第2話闇の王と悪役令嬢の暗闇の絆
オールスがお城から出てクウシュ家に行っている間、スーシャはリーシュの部屋で床に座り込んでどうするか悩んでいた。
オールスの言うことを聞けば婚約を結んでくれる。
だけど僕は兄様が病弱になったせいで僕の人生が全て変わった。
王になるための勉強も力をつける剣の腕前も誰よりも強くしなければ誰も褒めてくれない。
その苦しい日々を過ごしてきた僕の思いを兄様が知っていたらどんなに楽だったか。
僕は自分の意志で王になるつもりはない。
ただ生まれた時に勝手に決められたから今まで一人で頑張ってきただけで何も嬉しくはなかった・・・。
オールスと出会うまでは。
昨日のアイショミア家の誕生日パーティーを開いた時は面倒で退屈していた。でもオールスが楽しそうに見知らぬ人に笑顔を向けていた時、僕は心が一瞬で軽くなった。ただ見ていただけなのに、今までの苦労が消えて嬉しくて初めて自分の意志でオールスを自分の物に、この命が尽きるまで一緒にいたいと思えた。
それで僕は自然と動いた体でオールスに近づき、誰にも奪わせないように生まれて初めてのキスをした。最初は不思議な感覚で嫌にはならなかった。
だってやっと見つけた自分の宝物に出会えたんだから。
歳の差なんて関係ない。
好きになった人が目の前にいてくれるだけで僕は幸せだ。
だからその幸せを守るためにオールスの言うことをなるべく叶えないといけない。
それが僕たちの幸せに繋がることを願って。
寝台で横になっているリーシュをじっと見つめるスーシャはその背中に触れて今までの思いを語り始める。
「僕はずっと兄様が羨ましかった。みんな兄様のそばにいていつでも助けてくれる。それが僕は嫌で目を背けていた・・・」
「それだけか、言いたいことは」
「え」
ゆっくりと起き上がり、リーシュの顔は不思議そうに首を傾げた。
ただ怒っているのではなく、スーシャの本当の思いを聞きたくてその言葉の続きを待っている。
その姿を見て、スーシャは今までの思いを大粒の涙を流しながら語り続ける。
「違う、それだけじゃない。僕は兄様の代わりに今まで一人で頑張ってきた。それも逆らうことを禁じられて」
「・・・知っている」
「は?」
「私はお前の頑張る姿が好きでよく見ていたんだ。一人じゃ起き上がらないこの体を毎日憎んで、お前に負担がかかっているのは当然兄として知っていた。悪かった」
深く頭を下げて今までの自分の努力を認めた兄をまだ信じることはできないが、スーシャにはそれが兄弟の絆を深める第一歩だと初めて知った。
「そんな、謝らないでよ。僕も兄様と勝手に距離を取って嫌っていたんだから」
床に俯くスーシャの顔は暗く落ち込み、助けを必要としているように見えたことが、リーシュは過去の自分のように嫌なほどに味わい、頭をそっと優しく撫でて「大丈夫」と満面の笑みで落ち着かせる。
「兄様・・・」
初めて頭を撫でられたのが嬉しくなり、顔を上げたらリーシュが手を引き抱きしめた。
「悪い、私のせいでお前に苦労をかけて」
その言葉に、スーシャは今までの自分の努力と苦労を思い出し重ね合わせてまた涙が溢れ出した。
「うっ、は。もう、僕は兄様の代わりをしたくない! これ以上、僕を一人にしないで」
涙で枯れた声で本心を初めて伝えたスーシャを、リーシュは心に留めて決意する。
「ああ、お前はこれから楽にすればいい。私はこれから自分の力で王になる」
「兄様が?」
「そうだ、私が次期国王となり、この世界を救う」
「はあっ」
自分と同じ思いを持ってくれていたことを知ったスーシャだったが、それはとてもいらない汚れた感情に変わってしまい、闇の魔術で真っ黒な結晶をリーシュの体の中に入れてこれで仲良しになったことにした。
「兄様、オールスの元へ行きましょう」
「・・・そう、だな」
一度はオールスの
さあ、闇の王の力を思い知れ。
そして今、誰にも言えなかった衝撃の事実を知ったオールスは何も驚きと悲しみで声が出ずにスーシャの瞳を見つめるだけだった。
嘘だろう。
スーシャが、闇の王だったなんて。
そんなことあっていいのかよ。
いくらキャラ設定がなくなったとは言え、ここまで壊れたら終わりじゃないか!
予想外のことばかりで全く理解できないオールス。
その顔は腹が立っているのか、悔しいのか。
何とも言えない曖昧な顔が、スーシャには寂しくて瞳を大きく揺らして恐る恐るオールスの頬を撫でてみる。
「オールス」
「・・・・・・」
「ショックだよね、僕が闇の王だなんて」
「・・・・・・」
「でも聞いて。僕は今までこの世界を壊そうとしたことはないんだよ。それだけは分かって」
「・・・・・・」
「どう、して、何も言ってくれないの?」
オールスの瞳に映るスーシャの姿は真っ黒で人とは違う者で、何を言ったらスーシャは喜んでくれるのか、今のオールスには分からない。
分かったとしてもそれを言う勇気がない。
どうすればいいのか誰か教えてくれよ!
時間は止まらず進み続ける。
それも勝手に動いて。
押し倒された今の状態も約三十分以上流れてしまい、離れることはお互いなかった。離れてしまったら、どちらかが必ず傷ついてしまうことを恐れているから。
「・・・はあ」
「あ、やっと声を出してくれた!」
ため息を吐いただけで心の底から喜んで満面の笑みを見せるスーシャを、オールスは何もなかったかのように目を逸らした。
しかし、瞳は大きく震えている。
こんなに真っ黒なスーシャを俺は好きになれる自信がない。
闇の王ということは人じゃないということだ。
闇に染まった理由は分からないけど、大事なスーシャが闇に染まっても楽しそうにしているのを見ていたら返す言葉がないよ。
半分諦めてオールスが
「やめて! その力を使われたら、僕はこの世界から消えてしまう!」
抵抗するスーシャの言葉は正しい。
闇に染まった者はこの世界から消さなければいけない。
それがこの世界のルールでもあるから。
しかし、オールスはそんなことをしようとは一切考えてはいない。マメリーヌの新たな目覚めがまだない今、スーシャを消してしまったらこの世界は逆に闇に染められる。
オールスの考えはこうだ。
スーシャが闇の王というのはきっと嘘で本当の王は存在せず空席の状態であるはず・・・。もし仮にスーシャが王であっても、メリリが闇落ちしない確率は低くないし高くもない。その間であることから、スーシャのこの真っ黒な体は偽物で本物はどこかに隠されているに違いない。
それを見つけるまではこの偽物を闇の部分だけ取り除いて消し去る。
まずはそれからだ!
「はっ」
ネックレスを右手で強く握りしめ、オールスは自分の力を精一杯出し切り、体の中心にある闇のばらのかけらを壊してスーシャを元の状態に戻した。
「あ」
それと同時に壁から扉が現れ開き、スーシャを抱えて入ると、そこは真っ黒なお城の玉座の前にスーシャの本物の体を見つけ、オールスは急いで保管されている透明な箱を開けて抱えている偽物の体を地面に置き、本物の体を出していたら、いつのまにか偽物の体が消えていった。
「あっ、スーシャ。大丈夫?」
脈は正常に動いているため問題はないが、まだ意識がなく起きる気配がない。
「スーシャ、ごめんね。俺のせいで」
「う、ううっ」
「え」
オールスの涙がスーシャの頬に落ちてそれが目覚めの時を知らせてゆっくりと起き上がり、思い切り抱きしめられた。
「う、オールス。僕の方こそごめんね。君を傷つけて最低だよ」
「そんなことない。スーシャは偽物だった時も俺を大事にしてくれたよ。ありがとう」
「ん、はっ。もう嫌だよ、こんな自分」
「えっ」
スーシャは自分の間違いをひどく嫌い、覚悟を決めて自分の左目をえぐり取って捨て、左目を自ら失った。
「スーシャ、何をしているんだ! 早く治さないと!」
焦るオールスをスーシャは笑顔で首を横に振る。
「いいんだよ、これで。僕が全部悪かったんだから」
「でも」
左目を自分で失うなんて・・・俺は嫌だ。
せっかく本物を助けたのに、自分の半分を失うのは違うよ!
どうしてこうなるんだ、俺はみんな仲良くなって傷ついて欲しくないはずだったのに、結局俺はみんなを傷つけて。
俺は何をしたいんだよ!
「はあ、はあ」
「オールス?」
落ち込むのは決して悪くない。
オールスは自分を縛りつけて追い込むところがあるが、それはできれば気にしないで欲しい。
これは誰にでもあることだから。
そう、私も同じ。
自分を追い込みすぎて呼吸が荒くなったオールスを心配するスーシャが手を伸ばし、自分のおでこをすりすりして
「大丈夫、僕は君がいてくれるだけで幸せだよ」
と温かい心で落ち着き始める。
「ご、ごめんね」
「ううん、これはオールスが悪いんじゃないよ、僕が闇に負けたからこうなっただ」
「違う! 俺がもっと早く気づけばスーシャは助かったのに、本当に、ごめんね」
本気で謝るオールスに、スーシャの顔は笑いかけていた。
「・・・笑って」
「え?」
「僕は笑顔が似合う君が一番好きだから笑って」
そう言って、スーシャは一瞬離れてオールスを抱えてにっこりと微笑み、オールスの笑顔を待つ。
けれど。
笑う、笑っていいのか?
スーシャの左目はもう戻らないのに。
少し目を逸らそうとするも、その先には必ず片方の目で微笑むスーシャが映るため、逸らすことさえも許してはくれないと感じ知るのだった。
「はあ、分かったよ。笑えばいいだろう?」
「うん!」
楽しそうに、嬉しそうに笑うことができないけど、せめてスーシャが喜ぶ顔をしたい。
すぐに笑えない自分の表情筋に立ち向かいながらなるべく理想の笑顔に近づけてみた結果、何とも言えないぎこちない笑顔になってしまった。
「はああ、ごめんね。全く笑えてなくて」
「いいよ。どんな笑顔でも君は君だから」
オールスは自分より小さい体で嫌な顔せずに抱えているスーシャの頬に手を伸ばして撫でてみると、喜んでその手に可愛く擦り寄ってきた。
「嬉しい」
「うん、俺もスーシャが好きだよ。付き合おう」
「え、それは」
「あっ」
自然と出た恋の告白の言葉。
真っ赤になった顔を隠すのも当然遅く、スーシャに隙を狙われてキスを何度も繰り返されていく。
「はあ、う」
「君の唇は柔らかくて好きだよ」
「な、何を言っているんだ。恥ずかしいよ」
「えっへへ! 君の恥ずかしそうな顔が一番の大好物だよ」
耳元でそう甘く囁いて舌で震えるほどに舐めてしまうスーシャを今すぐ離したいはずなのに、それがとても心地よく離すのが勿体無いと、オールスは息を吐く度に嬉しく感じた。
スーシャが笑ってくれるなら、俺も笑わないとな。
オールスは笑顔が一番似合うと言ってくれたスーシャの左目が戻らなくても、本人がそれでいいと言うのなら自分もそれに従うと、オールスは温かい微笑みでそう思うだろう。
翌日、闇のお城から抜け出したオールスとスーシャはあの甘く乱れる触れ合った後、帰って来たリーシュに強く注意されて怒られてしまったが、今日の朝には別人のように爽やかな涼しい王子になっていて逆に困っているのだった。
「どうした、二人とも? 私の顔に何かついているのか?」
美しく整えられた髪を手鏡で何度も確認するリーシュを、オールスは恐ろしいほどにかっこよく見えて隣に座っているのが申し訳なく感じてくる。
俺、隣に座って大丈夫なのか?
何か俺が邪魔に感じてくる。
自分の姿に自信がないオールス。
別にそんなことを気にしなくてもいいのに、目を逸らして少しぎこちなく答える。
「いや、いつも通りかっこいいよ」
「本当か! それは嬉しいな」
涼しい顔で笑うリーシュをオールスは少し距離を置いて、イケメンのかっこ良さに負けてしまう。
はああ、何で攻略対象はみんなイケメンなんだ?
まあ、一応俺もイケメンに入っているけど・・・でもそれでも、リーシュとスーシャは王子だからかっこいいのは当然だよ。ゲームのキャラはみんな可愛くてかっこよくて前世の俺からしたら羨ましい。
きっとこれから始まるニシリーズに出てくるキャラもみんな顔がいいんだろうな。
「はあ」
「どうしたの? お腹が空いているなら食べさせてあげるけど」
同じく隣に座っている、いや、右隣にいるリーシュと左隣にいるスーシャの王子二人に挟まれているオールスは朝から二人に自分の方がオールスを好きだと言い争って仲良くしているのかが分からなくなっていた。
「リーシュ、スーシャ。俺は自分で食べるからけんかしないで」
手を広げて止めたらあっさりお互い納得して元に戻る。
「はあ、今日から旅行に行くのはいいけど、本当にこれでみんな仲良くなれるの?」
左目を黒眼帯で隠すスーシャをまだはっきりと見られないオールスは少し目を壁に移して苦笑いを浮かべた。
「あははっ、まあ、やってみないと分からないよ」
「そうだね。何でも試してみないと始まらないからね」
「ああ」
「・・・・・・」
全く目を合わせないオールスに、スーシャは違和感を感じて頬を撫でて質問する。
「ん? オールス、どうしてさっきから僕の目を見てくれないの?」
「え! いや、それはその」
「もしかして、まだ気にしているの、僕の左目のこと?」
「あ」
スーシャがそっと顔を近づけて眼帯を外し、瞑ったままの瞳をオールスの手を握って触れさせる。
それがオールスにはスーシャを傷つけてしまったと深く後悔し、静かに首を横に振って否定した。
「違うよ。俺は自分の力の弱さを感じていただけだよ。スーシャの目を見られないなんて、婚約者失格だからね」
その当然の言葉に、スーシャは満面の笑みで頷いた。
「そうだよね。へへっ」
そう。
オールスは勝手に自分の名前でサインされた婚約書が正式に認められてしまい、もうオールスはそれに逆らうのは禁止されており、自分も受け入れるしか方法がなかったのだ。
でも。
「えへへ、せっかく婚約者になったんだからもっと触れ合ってもいいよね?」
「そう、だね。あはは」
どんな顔をしてもスーシャは全てを受け入れる。これが毎日続けばいいけど・・・。
「んっ」
お腹の空腹の音が限界になり、オールスは慌てて食事を始め、目の前に置いてあるクロワッサンの形をした謎のおいしいパンを十個食べていく。次に野菜と大きなベーコンを口に入れていたら、そのおいしそうな顔をするオールスを羨ましそうにスーシャが見つめて握っているナイフとフォークを取ってキスをする。
が。
「あ、ちょっとまだ食べている途中なのに」
「ダメ? こんなに可愛いと言ってくれたんだから、僕の好きにさせてよ」
甘えた声で耳元で小さく囁いているスーシャをそっと離して、オールスはまだ鳴り止まないお腹を満たすことに精一杯になっていった。
それをスーシャは嫉妬して、ため息を吐く。
「はあ、そんなにお腹が空いているなら僕が全部食べさせてあげる」
「え」
オールスを自分の膝の上に座らせて、スーシャはナイフでベーコンを器用に切って、フォークで開いている口の中へ入れる。
「は、ああ」
「どう?」
「おい、しい」
丁寧にオールスのちょこっと残った寝癖を撫でて、スーシャは満面の笑みを見せた。
「えっへへ、そうだよね。僕が食べさせてあげているんだから、当然おいしいよね」
「うん、そうだね」
偽物だった時も変わらずスーシャは同じ笑顔を見せてくれた。
それが俺を恋に落とした一つの理由でもある。
はあ、恋人って何でこんなに可愛いんだろうな。
前世では告白をしても毎回断られていたが、この世界に転生してからはみんなが俺を好きになってくれて生まれて初めての恋人が隣にいてくれる・・・その幸せを感じられる俺はこれからの試練を乗り越えて行けるはず。
オールスが食べ終わったお皿を重ねて立ち上がる。
「ごちそうさま。今日もおいしかった!」
「あっ」
豪快に歯を見せて笑うオールスをリーシュとスーシャはさらに好きになり、自分たちも立ち上がってそのまま三人で抱きしめ合う。
「おっ、と」
「えへへっ! 僕の婚約者はこの世界で一番笑顔が似合うよ」
「そう、かな?」
「ああ、そうだ。私が先に婚約を申し出ていたら遠慮せずにいられたのに、残念だ」
「へへっ、兄様。これは早い者勝ちですよ。敗者は勝者に一生敵いませんからね」
「スーシャ、言い過ぎだよ」
「どうして? 正しいことを言って何が悪いの?」
偽物と同じような強い口調。
別にそれはいいけれど、オールスにとってはまだスーシャが闇に染められているのか心配にになる。
「スーシャ、少しだけ我慢してね」
「は? 何を、うっ」
「う、はあ」
「良かった、取れて」
この闇のかけらはなぜ今でもスーシャの中に深く残るのか・・・その理由が分かればメリリの闇落ちの正体もきっと知られるのに。
自分の考えている姿を不思議そうに見つめてくるリーシュとスーシャを不安にならないようにオールスはそれぞれ片手で頭を撫で、温かいこの雰囲気の中、一人の執事がお辞儀をして少し距離を置いて現れた。
「失礼いたします。そろそろお時間になりますので、馬車へお乗りください」
「ああ、分かった」
リーシュが素直に馬車に移動しているのを横目で面倒くさそうに受け流すスーシャはその執事を睨みつけて怒りの笑みを見せた。
「はあ、君はいつも大事なところに現れるから困るよ」
「申し訳ありません。仕事なので」
目を逸らしてお辞儀をし続ける執事に、スーシャは諦めて短いため息を吐く。
「ふん、まあいいよ。仕事なら何でもやっていいわけじゃないからね。それだけは忘れないで」
「はい」
「行こう」
「あ、うん」
スーシャの手を握って二人はリーシュとは別の馬車に乗った。
それから約三十分かけて別荘に着いた。
「わああ、大きい」
「汚れてないといいが」
「もし汚れていたら、後から来るヨカエル・クウシュに全部任せればいいですよ」
「え、それはさすがにダ」
「そうだな。その方が早く終わるだろうな」
「えー」
別荘は木造の四階建てでとても大きく、自然の木の香りが鼻の中を優しく通り、居心地がとてもいい。
久しぶりの別荘に来れたことに、リーシュは嬉しくて笑顔が幼く可愛い。
「ふっ、ここは本当に何も変わらないな」
その可愛らしい姿を見て、オールスも満面の笑みで嬉しく思う。
「ふうっ、ここに泊まれるなんて幸せだ」
二人の笑顔を、スーシャも少しだけ笑って見せた。
「そうだよ、ここは王が設計した素晴らしい物だから気に入ってくれて良かった」
現国王の「ローミア」は元々自然が好きでよく森の中で静かにたった一人で緑に囲まれながら寝るのが密かな趣味だった。だが、それではもう足りずに自らが設計したこの別荘で一年前までは毎日ここで暮らしていた。
それをわざわざリーシュが自分のお金で買った。
そう。
闇が誕生するまでは。
「二人は何年ぶりにここに来たんだ?」
「私が病で倒れて動けなくなる前、六歳が最後だった気がするが」
「そうですね。僕も兄様と同じ年、五歳が最後でした」
「へえー、そうだったんだね。じゃあ、全力で楽しまないとね」
十年ぶりの思い出が詰まったこの別荘で六人は仲良くなれるだろうか?
まあ、それは俺の行動次第で決まることだ。できるだけみんなと一緒にいて一人にはさせない。
誰も一人にはしない。
この六人だからこそ、メリリの闇落ちとマメリーヌの新たな目覚めを止められることを祈って。
別荘の中に入ると、中はそれほど汚れてはおらず、美しいまま。きっと誰かが定期的に掃除してくれていたのだろう。
四階建ての建物なんてアパートとかマンションのイメージが強くあったけど、これもこれで十分楽しめそうだ。
「スーシャ、部屋割りはどうするんだ? 俺と一緒にする?」
何気ない質問のはずが、スーシャの怒りに触れてしまったようで、睨みつけられた。
「は? 何でわざわざそんな当然のことを聞くの?」
「え、ごめんね」
「ふん、僕たちは婚約しているんだよ。一緒の部屋じゃないなら誰と同じ部屋になるつもりだったの?」
頬を膨らませてやきもちを焼くスーシャがとても可愛らしく見えて、オールスは右手で顔を隠して照れる。
「そうだよね。俺たちは婚約しているのに同じ部屋じゃないなんておかしいよね。ごめんね、変なことを聞いて」
右手を顔から離して満面の笑みで謝ったら、スーシャは意外にもその笑みに惹かれて顔を真っ赤にした。
「はっ、もうそんなつまらないことは聞かないで、面倒だから」
「うん、次からは気をつけるよ」
可愛い。
恋人だからなのか?
こんなに可愛く見えてしまうのは・・・。
じっと見つめているオールスをスーシャは触れて欲しいと勘違いし、リーシュに見つからないように首筋を舐めていく。
「ひゃ!」
「しー、声を出さないで。兄様に気づかれたら面倒だから」
「でも、窓は空いているし、ヨカエルたちが来たらどうするんだ?」
「その時は堂々と見せればいい。僕たちは婚約しているんだから、誰にも反対させない」
「うっ」
低く暗い声でスーシャの熱が舌でどんどん溶かされていくように感じて、不思議と嫌にはならず、そのままでいたいと思えてしまうが自分がとてもよく心地いい。
「はあっ」
「しゅー」
首筋だけ舐められているはずなのに、体が自然と固まり、立ってはいられずにしゃがみ込んでしまった。
「スーシャ、もう、そろそろ、離して」
「何で? せっかくいいところなのに、止めたらこのままで動けなくなるけど、いいの?」
意地悪な甘い声で耳元で囁いてくるスーシャに、オールスは顔を真っ赤にした。
「く、嫌、だけど、でももうすぐみんなが来る。続きは後でいいから今は止めて」
その言葉にスーシャは大きく喜び、抱きしめる。
「本当! なら止めてあげる」
「あっ」
意外にも早く離れてスーシャは可愛い笑顔でオールスの両手を握る。
「続きをちゃんとしてくれるなら、今は我慢するよ。その方がもっと後で楽しめるから」
「そう、だね。あははっ」
オールスにはその「続き」の意味を理解しているのか怪しいけれど、スーシャが楽しいのなら何でも良かった。
この続きをするのが楽しみでしょうがないんだな、スーシャは。
お互い笑顔で楽しんでいる中、その様子を影からじっと見ていたリーシュが嫉妬を熱く燃やし、水の魔術、
それが一瞬のことで、スーシャは驚きと焦りで周りを何度も見てオールスを探す。
「オールス、どこにいるの?」
スーシャの震えた声を聞いたオールスは手を上げて呼びかける。
「スー」
「黙れ」
「んっ!」
リーシュ、何をする気だ?
スーシャに舐められた首筋をその上から舌で舐めていき、モヤモヤする自分の思いをこの感触でオールスの心ごと満たしていく。
「はあ、スーシャは私と違って君に対する欲が強い。全く、こんなわがままになるなんて予想外だった」
「わがまま?」
何を言っているんだ、リーシュ。スーシャはいつでも俺を大事にしてくれてそばにいようと頑張っている。ちょっとわがままかもしれないけど、俺はスーシャの自分に素直になれるそういうところを好きになったんだ、だから、リーシュには悪いけどこの手をどかす。
「うっ」
「な!」
オールスはそっとリーシュの体を押して、首筋をハンカチで拭いてスーシャの元に行く。
「スーシャ、ごめんね。心配したよね?」
「そうだよ。僕に心配させるなんてひどい」
震えた体で腕を組むスーシャは本気で自分を心配してくれていることにオールスは嬉しくなり、そのまま抱きしめる。
けれど。
「あ、何のつもり? これで僕が許すと思っているの?」
「ううん、別に許して欲しいとは言わない。ただ、スーシャが俺をいつも思っているのが嬉しいからこうしているんだよ。あっはは」
楽しそうなオールスの笑顔をスーシャが少し目を逸らして照れているところに、三人が約十五分遅れて来た。
「オールス、待たせたな」
「遅かったね、ヨカエル」
「ああ、ちょっと道に迷っていたんだ。許してくれ」
頭を下げて謝るヨカエルの肩を優しく叩いて、オールスは満面の笑みで首を横に振る。
「そんな、許すなんて言わないでよ。道に迷ったなら仕方ないよ」
初めて来る場所に迷うのは仕方ないよ。ヨカエルにはメリリとマメリーヌを安全に連れて来てくれたことが一番嬉しいのだから。
「お兄様」
「あっ、メリリ!」
真っ黒なばらの飾りがついた真っ黒なドレスを着たメリリが悪役令嬢だった時と同じ雰囲気を纏っていることに気づいたオールスは心の底から喜び、つい抱きしめてしまう。
「メリリ、待っていたよ」
「はい、私も早くお兄様に会いたくてずっと苦しかったです」
「苦しかった? どうして?」
「お兄様のこの温かさが私だけではなく、他のみなさんを魅了する力に憧れていたからですよ」
メリリの幸せそうな笑顔がオールスをもっと喜ばせ、自分の温かい心を満たしていくような気がした。
「ふん、君の妹は本当に君のことが大好きなんだね」
自分の嫉妬を恨んだ表情でソファで足を組むスーシャを、オールスはメリリの抱きしめている腕を離して頭を撫でると、それに素直に喜んで自分の頬に触れさせる。
「はっ、君は僕の物なんだよ。僕から離れるなんて絶対に許さないから」
まだ何かにに納得しないスーシャの両手を掴み、オールスは初めて自分からキスをした。
「え」
「ん、は」
みんなが見ているのに、なぜか今はスーシャに触れたくて心が震える。
どうして、俺はこんなにも熱い恋をしているんだ。
そのキスはみんなの視線が高まる中でも抑えきれずに何度も息が途切れるまで繰り返してやっと終わったのが約三分後だった。
「はあ、はああ」
スーシャは息を吸うのに必死になって、オールスは自分の唇を右手の人差し指でなぞり、その幸福感を味わう。
好きな人と触れ合うって、こんなにも幸せなことだったんだ。
前世では味わえなかった幸福。
これこそが自分の唯一の幸せなのだと、オールスの心は少しだけ勘違いした。
まだ油断できない問題があるというのに。
闇の王の存在。
それさえなくせばこの世界は闇に染まることなく、平和に暮らせる。
だが、その重要な物を見つけられたらマメリーヌとメリリは争うことはない。もしこの二人が争ってしまったら、オールスにできることはもう全てがなくなるだろう。
それもひどく悲しい姿で・・・。
それから六人は敷地内にある湖まで歩いて行き、自然の香りと風の音を楽しみながら優雅に紅茶を飲む。
「ふう、おいしい」
メリリの美しい笑顔にマメリーヌも続いて二人とも笑い合う。
「そうですね。この紅茶は特別な香りと甘みを感じます」
「ふふっ、マメリーヌさんは紅茶が好きなようですね」
「はい。紅茶は乱れた心を浄化してくれますからね」
意外な効果を知ったオールスは満面の笑みで会話の中に入る。
「へえー、そういう効果があるんだね」
「まあ、私の勝手な話ですけど」
少し苦笑いを浮かべて俯くマメリーヌを、メリリとオールスはそっと肩を撫でて首を横に振った。
「そんなことないよ」
「マメリーヌさんはとても素晴らしい人なんですから、もっと自信を持ってください」
メリリの満面の笑みがマメリーヌを笑顔に変えて美しく微笑み、頷く。
「はい! メリリ様と友人になれて私は幸せです。ありがとうございます」
慣れない感謝の言葉にメリリは少し距離を置くように小声で
「私の方こそ・・・」
と意味の分からない暗く落ち着いたのが、オールスには全く伝わらずにいた。
メリリ、今何て言ったのだろう?
オールスの不思議そうな違和感のある何とも言えない暗い表情に、スーシャが抱きしめて気を紛らわす。
「スーシャ?」
「君は今何を不安に思っているの? 良かったら僕が聞いてあげる」
「でも」
ゲームの話は絶対にこの世界の人には言ったらダメだ。言ってしまったら、その対策としてメリリとマメリーヌが引き離されてしまう。
強く唇を噛んで、オールスは一瞬だけスーシャから目を逸らして声を震わせて答える。
「ごめんね、確かに不安はあるけど、言えない」
その震えた声が、スーシャの心を寂しさに溶かして瞳を大きく震わせながら手を重ねた。
「どうして? 僕が誰かに話すと勘違いしているなら、君をおかしくさせるから」
「スーシャ・・・」
俺だって言いたいよ!
ずっとこのまま誰にも言えずに一人で戦い続けたらいつか体を壊してしまうかもしれない。その不安も含めて俺は言わないんだ、たとえ何をされたとしても。
オールスの本音は心の中でしか話さない。言いたいけれど、それを言ってしまったら誰かを傷つけることになる。
だから、今抱きしめられているこの腕を離して、できるだけオールスはメリリとマメリースのそばにいようとするが、何も話さないオールスに腹を立てたスーシャが水の魔術、
それに対してオールスは強い怒りを感じる。
「スーシャ!」
「何? せっかく僕が気にかけてあげたのに君はそれを無視して妹のところへ行こうとした。こんなにひどい扱いはされたくなかったよ。本当に君は自分が誰の婚約者なのか全く理解していないようだね」
「え」
そう言って、スーシャはキスをしようとするも、オールスの首にかけられているネックレスが自動的に反応し、それを拒む。
「ちっ、その首飾りはなんて厄介なの? 一度でいいから外してよ」
「いや、それはできない」
「は? 何で?」
「これは俺だけに与えられた特別な物だからだよ」
オールスの真剣な表情がスーシャの心をそっと優しく動かして術を解く。
「はっ、ありがとう」
「ふん、婚約者の君が大事にしている物なら僕も大事にしないとね」
「あははっ、スーシャは可愛い」
「そんな褒め言葉、嬉しくないよ」
怒りの笑みで感情を強く表すスーシャだったが、それも一瞬のことですぐに照れて顔を真っ赤にした。
照れたスーシャも可愛い。
「あははっ、はは」
オールスの楽しそうな笑顔に五人はお互い目を合わせて嬉しくなり、みんな手を握って円を囲むように集まる。
「みんな?」
「あっはは、オールス、君のおかげだよ」
「え?」
ヨカエルの言葉がオールスにとっては謎で、自分がみんなに何をしたのか分かっていない様子だった。
俺、みんなに何かしたのか?
返す言葉が出てこないオールスの背中をリーシュとスーシャがそっと寄り添う。
「そうだ、君は私たち五人を仲良くまとめてくれた」
「リーシュ・・・」
「はっ、オールスがいなかったら僕たちはこうしてお互いを認識することすらもなかったからね」
「スーシャ」
嬉しい。
みんながお礼を言うなんて夢みたいだ。
次々とオールスに感謝の言葉を伝えてくれる五人はみんな笑い合って、とても幸せそうに見えた。
「みんな、ありがとう。これからも六人一緒にいようね」
「ああ」
「うん」
「そうですね」
「はい」
「喜んで」
「ええ、お遊びはここまでよ」
「え、メリリ?」
突然の今まで聞いたことのない低く悪い声で一人立ち上がったメリリの顔は怪しげに笑っている。
「うふふ、あははははっ!」
「メリリ様?」
「何だ?」
「まさか」
メリリの闇落ち。
これは突然訪れる物だったのか?
オールス以外の四人が衝撃で何も言えない中、自分も立ち上がり、メリリの肩を掴む。
「メリリ、落ち着いて!」
「あははははっ、落ち着く? なぜ私がそのようなことをしなければならないの!」
「あ」
真っ黒な闇がドレスからメリリの体を染めて、紫色の真っ黒なばらが飾られているティアラが頭につけられて、全身が偽物だったスーシャと同じように黒くなっていった。
「そんな・・・遅かった」
メリリの闇落ちを止められなかった。
こんなのどうすればいい?
いや、待って。
メリリが闇落ちしたなら次に来るのがマメリーヌの新たな目覚めだ。
早くマメリーヌを遠くに連れて行かないと。
そう急いでマメリーヌにそっと立ってもらった瞬間、マメリーヌの体を白い輝きが囲み、溢れた輝きの中から桃色の弓と黄色の矢が飛び出し、それが手に握られる。
「これは、何ですか」
驚きを隠せないマメリーヌを見たオールスはもう自分にできることはないとしゃがみ込んで勇気を失う。
二つとも遅かった。
まさかこんなに早く二人が変わるなんて・・・そんなのずるいよ!
「うっ」
立ち上がらないオールスの腕をメリリが面白そうに強く掴み、闇の魔術で自分の目の前に立たせた。
「うふふ、お兄様、残念でしたね」
「・・・・・・」
動けないオールスを手の中から溢れる闇でその体を包み込み、その息さえも止めようとすると、黙って見るのが限界になったスーシャが
その力に、一瞬だけメリリの動きが止まった。
「くっ、何て力なの? と言いたいところだけど、残念ね。もうあなたに用はないわ」
「あ、う」
解放されたオールスを心配するスーシャの声は届かず、闇に負けそうな時、
『はあ、あの人はまだ来ないのかしら』
その時のメリリはキャラ設定とは違う誰にも秘密で隠していた森の奥にあるこの屋敷で、もう一人と一緒に闇の魔術の練習をしていたのだ。
そのもう一人は・・・。
『ごめん、待たせた』
たくさんの書類を手に持ち、丸メガネをかけた真面目な優等生のように見えるスーシャだった。
『遅いわよ。もう夜なのに、何をしていたのかしら?』
メリリが腕を組んで恨む怖い顔で理由を聞く。
『今日は僕の誕生日で舞踏会を開いていた。だから遅くなった、これでいい?』
そう。
この日はスーシャの十五歳の誕生日だった。今日一日みんなからお祝いの言葉をもらうのに必死だったため、ここに来るのが遅くなってしまったのは仕方ないが、メリリにはそんなことはどうでも良く、時間通りに来ないスーシャが全て悪いと深いため息でそう怒りを表した。
『はあああ、あなたが次期国王なのは誰でも知っている。けど、その王子が時間を守れないのはおかしいわ。次からは絶対に許さないから』
『うん、分かったよ』
『さあ、始めましょう』
『うん!』
この屋敷で二人は何百年も空席になっている闇の王の座を自分たちが継ぐために、ここで自分たちが開発した闇の魔術を完璧に使いこなせるように練習していたのだ。
誰も取らないなら、自分たちが先に取ればいいと。
闇の魔術は簡単に使いこなせるとは限らない。失敗をすればその影響で体を壊し、全てに負担がかかる。
しかし、それを分かった上でメリリとスーシャはこの闇を自分の物にしようと毎日必死で練習し、やっと掴んだのが体に埋められる強い力を持つ真っ黒な手のひらサイズのかけらだった。
そのかけらを手にした二人は早速それを自分の体の中に食べて飲み込み、中心で闇の力が動き出す。
『は、うううっ。い、痛いけど、これも私のため、世界を壊すためなのよ』
『そうだ、ね。この世界は僕たち二人で壊して闇の世界を作る。だからこんな痛みに負けたらダメだ、もっと強くしないと、うっ』
メリリとスーシャの目的はこの世界を闇に染めること。
そこでメリリは次期国王となる苦し悩んでいたスーシャに手を差し伸べて、一緒にこの世界を壊すことを約束した。
そのためにはどうしても闇の力が必要だったのだ。
闇は全てを悪に染め上げる力を持ち、それに抗う者がいないことを知ったメリリがスーシャの体を二つに分け、本物を闇のお城に保管し、偽物を闇の王として空席を何とか埋めることができた。だが、
もう一人で全てを壊して新しい世界を作り変える。
それこそがメリリの真の悪役令嬢としての義務なのだから・・・。
そして今、闇のお城に連れて来られた五人はゆっくりと目を覚まし、玉座に座るメリリを見て怖くなる。
「メリリ!」
「ふっ、ふふははははっ! ようこそ、我が城へ」
「メリリ様・・・」
「どうして」
玉座に座るメリリは悪役令嬢にはとても似合っていて美しい。
けれど、それがメリリの本来の姿だとしたら危険で誰も止められることはできない。
これはゲームとは違う。
現実その物だ!
「ああっ」
立ち上がる力がないオールスを心配するマメリーヌがそっと手を伸ばして立たせてくれた。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
が、今のオールスには何をすればいいのかが分からなかった。
どうすればメリリを止められるのか、何をすればメリリの破滅がなくなるのか・・・。
破滅?
そうだ、思い出した。
闇の女王になったメリリは新たな目覚めで覚醒したマメリーヌに倒される。
まずい、それだけはダメだ。
メリリが破滅してしまったら、俺は前世と同じように悔しくなる!
力が入らない体を無理やり動かし、勢いで走り抜けて玉座に座るメリリの手を掴み、抱きしめる。
「な、何をするの! 離して!」
「嫌だ、絶対に離さない。離したら君はこの世界から消える」
「は? 私が、消える?」
信じられないと激しく動揺するメリリの反応は正しく、オールスはその言葉がゲームをプレイしていたから分かっているとは言わずにゲームの結末を話し始める。
「メリリ、君はマメリーヌに倒されてこの世界から消えるんだ。それも存在を消されて」
「え・・・嘘」
「嘘じゃないよ・・・」
ごめんね。
俺はいつも自分のために行動していつのまにかメリリを一人にしていた。
最低だよね、苦しかったよね。
でも、俺はずっとメリリを守るために色々と頑張ってきたんだよ。
それだけは分かって欲しい・・・大事な兄妹として。
オールスの優しい笑顔にメリリはそっと離れて涙を流す。
「くっ、ん。うわあああああああっ、私が消えるなんて、そんなの嫌よ! どうして私がこの世界から消えないといけないの! 私はただひどく狂ったこの世界を変えるために闇の力を手に入れただけなのに、どうして私がこの世界から消えて誰もが私を忘れてしまうの!」
「メリリ」
泣き叫ぶメリリの涙は本物で嘘には見えなかった。
自分がこの世界から消えること、存在を忘れられること。
それがどんなに嫌で苦しいのか、オールスは前世の頃から当然知っていたため、闇の力が薄くなった今を狙って
「あれ、私は一体何をしていたの?」
闇の力を消されたメリリは驚きとショックで自分の手を見つめ、闇の力の黒い砂が残っているのをただ深く後悔して涙がさらに溢れ出していく。
「う、ああっ。私はどうしてこんなことをしていたの。闇の力を使ってもこの世界は変わらないというのに」
「メリリ様」
怖くなりながらもマメリーヌは温かくそばに寄り添い、抱きしめて落ち着かせる。
「大丈夫ですよ。メリリ様は絶対にこの世界から消えることはありません。私が約束しますから、もう自分を大事にしてあげてください」
温かく可愛らしい笑顔が次第にメリリの真の心を取り戻していく。
「ええ、私はあなたとずっと一緒にいたい。だから、もし私がまた闇に負けてしまったらその時はあなたが私を倒して」
「ダメですよ! そんなこと、絶対にしたくありません」
「ふふふっ、冗談よ」
「もう」
二人仲良く楽しそうに会話をしていると、メリリの頭につけられている闇のティアラが自動的に移動し始め、次に選ばれたのがなんとオールスだった。
「え、どうして俺が」
ティアラは真っ黒な王冠に変化し、それと同時に真っ黒だったメリリの姿が通常に戻って安心していたオールスだったが、王冠を外そうとしても、中々取れずに苦戦する。
「んっ、全く取れない。どうなっているんだよ」
「うはははっ、やはりあなたでしたか。真の闇の王は」
「誰だ」
「ん?」
玉座の後ろから現れたのは銀色の肩まで短く太い髪を右耳の位置で一つ結びにし、真っ黒な瞳。その姿は執事のようでキリッと美しく誰もが魅了されるような雰囲気を纏っているようだった。
それを見た瞬間、メリリは体中が震え上がって声も震えてしまう。
「あなたは、ラレル? どうしてここにいるのかしら? あなたはすでにこの世界から消えているはずなのに」
「え」
ラレル?
そんな人ゲームにいたっけ?
聞いたことも見たことがない「ラレル」という男は隠しキャラのリーシュとは全く違う存在のようで、オールスは戸惑う。
ゲームに登場していない攻略対象なのか、それともこの男が本物の闇の王なのか。
どちらにしても、一シリーズのキャラなのは確定しているのは分かってはいるが、この先をどう進めればいいのかが全く分からない。
せっかくメリリを闇落ちから救ったのに、マメリーヌがメリリを倒さずに済んだのに。
新しいキャラが出て来てしまったら、何をすればこの五人を守れるのか、誰か教えてくれよ。
オールスが一人頭を抱えて悩んでいたところに「ラレル」が手を差し伸べて
「行きましょう」
と言う。
けれど、オールスはその言葉の意味が分からずに首を傾げた。
「え、どこに?」
「玉座にですよ。陛下」
「陛下! 俺が?」
驚きで口がガタガタと震えるオールスに、「ラレル」は美しく微笑みかける。
「そうですよ。あなたこそが真の闇の王、オルス・フィア様です」
え?
オルス・フィアって聞いたことがないよ。
俺はオールス・アイショミアだ。
そんな奴知るかよ。
差し伸べられた手を強く叩き断ると、「ラレル」は大きく喜び、不気味な笑顔になる。
「うはははっ、それです。それこそが王にふさわしい。ありがとうございます、陛下」
「はあ?」
今ので喜ぶなんておかしい。
大体俺は闇の王じゃないし、なる気もない。連れて行かれる前にここから脱出しないと、危険だ。
とにかく早く!
オールスが
「は!」
「あっ」
「く、い、痛い」
スーシャやヨカエルたちが苦しそうに倒れてメリリとマメリーヌは二人とも傷だらけの状態でお互いを抱きしめて守り合っている。
その姿に、オールスの瞳は激しく揺れて戸惑いを全く隠せない。
「み、みんな。どうして・・・」
今、俺は何をしたんだ?
どうしてみんなを吹き飛ばした?
どうやってこんなことをして俺だけが助かっているんだ?
恐る恐る自分の体を触ってみたら、なんとかけらが全身に行き渡って、もう闇に染まり尽くしている!
「え、そんな、嫌だよ。俺は、誰も傷つけたくないのに、みんな幸せになって欲しいのにそんなことって・・・」
その言葉を最後に、オールスは倒れて前世の自分の部屋に戻って行った。
それが正しい道なら、もう一度やり直せるといいが・・・。
目が覚めた場所は前世と同じ散らかった部屋のままでゲームをセーブしていたところだった。
「あっ、俺はどうして、ここに居るんだ?」
確か俺は闇の王に選ばれてみんなを傷つけてそれから・・・えっ、思い出せない。
どうして俺はここにいる?
命を失ったはずなのに。
現実世界に突然戻ってしまった
さっきまで一緒にいたみんなを自分の手で傷つけて助けようとした時で心の音がポツッと、弾けたのを最後に体がオールスから
だが、現実世界に戻ってやるべきことなど全く思い浮かばない。
今まで通り、小説を書いてそれを本にして空いた時間にゲームをプレイする・・・それも悪くないけれど、どうせなら二シリーズも攻略したかった。
もっとみんなと一緒にいたかった!
こんな中途半端な終わり方ってないよ!
メリリの闇落ちを救い出せたのは良かったけれど、全く知らないキャラが来てオールスを闇の王に導くとか、こんなことあっていいはずがない。今までプレイしていたゲームがここまで壊れたら、もう俺にできることはないだろう。あったとしても、それをどう乗り越えればいいか、誰も教えてくれない現実はとても辛い。
ゲームの世界に転生して、俺は色々なことを知った。
失いたくない宝物の家族、何でも言い合える友人のありがたさ、生まれて初めての愛おしい恋人。
そんな俺に温かい心と人生の進み方を感じさせてくれたみんなを俺が自分の手で傷つけた。
最低だ。
自分でも驚くよ、こんなにひどく荒いのは・・・。
「はあ、みんな、大丈夫かな?」
心配をしてもゲームの世界に戻らなければ何も進まないし、変えることもできない。
一体どうすればここから戻れるのだろう?
ひたすら周りを見渡して何かスッテキやら魔術がこもった道具を探していると、目に止まったのがゲーム機を買った時にもらった鍵だった。
「そういえば、これをもらった時、店員さんが不思議なことを言ってた気がする」
そう。
貯めていたお年玉で近くの家電屋に行った時、レジを担当していた
『これは君の体に眠る強く輝きのある扉が現れた時に使える不思議な鍵なんだよ』
『へえー、それはいつ現れるの?』
『君が誰かを助けたい、闇を倒す。そう強く願ったら君の体から扉が出て来て、その鍵穴にこの鍵を差し込んで中に入ると、その願いが必ず叶う。でも、その鍵を使えるのは一回だけ。次はないから気をつけて』
『うん! 分かった、ありがとう』
『楽しんでね』
小さく手を振り、
が、
その記憶が蘇った
俺はもう一度転生して、みんなを助けて闇を倒す!
もし俺が闇の王になったとしても、メリリやみんなが幸せになれれば、それでいい!
俺の幸せはみんなが幸せになってそれぞれの夢が叶い、笑い合うこと。
だから、お願い。
俺をみんなのところに行かせて!
「はあああっ!」
全力を出し、
「よし、開く」
鍵を鍵穴に差し込み曲げると、風が強く吹き、その中へ吸い込まれる。
「わあああ」
「え、まさか」
目の前に立ち止まったのは呪いにかかり命を失った
久しぶりの再会に、
「古橋さん、どうして」
「やあ、久しぶりだね」
軽く手を挙げ、明るく微笑む
だが。
「古橋さん、俺、行きます」
「どこに?」
「みんなのところへです」
「みんなか、それもいいけど、良かったら僕も連れてってくれる? 楽しそうだから」
「え」
突然の誘いに戸惑う
けれど。
「何で? 僕が行ったら何か都合悪い?」
「いや、そうじゃないです。ただ今は俺だけで解決したいんです」
「ふっ、は」
「雨月君、僕は君を助けたいんだよ」
「え?」
何を言っているんだ、この人は。
「僕の願いは君の幸せなんだ。君はゲームの世界に転生してから人のことばっかり考えて自分のことはどうでもいい、それっておかしいよね? 自分が先に幸せにならなくて他の人を幸せにするって、実は大変なんだよ」
「・・・・・・」
自信を持って言う
確かに
でも、俺はみんなが幸せになれるなら俺も幸せになれると思っている。
今までの行動も全部みんなと仲良くするため、幸せになって欲しいという願いも込めてやって来たんだ。だから、
「うっ」
輝きが満ち溢れている道の先にはみんながいるため、その先に繋ぐ道を両手を広げて
が、
「ん」
「ふふっ」
え、今何が起こっているんだ?
キス、されている。
嫌だ、スーシャ以外からのキスなんて嫌だ!
自分の思いのまま強く床に突き放すと、
「はあ、はあ、はあああ」
後少しでみんなの元に行ける。
頑張るんだ、俺。
「はあ、はあ、は」
「そうはさせないよ」
「えっ」
床に倒れて動けないはずだったのに、
ここはどこだ?
俺は何をして・・・。
ゆっくり目を覚ますと、隣には
「はっ、みんな!」
「お、お兄様」
精一杯の力で傷だらけになりながらも、メリリはオールスの手を握って離そうとはしなかったようだ。
「メリリ! 大丈夫?」
その言葉に安心したのか、メリリの瞳は微笑みでそっと立ち上がり、その体をオールスが抱きしめる。
「メリリ」
「お兄様、私は大丈夫です。他のみなさんを」
「うん、分かった」
抱きしめた腕を丁寧に離し、オールスは玉座の前に倒れ込んだ他の四人のところへ行こうとした瞬間、隣に眠っていた
その悔しさで、オールスは怒りで大声を上げる。
「古橋さん! 何をするんですか!」
「ふふっ、別に何もしないよ。観察しているだけだから、怒らないでよ」
観察と言いながらも、
「ふふはっ、これがゲームの世界。現実とはかけ離れていて面白い」
楽しそうに笑っている
それに対して、
そのせいで顔が微妙になっているが。
「え、ちょっと、もう少しだけ触らせてよ。せっかくこの世界でもゲームをプレイしようと思っていたのに、これじゃただの見学になるよ」
「・・・黙って」
「え、今何て?」
遊びを止められた
「ちょっと! ダ」
「いいから、させて」
「う、ん」
二度目の
こんなところをスーシャに見られたら、俺は婚約者として、一人の人間として恥ずかしくなる。
「くっ」
恐る恐る視線をスーシャに移すと、その顔は憎しみと怒りで恐怖が生まれ、
「君、誰だか知らないけど、僕の大事な婚約者に勝手に触れたこと、絶対に許さない!」
そう言って、スーシャはやっと動ける体で水の魔術、
それを見たオールスは。
「スーシャ、ん、う」
やっと会えたことにオールスの心は満足して涙が止まらず、自然と床にしゃがみ込んでしまいそうなところをスーシャが抱えて受け止める。
「良かった、君が無事で」
「ふ、うん、俺、もう二度とスーシャに会えないのか不安で、怖くて」
前世にいきなり戻った不安とスーシャに会えない心配。
まだそれ以上に色々とあるが、またこうしてみんなの姿を見られたことはとても嬉しく、感動する。
泣き止まない涙をスーシャが左手でそっと拭って、おでこにキスをして満面の笑みを見せた。
「そうだったんだね。でも大丈夫、僕は絶対に君と結婚していつまでも君のそばにいる。それだけは忘れないで」
「うん、信じている」
オールスとスーシャが幸せそうに笑い合っている姿を、
「はあ、話はそれで終わりでいいんだよね?」
その声に、スーシャは力強く睨む。
「ちっ、まだ力があったなんて」
スーシャの後ろからまだ力が残っていた
それがオールスには、
「う、嘘だろう。俺と同じことができるなんて、あり得ない」
「ふはは、これでずっと一緒にいられるね」
「あ、何を言って。俺はそんなこと、願っていませんよ」
予想外の展開にオールスは驚きと戸惑いでいっぱいになった。
俺と同じようになるなんて、神は一体何がしたいんだよ。
乙女ゲームの展開は予想外だらけで驚いてばかり・・・。
それでも、オールスの思いは変わらず動き続けている。まだ起き上がらないヨカエルにリーシュ、マメリーヌの安全は最大限に守られているため、問題はないけれど。謎のキャラ「ラレル」に転生した
このゲームはただ同じことを繰り返すだけで、やり方を変えていけばみんな幸せになってまたさらに次に進んでいけばいい。
しかし、それが簡単であれば何も苦労はしないのに、もっと言えば、古橋さんが転生しなければ面倒な考えをせずに済んだのに・・・。
どうしてくれるんだよ!
というか、まだ俺は闇の王のままでこの城を出ても闇は消えない。
はあ、乙女ゲームって、何でこんなに難しいんだよ。もっと簡単にしてよ!
いや、ちょっと待って。
どうしてオールスが闇の王に選ばれたんだ?
まずそこがおかしい。
闇落ちするのはメリリだけでオールスはマメリーヌやスーシャたちと一緒に悔し涙を浮かべながらも倒してハッピーエンドを迎えていた、はず。でも、よく考えたら、ゲームの内容を思い出したら、隠しキャラのリーシュが出て来たルートでは闇の王となったメリリは新たな目覚めで覚醒したマメリーヌに弓矢で倒されてから約三ヶ月が経った頃、妹の死に耐えきれなくなったオールスはその跡を継ぐように一ヶ月でメリリと同じように闇の魔術を使えるようになった。真の闇の王として世界を全て悪に染めていたところを、密かに心に宿っていた水の魔術の源を隠し持っていたリーシュにその力でオールスは倒され、世界は闇から解放された・・・。
だから、俺の頭につけられているこの王冠は正しく、間違っていない。
けれど、隠しルートでも「ラレル」は一度も出てこなかったし、その存在をこの世界は知っているのか。
いや、分からない。
とりあえず、メリリの破滅は止められたから一旦それは「ラレル」と一緒に置いて、リーシュの覚醒を止めないと俺が破滅してしまう。
それだけは嫌だし、そんな大事なことを今まで忘れていた自分が憎くてしょうがないけれど、今は自分のことだけ考えてリーシュと向き合わないと、みんなの新しい生活を見守ることができない。
絶対に避けるんだ!
俺がこの世界を壊すなんてそんなこと、絶対にあり得ないのだから。
「リーシュ」
「何だ?」
呼ばれたリーシュはやっと起き上がった体でゆっくりオールスの元に立ち止まり、不思議な顔をしてオールスを見つめる。
そして、オールスは何となく苦笑いを浮かべた。
「いや、その、何か体に違和感はない? あるなら教えて」
「違和感か・・・」
自分の体を何度も見返し、どこに違和感があるのか探していたが、リーシュは何もないというような真剣ではっきりとオールスの手を自分の肩に触れさせた。
「え」
「今の私には何も違和感はない。ただ一つ、体の中心が少し痛いだけだ」
「それって」
まさか、まだ体の中にかけらが残っていたのか。
早く取らないと、次はリーシュが闇に染まってしまう!
「うっ」
急いでネックレスを右手で握りしめ、体の中心にあったはずの小さなかけらが予想以上に大きくなって、取り出すのに時間がかかりそうだが、オールスは一つも諦めずに
「はあ、はああ。ん、リーシュ、大丈夫?」
「ああ、平気だ。ありがとう」
「はあ」
良かった。
これで全部終わった、はずだよね?
体力を限界まで失ったオールスを、ヨカエルにスーシャ、リーシュがそばに来てオールスの頭を撫でる。
「みんな・・・」
「ありがとう」
「オールスのおかげで、助かったよ」
「はっ、君がいなかったら命を失っていた。本当にありがとう」
「そんな、俺は何も・・・あっ!」
突然体の中から大量の血が溢れ出し、オールスはいつのまにか深い傷をお腹で負ってその場に倒れた。
「あ、かっ。い、痛い」
「オールス! どうして」
「何があった?」
「分かりません。早く手当を」
「ちっ、誰がやった!」
「お、お兄様」
ヨカエルが緑の魔術で回復、
「かっ、ああ」
痛い。
どうして俺は怪我をしたんだ?
誰にやられて・・・いや、まさか!
嫌な予感で後ろを振り返ると、「ラレル」に転生した
「う、嘘だ。ラレルが、俺をリーシュじゃなくてあなたが倒すなんて、嫌だ。消えたくない!」
痛みを少しだけ忘れて大粒の涙で抵抗するオールス。
しかし、「ラレル」は不気味な笑みを見せてくる。
「ふふはっ、これは君を守るためにしたことなんだよ」
「え」
俺のため?
違う。
そんなの嘘に決まっている、惑わされたらダメだ。
涙を止めて、オールスは真剣な眼差しを「ラレル」、
「かはあっ、嘘を言わないでください。俺はもう命を失ったんですよ。それなのに急に過去に戻って、こんなのおかしいですよ」
血を吐きながらも強く抗うオールスを、「ラレル」は憎しみの笑顔で首を横に振った。
「おかしくない。この世界はゲームだ、現実じゃな」
「違う! ここは現実だ、ゲームじゃない」
「ふはは、君はそう思っていても僕はそう思わない。だって、現実世界で生きていた僕たちがこの世界で命を失ってもまた元に戻れるんだから」
「え」
この人は何を言っているんだ?
もしかして、俺が突然前世に戻ったのは
あり得ないことを感じ知ったオールスは最後の力を出そうと、
それを
「何をする気? まさか、僕をこの世界から消すつもりなの?」
「は、そう、ですよ。もしあなたが言った通り、この世界で命を失って過去に戻れるとしたら、俺はそれを信じてこの世界でのあなたの存在を消します!」
ゆっくりとメリリが立たせてくれたボロボロの体でオールスは、いや、みんなは「ラレル」を全員で消すことを決めてそれぞれの魔術でオールスの体に託し、その力で
「え、ちょっと待ってよ。本気で僕を消す気なの?」
「はい、そうです」
オールスの真剣な眼差しに、「ラレル」は、
「ごめんね、実はさっきの過去に戻るって言うのは嘘なんだよ」
「え?」
信じられないことをあっさり告白した「ラレル」を、
でも。
「雨月君、止めるんだ。そんなことをして何になるの? 僕が消えたら、もう君は過去には戻れなくなるよ」
「いいです」
「あっ」
「もう俺はこの世界の人間です。あなたに何を言われても、俺はみんなと離れる気はありません」
「くっ、そんな」
「ああ、ああああっ!」
「さよなら、俺の恩人」
「良かった。これで一安心だな」
「ええ、でも」
「はあっ、うう」
闇から解放されても、オールスはまだ傷を負ったままでどうすることもできずに五人は立ち尽くす。
「お兄様、申し訳ありません。私のせいで」
悔し涙を浮かべて反省するメリリを、オールスはなるべく笑顔で首を横に振り否定する。
「ううん、メリリは悪くない。悪いのは俺が自分を守れなかっただけだよ。だから、気にしないで、かはっ」
止まらない血が段々とオールスの体から出ていき、治す手段が分からなくなった。
どうすれば治る?
ああ、
自分のためにやってきたことが、実は自分を壊しているのだと、何で気づかなかったのだろう?
本当に俺は、この世界に転生したのが一番の幸せだった。
もう悔いはない。
諦めてこのまま全てを失おう・・・。
ゆっくりと目を瞑り、オールスは陽だまりの中で命を失えられるならそれでいいと思っていたその瞬間、空から一人の少女が降って来た。
「待って! 諦めないで!」
「えっ」
瞑っている目を急いで開け、その少女の姿を見て言葉を失う。
黄緑色の足まで長く細い髪を後ろで二つに分けて三つ編みにし、透き通った薄紫色の瞳で緑色の爽やかなドレス。
全く見たことがないのに、オールスはなぜかその少女を知っているように感じた。
あれ?
この子は、どこかで見たような・・・。
はっ!
そうだ、俺が書いていた小説の中で一番気に入っていた小さな神、シュルミだ。
思い出したというオールスの自然と笑っていた顔に思い切り両手を挙げて喜ぶシュルミがオールスに抱きつき、その嬉しさを感じさせる。
「やっと会えた!」
「う、うん。でも、どうして君がここにいるんだ?」
その率直な質問に、シュルミは歯を見せる笑顔で頭を撫でた。
「私は元々、この世界の神様なの」
「あっ」
嘘だろう。
俺の書いていた小説の主人公だったシュルミがこのゲームの世界の神だったなんて・・・信じられない。
「どうして」
「えっはは、あなたはこの世界を誰よりも愛してくれた。それが私は一番嬉しくて、あなたが小説家として生まれて初めて完成した小説を読んだ私は感動した。それで私はあなたをこの世界に招きたいと思い、私の名前をこっそりあなたの頭の中に入れて私の存在を本に書かせた」
「そんな、ことって」
驚きと戸惑いで怖くなったオールスを血がドレスについても気にせず、シュルミは続けて語り出す。
「あなたは今まで書いてきた登場人物の中で私を一番愛してくれた。私はその感謝を込めて同じように愛していたこの世界でここにいる五人と幸せに暮らして欲しくて。私はその力尽きた命をこの世界に運び、憧れているメリリの兄オールスに転生させた」
「あっ、それじゃあ、君が俺をこの世界に」
「そうだよ。この世界を誰よりも愛し、みんなを救いたいという一途な思いを私はずっと空から見守っていた・・・でも、そのせいで今あなたはまた命を失おうとしている」
「うっ」
シュルミが今語ったことは事実で嘘はないのを知ったオールス。諦めていたこの命を治そうとシュルミの手を借りながら立ち上がり、真剣な眼差しでお互いを見つめ合う。
「ごめんね。君のおかげで色々頑張ってきたのに、また俺は自分で与えられた命を失おうとした。本当に最低だ」
後悔の涙を血だらけの手で拭っていると、シュルミは満面の笑みでその手を握る。
「そんなことない。私はここにいる五人と同じようにあなたを愛している。それだけは絶対に忘れないで。その愛の印はあなただけが分かってあげられるんだから。えははっ」
「シュルミ・・・」
そのまっすぐで偽りなど吹き消すような神の導きみたいな笑顔に、オールスは心を自然と動かされた。
「はあっ」
「えっはは! 人生は楽しまないとこの先を見ることはできないよ」
「え」
シュルミがそっと握っているオールスの手を離し、少し離れた先で空の魔術、
「あ、痛くない」
両手を広げて体を回しながら全身を確認しても、その傷は元々なかったように軽く、命をもう一度取り戻した感覚に思う。
「わああ、ありがとう、シュルミ」
「えははっ、どういたしまして」
「お兄様、良かった」
「これで一安心だな。本当に、本当に良かった」
小さな神はこれほどまでに可愛らしく、いつも誰かの力になれるような絶対に失いたくない存在にたくさんの輝きを纏ったその姿を見れば、誰もが納得するだろう。
それがどんなに苦しくても自らの力で何度も立ち上がり、勇気を与える不思議な物だから。
それから、シュルミが空に帰ってから、六人はお茶の続きをして何気ない会話を楽しんだ。
オールスを取り合うように五人は押し合いながらそばに寄り添い、そのまま眠ったり、笑い合って・・・一日を終えた。
「はあ」
「んー」
今日は色々なことが起こりすぎて疲れた。
まさか
はああ、本当に今日は全部が終わるんじゃないかって不安になった。でも、スーシャにまた会えたことは俺の中で一番の喜びで宝物になった。
ありがとう、スーシャ。
隣でいい夢でも見ているような気持ちよさそうに眠るスーシャの頬にオールスはそっとキスをし、昼の続きなど全く思い出すことなく自分も眠りについたのだった。
三日後、オールス以外の五人は魔術学園の入学のためにそれぞれ屋敷に帰ってそれに暇を費やしたたった一人の男は溜まった締切の小説を一生懸命手を止めることなく書き続けていた。
「ううっ」
忘れていた!
みんなのことを考えすぎて小説のことは完全に忘れて帰って来たら、担当の編集者さんがめちゃくちゃ悪魔のような恐ろしい顔で屋敷の前で一睡もせずにずっと立って待ってて、やっと締切を思い出した。
俺は今、前世では体験したことがないほどに焦り、羽ペンを動かし続けている。
「はあ、休みたい」
「ダメですよ、お兄様」
仕事の都合で帰って行った編集者さんの代わりに準備が全て終わったメリリがマメリーヌと楽しそうにオールスの書いた本を読み合って、手が止まれば強く注意され、休む暇を与えてはくれなかった。
「メリリ、少しだけでいいから休ませて」
「ダメです。一度休めば今の調子を乱してしまいますよ」
「うっ」
メリリの言う通り。
調子良く手を止めずに書き続けている手を止めればすぐに元に戻すことはできないため、限界を超えても休みはもらえそうにはない。
はあ、悪役令嬢だった時以上にメリリは強くなってそれ以上に美しくもなっている。前世の俺としては嬉しいけど、もう少し柔らかくしてくれたらはかどるんだけどな。
「はああっ」
「はい、ため息は禁止です」
「え! どうして?」
「ため息は幸せを逃す物だからですよ。そんなことも分からないのですか、小説を書いているのに」
怪しく笑って兄をからかう妹。
オールスはその言葉が今の自分に一番効果を与えられた気がして微妙に笑った。
「はっ、そうだね。ごめんね」
その微妙な笑みが、メリリには面白かったのか、楽しかったのか。
なぜか明るく笑っているように見える。
「ふふっ、分かったのなら続けてください」
しかし、オールスは。
「はい・・・」
ため息を禁止されたらもう何も言えない。
憧れのメリリの顔を見ているだけでも頑張ろう。
やる気を精一杯出して続きを始めて約一時間後、ようやく書き終わった小説をちょうど来た編集者さんに見せて確認してもらい、その小説を持って行かれた。約五時間という長い間で体力を半分使い切ったオールスは寝台で横になり、起きようとしたらいつのまにかスーシャが自分の体の上に乗っていた。
「ん? スーシャ、どうしてここに?」
「君の様子を見に来ただけだよ。仕事を頑張っていたそうだから」
スーシャの可愛らしい笑顔にオールスの心は喜びでいっぱいになり、満足した微笑みでスーシャの頭を撫でる。
「ありがとう、スーシャ。来てくれて嬉しいよ」
「えっへへ! 婚約者として、君の体は大事だから見に来るのは当然だよ」
撫でられている手を自分の頬に触れさせてスーシャは遠慮なくオールスにキスを何回も何十回も繰り返し、その度に笑顔を見せてくれた。
この笑顔に何度も救われた。
俺よりも四歳年下なのに、可愛くて自分勝手で強く守ってくれる・・・こんな俺でもそばにいてくれるスーシャが本当に大好きだよ。
そっと手を伸ばし、抱きしめてあげると、スーシャの顔は真っ赤になって恥ずかしそうに見える。
「ん? どうしたの?」
「・・・悔しい」
「え、何が?」
どこか自分が何をしたのか周りを見渡してもそれらしい物が見当たらず、オールスは首を傾げて悩む時に、今度は耳も赤くなった。
「スーシャ、熱でもあるの?」
「・・・違う」
「じゃあどうして、こんなに赤いの?」
真剣に聞いてもスーシャはオールスの体に俯いて理由も話してくれないまま約十分が経ち、そろそろ起き上がろうとしたらそれを拒むように布団を握りしめて止める。
「スーシャ」
どうして何も言ってくれないんだ?
理由があるならちゃんと聞くよ。
「はあ」
「君、よりも」
「うん?」
スーシャは大きく息を吸い、心に抱える悩みを口にする。
「君よりも体が小さいから悔しいんだよ!」
「えっ」
そんなこと、だったの?
予想外というか、小さな悩みというか。
スーシャの叫びはまだまだ止まらない。
「どうして僕は君よりも小さいんだよ! どうして僕は君と違って子供なの!」
「スーシャ、落ち着いて。分かったから」
「はああ、はあ、はあ・・・」
屋敷中に広がったスーシャの大きな悩みであり、本音。
これを初めて聞いたオールスは一瞬驚いたが、恋人の本音を聞けたのはとても心に強く響き、起き上がってさらに抱きしめた。
「分かったよ」
「え」
「スーシャの思いが聞けて良かった。でも、よく考えたら俺は十九歳でスーシャは十五歳だから、まだ成長途中の君が今は小さくてもこれから背が伸びれば俺と同じ高さになるはずだよ」
「あっ、確かに」
「ね、俺はもうこれ以上は伸びないから、スーシャが俺以上に背が伸びたら、今以上に抱きしめてよ」
そう耳元で甘く囁くと、真っ赤になった顔と耳は元の色に戻って落ち着いた。
「そうだね、そうだよね! 僕は十五歳なんだから、これから君以上に伸びるのは当然だよね」
「うん、そうだよ」
「えっへへへ」
元気な少年の笑い声は今は可愛くても俺と同じ大人になったら、きっと今以上に頼もしくなり、大事に守ってくれるだろう。
その成長も一緒に見守りたいな。
「あははっ」
美しいオールスの微笑みにスーシャの心は魅了され、自分の膝の上に座らせた。
「わあっ!」
「君の悩みは何?」
「え」
「僕の悩みを聞いてくれたから、次は君の悩みを聞かせてよ」
「お、俺の悩みか・・・うーん」
俺は小説家だ。
でも、本音を言えば、魔術学園に行く五人の仲とスーシャの成長が見たい。
だけど、それは叶えられない。
もう学園を卒業した以上、ヨカエルみたいに働くなら、いや、それはちょっと俺には無理だ。俺は人に教えることなんて苦手すぎて向いてない。
うーん、どう伝えればいいんだろう?
一人難しく悩んでいるオールスを、スーシャが顔を近づけて満面の笑みで「分かった」と何か理解する。
「スーシャ?」
「君も僕たちと一緒に学園に通ってもらう」
「え! そんなこと、言ってもできないよ」
「できるよ! それが嫌なら学園で小説を書けばいい」
「ええっ、それができるならそうしたいよ」
もう一度学園に通うのは少し嫌だ。
歳が離れた人たちと一緒に勉強する・・・想像しただけでなんか嫌だけど、スーシャが言った通り、学園で小説を書いていいなら喜んでやる。
「うん、もしできるなら俺も学園に行く!」
「じゃあ決まりだね」
「うん!」
ゆっくり膝の上から降りて、「一緒に食べよう」と食事を誘い、スーシャは楽しそうに笑って手を繋ぎながらメリリやマメリーヌと一緒に仲良く食事をし、明日の入学式に向けてそれぞれ、嫌々ながらもスーシャにもお城に帰ってもらい、その代わりの約束として朝早くにお城に来るようにキスの跡を首筋に残して帰って行った。
「ふうー」
「お兄様はスーシャ様のことが好きなのですか?」
「え」
突然のメリリからの質問に嬉しくなり、オールスは両手を握って頷く。
「うん、大好きだよ」
「あっ」
スーシャのつもりで言った言葉が、メリリには自分のことだと勘違いされてしまい、顔を真っ赤にしたメリリ。
「お兄様、私もいつかお兄様のように強くなれるように頑張りますよ」
「・・・うん、期待しているよ。君が大人になるのが楽しみだよ」
そういえば、メリリは好きな人はいるのかな?
いたら紹介して欲しいんだけど。まあ、今は分からなくてもいいか、明日から始まる学園生活を楽しんでくれれば俺は嬉しい。
「メリリ、明日から頑張ろうね」
「はい! お兄様のように魔術を完璧に使いこなしてみせます!」
やる気のある元気な返事がとても愛おしく、本当の妹みたいに可愛く見えるのだった。
翌日の朝、オールスは約束通りいつもより早い時間に目を覚ました。紺色のスーツらしきキリッとした物に着替えて紙と羽ぺんをカバンの中に入れて屋敷を出て行き、馬車で少し早い約十五分で着いた後、使用人に案内されたスーシャの部屋にそっと入り、起きるのを待つ。
「はああっ」
まだ眠いせいか、あくびが止まらない。
でも、スーシャはまだ寝ているし、起こさないように昨日の続きを書いて次の締切に間に合うようにしよう。
カバンから紙と羽ペンを出し、部屋の隅にある机でこっそり書いていると、部屋の壁から扉が現れ、それに吸い込まれように中に入ってしまった。
「え、ここは」
そこは消えたはずの闇のお城だった!
「どうし、て、スーシャの部屋に繋がっていたんだ? まさか、また闇の王を探しているのか?」
走って玉座の前に立つと、真っ黒な闇の王冠が置かれている。
「待って、メリリたちが今日入学するということは、もう二シリーズのゲームが始まっているんだ!」
急いで戻ろうとするが、いつまた闇の王が出て来るか分からないと、オールスはその王冠を手に取って
「はあ、はあ、急いで学園に行かないと」
走ってスーシャの部屋に戻ったオールスを、起きたばかりのスーシャが抱きしめ、笑顔になる。
「おはよう、スーシャ」
「おはよう! 何をしていたの?」
髪を下ろした輝きの瞳を持つスーシャに、オールスは思い出したように目に留まった続きの小説を指差した。
「えっ、あ、小説を書いていたんだ」
「小説・・・そっか、うん」
「ん?」
嘘をついたことを否定しない様子に安心して扉があった壁を見てみると、もう消えていて何もなく、スーシャは鏡台の前に立ち、椅子をポンポンと叩く。
「髪、解いてくれる?」
「あ、うん」
スーシャの言う通りに髪を解いていつもと同じ二つ結びにしてあげたら大喜びでオールスの不安を吹き消すように抱きしめて、届かない身長に背伸びしてキスをした。
「へへっ、朝からこんなことができるってとても幸せだね」
「そうだね。いつまでもこうしていたい」
こんなに好きなスーシャと一緒に朝を迎えられたことに今は少しでも喜ぶんだ。
二シリーズのゲームが始まっても、変わらず俺は悪役令嬢の悲しみの結末を止めて何度でもこの世界を救ってみせる。
どんなに悪役令嬢が強くても、一シリーズのみんなの絆があれば何も怖くない。
前世の知識を全力で生かし、みんなの幸せを掴んでみせる。
そう強い新たな決意と共にオールスと紺色の前世で言うブレザーにズボン、茶色の靴に黄色のリボンに着替えたスーシャは馬車に乗り、王国の端にある広大な魔術学園の門を潜って入って行った。
この魔術学園は生まれ持った五つの魔術、炎に水、緑に陽。そして十万人に一人だけが選ばれる氷の魔術は今の時代にはマメリーヌの他にあと二人いるが、その魔術を使える人には国王から特別な称号が与えられ、魔術学園に無条件で入学できる資格を持っている。他の人から睨まれることはあるかもしれないけれど、その力を持っている限り、氷の魔術を持っている人はこの世界から消えることはないのだ。
一シリーズのゲームの設定ではマメリーヌだけが氷の魔術を使い、その力で人々を救って特別扱いをされて・・・前世の俺からすればマメリーヌはそれにひどく傷つき、悩み苦しんでいた。でも、今のマメリーヌにはその様子が全く見えないどころか、毎日幸せそうに暮らしている。それはそれで俺も安心するけど、マメリーヌの本音を聞ければもっとメリリと仲良くなれるはずなのに・・・それなのに。
オールスとスーシャよりも早く来ていたメリリとマメリーヌの楽しそうな笑顔が今はオールスには不安で戦える勇気が中々出て来なくて、華やかな花と爽やかな空の空気に悲しみを堪えて囲まれているだけだった。
「・・・・・・」
「オールス、見てよ。黄色のばらの花びらが散っているよ!」
「あっ」
満面の笑みでスーシャが偶然手のひらに乗ったばらの花びらを自慢して走って見せてくれる。
「どう? 美しいよね?」
「うん、すごくいい」
前世の入学式と言えば、ばらじゃなくて桜だった。
夢のような舞踊りで散っていく桜に俺は心奪われてとても好きだった。
しかし、この世界では、ばらが主役。
花と言えば、ばら。
ばら以外の花などこの世界には必要ないというような強く華やかで誰もを魅了する力を持つばらがあればこの世界は俺と同じようなやり方をすればもっとこの世界を救えるかもしれない。
それを使うにはまだまだ俺の力は弱い。
美しいばらには一生叶わないけれど、少しでもその美しさに勝てるように、いつかきっと俺なりの幸せを見つけていきたい。
「あっははは」
夢を持てる幸せ。
叶えたい幸せ。
その輝きも美しさを手に入れるのはこの先必ず現れるだろう。
オールスの頑張り次第では・・・。
オールスを含んだ四人は学園の中に入り、新入生の歓迎に先輩たちがそれぞれの魔術を披露し、笑い合っている。
転生したのが卒業した後だったからこの世界の学園を見たことがないから、何かスーシャたちと同じように新鮮に感じてしまう。
「すごい」
オールスの輝いている瞳にスーシャがそっと顔に手を伸ばして微笑んで頬を撫でた。
「そうだね。今日から少しそばにいる時間が減ってしまうけど、必ず夜には君に会いに行くから待っててね」
「うん」
この学園生活でスーシャが楽しんでくれたら俺もたくさん頑張らないとね。
「あはは」
「お兄様」
後ろから紺色のブレザーと紫色のスカートに一年生を示す黄色のリボンを着ているメリリがオールスの服の袖を握り、緊張しているようだ。
でも。
「メリリ、大丈夫だよ。ここにいる人たちはきっとみんないい人だから。安心して」
「はい・・・」
オールスの言葉でメリリは少しだけ緊張が和らぎ、隣にいるマメリーヌの手をギュッと優しく握って笑いかける。
「マメリーヌさん、なるべく私から離れないでください。私はあなたがいなければ不安になります」
「メリリ」
握られている手をそっと抱きしめて、マメリーヌは愛おしい笑顔で頷いた。
「私は絶対にメリリ様から離れませんし、離したくもありません。その思いは同じです」
マメリーヌの笑顔で全てに安心し、メリリはその腕の中で同じ思いを分かり合えて嬉しくなった。
「マメリーヌさん、ありがとうございます」
「ふふっ。こちらこそ」
その美しく愛おしい光景にスーシャは嫉妬して頬を膨らませ、オールスの肩に抱きつく。
「わっ! スーシャ、何に怒っているの?」
「君の妹だけ幸せそうな顔をしているから嫌になっただけだよ。ふん」
「スーシャ」
その嫉妬深い思いにオールスは頭を撫でて落ち着かせると、遠くから一人の少女が廊下の真ん中を堂々と歩き、四人の前に立ち止まった。
「あらあらー。第一シリーズのキャラはみんな仲良しでつまらないわね」
「えっ・・・」
今、一シリーズって言った?
もしかして、この人も前世からの転生者なのか?
その少女は真っ黒な背中まで長く太い髪を左耳の位置でお団子にし、紫色の鮮やかな瞳は新悪役令嬢に感じ見えた。
「君は、新しい悪役令嬢なのか?」
オールスの当然のような質問に、少女は強く華やかに胸に手を当てて怪しげな笑みをして見せる。
「そうよ。私こそが真の悪役令嬢にふさわしいナラスミニ家当主であり、第ニシリーズの悪役令嬢ユルル・ナラスミニよ!」
「はっ、そんな」
ついに現れた新悪役令嬢「ユルル・ナラスミニ」は二シリーズの悪役令嬢であり、次の闇の王になるべき存在だった。
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