岩本の過去④

 それから岩本は軽音楽部に入部し、日々練習を続けていった。ギターの先輩に教わりながら続ける練習はためになった。高中の曲に出てくるような単音弾きはとても難しく、文化祭までに間に合うか微妙ではあったが、岩本は負けじと努力を続けた。それと並行して、高梨、石田と一緒にスタジオ練習も開始した。2人は1学年先輩の2年生で、楽器歴も中学からであり、岩本とはレベルが違っていた。2人に必死でくらいついていくが、それでもまだまだ岩本は未熟だった。2人から注意を受けることも多かった。


「そこ、コード違う」

「リズムずれてる」


 2人は少し厳しかったが、岩本はうまくなるためと思って、2人についていった。今まで受けたいじめなどに比べてたら、なんでもなかった。そうしてギターの練習を続けて、10か月が経ったが、高中の曲は弾けないでいた。そもそもの高中の曲の難易度が高く、初心者には荷が重かった。岩本は焦りだした。文化祭でライブができないかもしれない。あいつらを見返せないかもしれない。そう思うと岩本はさらに焦ってしまう。高梨と石田は別な簡単な曲をやろうと言ってくれたし、実際その通りだったが、岩本は飲み込めないでいた。岩本は友達に曲のことを相談した。するとやはり、「簡単な曲をやりなよ」と言ってきた。岩本はどうしても高中の曲をやりたいと言ったが、「それはもっとうまくなってからでいいだろ」と言われ、渋々飲み込むことにした。しかし、岩本は音痴なので歌をベースの高梨に頼むことにした。高梨はベースボーカルを飲んでくれた。高梨は歌うことも好きだったので二つ返事で了承した。曲は高梨が決め、ビートルズの『I Saw Her Standing There』になった。岩本はフュージョンばかり聴いていたので、ロックは新鮮だった。岩本はすぐに練習を始めた。曲の難易度も高くなく、割かし早めに弾けるようになった。そのビートルズの練習の合間に高中の曲の練習も欠かさなかった。やはり高中を弾くことを諦めきれていなかった。


 文化祭の1ヶ月前、岩本に文化祭でギターを弾けと言ってきたやつが岩本に話しかけてきた。


「ギターは順調か? 岩本さんよ?」

「ああ、順調だ。楽しみに待ってろ」

「楽しみにしておくよ」


 へらへら笑いながら去っていくやつを岩本は見返してやるからなという心持ちで見ていた。岩本の友達が聞く。


「あんなこと言ったけど、本当に順調なのか?」

「本当に順調だよ。安心してくれ」

「ならいいけど」


 岩本は友達にも驚かせてやるからなという気持ちだった。


 そうして、文化祭の日が近づいていく。岩本は高梨、石田とスタジオに入る回数を増やした。2人とも演奏は完璧だった。岩本が唯一、引っかかる部分がある状態だった。しかし、そこは先輩2人がアドバイスを欠かさず行い、修正していった。そして、文化祭の日がやってきた。


 文化祭の当日は晴天で文化祭日和だった。岩本は忘れずにギターを背負うと学校へ向かう。高梨と石田が校門で待っていてくれた。


「岩本君、おはよう。今日頑張ろうね」

「岩本、緊張してんのかー?」

「緊張してないですよ。はい、頑張りましょう」


 岩本は口ではそういったが、やはりかなり緊張していた。出番まではまずまず時間があったので、岩本は先輩2人と文化祭を回ることになった。お化け屋敷や、喫茶店などいろいろな出店があったので、時間つぶしには困らなかった。しかし、岩本は緊張していたので、文化祭の出し物を楽しむことはできなかった。岩本の緊張を感じるたびに、2人がいじって緊張を解いてくれたが、すぐに緊張状態に戻ることを繰り返していた。岩本の頭はギターでいっぱいだった。


 そうして、ライブの時間が近づいてきた。岩本たちは前室でスタンバイしていた。先輩2人も少し緊張してきたようで、伸びをしたり、深呼吸したりしていた。岩本も例外ではなく、緊張をほどくためにやはり深呼吸をしたりしていた。そして、アナウンスが流れる。


「次は当高校の軽音楽部から3ピースバンドの登場です。みなさん、盛大な拍手でお出迎えください!」


 拍手が鳴り響き、3人はステージへ向かう。ステージに立つと、緊張状態が極限を迎えた。しかし、石田が「1、2、3、4」のカウントを開始すると、演奏が始まった。緊張も自然とほどけた。高梨と石田のリズム隊が、ベースリフとリズムを奏で、岩本のリズムギターが演奏を彩る。高梨が歌い始めると、観客たちも興奮してきて、手拍子などをしてくれる。ここで岩本は自分を俯瞰して見ている気持ちになり、客観的になれた。あ、ギターって、バンドって楽しい。純粋にそう思うことができた。演奏も佳境に入り、岩本はずっと試したかったことを試した。間奏部分で高中のリフを入れたのだ。それに高梨と石田が反応する。一瞬、演奏が崩れたかに見えたが、リズム隊の2人が演奏を持ち直す。岩本も高中のリフを失敗することなく弾き切った。そして、最後の歌パートを演奏し、曲が終わった。観客たちは大喜びで、拍手で見送った。前室に戻ると岩本に2人が言う。


「岩本君、高中のリフ入れてきたね。あれ良かったよ」

「私もいいと思った。しかもちゃんと弾けてたね」


 岩本は誇らしげに「はい!」と返事をする。岩本は上機嫌だった。大好きな高中のリフをミスなく演奏できたこと、バンドでみんなの前で、演奏できたことその2つが岩本の自信になる。そして、バカにしてきたやつらを見返せただろうということも、満足できる要因だった。文化祭終了後、岩本たちバンドメンバーは打ち上げに来ていた。といっても喫茶店でお茶を飲みながら話す会だったが。高梨と石田が何か話しているようだったが、岩本は先ほどのバンド演奏の爆音の影響で一時期に耳がさらに聞こえづらくなっていた。話を遮るわけにもいかず、愛想笑いして過ごしていた。そんな岩本に気づいた高梨が言う。


「……わもと君、聞こえる?」

「ああ、はい」


 高梨が大きめの声で声掛けをしてくれる。岩本は返事をしたが、気まずい気持ちだった。「俺の耳が悪いせいで2人に迷惑をかけている」そう思うと居心地が悪いし、情けない気持ちだった。石田も言う。


「聞こえづらかったね。悪かった。大きめの声で話すね」


 石田が気遣いの一言をくれる。それに岩本はさらに情けない気持ちになった。俺は障がい者なのだろうか。気を遣われないといけない人間なのだろうか。岩本はさらに気持ちが暗くなる。高梨、石田が顔を見合わせ、言う。


「今日はもうお開きにしよう」


 岩本はさらに気分が落ち込んだ。


 家に帰った岩本は母親に「文化祭楽しかった? バンド楽しかった?」と聞かれたが、「ああ、うん」としか答えず、部屋に行ってしまった。岩本はベッドに倒れこむと、今日のことを思い出した。バンドは楽しかった。高中のリフもうまくいったし、2人から褒められた。あんなに楽しかったのに、なんで気分が悪いんだろう。俺の耳が悪いせいだ。耳が悪いせいで人と会話ができない。音楽も健聴者と比べて楽しめない。俺の人生は真っ暗なのか。そう思った岩本はひどく落ち込み、そのままご飯も食べずに寝てしまった。

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