箱の中にて

せなね

 

 怖い怖い怖い…

 みんなどうなったの? どこにいったの?

 怖い怖い怖い…誰か助けて

 どうして? どうしてこんなことに…

 やっぱり断ればよかった。肝試しになんて行くんじゃなかった…


 ここは『ダメ』だって、有名な場所だったのに…


 知っていたのに、何で私は付いて行っちゃったんだろう?

 本当に、どうして…

 子供の頃から人の頼み事を断るのが苦手な性格だった。治さなきゃって、ずっと思っていたのに…。断れば良かった。いくら友達の頼みだからって、好きな人が一緒に来るからって、断ればよかった。私は何でこんなところに来てしまったんだろう?


 大体、最初から、変だったじゃない。


 ここに来る途中、何度もエンジンが止まった。


 電源を入れてないのに、ラジオが勝手についた。


 何度入力し直しても、カーナビが違うルートを表示する。


 おかしなことだらけだったのに。

 何でみんな、「ここはやめよう」って言ってくれなかったの?

 あそこで引き返しておけば、こんなことにはーー



 ーーーガタンッ


 

 ・・・


 ・・・


 ・・・


 

 ーーーガタンッ



 ・・・


 ・・・


 ・・・


 行った?

 もう行ったよね? 

 絶対行ったのよね?


 『アレ』は、もう行ったよね。


 ぎしぎしと床が鳴る音がする。私がいる部屋を覗いた『アレ』が、廊下を歩いて行く音だ。

 そして、それに続いて、『何か』硬いものが床をコッコっと跳ねていく。

 その『何か』が『何』なのか、私はもう知っている。

 『アレ』から逃げている最中、カオリが転んだ。

 助けてって、声が聞こえて、振り向いた私の目の前で、『アレ』が、カオリの首をーー


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 それから、『アレ』は自分の腰に、まるで携帯のストラップのようにカオリの首をぶら下げたんだ。

 あのコッコっていう音は、カオリの首が跳ねる音。


 ーーーぎしぎし


 ーーーコッコッ


 ーーーコッコッ


 ーーーコッコッ


 コッコっが増えている。たぶん、誰かが捕まったのだろう。新しく捕まった誰かの首が、『アレ』の腰にぶら下がっているんだ…


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 怖い…怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 もう嫌だ。

 もう逃げ出したい。

 『アレ』がどこか別の所に行っている今がチャンスだって分かっているのに、身体が動かない。

 私は今、箱の中に隠れている。

 そこから飛び出して、出口に向かって走る…それが出来たら、どんなに素晴らしいだろう。

 でも、出口は…

 出口は、どこにあるの?

 この廃屋はそんなに広くない。せいぜい普通の一軒家よりちょっとだけ広い程度のハズだったのに…

 どれだけ走っても、私たちは出口に辿り着くことが出来なかった。


 ーーーそこを曲がった先の玄関から、私たちは来たはずなのに。

 

 曲がった先にあったのは、真っ直ぐに伸びる廊下だけ。

 何かの勘違いだと自分に言い聞かせ、また次の廊下を曲がってもーー

 そこにあったのは、真っ直ぐに伸びた廊下だけ。


 ーーーどうなってんだよ!


 誰かが叫んだ。カオリが転んだのは、それからすぐだった。

 

 ・・・


 ・・・


 ・・・


 私は、箱の蓋に伸ばしかけた手を引っ込めた。

 ダメだ。やっぱり無理だ。

 この箱の中から逃げ出したところで、出口が見つかる保障なんてないもの。怖くても、ここに隠れているしかなーー


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 今の、声…

 今の、絶叫って…

 もしかして、ケンジくん!?

 そんな…ヤダ、ヤダヤダヤダヤダヤダヤ


 ーーーガタンッ


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 ーーーガタンッ


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 ーーーぎしぎし


 ーーーコッコッ


 ーーーコッコッ


 ーーーコッコッ


 ーーーコッコッ


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 コッコッの音が、四つになっちゃった。


 これでもう、残っているのは、私だけ…


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 どれくらい時間が経ったろう。

 私は、いつのまにか眠ってしまっていた。・・・いや、たぶん、気絶していたんだろう。

 閉じた目蓋と頬に、陽の光の感触がする。


 朝になったの?


 もしかして、私は助かったの?


 微かな希望が、私の胸に宿る。


 でもーー



 ーーー私は、大きな箱の中に隠れていた。



 それなのに、どうして私の顔に、陽の光が当たっているの?


 ・・・


 ・・・


 ・・・


 怖い。


 怖くて、目を開けることが出来ない。


 錆臭い匂いがする。


 人の鼻息のような音が聞こえる。



 目を開ける勇気は、私には残っていない。



 



 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

箱の中にて せなね @senane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ