電話でのトラブル②
岩本の息子はホテルで働いていたが、近ごろ出勤できないでいた。岩本は心配していたが、息子は事情を詳しく教えてくれなかった。息子も岩本のことを面倒だと感じており、話すとややこしくなるなと感じていたのだ。岩本からの干渉は止まらない。心療内科に行ったらどうかと岩本は息子に提案した。息子はそれを聞き入れ、心療内科で診察を受けるとうつ病だと診断され、いくつかの薬を処方された。息子はそれらを飲むことはしなかった。飲むと依存すると捉えていたからだ。岩本はとにかく息子が心配で薬を飲むように勧めたが、息子は聞き入れなかった。「ちょっと具合が悪いだけ」息子はそのように説明していた。
岩本には娘もいたが、繊細な性格で大学卒業後にもかかわらず、仕事に就けないでいた。岩本家はまもなく崩壊でもしそうなありさまだった。そのような状態で岩本は家庭をなんとか保とうと必死だった。岩本の内心もとてもしんどかった。しかし、自分が折れたら家庭が終わるとわかっていたので、決して岩本の心は折れなかった。そんな中で山本との決別は岩本の心に重くのしかかった。「なんで俺がこんな思いをしなくちゃならないんだ」岩本は強く山本のせいでと思っていた。自分が悪いとは微塵も思えないようだった。そこが岩本の問題だった。
岩本は家庭での問題も抱えていたが、会社でも問題を抱えていた。以前の部長との話し合いの結果、部長からも嫌われだしたのだ。周りの部員たちからもなんとなく避けられ、以前より交流が減った。岩本は孤独だった。そんな孤独を支えてくれた山本はもういない。自らの責任で離れてしまったのだ。岩本は会社に対してイライラし始めていた。イライラしながら黙々と仕事をする岩本は周りから怖い印象を持たれていた。教わる立場の若林も岩本には話しかけづらく、仕事がうまく回っているとは言えない状況だった。そこに一本の電話がかかってくる。岩本宛の電話らしく、電話が岩本に回ってくる。
「お疲れ様です。東京支店の榎田です」
「はい、お疲れ様です。岩本です」
「岩本さん、さっきいただいた図面なんですが、おかしいところがあって」
「おかしい? あなたがおかしんでしょう! 馬鹿にするのもたいがいにしろよ!」
岩本は急に怒鳴りだした。周りの人間が皆一様に驚く。特に榎田はおかしなことを言っているとは思えないが、岩本はおかしいという一言で怒ってしまった。榎田が言葉を返す。
「岩本さん、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない! 人の図面におかしいなんて言うんじゃない!」
「でも実際おかしくて……」
「どこがだ? 言ってみろ」
「3ページ目の左下です」
「あ……」
榎田の指摘は正しかった。確かに榎田が指摘した個所は手すりの図形が壁から突き出しており、素人目にみてもおかしかった。岩本はこれはやってしまった、まずいぞと思い、急に力が抜けだす。
「おかしいですよね? 岩本さん?」
「そうですね……」
「謝ってもらえますか? 怒鳴ったこと」
「すみません……」
「なんなんですか? 急に怒鳴って。あなたの機嫌が悪いんでしょうけど、そんなの私には関係ないですし、いちいち機嫌が悪いと怒鳴り散らしているんですか? 周りの方がかわいそうですね。いい加減にしてください。だいたいいつも誰かに怒ってますよね? そんなんでよく辞めさせられないですね。相田部長がかわいそうですね。こんな扱いづらい部下を持って。本当にお荷物ですよ、あなたは。あなたのことよく知りませんけど、悪い噂はよく聞きますよ? やれ怒鳴られた、逆切れされたとかいろいろ。マジで会社のために辞めた方がいいんじゃないですか? 耳が悪いから聞こえないですか? あとあなた、友達が欲しいみたいですけど、みんなから避けられているの気づいてますよね? 表面的に仲良くしてくれている人も本当は岩本さんのこと面倒だと思ってるんですよ。気づいてないですか? 愚かですね。まあとにかくあなたは使えないし、迷惑だ。さっさと会社を辞めろ」
「……」
「じゃあ切りますね」
電話が切られた後、岩本は放心状態だった。岩本はすべて会社のせいだ、山本のせいだと考え始める。あいつらのせいで俺はこんなしょうもないミスをして、キレられたんだ。会社のやつらと山本のやつ許せない。報復をしないとならないな。だいたい榎田もなんなんだ。会社を辞めろなんて言う権利はあいつにはない。俺の図面は基本的に完璧なんだから今回はたまたま会社のやつらと山本のせいで、失敗したんだ。仕方ない。でもあいつら……などと途端にイライラし始める。だがそのタイミングで若林が声をかける。
「岩本さん、大丈夫ですか?」
「ああ、はい……」
「あまり無理をしないでくださいね」
若林からの優しい言葉に岩本は心を打たれる。岩本はイライラしていた自分が恥ずかしくなった。イライラが原因で自分の首を絞めているのではないかと岩本は初めて思った。しかし、確証には至らない。けれどもその日はイライラを抑えながら仕事をすることができた。
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