悪役令嬢の兄は可愛い妹のために憧れた愛の誓いを守りたいが、モテ期のせいで自信がなくなる・・・。
@seitarou
第1話悪役令嬢に憧れた理想の世界
俺には子供の頃から憧れている人がいた。
自分勝手でわがままを言えばみんながその言うことを聞いて行動する。その人が満足するまで何度もどれが欲しいか選んでもらい、やっと満足した物だけを使って自分自身を褒めてそれ以外の物は全て消して頂点に立つことを夢見る・・・。
そんな密かに応援している俺が憧れている人は乙女ゲーム「あなたへの愛を込めて」の悪役令嬢メリリ・アイショミアだ。
悪役令嬢?
そうだ、子供の頃からプレイしてきた乙女ゲーム「あなたへの愛を込めて」キャラ、メリりは俺の心を簡単に奪い、その言葉も姿も全部が愛おしい。
見ているだけで幸せで、大人になった今でも愛して五百回以上プレイしても足りないくらいにハマっていった。
だが、大人になったということは仕事をしているということだ。仕事は生活にも影響するため、必ずするのは学校以外は部屋に引きこもっていた俺でも分かっていた。
だから、高校を卒業してからはゲームと同じくらいに好きだった本を書く「小説家」に二十一歳になった。
それから三年後の二十四歳になった今では俺は人気者となり、生活のほとんどが本で埋め尽くされてしまい、ゲームをプレイする時間がなくなった。
そのせいで毎日イライラして仕事を投げ出す日々が続いている。
部屋は散らかり、紙と万年筆はボロボロになり。大好きな本を書かないほど俺の心はゲームで全てを埋めていき、食事も忘れるようになって次第に俺は力尽きて誰もいない家の中で倒れた。
別に後悔したことはない。愛しているゲームを飽きずにプレイして毎日メリリを見て、楽しんだ・・・。
それだけでも俺は幸せだったはず。
逆に人生のほとんどをゲームに使って何が悪い?
俺は俺の幸せをただ満足していただけだ。
人に迷惑をかけていたわけでもないんだし、別にいいじゃないか。
目を覚ましたら、またメリリに会えるはずだから。
何時間眠っていたのだろう?
目を覚ますと、見慣れない何か神話的な絵が描かれている天井に俺の部屋にあるぺちゃんこな布団とは違うフカフカでモフモフのベッド。
一体ここはどこなんだ?
ゆっくりと体を起こし、寝台から立ち上がった
「え、嘘だろう」
鏡台に映るその姿は十九歳くらいで薄紫色の背中まで太い髪に星のように静かに輝く青色の瞳。
それはずっとプレイしてきた、乙女ゲーム「あなたへの愛を込めて」に登場する攻略対象の一人であり、悪役令嬢メリリの兄でもあるオールス・アイショミアだった!
「そんな、こんなことって、あるのかよ」
驚くのも無理はない。
だが、なぜ愛している乙女ゲーム「あなたへの愛を込めて」の悪役令嬢メリリの兄オールスに転生してしまったのかはまだ知らないのだった。
「はあ、マジかよ。これからゲームの世界で生きていくとか無理だろう。はああ」
弱音を吐くのも当然だ。
自分が命を失ったこと、ゲームの世界に転生したこと。
それを簡単に信じる人はこの世界には誰もいないのだから。
「はあ、いつまでも鏡の前に立っていても意味ないから着替えるか」
今着ている服は薄紫色のシャツに黒の細いズボン。貴族らしいと言えばそうかもしれないが、
「この上に、いや、ネクタイかリボンでもつければ何とかいけるか」
周りを見渡すと、この部屋はとても豪華で貴族ではなく王のお城ではないかと勘違いしてしまいそうになるが、ゲームの世界でも現実を思えばこれはこれで結構満足できる部屋であるのは間違いない。
いや、満足しないと心がおかしくなる。
そう思いながら靴を履き、部屋の奥にあるクローゼットらしき棚を見つけて細く小さい紫色のリボンを少し恥ずかしくなりながらも丁寧に胸元につけると、意外と似合っていて面白くなってきた。
「へえー、俺ってこういう服も似合うのか」
鏡台に映る自分の姿に満足しているのも一瞬でボサボサに寝癖が残っている髪を引き出しから櫛を出して解く。結んだことのない一つ結びを約十分苦戦しながらも、まとまって結べた気がした。
「ふうー、髪も結べたことだし、そろそろ部屋を出るか。お腹空いたし」
そう言って、空の日差しが眩しくなり始めて部屋を出てみたら、その目の前を一人の少女が優雅に何も乱れることなく通って行った。
「ん? あれは確か・・・」
記憶が曖昧で何となく見覚えのある気がした
「ねえ」
「あ」
振り返ったその少女の容姿は十五歳に見える。オールスと同じ薄紫色の背中より長く細い髪を左耳より高い位置で一つ結びにし、真っ黒な瞳。真っ黒な見たことのない花が描かれている紫色のドレス。
それはまさにずっと憧れている悪役令嬢メリリ本人だった。
「メ、メリリ」
「はい、お兄様?」
「え」
お兄様?
その言葉で、
「あははっ、ごめんね。いきなり手を握ってしまって」
「いえ、私は大丈夫です」
冷たく感情のこもっていない何もならない声でメリリはオールスを強く突き放して遠くへ消えて行った。
それを見た
「あれがメリリなのか? あんなに冷たくはなかったはずだ」
ゲームとは全く違う悪役令嬢。
プレイしていたゲームを思い出すと、メリリとオールスはとても仲が良い。メリリがわがままを言うようになったのは兄のオールスが原因だった・・・となると、さっきのメリリの行動はゲーム通りではなく全く新しいルートが誕生したことになる。
これは喜ぶべきなのか?
悪役令嬢メリリの破滅はヒロインの新たな目覚めで生み出す弓矢で闇の女王となったメリリを倒し世界を救う。
前世でプレイしていた時、雨月は何度も悔し涙を浮かべていた。どうすればメリリの破滅を止められるのか。ゲームで登場するキャラを細かく考えながらノートに書き、毎日頑張って考えていたが、何をしてもどうしようとも。ゲームを作った人にしかその設定も世界観にも叶うはずもなかった。
しかし、今は違う。
今の現実はそれを変えられる力がある。
新しいルートが誕生したということはメリリの破滅を止められるかもしれない!
いや、止めてみせる!
今度こそ、憧れの悪役令嬢メリリを救って幸せにするのだ。
そう気合を入れてはいいものの、立ち上がった瞬間力が入らなくなった。朝食のパンの味もおいしいはずなのに、メリリに突き放されたショックが大きかったのか。しばらくオールスはメリリに会いに行く勇気がなくなって部屋の扉の前で約三十分もの間、床を見つめてばかりいた。
「はあ、どうすればいい?」
そんなどうしようもないことを床に呟いても意味がないことはオールスでもよく理解しているつもりだ。だが、前世の
「お兄様、何の御用ですか?」
「いや、特に用はないよ」
「なら早くどこかに行ってくれませんか?」
「それは嫌だよ」
真剣でつまらない言葉を聞いたメリリはもっと睨みつける。
「は? いつからお兄様は私を気にかけてくれるようになったのかは知りませんが、私はお兄様が大嫌いなので早くどいてください」
強く滑らかな口調でそう忠告するメリリにオールスは感動してしまい、溢れた涙をメリリに見られないように両手で隠して満面の笑みでメリリの頭を撫でる。
「ちょっと、やめてください!」
「嫌だ」
やっと出会えた本物のメリリに触れられるなんて幸せ以外に言葉はいらなかった。美しい妹がこの現実で生まれて初めてできたことが嬉しくて逆に怖くなってしまう。
こんなに美しいメリリが俺の妹でいいのかが信じられない。ゲームの世界ではその容姿は全く同じで違和感はないかもしれない。けれど、前世と比べれば俺はこんなに美形で対してかっこいいとは見えなかったから、今撫でてているこの手を離すことは嫌だ。
オールスは仲良くしたい気持ちが強くあったが、よく考えてみたら、ゲームと同じように仲良くすると前と変わらずメリリは破滅してしまう!
そう知った瞬間、オールスは早く手を離してメリリから距離を取り、前髪を荒らして静かに「ごめんね」と謝った。
すると、メリリが一瞬だけ可愛い笑みを見せた。
「いえ、私はお兄様から何をされても別に構いません。ただ、何も言わずに触れるのだけはやめてください。いくら兄妹でも私はお兄様と仲良くするつもりは一切ないことを忘れないように」
強く美しい口調に安心したオールスはゆっくり頷いた。
「うん、分かったよ」
そう、それでいい。
ゲームと同じ展開を招かないためには憧れのメリリをそっとしておいて、俺がその陰で破滅を止めるために一人で頑張ればいい。
何事も最初は自分の力で試して失敗したら誰かに助けてもらい、その誰かと一緒に頑張る。
失敗を恐れるのは誰だって怖い。
俺だってそうだ。
破滅しない俺が勝手にメリリを救うなんて簡単じゃない。
もし間違えてしまったら、この世界を壊してしまうかもしれない。
そんな落とし穴に引っかからないように、オールスが今やるべきこととして、メリリから離れて嫌がらないほどに距離を取る。
一週間後のお城で開かれるメリリの誕生日パーティーでヒロインと出会うことをオールスは知っているため、それをどうするか部屋に戻って鍵つきのノートに羽ペンでルート変更を書き出していく。
「うーん、このパーティーでメリリはヒロインと初めて出会ってその可愛らしい姿に嫉妬して、次の日から意地悪な贈り物を送って自分が上だと思わせる・・・はあ」
年頃の子は難しくて一番困る。
俺も高校生の頃はよく親に迷惑をかけて反抗していたから分からなくもないけど、さすがにこういうことはしたことがない。
前世とこの世界は全く違って頭を悩ませることばかり。どんなに考えてもいい案が思いつかない。
それがゲームというものなのか、この現実であるのか。
どちらも分からない。
というか、十九歳のオールスは魔術学園を卒業したばかりで、今はこの屋敷でのんびりと暮らしている。前世で言えば「ニート」かもしれないなーと、
オールスの選択肢は二つ。
一つはこのまま「ニート」でいるか。
もう一つは前世と同じ「小説家」になるのか。
まあ、それなら答えは一つだろう。
迷うことなく前世と同じ小説家になる。
今まで自分がやってきたことには全て意味があるのは間違いない。
その選択も後悔も、全て自分が決めて正しい未来を探した。
どんな結末でもどんな始まりでも。
頭の中に浮かんだ一つの輝きが照らしたなら、それに従って前を向いて進んで行く。
そうすればきっといつかその選択が良かったと心から喜べるはずだから。
「はあ、これで決まりだな」
ん?
何が決まったのかというと、オールスはまずメリリに一番似合うドレスを選び、お城に行く。パーティーの中でメリリにはヒロインとあえて出会わせて友人になってもらう。
春から始まる学園生活をヒロインの他にも友人を増やして思い切り楽しませ、できるだけ俺もメリリのそばにいる。
しかし、何か足りないように思えてしまうが、まあそれはいいとして、仕事の話が一番先だ。
このまま「ニート」にならないために、オールスは前世と同じように小説を書き、それを友人の力を借りて本にする。
前世ではただ何となく書き続けていたらデビューできたが、この世界では分からない。
だから、オールスの友人であり、攻略対象のヨカエル・クウシュに早速会いに行こうと
オールスはノートを閉じ、鍵を閉めて本棚の裏に隠して屋敷を出て行った。
「友人は何があっても裏切らない。それはこの世界も、ヨカエルも同じはずだ」
馬車で約二十分と少し時間がかかってしまったものの、その景色は田舎の優しい香りがする。のどかな風景が見えるところにひっそりと立つ大きな屋敷に馬車から降りた時、屋敷の大きな扉が開き、ヨカエルが両手を広げてオールスを強く抱きしめて来た。
「わっ! ヨカエル、危ないだろう」
驚いて口が開いたままのオールスの姿に、ヨカエルはとても嬉しそうに、幸せそうに笑う。
「あっはは! いいじゃないか、学園の卒業ぶりに会えたんだから」
その笑顔で、オールスはゲームのシナリオを思い出し、クスッと笑った。
「ふっ、そうだね」
ヨカエルはオールスと同じ十九歳の少年。学園に通うようになって初めてできたたった一人の友人。
黄緑色の肩まで短い髪を後ろで小さくお団子にし、緑漂う緑色の瞳。
これぞまさにゲームの攻略対象と言ってもおかしくはない誇り高き美少年だった。
「さあ、外で話すのも疲れるから中に入ってくれ」
「う、うん」
背中をそっと撫でられて促されるままに屋敷の中に入り、オールスは満面の笑みで笑うヨカエルの部屋に連れて行かれた。
「さあ、座ってくれ」
「うん」
アイショミア家とは違う豪華で金があちらこちらに目立つ置き物に囲まれているオールス。ただそこに金できているであろう椅子に座るのが怖くなっていたが、それを不自然に思ったヨカエルが遠慮させないようにビシッと背中を叩いて無理やり座らせた。
「ヨ、ヨカエル!」
「ん? 何?」
王様と同じような金の椅子に簡単に座らせるなんてどうかしている!
オールスの怒りと気まずさが体の奥から湧き上がることを全く知ろうともしないヨカエル。その顔はまだ笑っていて、逆にそれが不気味に思えてくる。
「はあ、オールス。今日の君は変だよ、いつも座り慣れている椅子に座ろうとしないなんて、どうしたの?」
「え、変・・・」
まさか、バレた?
一瞬でヨカエルの笑みが崩れた。
ヨカエルに肩に強く手を掴まれて動けないオールスの心を動揺させて、自分がこの世界の人ではないと気づかれたのだと、
「・・・・・・」
それを冷たく感じたヨカエルは椅子から立ち上がって、今にも溢れそうな涙を瞳の中で閉じ込めて必死な顔をする。
「オールス、君は僕のことが好きなはずなのに、どうして僕の好意を受け取ってくれないんだ!」
「は」
好意?
一体それはどういう意味だ?
確か、ヨカエルにはずっと密かに語っていた妹メリリに恋をしていた。だから、オールスはそんなとても可愛い一面を持つヨカエルを応援するために、裏でメリリの好きな物や喜ぶことを教え力になって支えていた・・・はずだが、これもまた新しいルートが誕生して、ゲーム通りではなくなったらしい。
少なくとも、今顔を真っ赤にしてオールスにドキドキしている様子を見てしまえば。
「どうなんだ、オールス?」
体を近づけて床に押し倒すと、ヨカエルは遠慮せずどんどん近づいて、唇と唇が重なる瞬間を右手の人差し指でオールスが止めてしまう。
「ヨカエル、落ち着いて。君が好きなのはメリリだろう?」
「違うよ」
「え」
予想外の言葉に頭が真っ白になっているオールの体をヨカエルが抱きしめてその好意の意味を伝える。
「僕は君と出会ったあの日から、君のことが好きだ。誰でもない、オールス、君だけが僕の輝きだ。絶対に離さ」
「ちょっと待って! 俺は男だ、メリリじゃない」
なにかを勘違いしているオールスに、ヨカエルは不思議に首を傾げる。
「ん? オールスはどうしていつ僕が君の妹が好きだと言った?」
「あっ」
素直で正直な質問にオールスは心の中で悩む。
そうだった。
俺はこの世界の人じゃない。
ただ偶然この世界に転生した乙女ゲームを愛している現実世界の小説家だ。
それをどう話しても誰も信じてくれない。だから、今も目の前でオールスに恋をしてドキドキしているヨカエルの気持ちに答えることは今の
ただその質問に答える言葉が出てこなくなって時間が過ぎていく・・・いや、そうじゃない。
ここに来た目的はそれじゃない!
「ヨカエル、今の俺には君の好意を受けることはできない。でも、俺は君を友人として、とても好きだ! それだけは忘れないで」
体を起き上がらせてオールスが真剣な眼差しで恥ずかしさを忘れて本心を伝えると、ヨカエルは少しそれに満足して大きく笑い声を上げる。
「あっははは! 友人、分かった。今はそれだけで十分にしておくけど、春からはそうはしないからな」
「春?」
「ああ、春から僕は教師として学園に勤めるんだ」
「え! 知らなかった」
「まあ、君にはサプライズで一番に伝えたかったから今日来てくれて助かったよ」
実はヨカエルは最後の学園生活、四年生になって、幼い頃からの教師になる夢を叶えるためにこっそり一人で勉強を何度も何度も重ねて卒業を前に資格を取り、魔術学園に勤めることが決定されていたのだ。
そう知ったオールスは何となく頷いて苦笑いを浮かべた。
「あ、そうだったんだね。あははっ」
ん?
ということは、メリリの担任にヨカエルがなれば、いつでもメリリのそばにいられるかもしれない。
それに気づいたオールスは満面の笑みでヨカエルの手を握って感謝する。
「はっ! ありがとう、ヨカエル」
「何が?」
全くオールスが何を言っているのかを分からないヨカエルに、オールスは首を横に振ってまた苦笑いを浮かべた。
「いや、何でもない」
自分の計画が上手くいくもかもしれないという期待が豪華に咲くばらのように感じたオールスは両手を上げて喜び、メリリの破滅を止める新たな手段が見つかった。
そして、メリリだけではなく、ヨカエルにも新しいルートが誕生したとすれば、全てのルートを自分で思い描けばヒロインの目覚めとメリリの闇落ちがなくなるはず。
そう、全てを変えられるのならどんどん攻略対象とヒロインに会って行けばいい。
全てはメリリの幸せを掴むために!
「ヨカエル、実は君に話があって来た」
「何? 僕にできることなら何でもする」
美しく微笑んで協力の意思を見せるヨカエルを、オールスは満面の笑みでお礼と共に内容を話す。
「ありがとう。じゃあ早速三日後に本を出したいから協力して欲しい」
「本? 君が?」
意外すぎると、ヨカエルが瞳を大きく開いて驚くが、オールスは全くそれを見ずに窓から見える景色を見て頷いた。
「うん、俺は小説家になる」
ゲームの設定ではヨカエルの父親は俺と同じ小説家で俺よりも人気が高かった。初めはライバルとして嫌いだったが、今はそうは言えない。この世界でまた小説家になるためにはその父親の協力が必ず必要になる。
オールスではない
「分かった、協力する。大好きな君のためなら地獄に落ちても全ての願いを叶える」
「あ、ありがとう」
地獄って、すごく大げさだ。
こんなにかっこいい人が地獄に落ちることはまずないはずだし、オールスの願いを全て叶える必要もないと思う。オールスに対して本気で恋して会いに来ただけで喜んでくれるヨカエルに、オールスは少しずつ距離を縮めてその顔に触れてみる。
「え、オールス?」
「そのまま」
肌は滑らかで触り心地がとてもいい。どうしたらこういう温かい美しさを持てるのか、不思議に思えて無意識におでこにキスをしてしまった。
「オールス」
「あ、いやこれは、ごめんね」
急いで手を離すも、それが嬉しくて涙を浮かべるヨカエルにまた抱きしめられて、今日一日が二人の時間で終わっていくのだった。
三日後の今日、たった二日で物語を完成させたオールスは心と体を休めずに書き続けた結果、立つことさえも苦しく、寝台で横になるのに精一杯でいる。
「はあ、これを送れば本になる。良かった、まだ前世のやり方を覚えていて」
あの後二人は別れてヨカエルが父親に話を進めて翌日の昨日に許可をもらい、朝から今日の昼まで食事も睡眠も一切せずに集中したのが体に悪かったらしくて、今寝台で力尽きた通り、壊れていたのだった。
「はあ、もう三日もメリリに会ってない。癒しが欲しい」
何度も思うこの世界。
ゲームの世界とは言え、全てが変えられたキャラとルート。
この先が見えない不安とメリリの行く末は一体どうなって・・・。
転生して初日目の三日前。憧れのメリリと友人のヨカエルに会えたことはとても意味が大きい。
もしあの二人に会っていなかったら、前世と同じようにゲーム通りに事を進める方法しかなかったが、そう考えるのはもうダメだ。
ここはゲームの世界であり、現実世界でもある。この二つを前世と重ねて考えたら何も変えられないし、誰も幸せにならない。
この世界で暮らす全ての人を幸せにするのは無理だ。誰もが幸せに暮らせる世界があったらこんなに苦労して考えたりしない。
今の俺がするのはメリリの幸せのためにメリリの破滅を止めることだ!
これだけは決して忘れたらダメだ。
あくまで俺が願うのはメリリの幸せとこの世界の幸せを掴むこと。
そのためには、無理をしてでもこの重い体を起こしてメリリが今どう過ごしているのか見てあげないと、誕生日パーティーのドレスを選ぶことすらもできない。
何事も行動しなければ何も始まらない。
オールスは部屋をゆっくりと出て、手で壁を押しながら震える足で何とかメリリの部屋の扉の前に立ち、ノックをする。
「はい、誰ですか」
「俺だ、オールスだ」
「お兄様?」
声はとても高い。オールスを心配するようにメリリが扉を開けてオールスはその腕を掴まれて部屋の中へ入らされ、雑に床に転がった。
「痛っ」
涙を堪えて痛そうに足を丁寧に撫でているオールスの様子を見て、メリリは不気味な笑みを浮かべて、仕方ないと手を差し伸べて来た。
「え」
メリリ?
「ふふ、お兄様。私が好きなのでしたら、早くこの手を握って立ってください」
不気味な笑みとは裏腹にその言葉はとても優しく聞こえる。オールスはやっと悪役令嬢らしくなってきたと心の底から喜び、まっすぐな瞳で
「ありがとう」
と言いながら、その手を握り立ち上がる。
「メリリは可愛いね」
「は? それは褒めているのですか?」
「もちろん褒めているよ。だって本当のことだから」
嘘のないオールスの笑顔がメリリの心を、顔を真っ赤にさせるほどに和らげる。
「本当・・・なら、私を愛してくれますか」
「え、それは」
三日前とは違い、目を逸らして照れていることから、今は兄に甘えたいように思えた。
「お兄様、この間のことは申し訳ありませんでした」
「え?」
「あの時は私に似合うドレスが見つからなくて腹が立っていたので、決してお兄様のせいではないことを忘れないように」
「はっ」
やはりゲームと同じようにわがままは言っているらしい。オールスが嫌いなのにわがままは素直に言えてそこはゲーム通りで悪くはない。
全てがゲーム通りではなくなったら、逆にそれはそれで満足しないため、メリリのわがままはオールスにとって、結構嬉しい物だった。
「メリリ、今は何が欲しい?」
全力な笑顔でその美しい姿に手を伸ばすオールスに、メリリは迷うことなくその手を握りお互いを見つめ合う。
「私が今欲しい物は今度誕生日に着るドレスです・・・」
「ドレスか」
意外な言葉を聞いて驚くはずが、自分と同じ考えを持ってくれていたことが嬉しくて、つい抱きしめてしまった。
「お兄様」
「ごめんね、しばらくはこうさせて。ありがとう」
突然のお礼の言葉に、メリリは首を傾げて不思議に思う。
「は? 私は何か間違ったことを言ったのですか?」
その可愛らしく質問をしてくる声。オールスの笑顔は溢れて止まる気配など全くなさそう。
「ううん、そうじゃない。俺と同じ考えを持ってくれていたことが嬉しいだけだよ」
今のオールスらしい言葉を、メリリはクスッと少し嬉しそうに笑った。
「ふふっ、そうですか。しばらくお兄様に従いますよ」
「ありがとう、メリリ」
「はい」
うおおお!
これが兄妹の絆という物なのか、そうなのか?
いや、分からない。
ただ、メリリが初めてオールスの言うことを聞いてくれているこの事実だけが、唯一の救いな気がした。
それから約一時間はお互い会話を続けて抱きしめ合って夜になった。ようやくオールスが腕を離すと、その温かさに寂しさを覚えたメリリが意外なことにオールスに抱きついて離そうとしない。
「メリリ?」
もうこれ以上は嫌われてしまうから離したいのに・・・メリリはまだ顔が真っ赤だ。
憧れの悪役令嬢メリリと抱きしめ合った一時間はとても嬉しくて幸せだった。けれど、これ以上こうし続けたら嫌われるどころか、色々な意味でヤバい気がして、オールスは冷や汗をかいて焦りが体の震えにもつながっていく。
「・・・・・・」
メリリには幸せになって欲しい。
でも、それがメリリにとって良い物だったら俺は嬉しいけど、今は離した方がいい。
傷つけないように丁寧に抱きしめている腕を離そうとすると、メリリは首を横に振って断った。
「申し訳ありません。お兄様の温もりがとても優しくて離すのが怖くなってしまったので、もう少しだけこのままでいさせてください」
「えっ」
突然のキャラ設定がなくなったメリリの言葉に動揺するオールスの心は真っ白な霧のように黒く染まりかけた。
嘘だろう。
メリリが、設定がなくなるなんて・・・そんなこと、あっていいのかよ。
ゲームの世界に転生してわずか三日目で全てが消えたことを理解したオールスには、もう何をすればいいのか分からなくなっていった。
「お兄様?」
顔を上げて瞳を大きく揺らして心配するメリリに、オールスは微妙な苦笑いを浮かべ、返事をする。
「・・・あ、うん」
不安で一気に体温が低くなったオールス。心配するメリリの顔は悪役令嬢という強く勇気のある美しさをなくした可愛らしく陽だまりのように優しく温かい女神の微笑みが見えたことが信じられず、無意識に離れて距離を取る。
「お兄様」
距離を置かれたことが悲しくて暗い表情を浮かべるメリリ。
だが、オールスはその事実がまだ少しも受け入れられずに目を逸らした。
「ごめんね。まだ少し疲れが残っているみたいだから、部屋に戻るね」
目を逸らされたこともまたショックで床を見つめて涙を瞳の中で止めるメリリはほんの少しだけ頷いた。
「分かりました。無理をしないように」
「うん」
声の音も今までと違って幼い頃と同じように高く可愛い。が、もう今は頭がいっぱいいっぱいで考えることが嫌になり、オールスはしばらく部屋に閉じこもって時が過ぎるのを待ち続けた。
待ち続けた時はついにメリリの誕生日になってしまった。オールスは初日に計画したメリリに一番似合うドレスを選ぶことをどうするか悩み、勇気を出して乱れたボサボサになった髪を紫色のローブの中で放っておいて、近くの街に徒歩約十分で行き、ドレスを売っているお店に入って行く。
「何を買おうか」
ドレスは色彩豊かでどれも美しい。
本当だったら、メリリの好きな色を聞けば良かったが、こんな乱れて疲れ切っている自分を合わせるわけにはいかないと、オールス一人でこの店に来てしまったのだった。
「メリリの髪に合わせて、この薄紫色のばらの花びらが散っている黄緑色のドレスにしてあげよう」
本当だったら、この隣にある紫色のドレスを買ってあげたいけど、もう今のメリリには似合わないからやめておこう。
悪役令嬢というキャラではなくなったメリリにはもう何もできることはなく、今の自分を愛せているならもう全てが良くなっているはず。
お店の店員に選んだドレスを取ってもらって、持っているお金で支払いを済ませて屋敷に戻り、メリリに誕生日プレゼントとして渡す。
「メリリ、誕生日おめでとう」
「わああ、ありがとうございます!」
心から喜びを笑顔で表すメリリの姿はやはり美しい。悪役令嬢だった自分が消え去ったことを知らないメリリは笑顔でオールスの手を掴み、微笑む。
「お兄様、本当にありがとうございます。一生の宝物にします」
「そんな、一生は長いよ」
「いいえ、それでも足りません。お兄様が私のために選んでくれたことが私にとって、人生の中で一番嬉しいことですから」
「メリリ・・・」
今日の主役は俺じゃないのに、俺は憧れのメリリのお礼の言葉で少し照れて逆にこっちが嬉しい。
憧れていた悪役令嬢のメリリはもう戻って来ない。だけど、この笑顔はメリリ本人の喜びの言葉であることに変わりない。でもせめて、もう少しだけ俺の手で悪役令嬢のメリリを救いたかった。
「あ」
ゲームをプレイしていた時の後悔をこの世界でも味わうなんておかしい。
きっと何か裏があるはず。
このゲームは絶対に何か裏があり、闇がある。それを見つけるまではメリリを救ったことは取り消して、また新しくなったゲームの設定と新キャラを見つけ出す。
乙女ゲームは簡単に終わらない!
その表と裏でメリリの本当の幸せを必ず掴んでみせる。
だからもう何も迷わない。
前世の記憶を生かしてこのゲームを攻略する。
「メリリ、このドレスを着てくれる?」
「はい!」
明るく前向きな元悪役令嬢。
自分勝手でもわがままでもない大きな返事は・・・。
なんて可愛く愛おしいのだろう。
このまま時が止まればいいのに、どうして俺の涙は止まらないんだ?
嬉しいはずなのに、オールスの瞳から溢れる涙は言うことを聞かずに流れ続けて、止まることはなかった。
「うっ、ふん。何で?」
自分でもよく分からなくて涙を拭うことすらも理解できないオールス。
そんな兄のオールスに、メリリは妹として肩を撫でた。
「お兄様、やはりまだ疲れが残っているようですね。もう少し休まれた方が」
「いい! いいんだ、これは俺の感情が悪いから」
なぜか強がって雑に手で涙を拭ったオールスを、メリリは不思議に首を傾げた。
「感情、ですか?」
「そう、感情が全て悪いんだ」
オールスにとってはこの涙が「感情」によって止まらなくなる呪いにかけられているとメリリに伝えようとしたが、涙が声に詰まり、それが言えなくて、さらにそれで涙が溢れていくのだった。
「は、うっ」
この涙が、「感情」がどうか止まることを願いたい。
夕方になり、空は夕日で橙色に染まってとてもいい景色になっている。
「お兄様、大丈夫ですか?」
「うん、もう平気だよ」
「それなら良いのですが・・・」
オールスとメリリはそれぞれ正装に着替えて馬車に乗り、お城に向かっている途中だ。
メリリはオールスが今日買った黄緑色のドレスに髪は両耳より高い位置に真っ黒な細いリボンでお団子にし、オールスは青色のタキシードで黄色のネクタイが目立ち、髪はお湯で綺麗に整えていつも通り後ろで一つ結びにしていた。
「メリリ、楽しみだね」
「はい、十五歳の誕生日、しっかり楽しみます!」
全力笑顔で気合いを入れるメリリに、オールスも自然と笑顔になって頷いた。
「うん、頑張って」
アイショミア家の当主は昔から王と仲が良い。
偶然学園で同じクラスになり、隣の席でたった二日で「親友」から「恋人」になって、強い絆で結ばれていた。
それから長い時を得て、現在のアイショミア家当主でありオールスとメリリの父親「ケール」と現国王の「ローミア」はその歴史の影響からなのか? 今でもお互い仲良く「恋人」とまではいかないけれど、その仲の良さはこの世界で一番有名で誰もが憧れているそうだ。
お互いの家族をよく分かり合って、アイショミア家の誕生日は必ずこのお城で開催することが、この世界の決まりでもあった。
思い返してみれば、ヨカエルの告白とこの世界の王の歴史にはどれもボーイズラブの要素が含まれていることを改めて知って、不思議になってきた。
乙女ゲームにその要素があるのは別に悪くはない。ただどうすれば良いか分からないだけ。これは誰も悪くない、悪いのはこのゲームを作った人とメリリしか見ていなかった俺の夢のせいだ。
だから、この誕生日パーティーで出会うはずの主人公であるヒロインに会ってメリリと仲良くさせる!
ゲーム通りではなくなったことに感謝してオールスとメリリは約三十分で世界で一番高く豪華で夜には星の影が映る美しいお城に着いてから、オールスは中央の広間にいる全ての人からヒロインを見つけ出す。
あっ、いた!
一人ぼっちで退屈そうにアイショミア家以上に豪華で美しい天井を見る一人の少女。
桃色の肩まで短いフワフワの髪を左肩にまとめて三つ編みにし、黄色の星のように輝きのある瞳。青色のばらが散りばめられているように描かれている水色のドレス。
その可愛らしい姿はこの乙女ゲーム「あなたへの愛を込めて」主人公マメリーヌ・アルソレイで間違いない。
その姿を目にしたオールスがゆっくり静かに歩いて気づかれないように隣に立つと、マメリーヌは軽くお辞儀をして満面の笑みを見せた。
「初めまして。私はマメリーヌ・アルソレイと言います」
握手を求めてきたマメリーヌの丁寧な言葉遣いと好意。それに一瞬で惚れたオールスだったが、あくまでそれはゲームの主人公であって自分の憧れているメリリとは違うため、その好意は受け取るものの、すぐに首を横に振って断る。
「ごめんね。俺には命と同じくらい大事な妹がいるから」
「いいえ、構いません。私の可愛さを否定する人は初めて見たので、このまま婚約してくれると嬉しいです」
「え! 婚約!」
「はい」
その高く癒しのある声とは違う小さな怒りの声を聞いたオールスが少し驚いてしまったのをいいことに、マメリーヌは続けて耳元に背伸びをして甘く囁き始める。
「あなたは私だけを見ればいい。家族よりも大事な物は私が作ってあげるから」
「はっ」
メリリよりも大事な物を作る?
そんなことできるはずがない!
「うっ」
「え」
その強い決意と勇気でオールスが
「キャ!」
「何だ?」
「誰がやった?」
「まあひどい」
オールスが使った魔術、
その中でも
ヒロインがこんなことをするはずがない!
「君は自分が誰か分かる?」
オールスがそっと横に抱えて真の自分を聞くと、マメリーヌは涙を流して大きく頷く。
「ごめんなさい」
「ううん、悪いのは君の心を闇に染めた悪が悪いから。気にしないで」
オールスの温かい体温と声に、マメリーヌは満面の笑みになった。
「うっ、はい。ありがとうございます」
「あははっ」
転生して初めて慣れない魔術を使ったはずなのに、オールスの体は全く力が収まるどころか。さらにパワーアップして、その体から小さなばらの形をした橙色のかけらがネックレスとなり、そのまま首にかけられた。
「これは、俺の力の源?」
「そうです」
オールスがいなくなった寂しさを隠れた涙で堪えたメリリが後ろから近づいて背中を撫でる。
「お兄様の魔術が神に届いて、その源を与えてくださいました」
「神が、俺に・・・」
信じられない。
この世界に転生させたのもきっと神のはずだ。
それなのに、意味の分からない魔術の源を与えられて、俺は何をすればいいんだ。
自分の計画と理由を阻めたこの源をオールスは心から憎み、かけらを足で踏み潰そうとしたが、メリリの涙が溜まった瞳を見て、それが無駄だと思い知り、マメリーヌをゆっくり降ろし立たせて、唇を噛む。
「くっ」
「あの」
「お兄様?」
悔しい!
人生の選択は全て自分の判断で決まることが多い。
けれど、この転生は全てを失った上に、一から始めるなんて・・・そんな無茶振りがあって良いのか?
これはゲームを作った人と神が俺に与えた仕事なら成し遂げなければこの世界に未来はない。
悔しい気持ちを置き、変わらぬ決意と計画を心に抱いて、オールスは自分を心配するメリリとマメリーヌの手をそれぞれ握って
「大丈夫だよ」
と、落ち着きを取り戻した。
「そうですか。私はお兄様のそばにいないと不安になります。だから絶対に無理をしないように気をつけてくださいね」
「うん」
甘えた声でオールスに握られている手を自分の頬に当てて涙を流すメリリ。それが可愛くて今すぐ抱きしめたくなるが、たくさんの人の前ではできないと、オールスは満面の笑みでおでこを引っつけて我慢する。
はああ、メリリが甘えてる、可愛い。
こんなに甘い元悪役令嬢が存在しているだけでも幸せなのに、それ以上の物を求めてしまうのは自分の欲望のせいである。
そんな自分の事情を人に合わせてもらうのは絶対に違う!
今やるべきことはメリリとマメリーヌには友人になってもらう。今日の計画が成功しないと次に進めなくなるから、早く二人を仲良くさせないと。
「ねえ、二人は春から魔術学園に通うんだよね?」
「はい、そうです」
「私も同じです」
二人とも可愛らしい笑みを見せて、オールスは美しく微笑んで頷いた。
「うん、じゃあいい機会だし、二人とも仲良くしたらどう?」
「え」
「あっ」
上手く言葉が伝わっていないようだと思ったオールスが握っている手をそれぞれ離し、メリリとマメリーヌをお互い仲が良くなるように手を重ねてもらうと、二人とも照れた様子で顔を見ようとしない。
えっ、これは成功、したのか?
「二人とも?」
「・・・・・・」
オールスの言葉を聞いても何も反応しないメリリとマメリーヌ。
その不思議な光景を心配する周りの視線を気まずく感じるのが嫌になったオールスが思い切って、二人の頭を撫でて、一生懸命笑って
「お願い!」
と、言うのを待っていたのか。メリリとマメリーヌはお互い目を合わせて可愛い笑みを見せた。
「うっふふ」
「ふふ、お兄様はとても可愛いですね」
「そうかな?」
ん?
「はい。メリリ様の言う通り、とても可愛いです」
「今、名前」
今日の主役であるメリリの名前を楽しく言うマメリーヌにオールスは嬉しくなり、これで少しでも良くなったはず。
「あの、お二人の名前を聞きたいのですが」
満面の笑みでそう聞いてきたマメリーヌにオールスは少し焦って言葉を返す。
「あ、ごめんね。俺はオールス・アイショミア。よろしくね」
その焦っているオールスの姿に、マメリーヌはどこか嬉しそうに大きく頷いた。
「はい」
マメリーヌと握っている手を笑顔で見つめているメリリが続けて語り始める。
「妹のメリリ・アイショミアです。よろしくお願いいたします」
メリリが手を離し、丁寧にお辞儀をするとマメリーヌは慌てて自分もお辞儀をして挨拶した。
「マメリーヌ・アルソレイと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
お辞儀の角度と姿勢を見て、メリリがその正体を一瞬で見破り、真剣な眼差しで質問する。
「マメリーヌさんは庶民なのですよね?」
メリリの真剣さが一瞬だけマメリーヌの瞳を大きく震わせたが、同じく一瞬で元の姿勢に戻って真剣な表情で返事をした。
「はい。そうです」
メリリとマメリーヌの緊張した雰囲気に、オールスは首を傾げ、メリリの肩をそっと丁寧に叩く。
「メリリ、どうしたの?」
マメリーヌが庶民で珍しい氷の魔術を使えるのはこの世界でたった三人とされているのはゲーム通り・・・。
でも、それは誰もが知っていて何もおかしくないのに、どうしてメリリは少し怒った顔をするのだろう?
じっとオールスに見つめられていることに気づいたメリリはちょっとだけ首を横に振った。
「いえ、庶民の方がなぜ私の誕生日を祝いに来てくれたのかがちょっと気になっていたので・・・」
その納得の言葉に、オールスはニコッと笑い、二回頷いた。
ああ、そういうことか。
貴族であるアイショミア家の誕生日パーティーに庶民のマメリーヌが来ていることに少し嫉妬して嫌だったんだな。
しかし、俺は知っている。
実はマメリーヌは現国王「ローミア」にその力を認められて王国の記念日や誕生日の日には必ず来るようにと命令されていたのだ。
「メリリ、マメリーヌは氷の魔術を使える特別な人なんだ。だから王と深い関わりのあるアイショミア家の誕生日に来れるんだよ」
オールスの納得の言葉にメリリは半分だけ素直に受け止めてもう半分は嫉妬で怖くなって、暗く床を見つめてマメリーヌに謝る。
「そう、でした。申し訳ありません、気づかなくて」
今日の主役に暗い表情をさせてしまったマメリーヌは首を横に振ってメリリの頭を撫でた。
「いいえ、構いません。メリリ様の言う通り私は庶民。貴族のメリリ様とオールス様に簡単に声をかけたことがダメでしたね」
ヒロインとは思えないほどの優雅で美しい声は誰もを魅了する物で、お詫びの印にと渡された手作りのうさぎの手のひらサイズの人形をメリリは
「ありがとうございます」
と、可愛らしい陽だまりの笑顔で心から喜び、オールスも続けて嬉しく思う。
「ありがとう」
「いえ。喜んでもらえて私の方が嬉しいですよ」
満面の笑みでメリリとマメリーヌが笑い合う姿を見て、オールスも大声で笑った。
「あっはは! マメリーヌ、これからメリリと仲良くしてくれる?」
真っ暗な夜空に静かに流れる星々に囲まれているこの空間で最後にお願いしたオールスの顔。それは本気で向き合って、その美しい黄色の星の瞳にそう伝えると、マメリーヌは心から自分も同じ思いだと知って嬉しいように笑顔で頷いた。
「はい! メリリ様と友人になれたら私は幸せです。メリリ様も、いいですよね?」
その癒しの笑顔に釣られてメリリも真っ黒な瞳が一瞬揺らぎ、輝きを取り戻した。
「そうですね。私もマメリーヌさんと友人になりたいです!」
「はっ、これで決まりだね」
ようやく一つの計画が成功したオールス。二人が仲良く手を繋ぎ合っているのを見て心の底から安心していると、後ろから誰かが抱きつき、振り向いた瞬間でキスをされてしまった。
「んっ!」
「へへっ」
誰だ?
しかも、俺の初めてのキスを奪うなんて、どうかしている。
「ん、う」
そのキスは一瞬では終わらず、オールスの息が止まりかけた時を狙うまで止めずに続けていたのだった。
「はあああ、はあ、は」
「君、もしかして初めてだったの?」
「誰だ君は」
抱きつかれた腕を振り解き、その顔を見たら驚きで言葉を失った。
黄色の足まで長く毛先がくるくると曲がっている髪を後ろで二つ結びにし、夜を不思議に迷い込んだ紫色の瞳。
それはこの乙女ゲーム「あなたへの愛を込めて」の攻略対象であり、最終的にマメリーヌと結ばれるという本物の第二王子スーシャ・ソルヘストだ!
だが、このイベントにはスーシャは風邪で休んでいたはずなのに、どうしてパーティーにいるのかは何となく分かってきた。
もうこの世界はゲーム通りではない。
キャラ設定もなくなっているから、スーシャがここにいるのも納得できる。
けれど、なぜスーシャがオールスにキスをしたのかは一切知らずに意味が分からない。
それにスーシャもマメリーヌが好きで魔術学園に入学する前に婚約することを決めていたはず。だから、このパーティーに来ているオールスのことなど気にせずマメリーヌに話しかけて楽しんでいたとなると、スーシャが怒っている理由は分かった。
オールスが先にマメリーヌに会いに行ったのが原因で無理やりキスをされたのだ。
その理由に気づいたオールスは深く頭を下げて謝る。
「す、すみません」
「ん? 何が?」
「マメリーヌに先に声をかけてしまって」
「は? それは誰だよ?」
「えっ」
マメリーヌを知らない・・・本当にこの世界はゲーム通りじゃなくなっている!
ヒロインと攻略対象が結ばれないことを知ったオールスは頭を上げて瞳を激しく揺らしていく。
「あ、いや、知らないなら大丈夫です」
苦笑いを浮かべながら二人のところに戻ろうとするも、同じく十五歳であろうスーシャが予想外の強い力でオールスを引き止め、またもう一度キスをする。
「ちょ、ちょっと!」
「黙って」
こんな乱れた姿をメリリに見られたらまた一からやり直しになる。
それだけは絶対に嫌だ!
二十四歳の大人の力を振り絞って、オールスはスーシャを壁に突き放したが、それに何も動じずにただ笑い続けていた。
「へへ、えっへへ!」
「何がおかしい?」
何も気づいていないオールスの首を傾げて真剣に問いかける姿に、スーシャは怪しげな笑みを浮かべる。
「へへっ、だって、次期国王になる僕を殴ったってことはこの世界に反対するってことなんだよ」
「え、そんな」
忘れていた。
スーシャは第二王子だけれど、まだ登場していない兄の第一王子であり隠れ攻略対象のリーシュ・ソルヘストは第一王子であるものの、幼い頃から病弱でほとんどの時間を寝台で過ごしているため、次期国王になるのは生まれた時からスーシャと決まっていたのだ。
キスをされたのが嫌になって突き放したのがダメだった。
どうしよう、せっかくメリリとマメリーヌを仲良くさせたのに、このままだと俺は王から罰を受けて二度とメリリに会えなくなるかもしれない。
そんな大事なことを忘れていた自分が悔しい。
どうすればいいんだ?
「あ、あの。すみませんでした、突き放してしまって・・・」
急いでまた深く頭を下げて謝ると、スーシャはまた怪しげな笑みを浮かべて何か楽しそうに腕を組む。
「んー、本来なら罰を受けてもらうんだけど、特別に君は僕の婚約者として今日からこのお城に住んでもらおうかな」
「え! 俺は男ですよ、いいんですか?」
「いいよ。さっきのキス、とても心地良かったから」
「ああ・・・」
そうじゃない!
今日からこのお城で暮らすなんて嫌に決まっている。
もしここにいたらメリリに会うどころか、二人の仲を見守ることすらもできなくなる。
「お断りします」
「え」
「俺は妹と離れることはできません」
「へえー」
オールスの真剣でまっすぐな本心の青色の瞳が映る先にあるメリリとマメリーヌが楽しそうに会話をしている様子に気づいたスーシャが、この場にいる人全員の前で誓いの言葉を語り出した。
「ここにいる全ての民よ、聞いて。次期国王となる私の妃、オールス・アイショミアはこれから私と共にこの世界を救う」
「はっ」
俺と同じ。
世界を救うために俺と結婚してこの世界を救いたいと思っているなら、婚約するのも別に悪くはない、はず。
同じ目的でメリリを救い、この世界を救おうとするならこの王子を利用してもいいだろう。
「分かりました。あなたと婚約して一緒にこの世界を救います」
「へへっ、そうだよ。そうしないと、ね」
怪しげな笑みはムカつくが、スーシャは十五歳。オールスは十九歳。歳の差を考えればオールスの方が人生経験は幅広い。春から始まる魔術学園生活を見守るためには何としてでもメリリのそばにいる。小説家としても兄としても、大事な家族を幸せにしてこの世界を悪から救う。
次の計画が見えてきた!
だが、スーシャの宣言を聞いていたメリリとマメリーヌはオールスを心配し、そばに寄り添ってくれた。
「二人とも」
「大丈夫ですか?」
「嫌でしたら、断ればいいのに」
「ううん、俺は平気だよ」
嘘を含んだ心にない笑顔でそう伝えても、二人は顔を見合わせてさらに心配が増えていくだけだった。
そんな兄のオールスに、妹のメリリは少しだけ笑って見せる。
「お兄様、私たちはいつでもお兄様の味方でをあることを忘れないように」
「メリリ・・・」
その言葉で、オールスの手は震え始めて止められなくなり、ポツポツと雨のように涙が溢れていき、二人と離れることが怖くなっても自分の計画を進めることをやめるわけにはいかない。
全てはメリリの幸せとこの世界を救う未来のために。
「ありがとう。でも、俺は二人が仲良くしてくれるだけで嬉しいからそのままでいて欲しい」
オールスの震える手を二人はそれぞれ片方ずつ握って可愛らしい微笑みで笑いかける。
「はい。分かりました」
「お兄様、絶対に無理はしないでください」
「分かっているよ、メリリ」
うん、この乙女ゲームに登場するキャラにも幸せになって欲しい。みんなきっといい人たちでみんな協力し合えばこの世界を救うのはもうすぐ届くことを願って。
「楽しそうだね。僕も混ぜてよ」
「あっ」
また後ろから現れて今度は肩を撫でてオールスを抱きしめるスーシャに、二人は怒りを込めて「やめて」と静かに言う。
だが。
「嫌だね。そもそも、僕はこの世界の次期国王だ。僕の言うことを聞けないなら二度とオールスと会えなくするけど、いいのかな?」
「くっ」
「・・・・・・」
スーシャの言葉は間違っていない。でも、同い年のメリリとマメリーヌにそんな大人でも厳しくするのは腹が立つ。二人は今日出会って仲良くしてくれているのに、それに反対をしようと考えているとしたら、余計に腹が立って今すぐにでもこのわがまま王子を殴りたくてしょうがないけれど、オールスは二十四歳の大人で十五歳のスーシャを殴ることはできない。
だから、今は殴らずに憎しみの笑顔を見せて二人を守る。
「スーシャ、やめてください。二人が怒っているのが分からないんですか?」
「今、何て言った?」
「え」
「僕の名前、呼び捨てにしたよね」
「あ、いや、それは・・・」
俺のバカ!
いくらゲームのキャラでも前世と同じように呼び捨てにしたらそれは怒られるに決まっているじゃないか。
「スーシャ様、すみません」
「ふん、まあいいよ」
「ん?」
「今日から一緒に暮らすのに、『様』をつけられると腹が立つから別にそれでいい」
「あ、はい」
待って、今気づいた。
どうして二十四歳の俺が十五歳のスーシャに敬語を使わないといけないんだ?
いくら王子でも歳の差は大きいし、それに婚約するなら使う必要はないはずだ。
現実世界とゲームの世界の違いをまだ分かっていないオールス。少しだけ王子のスーシャの目の前で腕を組む。
「スーシャ、俺のことは『様』をつけて呼んで欲しい」
その言葉と姿にスーシャは心の底から腹が立ち、オールスを力強く綺麗に睨む。
「は? 何を言っている、僕はこの世界の王子だぞ。君は僕を呼び捨てにするのに、何で僕は君の名前を呼び捨てにしたらダメなのかな?」
その睨まれた瞳と目が合ったオールスはすごく冷や汗をかいて組んでいる腕をすぐに離し、ゆっくり頷いた。
「・・・あ、そうだね」
スーシャの言う通りだ。俺は呼び捨てにするのに相手には「様」をつけて呼んで欲しいなんておかしい。
ごめんね、スーシャ。
暗く沈んだ顔で反省するオールスに、メリリは瞳を激しく震わせて優しく肩を撫でた。
「お兄様、やはりこの方と婚約するのは危険です。すぐにやめた方がい」
「君がオールスの妹でも僕たちが結婚すれば君は僕の妹になる。だから軽く話しかけるのはやめて。嫌いになるから」
「うっ」
「メリリ様」
握り合っていた手を三人は心苦しくも離してマメリーヌがメリリの痛んだ姿に抱きしめて寄り添う姿にスーシャがそれを気に食わなく思ったのか、適当にお互いを突き放した。
「何をするんです!」
「何って、ただつまらないからやっただけだよ。僕は悪いことをした覚えはな」
「私とメリリ様は友人です。他人のあなたに突き放されたくありません!」
マメリーヌの憎しみの強い言葉に何も反応しないスーシャが面白さを求めてオールスの体に触れ始める。
「えっ、いや、ちょっと」
「黙って従って」
「ん!」
「お兄様」
兄の危険を悟ったメリリが勇気を出してスーシャを力づくで止めようとするも、その力では足りずに床に倒れてしまった。
「メリリ!」
せっかくメリリのために選んで買ったドレスに傷がついたことに腹を立てたオールスがメリリを抱きしめると、スーシャはなぜか怪しげに笑いながら二人の頭を撫でる。
「へへっ、わざわざ無駄な止め方をするからこうなるんだよ」
その怪しげな笑みを、オールスは、
「・・・もうやめて」
「は?」
命と同じくらい大事な妹が攻略対象に倒されたのはゲームでも知っていたが、それは、
ゲームの中の話でもうこの世界はゲームではなく本物の現実。攻略対象で輝かしい王子のスーシャが破滅しないオールスをなぜか気に入り、自分の物にしようと元悪役令嬢のメリリをこんな雑な形で傷つけたのだけは絶対に許さないし大嫌いだ。
真剣な眼差しでオールスはスーシャと目を合わせる。
「もうやめて。俺はスーシャの言うことをなるべく聞くから、メリリとマメリーヌだけは絶対に傷つけないで」
「お、お兄様」
起き上がったメリリの右腕に小さな傷がついてしまい、美しく可愛らしい元悪役令嬢にはとても似合わず、悔しい気持ちでいっぱいになっていくだけだった。
けれど。
「お兄様、私は大丈夫です。早く三人でここから逃げましょう」
「え、逃げる?」
逃げたらどうなる?
婚約は破棄されて幸せになるのか?
メリリがマメリーヌの手を握り、オールスの手を握る前にスーシャが握って三人を睨む。
「ダメだよ。もし逃げたら王に報告して君たち三人には重い罰を与えるけど、いいのかな」
「あ」
そうだ、逃げたらダメだ。
逃げてもいいことなんて俺の人生の中で一度もなかった。
勉強も人間関係も全部が必ず通らないといけない道で、逃げたらその分の物が自分に返って来て嫌な思いをするだけだった。
だから、ここはスーシャの言う通りにして俺が二人を逃して今日からここで暮らす。小説も紙とペンがあればどこでも書ける。
何も困らないし、苦しくもない・・・はず。
計画を見直し、オールスは両手を広げてメリリとマメリーヌの前に立ち、スーシャと強い眼差しで向き合い「分かった」と後悔のない本当の意志で言った。
「何が分かったの?」
「君の言う通り、俺は今日からここで暮らすから二人を逃して欲しい」
「はっ、それで許されると思っているの?」
「うん、思っているよ。だって、俺はみんなのことが大好きだから」
「みんな・・・それは僕だけじゃないってことだよね」
「そうだ。俺は君の兄、リーシュも含めて愛している」
その名前を聞いた瞬間、スーシャが何かを思い出したかのように憎しみが体中から溢れ出し、オールスを睨む。
「ちっ! 兄の名前を僕の前で言うな!」
「え、どうして」
「大嫌いだ! 僕に兄なんていない、僕がこうなったのも全部兄のせいだ!」
「スーシャ、落ち着いて」
「うるさい、黙って」
「・・・・・・」
どうしてスーシャはリーシュが嫌いなのだろう?
二人の間に一体何が起こっているんだ?
ゲーム通りではスーシャとリーシュはオールスとメリリ以上に仲が良く、病弱のリーシュと毎日一緒に過ごして一度もけんかをしたことがない。スーシャの憎しみが詰まった信じられない言葉がオールスの心を自然と動かし、そばに寄り添って肩を撫でる。
「大丈夫だよ、スーシャは今まで頑張ってきたんだから。そんな悲しいことを言わないで欲しい」
「悲しい? それで僕を慰めているつもりなら全然嬉しくない、嬉しくないのに、どうして、うっ、ふ、うあーああっ」
スーシャの大粒の涙を見て、オールスは頷いた。
やっぱりそうだったんだ。
ゲームと同じようにスーシャはリーシュを超えるために一人で色々頑張って頑張って、やっと掴んだのが今の自分。
ゲームをプレイしてきて何度も感じた。
攻略対象にヒロインに悪役令嬢。
みんな自分の努力と力で今の自分を、理想を叶えてきたんだ。
それがどんなきっかけでも叶えたい願いのために必死に頑張って掴む。
それを俺は五百回以上プレイしてきたからその思いはよく分かる。一緒に溢れているこの涙の意味を知っていられるのはきっとこの世界では俺だけだろう・・・。
オールスの涙の姿に、メリリは不思議に首を傾げる。
「お兄様、どうして泣いているのですか?」
その質問に、オールスは迷うことなく満面の笑みで答える。
「ふ、分かり合いたい、からだよ」
「分かり合う?」
「そうだよ。同じ思いを抱えているからね」
「え」
予想外なオールスの言葉で涙が止まったスーシャは手で残った涙を拭い、寂しさをオールスの腕の中で和らげた。
「あ、うっ。ありがとう」
「ううん、君の涙が止まって良かった」
「えっへへ、やっぱり君は僕がもらうよ。その方がもっと今より幸せにしてあげる」
「あ、うん。でも友人がその言葉を聞いたら嫉妬するかも」
転生して初日に恋の告白をされて最初は恥ずかしかったヨカエルが今はすごく恋しくて嫉妬されそうで怖いけれど、友人である限りそんな心配はしなくていいだろうと、オールスは軽い気持ちで考えることをいつか後悔するのだった。
「あ!」
そして、オールスは今日が何の日か思い出して計画のことだけを考えていた自分を恨む。
今日はメリリの誕生日なのに、どうして俺はスーシャと婚約して暮らすと決めたんだ!
今更のことで呆れている人が多いかもしれないが、これでもオールスが精一杯計画の一つを成功したのを忘れないで欲しい。
オールスは結構頑張って今を救ったと思ってもらえれば、これからの新たな計画も上手くいけるはずだから。
可愛い妹の誕生日を忘れていたことを、オールスは急いでメリリの手を握って謝る。
「メリリ、ごめんね。今日は君の誕生日なのに俺のことばっかりで」
けれど、メリリは何も気にせず首を横に振って可愛らしい笑みを見せた。
「いいえ、お兄様がくれたこのドレスを着ていられるだけで私は幸せなので、どんなことでもお兄様と一緒にいられるなら私は嬉しいです」
「メリリ・・・」
はあ、こんなにいい子になって俺は嬉しいよ。
悪役令嬢だった時も兄のオールスにはいつも笑顔で美しく誇りに思っていたが、今の可愛いメリリはもっと誇りに感じられる。
これは家族だからこそ、そばで見守ってきたのでよく分かる。初めてできた友人のマメリーヌにもその温かい思いを持って欲しいと、オールスの満面の笑みでスーシャは微笑ましく見られた。
「へへっ、じゃあ今日はもう帰ってもらおうかな」
「はい」
「うん」
誕生日のイベントはこれで終わり。
次の計画はまた明日から考えよう。
メリリとマメリーヌが丁寧にお辞儀をし、お城から一緒に出て帰ろうと何事もなかったかのように無の状態でいたオールスの手をスーシャが強く掴み、怒った顔でそれがバレてしまったことを苦笑いで悔しむ。
あとちょっとで帰れそうだったのに!
「はああ」
「ため息を吐くな。婚約者の僕の前ではそんなことは許されない」
「婚約者って、まだ決まっていないのに」
その質問に玉座に座る「ローミア」と目を合わせてスーシャは満面の笑みで答える。
「何を言う? もう王から誓いの書をもらったからそれに書けば正式に認められる。行くよ」
「どこに?」
「僕と君の部屋だ」
「あははっ」
もう全てを任せる。
婚約とか結婚とか前世では全く経験がないから今はスーシャに任せて、その内隙が見えたらここから消えて遠いところでメリリと二人で暮らす。
まさかメリリの誕生日パーティーでマメリーヌが悪に取り憑かれて、スーシャの婚約者になるなんて・・・こんな展開あっていいのかよ。
いくらゲーム通りではなくなっても、キャラ設定がなくなっても、俺が主人公みたいに攻略対象に好かれていいはずがない。
これからどうすればいいんだよ!
誰か教えてくれよ!
誰にも届かないただ心の中で叫ぶオールスのことをスーシャはその寂しく今にも泣きそうな顔に見えたのが面白いと思われ、自分よりも重い体のオールスを軽々と抱えてそのまま部屋に連れて行かれて寝台に押し倒された。
「うわっ、ちょっと」
「しー、声を出したら隣に響くから黙って」
「隣?」
「そうだよ。この隣の部屋にいるのは兄なんだ、だから静かにして」
「わ、分かった」
リーシュが隣にいる。
だったらいつでも会いに行ける!
隠れ攻略対象のリーシュはマメリーヌの新たな目覚めを助ける重要なキャラ。
本来ならそれを止めるのもいい案ではあったが、もう今はその必要がない。しかし、この世界を救う手がかりはリーシュが大きな鍵だ。
だから、メリリの幸せを掴むためにもこの世界を救うためにも必ずリーシュの力がいる。
「リーシュに会いたい・・・あっ」
自然と出たスーシャが大嫌いなリーシュの名前を言ってしまったオールスは手で口を塞いで「ごめんね」と言うが、もうそれは巻き戻されなくなり、押し倒されていた手の力は想像以上に強く、その分の苦しみを味わうことになった。
「い、痛い!」
「うるさい! どうして君は兄の名前を言うんだ、そんなに僕を怒らせたいなら君を壊してあげる」
「え、ダメだ」
そう言いかけた瞬間、オールスの体から
「ふうー」
「良かった。やっと落ち着いた」
この世界は何かがおかしい。
ヒロインと攻略対象を闇に染めて悪い力を与える。
俺がプレイしていたゲームはこんな闇に染められた悪のゲームじゃなかった!
これは全く俺の知らない新シリーズのゲームなのか?
もしそうだとしたら、新キャラの攻略対象とヒロイン、新悪役令嬢が現れるはずだ。
それはきっと春から始まる魔術学園に一気に全員現れるかもしれない。
よし、決まった。
次の計画は入学式までに今出会った一シリーズのキャラ全員には仲良くしてもらって新キャラ全員も攻略してみせる!
乙女ゲームのシリーズがいくつあってもメリリの幸せは必ず掴む。
その誓いは何度でも変わらない。
いつでもどこでもメリリには幸せになってもらう。
これは俺への問題だ。
この世界にいる一シリーズのキャラは関係ない。全て俺が一人で立ち向かってこの世界を救う。
「絶対に俺がこの世界を守る」
新たな計画を考え抜いたオールスは寝台の端に倒れて眠ったスーシャの靴を静かに脱がせ、頭を枕に乗せて布団を被せてあげると、寝言を言い始めた。
「兄様、僕を離さないで」
さっきまではリーシュのことを強く嫌っているように見えたのが、こんな甘い寝言を聞くと不思議と手を伸ばして頭を撫でたくなってしまう。
「はあ、みんなは俺が守るよ。だから、おやすみ」
何が起こったのかはスーシャにはまだ話さないでおこう。今はゆっくり休んで真の自分を取り戻してくれれば次に進められるから。
今はもう力をつけるまで休み、明日からまた頑張ればきっとそれ以上にこの世界は救われるはず・・・。
翌日の朝、オールスはいつのまにかスーシャの腕の中で眠っていたらしく、目を覚ますとその隙を狙って目覚めのキスをされた。
「ん、スーシャ、やめて」
「嫌だ。君はもう僕の物だ、離すつもりはない」
「ええー」
まだはっきりと婚約していないのにもうスーシャの物になったことをオールスはまだ信じられずに、ただ気が済むまでこの状態でいようと半分諦める。
「・・・・・・」
「どうしたの? 嫌なら抵抗すればいい」
「そんなことはしないよ。昨日も言った通り、俺はみんなのことが好きだから抵抗なんて絶対にしない」
愛しているゲームのキャラを大事にしたいオールス。
それを知らないスーシャは怪しく美しく笑ってオールスの頬を優しく撫でる。
「そうか。なら遠慮なく好きにさせてもらうよ」
「どうぞ」
目を瞑り、もう何をされても構わないと思っていたところに部屋の扉が開き、ゆっくりと両手で壁を押しながら震える足で現れたのは青色の肩まで短く糸のように細い髪にスーシャと同じ紫色の瞳。
それはやっと出会えた隠れ攻略対象リーシュ本人だった。
「兄様! なぜここに」
「騒がしいから様子を見に来ただけだ」
「ちっ」
リーシュの姿を見ただけで腹が立ったスーシャが寝台から立ち上がり、リーシュに向かって水の魔術、
「スーシャ、私にはその魔術は効かないと何度言えば分かる?」
何度も聞いた言葉に、スーシャは全く恐れず、不気味な笑みを見せる。
「それでも僕はあなたに勝つまでは絶対にやめません!」
何度も聞いた言葉に、リーシュはため息と怪しげな笑みを見せる。
「ふっ、本当にお前は頭が悪い」
次はリーシュが
「来るな! これは僕たち兄弟のけんかだ。婚約者の君が関わるな」
「でも・・・」
そんなこと言うなよ。
俺を勝手に婚約者にしておいて、兄弟げんかを止めずにただじっと見ているだけなんて、逃げているのと同じだよ。
「はああ」
体中に熱を込めて首にかけられている源のネックレスを右手で握りしめ、オールスはリーシュの心にある小さな闇のかけらを見つけてそれを
「あ、ああ」
「やっぱり、そうだったんだね」
寝台から自分で起き上がることができないリーシュが闇の力で体を動かせ、本来の自分を見失いスーシャと対決させた・・・これは一体誰がやったんだ。
キャラ設定をなくしたこの世界の人々を闇に染めて悪の世界を作ろうとしているなら早く止めないと俺一人の問題じゃなくなる。
でも、まだこの世界は一シリーズのゲーム。
だから、二シリーズのキャラはまだこの世界には存在しない。となると、闇の力を持っているのは今登場している俺を含めた六人の内の誰かになる。
「メリリ」
「うっ、は」
力尽きて床に倒れたリーシュにスーシャが適当に起き上がらせて隣の部屋に連れて行った。
「あ」
「はあ、まさか兄にあんな闇があったとは」
「そうだね。でも、昨日はマメリーヌとスーシャも同じ感じだったんだよ」
「は? どういうことだ?」
しまった!
ゲームのシナリオを知らないスーシャに言ってしまったオールスは微妙に怪しい苦笑いを浮かべ、首を横に振った。
「あ、ううん、何でもない」
まだスーシャには話せない。
話してしまったら、俺がオールスじゃなくて前世の
必死に目を逸らして怪しい雰囲気を纏っているオールスをスーシャは面白くないと結んでいたリボンを外し髪を荒らす。
「はあ、まあいいけど。君はたまにおかしなことを言うから気をつけた方がいいよ」
「うん、分かった」
「はあ」
ん?
ため息が多い。
そんなにリーシュとけんかしたことをまだ気にしているのか。
少しでも気分を明るくさせたいと、オールスはあることを思いつく。
「スーシャ、今からここに友人たちを呼んでもいい?」
「は? 何でわざわざ僕の部屋に君の友人を呼ぶの?」
「みんなと仲良くして欲しいからだよ」
「仲良く、ね」
その言葉にスーシャは少し嫌になりながらも、婚約者のオールスを幸せにするために。荒らした髪を解こうと、スーシャは部屋の奥にある鏡台の引き出しから櫛を取り出して、ぬいぐるみを抱きしめるかのようにオールスを自分の膝の上に座らせて美しく整えていく。
「はあ、君はずるいよ」
「え、どこが」
「その誰も傷つけないようにしようとする心が」
「そうかな?」
「そうだ。それが人を惑わせてダメにする」
「・・・俺が悪いのか」
あまり自覚していなかった。
確かに俺は誰もが幸せになって欲しいとは思っていたが、まさかそのせいで人をダメにしていたとしたらどうすればいいんだ。
鏡に映るオールスの暗く悲しい表情を見て、スーシャが慌てて首を横に振る。
「違う! そうじゃない!」
スーシャの否定の言葉を、オールスは苦笑いを浮かべて軽く受け取った。
「もういいよ。全部俺が自分のためにやってきたことだから」
「オールス」
「あははっ」
メリリのために全てを変えようと頑張っていた物が本当は自分のためだったと、オールスは自分に悲しくなりながらも、次の計画のためにある決意をする。
「決めた! スーシャ、今からリーシュと仲良くするまで俺は帰って来ないから」
「は? 何を言って」
「俺はまだ正式にスーシャの婚約者になっていないし、まだそれは早いと思う」
「早い? 何をふざけたことを」
「君はまだ十五歳だ。十九歳の俺と婚約するのはもっとよく考えた方がいいよ」
「何を言って、僕は出会った時、君だけが僕を分かってくれると思って婚約したいと思ったんだよ! それなのに君は僕を手放すの?」
「違うよ。俺はみんなのことが好きだから、君にも俺と同じように他の人も好きになって欲しいだ」
「みんなみんなって、そんなにみんなが大事なら勝手にすればいい。もう僕は一人で十分だか」
「それはダメ!」
「は」
「俺は誰も手放すつもりはないし、そんなこともしたくない。特に君を離すなんてそれこそずるいよ。こんなに愛おしくて可愛い人は他にいないからね」
「可愛い・・・」
「あっ」
その本気の言葉がスーシャの真の自分を大きく動かし、照れているのか、顔が真っ赤になってとても可愛い。
「スーシャ、こっちにおいで」
両手を広げて抱きしめると、スーシャは喜びの涙でオールスの温かさを思い知り、それに離したくないと手を伸ばして頬に触れる。
「どうして君はそんなに甘いの?」
「この世界を愛しているからだよ」
そう、このゲームの世界、理想の世界は前世の
どんな理由でも、この世界に転生できたことはとても嬉しく、美しい人生の始まりを与えてくれた。
それに感謝して、俺はこの世界を愛してメリリを救う。
そのためにはいくつものの試練や問題と戦ってこの世界を闇から救い出し、誰もが幸せになれる世界を、スーシャと叶えられたら俺は嬉しい。
満面の笑みを見せるオールスに、スーシャはヨカエルと同じようにドキドキして顔を真っ赤にする。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「あ、君のせいで僕の心がダメになった。責任を取ってくれるなら君の言うことを聞く」
「本当! ありがとう!」
心の底から喜びを美しい微笑みで表すオールスを、スーシャも笑って嬉しく思う。
「へへっ、笑顔が似合う君が一番可愛いよ」
「え、今何て?」
「何でもない」
「ん?」
これでいいのか?
スーシャが楽しそうに笑っているならいいってことだよな。
「じゃあ、俺はクウシュ家に行って来るから、それまでにリーシュと仲良くしててね」
「はあ、分かったよ。君の帰りを待っているから」
「うん!」
オールスは寝癖のついた髪を櫛で解き、下ろした状態で部屋を出て馬車に乗り、約一時間をかけてクウシュ家に着いた。
ヨカエルの部屋に行ってみたら、なんとメリリとマメリーヌが三人仲良くオールスの話を笑顔で語り合っていた。
「え、三人とも、どうして」
驚きを隠せないオールスをヨカエルが軽く抱きしめて「安心してくれ」と椅子に座らせた。
「実は昨日、メリリとマメリーヌが夜遅くに僕に相談しに来たんだ。オールス、君が第二王子のスーシャ様と婚約して二人とも泣いてしまったから、昨日からここに泊まってもらっていたんだ」
「そう、なんだね」
お城を出て行ったあの後、メリリとマメリーヌが無事に家に帰ったと思ったらまさかヨカエルのところに行っていたなんて、まあ楽しそうにしているからいいか。
友人となったメリリとマメリーヌ。
二人が決めたことは俺が口出すわけにはいかない。
こんなにも楽しそうなメリリを初めて見て嬉しくない兄がどこにいる?
少しでもメリリが幸せだと感じられるならヨカエルに頼ったのは正しいと思う。
さすが美少年の攻略対象は味が違うね。
「あっはは」
「ん? オールス?」
突然のオールスの笑い声に不思議に思ったヨカエルがそっと肩を抱き寄せて隣に座る。
「何か嬉しいことでもあったのか?」
「うん、ヨカエルのおかげで心が軽くなったよ」
その笑顔で楽しそうに伝えるオールスの姿をもっと近くで見ようと、右手で頬に触れた。
「へえ、僕のおかげか。嬉しいな」
「ヨカエル?」
不思議に首を傾げるオールスに、ヨカエルはその姿が愛おしすぎて悔しくて微妙な笑顔になる。
「ははっ、惜しかったな。まさか第二王子のスーシャ様に先に取られてしまって残念だ」
「ご、ごめんね」
「いいや、君が謝ることじゃない。勝手に君を取ったスーシャ様が悪いからな」
そう言って、ヨカエルは自分の嫉妬深さを改めて感じ、遠慮せずにその奪われた唇に指でなぞってキスをする。
「あっ」
「ん、ふ」
「お兄様」
「はあああっ」
二人目のキスシーンを見てしまったメリリとマメリーヌがお互い顔を真っ赤にして両手で見ない振りをした。
それがオールスにはとても恥ずかしくて顔が真っ赤になって、ヨカエルの肩を掴んで勢いよく離す。
「ヨ、ヨカエル」
「嫌だ。オールスはこれから僕と婚約してもらう」
「え! 何を言っているんだ、無理に決まっているだ」
「無理じゃない! 僕と君は歳が同じでとても気が合うし、スーシャ様以上に仲がいい」
「確かにそうだけど・・・」
それだけで婚約するのは何か違う気がするよ。
「こんなに仲がいい人と婚約する方が僕は一番いいと」
「それはどうかな」
「え」
「この声は、はああああ」
まさか来てしまったのか?
でも、少し早くないか?
その声の正体をオールスは長いため息で分かってしまい、髪をかき乱して嫌になる。
「スーシャ、どうしてここに?」
「もう兄と仲良くなったからここに来た」
「えっ、もう仲良くなったの?」
「そうだが」
オールスがクウシュ家に来てからわずか約一時間後にリーシュと仲良くなったということは信じてもいいはずなのに、なぜかそれを拒んでしまう。
「何か証拠はあるの?」
「あるさ。兄と結んだこの約束の物が」
「あっ」
ロングジャケットの内ポケットから取り出したその物はお揃いに持つと決めた小さな銀の星の形の髪飾りだった。
「これは」
「これは王が僕と兄が幼い頃にくれた大事な母の形見。当時はこれを命と同じように大事にしていたけど、もう今はそんなことを忘れてお互い距離を取っていた。でもオールスのおかげで兄とよく話し合って仲良くなれた。本当にありがとう」
スーシャがオールスの手を握り、可愛い笑顔で感謝の言葉を伝えてくれたことにオールスは心から喜び、手を絡めて首を横に振る。
「ううん、俺の方こそありがとう。二人が仲良くなって嬉しい」
「はっ、そうみたいですよ、兄様」
「あっ」
「嘘・・・」
みんなの視線が集まる扉から現れたのは寝台で横になっていたはずのリーシュが元気に歩いてみんなの前でお辞儀をする。
「みなさん、初めまして。第一王子のリーシュ・ソルヘストです」
「本物だ」
「初めて見た」
一シリーズのキャラ全員が今ここに集まった。
それは夢のような空間で立っていられるかも不安になるほど胸が熱く、鼓動が早くなり、息をするのも忘れるくらい輝かしい光景だった。
わああ、こんな夢があっていいのかよ。
オールスたった一人だけが興奮しているのを誰も知らずに、ただじっと生まれて初めて見たリーシュの存在に心奪われるだけだ。
「みんな?」
「・・・お兄様、これは現実なのですよね」
メリリの驚きを隠せない表情がオールスには心配になったが、前世でプレイしてきたからリーシュの存在を何度も見てきたとは言えないため、オールスは悩み考えた結果、あることが頭をよぎる。
そういえば、ゲームでは六人揃ったことがないからゲームの中のみんなはお互い名前も話したことがない人が半分半分に分かれていたから、せっかくだし、この機会に六人で旅行とか遊びに行くのもいいかもしれない。
「よし、みんな聞いて」
「ん?」
「何」
「お兄様」
五人の不思議な顔をして首を傾げる姿を気にせず、オールスは満面の笑みで言う。
「明日からみんなで旅行に行ってもっと仲良くしよう」
「はっ、何を言って」
「それをして何になるんだ?」
スーシャとヨカエルの呆れた声と表情を気にせず、オールスは続けて話す。
「みんな春から魔術学園に行くよね? だったら、その前にこの六人で仲良くして学園に通っている間もその仲を続ければ何も心配はしないと思うよ」
自信に満ちたその明るく元気な笑顔でオールスの言葉を聞いたスーシャとリーシュ、ヨカエルが小声で自分の思いを口に出した。
「・・・確かにそうかもしれないけど」
「でも少し嫌ですね」
「そうだな。この六人じゃなくて二人なら絶対に行くが」
リーシュの「二人」という言葉をはっきりと聞こえたオールスは迷うことなく、素直に本人に質問する。
「リーシュ、二人って、誰と行きたいの?」
「オールスと二人なら行っても構わない」
「え、俺と?」
「ああ、君と二人ならどこにでも行く」
瞳を輝かせて乱れた髪を美しく整えてオールスの思いを置いて、リーシュはそのまま抱きしめる。
だが。
「リーシュ、ダメだよ」
「何がだ?」
「はあ、言っておくけど、今の俺は結婚には興味がないし、恋人も欲しくはないから誤解しないで」
突き放したオールスは抱きしめられたリーシュの腕を離して言ったのがまずいことを知る。
「はっ、結婚に興味がないなら尚更僕と婚約すればいい」
強い口調で内ポケットから婚約の書を出したスーシャがペンをオールスに渡そうとするが、それを拒まれてしまう。
「スーシャ、今の話聞いていたよね。俺はみんなが好きだけど、恋愛に興味はないんだよ」
「じゃあ、僕が代わりにサインして無理やりにでも僕の婚約者にする!」
「え、ちょっと」
拒まれたことに腹を立てたスーシャは本気で書にオールスの名前でサインし、すぐにそれを使用人に渡して手遅れになった。
「あ、ああ・・・遅かった」
とても悔しそうに声が枯れたヨカエル。
しかし、オールスは自分の嫌なことをされたことをスーシャに直接真剣に質問する。
「スーシャはどうして俺とそんなに婚約したいの? 俺には何もないのに」
「何を言っている、君は僕を受け入れてくれると信じているから婚約したいだけだ。それの何が悪い?」
「あっ」
また同じことを。
スーシャは前世の俺と同じ考えを持っている。
俺もそうだった。
ゲームをプレイするために大好きな本を捨ててゲームで全てを埋めて・・・結局命も捨ててしまった。
スーシャの言う通り、自分のことを受け入れてくれる人が俺は欲しかったのかもしれない。欲しい物も願いも今はスーシャが、この世界が叶えてくれるから俺はそれに甘えてみんなを無理やり自分の思い通りに巻き込もうとしている。
みんなで仲良くするなんて、無理があったのかもしれない。
あははっ。
自分の弱さを受け止めて涙を苦笑いに変えてオールスは椅子に座った。
もう自分では何をすればいいのかが分からないまま。
すると、その暗く沈んだオールスを心配したメリリが手を伸ばし、オールスの顔を優しく撫でて愛おしく微笑む。
「お兄様はとても素晴らしい人です」
「え、どこが」
「私を含めた五人は全員お兄様の力で救われてこうしてみんな少しだけ仲良くなりましたので、決してそれが悪いことではないのを忘れないように」
「メリリ」
「ふふっ、お兄様」
憧れの元悪役令嬢でもこんなに自分を褒めてくれたのには「嬉しい」としか言葉が浮かばない。どうしてメリリが変わってしまったのかはまだ分からないけれど、この一シリーズのキャラはみんないい人で大事にしたい。
もし、このキャラたちが全員破滅してしまったらもう何もできることはない。
いや、そんなこと考えたくない!
どれだけ守る物が増えても全部を守れなくても、俺はこのゲームを愛している。みんなの幸せをメリリの幸せを掴むという計画はまだまだ始まったばかりだ。
落ち込むのはもうやめる!
次に進むことを考えてここにいる五人には必ず仲良くさせて魔術学園に行く。
もちろん仕事も頑張ってやる。
だから、俺が一番に動くんだ。
「みんな、さっきも言った通り、明日からこの六人で旅行に行こう」
オールスの強くまっすぐな眼差しに三人は納得して目の前に立つ。
「分かりましたよ、お兄様」
「メリリ・・・」
「仕方ないな。大好きな君の願いだ、素直に聞く」
「ありがとう、ヨカエル」
メリリとヨカエルが笑顔で頷き手を重ね、続けてマメリーヌも笑って手を重ねる。
「私も行きます。メリリ様とオールス様が一緒なら喜んで行きます」
「マメリーヌ、うん」
嬉しい。
悪役令嬢とヒロインが仲良くしているなんて夢みたいだ。
四人仲良くしていると、王子兄弟のリーシュとスーシャは固まっていつまでも動かないのを気にしてオールスは立ち上がり、二人の手を握る。
「リーシュ、スーシャ。君たちも一緒に行こう」
「・・・・・・」
「ちっ」
やっぱりまだ完全に仲良くなったわけじゃないみたいだ。
どうする?
もう一押しして絆を深めた方が早いだろう。
目を全く合わせない二人をオールスがそっと抱きしめて「お願い」と心から願い、その思いが伝わったのか、スーシャが諦めて頬にキスをして歯を見せて元気に笑う。
「分かったよ。君の言う通りにする」
「スーシャ、ありがとう。で」
「うっ」
リーシュはどうするのかと、オールスの輝きの瞳を横目で無視していたが、同じく諦めて長いため息を吐いてオールスの腕の中で隠して笑った。
「ふっ、君はとても面白い。私も行っていいなら喜んで行こう」
「うん!」
決まった。
この旅行でみんながもっと今以上に仲良くなったらいいな。
そうしたら、俺は安心して二シリーズのゲームに移れる。
「はあ」
明日が楽しみでしょうがない。
今は多分三月の下旬。
魔術学園の入学式までは約一週間後。
それまでの期間でこの一シリーズのゲームでメリリの闇落ちがなければこのゲームは終わり、二シリーズのゲームが自動的に始まる。
そこでオールスはただ仲良くするのではなく、万が一の備えに絆を大きくして次に進むことを目標にしていた。
絆が生まれればこの世界の争いはなくなるはず・・・まあ、それが今じゃなくても今後に役立てる手段にしていけば問題ない。
みんなが仲良しになればそれで終わりというわけじゃない。
ただ仲良くなったら少しでもメリリを幸せにできる気がしたから実行している。
全ての計画が成功すればこの世界は救われると信じてみたいから。
それはみんなとオールスを結ぶ鍵にもなっていたのだと考えたら、今よりもこの関係は永遠に続くはずだ。
それから約一時間後夕方になって、六人は旅行の行き場所について話し合い、決まったのはリーシュが買った別荘だった。
リーシュは今は十六歳で高校二年生くらい。
だが、魔術学園に入学していてもその弱い体では学園に行くことすらもできなかったため、もしかしたら、今のリーシュなら学園に通えるかもしれない。
俺の魔術で体が治っていたとしたら。
小さな望でオールスには一つの輝きが芽生えてきたはいいものの、それをどうするかが悩んでしまう。一番いいのは本人に聞けば話は早いけれど、もしそれがリーシュを傷つけることになったら嫌だ。
誰かを傷つけるのはやりたくない。
また一人で重く悩んでいたところを、五人に不思議に感じられて恥ずかしくなる。
「あ、いや、これは違うからね」
「何が違うんだ?」
リーシュの素直な質問に、オールスは焦って口を手で塞いでおかしな隠し方をしたのがスーシャに腹を立たせて困らせていく。
「はあ、何も言わずに一人で抱え込むくらいならはっきり言えばいいのに、君は何で自分に素直になれないの?」
「・・・ごめんね」
「別に謝れとは言っていない」
「ん」
スーシャの顔は怒りが今にも爆発しそうに怖く、もう言う覚悟を考える暇もないままオールスは決断するのだった。
「はあ、気になっていたんだ。リーシュがこれから学園に通うのか」
「は?」
思っていたよりもつまらない答えに納得できない様子のスーシャを置いて、オールスの瞳にははっきりとリーシュに向けられている。
どうなんだ、リーシュ。
期待だけで答えを待っているオールスに、リーシュはクスッと軽く笑って答えた。
「もちろんスーシャと一緒に春から通うつもりだ、同じ一年生として」
「なっ!」
「え」
一年生?
ああ、そうか。
学園に入学していたとはいえ、一度も授業に参加したことがないから学年は上がらずにメリリやマメリーヌと同じように一年生から通い直す・・・それなら納得できる。
でも。
「リーシュはそれでいいの?」
「ああ、私は途中参加が苦手だからな」
「そっか。じゃあ、春からもみんな一緒になれるね」
「みんなって、ヨカエルと君は卒業したんだろ? 一緒にいるのは無理なはずだが?」
「いや、僕は春から教師として学園に勤めるから」
「そうか。ではオールスも同じ?」
「えっと」
そういえば、俺は小説家で学園に入れる気がしない。
どうすれば。
「えっと」
「オールスは僕の右腕として働くからそれは心配しないでくれ」
ヨカエルがそっと笑顔で肩を叩いたのは嬉しいが、その嘘はさすがに受け入れるのは無理だ。
「ヨカエル、それはちょっと」
「それが本当なら僕は授業中でもオールスと二人で触れ合う」
「え!」
スーシャ、何を言っているんだ?
ヨカエルの嘘を信じられるのはすごい。
でも、授業中にそんなことしたら俺が怒られる!
想像しただけで心の底から恐怖を感じて冷や汗をかくオールス。
「二人とも、落ち着いて。俺は小説家でヨカエルの右腕として働く暇がないし、余裕もないないのにそんな嘘を信じないで」
「嘘だと?」
「あ、まずい」
自分のついた嘘に動揺するヨカエルにスーシャは睨み、怒りを覚える。
「ヨカエル・クウシュ。僕たち王子に嘘をつくとはいい度胸だ。だが婚約者のオールスを巻き込んだことは許さない」
「スーシャ?」
どうするんだ?
手を大きく伸ばし、スーシャは水の魔術、
「全く、嘘をついてでも自分の物にしようとしたことは腹が立つ!」
「でも、俺はヨカエルの嘘は半分事実でもあるんだ」
「え」
「俺はメリリを守るためにできるだけそばにいたい。いつどこでメリリが傷つかないようにするにはヨカエルの力が必要になる。だから、ヨカエルのついた嘘を許して欲しい」
オールスは大事な友人であるヨカエルの代わりに自分が罰を受ける覚悟で目を瞑って、その体を預ける。
すると。
「はっ、僕は最初から君を許している」
「えっ」
許している?
どうして。
「言ったはずだよ。君は僕を受け入れてくれると信じて君を無理やりにでも僕の婚約者にしたかった。だって僕は闇の王なんだから」
「あっ、嘘だろう」
その言葉はゲームにはなかったし、キャラ設定にもなかった。
しかし、次第に全身が真っ黒になるスーシャの姿は本物の闇で輝きを取り戻すのは誰にも叶わなかった。
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