岩本の過去⑤

 翌日、学校に行くと、バカにしてきたやつが話しかけてきた。


「お前、すごいな。バカにして悪かった。許してくれ」


 岩本は特になんの感慨もなく、「許す」とだけ言った。バカにしてきたやつは面食らっていたが、さらに続ける。


「よければ俺にギターを教えてくれないか? 岩本の演奏を見て、始めたくなったんだ」

「もっとうまい人に聞いてくれ」

「いや、岩本がいいんだ。頼む」

「……わかった」


 岩本はそこで初めて、そいつの名前が木田ということを知った。


 木田と岩本はだんだん仲良くなっていった。木田はロックが好きで、それこそビートルズやローリングストーンズなどの王道のロックバンドが好きだった。岩本はフュージョン好きだが、この前ビートルズを演奏したことで、ロックも魅力的だと思うようになった。木田と岩本はお互いにレコードを貸し合ったり、岩本の家に行って、ギターを教えたりしていた。木田もファーストフード店のアルバイトを始め、ギターを買うお金を徐々に貯めていった。そして、とうとうギターを買うだけの10万円が貯まった。木田は岩本とギターを買いに行った。


「欲しいギターってなにかあるの?」

「俺はビートルズ好きだからリッケンバッカーがいいけど、高いんだよなー。だからなんでもいいというか、ビビッときたギターを買うよ」


 楽器店に入ると、所狭しとギターやベースが並ぶ光景が現れた。岩本は以前、体験していたが、木田にとっては初めてで感動している様子だった。「うわあ……」と思わず感嘆した声を漏らす木田。岩本は少し余裕ぶっていた。木田があちこちにあるギターに目移りしながら吟味しだす。どのギターも輝いて見えている様子だった。店員が話しかけてくる。


「気になるギターあったら言ってくださいね。試奏もできるので」

「はい、ありがとうございます」


 木田は愛想よくそう言うと、いろいろなギターを眺めていった。木田はどうやらレスポールが気になる様子だった。リッケンバッカーがいいという話だったが、中古でも予算を超えていたのであきらめた様子だった。レスポールは何本かあり、エピフォンやギブソンなどが並んでいたが、やはりギブソンの物に惹かれるようだった。しかし、そこはギブソンなので中古でも10万を軽く超えており、とても手が届かなかった。諦めてエピフォンやトーカイなどのレスポールを眺める。木田はおっというトーカイのレスポールを見つけたようだった。それは黒のレスポールで、ピックガードが金属製のレスポールだった。木田は見た目でグッときたようだったが、すぐに店員に試奏してもいいか尋ねる。「いいですよ」と言われ、そのギターを試奏する。岩本の家で少し練習しただけあって、基本的なコードは弾くことができた。木田はアンプのサウンドメイクはわかっていない様子だったが、適当につまみを動かし、サウンドの調整をしてみる。そうして、かき鳴らすギターは快感だった。木田は「これ、買います」と言って、ギター周りのストラップなどと一緒にギターを購入した。


 帰り道、木田と岩本は興奮状態にあった。木田がギターを回しながら言う。


「とうとう買っちまったよ!」

「おー! 絶対うまくなってバンド組もうな!」

「ああ、これから毎日練習するよ!」


 岩本もギター友達が増えて心から嬉しかった。それから木田と岩本はほとんど一緒にいるようになった。岩本が木田にギターを教え、また、音楽の情報を互いに共有していった。そんな日々を過ごしていると、木田がギターを購入したときに遅ればせながら軽音楽部に入部した、木田が岩本にとうとうバンドの話を持ち掛けてきた。


「岩本、バンド組もうぜ」

「おー、いいぜ。どんな曲やりたい?」

「やっぱり王道のロックがやりたいな」

「俺は高中やりたいんだけど、フュージョンとロックをやるバンドにしようか」

「OK」


 話はトントン拍子に決まり、ベースとキーボードとドラムを探すことになった。ベースとドラムは高梨と石田がやってくれることになった。キーボードは新入生の林という女の子が弾いてくれることになった。まずは仲良くなろうということで、カラオケに行くことになった。カラオケではみんな流行りの曲ではなく、自分の好きなバンドの曲を歌うことが多かった。一方、岩本に出番が回ってくると、岩本はフュージョンのインストばかり聴いていたので、あまり歌える曲がなく、流行りの知っている歌を歌ったが、音痴で聴くに堪えなかった。そんな岩本に林が言った。


「岩本先輩、調子悪いんですかー?」

「いや、俺はこんなもんだよ。音痴なんだ」

「そうなんですか。でもいい声してますよね」


 岩本はふいに褒められ恥ずかしい気持ちになった。林は可愛らしい女子で岩本の好みの容姿をしていた。岩本はまだ女性と付き合ったことがなかったが、興味だけはあった。いつかこんな可愛い女の子と付き合えたらな……そんなことを岩本は思った。カラオケでみんな歌うのに疲れ、会話をする流れになった。しかし、カラオケでみんな声が疲れており、岩本にとって聞き取りづらい声になっていた。岩本は気まずい思いをしながら適当に相槌を打っていた。しかし、そこに林が気付いた。


「岩本先輩、大丈夫ですか?」

「え、ああいや、俺は耳が悪くて。みんなの声が聞き取りづらいんだ」

「そうなんですね。先輩たち、岩本先輩が聞き取りづらいみたいなんで、大きな声で話しましょー」


 林がそう言ったことでみんなが岩本に対して詫びる。


「悪かった。会話に参加できないよね」

「ごめん、岩本の耳のこと忘れてたよ」

「岩本君、ごめんね」


 みんなが気遣ってくれることで岩本は会話に参加できた。そして、林に岩本は心から感謝の気持ちを持った。岩本は林が気になるようになっていった。気を遣ってくれたこともそうだが、林と話すと楽しい上に、林の清純そうな見た目も好きだった。岩本は初めて人を好きになった。


 岩本は林を好きになってからは積極的に林に話しかけた。林も岩本と話すのは楽しいようで、笑っていることが多かった。バンドメンバーで集まったときも、岩本の横に林がいることが多かった。周りのメンバーもなんとなく岩本と林は仲がいいということを察知していて、気を遣っていた。ある日、木田が岩本と林に言った。


「お前ら付き合ってんのー?」


 岩本は恥ずかしさからイラっとした様子だったが、林はそれ以上に激高した。


「岩本さんと私はそういう関係じゃないですよ! ねえ、岩本さん?」

「え? ああ……」


 岩本は林が自分のことを好きじゃないと確信し、ショックを受けた。木田が「おお、こわー」と笑いながら去っていった。岩本はその日、恋に破れた気持ちだったが、何日経っても林への想いは消えなかった。そこでやはり林に告白することにした。ある日、岩本は林を呼び出した。近所の桜の綺麗な公園だった。林は予定通りやって来てくれた。「岩本先輩、話ってなんですか?」と林に聞かれる。岩本は意を決した表情で想いを発した。


「林さん、好きです。付き合ってくだしゃい!」


 緊張していたようで、思わず噛んでしまったが、気持ちはうまく伝えられた。林は笑いながら答える。


「いいですよ。よろしくお願いします」


 岩本はまさかといった表情になる。「前、岩本さんとはそんな関係じゃないって言ってたよね?」「あれは照れ隠しです」岩本は安堵のあまり、その場にへたり込んでしまった。林が「かわいい」と言いながら、岩本のそばに行く。一緒にしゃがみ込むと岩本に抱きついた。岩本はドキドキしてしまい、赤面した。林はそんな岩本を「かわいい、かわいい」と言いながら撫でまわした。岩本はされるがままになった。岩本も仕返しをと思って、林に抱きついた。林もにへらにへら笑いながら喜びの表情になる。「もう、恥ずかしいなあ!」照れ笑いする林はとても可愛かった。2人はその日、公園でいちゃいちゃした後、手をつないで帰った。

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