新入社員とのトラブル②

 佐藤工業に新入社員が入社した。岩本と同じフロアにも社員が入ってきた。名前は山本。社内報によると音楽好きでギターを弾くらしい。それを知った岩本は絶対仲良くなろうと誓った。トイレで山本と鉢合わせると、早速声をかける。


「山本君、ギター弾くんだね」

「ああ、はい」

「どんな曲弾くの?」

「僕はビートルズとかKing Crimsonですね」

「山本君、King Crimson好きなのか? 俺も学生時代聴いてたし、コピーバンドやってたよ」

「へえ、すごいですね」

「『太陽と戦慄』のアルバムが好きで、よくコピーしてたよ」

「ああ、僕もそのアルバム好きですよ。気が合いますね。僕はKing Crimsonをコピーできるほどうまくはないですが」

「練習すれば何とかなるよ。King Crimson以外だと私は高中正義っていうギタリストが好きで。聴いたことある?」

「いや、ないですね」

「じゃあ今度CD貸してあげるよ」


 岩本はめんどくさいムーブをかますと、その場を去った。山本は苦悶の表情を浮かべていた。


 次の日、岩本は自分のお気に入りの高中の曲を焼いたCDRを山本に渡した。


「これ、昨日話した高中のCD。ぜひ聴いてみてね」

「ああ、はい。ありがとうございます」


 山本が嫌そうな表情を浮かべていることに岩本は気づかなかった。それから岩本は積極的に山本に話しかけた。山本が迷惑だなと思っていてもお構いなしに。それほどギター弾きの友達ができたことがうれしかったのだろう岩本は、毎日充実していると感じていた。


 ある日、岩本は山本にスタジオに入ろうと提案をした。山本は正直面倒だったが、スタジオに入るのが久しぶりだったので了承してしまった。


「いやースタジオなんて久しぶりだよ」

「僕もです」

「早速やろうか」


 岩本は合わせる約束だった曲を演奏しだす。曲はThe Carsの「Just What I Needed」だった。山本はギターボーカルで、うまく演奏することができた。山本は純粋に楽しんでいた。岩本も同様だったが、岩本は早いとこ高中正義の曲を演奏したいようだった。


「次は私の番だね」


 そう言って高中の曲を演奏する。山本も何とか演奏できていた。しかし、その仕上がりに岩本は満足しなかった。


「山本君、ちょっとテンポ早いね」

「そこ間違ってる」


 などなど細かい指摘を再三してくる岩本。山本は少しイライラし始めた。


「もう高中の曲いいですか?」

「いや、まだ完成してないから」

「もう飽きました」

「でもまだ完成してないから」

「いい加減にしてください! 好きでもない曲何回もやりたくないですよ」


 空気が凍る。岩本は一呼吸の後に、怒り狂う。


「私が今回のスタジオを提案したんだから好きな曲をやる権利があるんだ。君が下手だから何回もやる羽目になるんだよ」

「何を訳の分からないことを。ああ、もういいや。帰ります」


 山本は怒ってスタジオから一人帰っていった。岩本は同様に憤慨しながらも怒られた理由がわからないようだった。


 スタジオから何日か経っただろうか。山本は辛い日々を送っていた。岩本からのアプローチもそうだが、課長から厳しく当たられてしまい参っていたのだ。課長から辛く当たられていることを岩本は察した。山本の救いになろうと岩本は山本から話を聞くことにした。


「山本君、最近疲れてないかい?」

「え? ああ、少し」

「課長からきつく当たられているよね?」

「はい」

「俺から言ってやろうか?」

「いや、いいです。ややこしくなるので」

「ややこしくなんてしないよ。いいから言ってあげる」

「本当に大丈夫です。迷惑です」

「は? 迷惑? なにを言っているんだい?」


 岩本と山本の間の空気が凍った。岩本が怒りの表情を山本に向ける。


「私が心配しているのになんだその態度は!?」

「勝手に心配して、勝手に怒って、何がしたいんですか?」

「山本君のためを思ってやってやってるのに!」

「お願いしてないですよ。もうやめてください。俺に関わるの。迷惑なんですよ。高中なんて俺興味ないし。あなたが勝手にギター友達ができたと思い込んでいただけでしょう」

「ふざけるな! 君のためにやっているのに! もういい!」


 そう言って、岩本はその場を去った。山本が会社を辞めたのはそれからすぐのことだった。そのことに岩本はショックを受けた。課長からのパワハラが原因で、岩本の発言が原因だと岩本は思っていないが、少しは影響していると思う頭はあったのだ。岩本は山本に電話やメールをかけた。しかし、それらが返ってくることはなかった。岩本はそのことに例によって怒りを覚えたが、返事が返ってこない寂しさが上回った。岩本は毎日山本に連絡を入れた。それらはやはり返ってこなかったが、岩本はそのことを気にしなかった。そんなある日返事が返ってきた。一言だけ。


「もう連絡するな」


 その文面を見た岩本は憤慨した。心配しているのに、こんな無礼な文章があるかと思った。そのメールに岩本は返信したが、メールは山本に届くことはなかった。ブロックされたようだった。電話も着信拒否されたようで二度と山本に連絡はつかない状態になった。岩本はさらにそのことについても怒り狂った。しかし、その怒りの矛先はどこにも向けることができなかった。

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