少女が聖女であるのかそうではないのか判断する一助にしようと思っているのだ。普通に考えれば、神聖魔法を使えるようになって一ヶ月もしない神官にそれほどの魔力があるはずがない。だがこの少女は先程何人ものゾンビと死体を浄化してしまった。



「善神ソル・ゼルムよ。死せる者共にどうか安らぎを。その炎をもちて清めたまえ」



 バートとヘクターが並べた野盗たちの死体を、炎が包む。その炎は先程と同じように周囲には燃え移らない。



「死せる者たちよ。その魂に安息を」



 ホリーの祈りの言葉に、バートとヘクターも続く。

 ここでホリーは奇妙に思った。



「あの……聞いていいですか?」


「なんだい?」


「ヘクターさんとバートさんの祈りの言葉にも、とむらいの思いが込められているように思いました。なんで……」


「あー……それはお嬢さんは不思議に思うだろうなぁ」


「私がこいつらを殺した。こいつらは罰を与えられて当然の罪人つみびとだった。だが、死者まで憎むべきではない。冥界に落ちた魂がまたこの世界に戻ってきた時、善なる者として生きる可能性もあるのだから」


「は、はい」



 ホリーはバートは本当に不思議な人だと思った。この人は人間の善性を否定するのに、善なる人を肯定している様子なのだから。だけどこの人も自分の思いを肯定する考えをしていることを知って、なんだかうれしかった。


 程なく野盗たちの死体も灰になる。その灰を犠牲者たちのためのつかに埋めるのは犠牲者たちも納得できないだろうと、その場に埋めた。



「では、荷馬車を回収してエルムステルの街に向かおう」


「おう。お嬢さん、それでいいかい?」


「はい。どうかよろしくお願いします」



 ホリーは自分が聖女などとは信じていない。バートとヘクターも自分が聖女ではないとすぐに理解して、自分をエルムステルの街に送ってくれるだろう。この二人と別れる時は、自分は寂しいと思うかもしれないけれど。

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