岩本の過去③
そうして、岩本の中学時代が終わりを告げた。岩本は自分の偏差値に合った自転車で通える範囲の公立高校に入学した。今までの経験から耳が悪いことを早々にクラスメイトに告白し、それなりの関係性を築くことができた。岩本は一安心した。高校に入学した岩本はサッカーを続けようかと迷ったが、やはりギターを始めたいと思い、アルバイトのため部活には入らなかった。岩本は新聞配達のアルバイトを始めた。早起きして自転車で新聞を配達するのは体力的にきつかったが、ギターを欲しいという欲求の前では大したことがなかった。そして、あっという間に目標金額に届いた。岩本は早速、楽器屋に出向くことにした。近所の楽器屋に着くと深呼吸してから楽器屋に入店した。楽器屋に入ること自体、初めてで緊張していた。所狭しとギターやベースが並び、岩本を興奮させた。楽器屋には店員が2名ほどおり、また、試奏している客が1人いた。その試奏している客の曲が岩本の心をひきつけた。岩本は思わずその客に聞いてしまう。
「今弾いていたのは誰の曲なんですか?」
「高中正義って人の曲だよ」
岩本はカシオペアを初めて聴いたとき以上に興奮した。コピーとはいえ、こんなに自由でアクロバティックな曲があるのか。岩本は感動した。岩本はその場で高中と同じギターを買いたいと思った。その客に尋ねる。
「高中の使用してるギターってなんてモデルですか?」
「YAMAHAのSGだよ。君、ギター買いに来たんだよね? YAMAHAのSGは結構するよ」
思わず店員の方を岩本が振り向くと、店員もそうだと言わんばかりに、首を縦に振る。岩本は少し落ち込んだが、すぐに店員が言う。
「中古のYAMAHAのSG入ってきたからそれを見てみますか?」
岩本はパッと目を輝かせ、店員についていく。青いギターだった。確かに中古ということもあって、少し、使用感はあったが、十分きれいな状態だと言えた。「店員が試奏しますか?」と聞くので、岩本は「はい」と返事をした。岩本はギターを受け取ると早速弦をはじいてみる。ジャーンというきらびやかな音がした。岩本は米田の家で触らせてもらったベース以来の楽器だった。やはり感動を覚えた。店員が横でギターの説明をしてくれていたが、岩本はギターに夢中で聴いていなかった。岩本は値段を確認すると、十分買える金額だったので購入しますと店員に告げた。一緒にアンプやらシールドを購入し、アルバイト代と貯金はほぼなくなった。しかし、岩本はこれからが人生の始まりだと思うほど、喜んだ。
ギターを購入した帰り道、手荷物がいっぱいだったが、先ほど聴いた高中正義というギタリストの音楽が気になり、レンタルレコード屋に寄った。お金は少しあったので、ベスト盤を借りた。レンタル屋の店員に「ギター買ったんだね。練習頑張ってね」と言われ、岩本はさらに嬉しくなった。家に着いた岩本は早速ギターを触ろうと思ったが、その前に高中のLPを聴いてみることにした。LPから流れる音楽はギターが自由で遊んでいるようだった。岩本は本物のギタリストの演奏に酔いしれた。そして、俺もこれくらい弾けるようになりたいと強く思った。
ギターは岩本にとって難しく最初は全く弾くことができなかった。耳が悪いせいか、自分がちゃんと弾けているかの確認が難しかった。さらに好きなカシオペアや高中の曲の楽譜も購入していたが、難易度が高く、初心者の岩本には厳しかった。岩本は1時間ほど弾いてみると、ギターが少しつまらないと感じてしまった。当然たった1時間の練習で弾けるようになるわけがないのだが、岩本はギターを放り出した。今一度、高中のLPを聴き返してみる。やはり素晴らしかった。そして、この領域になるにはどれくらい練習すればいいのかわからなかった。岩本は道は長いと知った。もう一度ギターを触る。コードを抑えてもきれいな音など鳴りやしない。パワーコードはなんとか鳴っていたが、それだけでは好きな曲は弾けなかった。岩本はギターを投げ出す、高中の曲を聴くを交互に繰り返していた。最終的にはギターは弾かず、高中の曲を聴いているだけになった。高中の曲は素晴らしい。でも、俺には弾くことができない。その事実が岩本を落ち込ませた。その日、岩本はギターをもうその日は触らずに眠りついた。
次の日、高校に着くと、友達にギターを買ったことを報告した。友達は「おお、ホントか!? これから岩本もギタリストだな!」と驚いた様子だった。岩本はその反応に喜んだが、内心複雑だった。全然弾けないのになんか俺、バカじゃないのか? そんなことも思ったが、笑って話を合わせておいた。岩本がギターを買ったというニュースはクラスに広まった。好意的な人間も多かったが、岩本は耳が悪いのにギターなんて始めたのか? とバカにする人間もいた。そいつらは岩本に近寄ると、口を開く。
「岩本、ギター買ったんだって? 今度持ってきて弾いてくれよ」
「いや、まだ弾けないんだ。練習中で」
「練習したって弾けないだろう? 耳が悪いんだから、練習したってうまくならねーよ」
あざ笑うそいつらを岩本は睨みつける。「おー、こわ」そう言ってさらにあざ笑う。岩本は言う。
「俺はうまくなる。お前らが笑えないくらいにな」
「おーおー、やってみろ。文化祭にお前出ろよ。1年もあるんだから十分だろ?」
「いいよ。やってやるよ」
岩本は売り言葉に買い言葉で文化祭に出ることを約束してしまった。周りの友達が、よせよ、などと言ってくれたが、岩本は引かなかった。そうして、岩本は文化祭に向けて、ギターを猛練習することになった。岩本は毎日家に帰るとすぐにギターと向き合った。最初はコード弾きに挑戦した。FコードやCコードなど昨日も弾けていなかったが、今日も弾くことができなかった。しかし、バカにしてきたやつらの言葉を思い出し、それをばねにして努力した。1、2時間もコードの練習をしていると、たまにきれいな音が鳴る瞬間が何度かあった。岩本はそのたびに嬉しくなり、また、その感覚を忘れない努力をした。最初の1か月はそのような状態で、2か月目に入ってからはだんだんと安定してコードが鳴るようになっていった。岩本はこの上達速度で文化祭に間に合うのか不安になってきた。しかし、そこを考えても仕方ないと思って、岩本は地道な練習をし続けた。同時に文化祭でやりたいと思った高中の曲を聴くことも欠かさなかった。高中の曲を聴くと、岩本はやる気がどんどん湧いてくる。それをエネルギーにして、ギターの練習を続けていった。
岩本のギターはまだコードを弾くことしかできないでいた。だんだんと弾き語りの練習などにシフトしていったが、岩本の歌は耳が悪いせいか音程がとれておらず、音痴だった。岩本はやはり弾き語りではなく、ギター一本で行くしかないなと感じ始めていた。しかし、ギター一本で勝負するとなると、高中の曲を演奏するにしても音が弱いだろうなと思っていた。やはり、ベースとドラムが必要かもしれないと感じてきた。しかし、友達には楽器をやっている友達はおらず、メンバー集めは難航しそうであった。だが、岩本の高校には軽音楽部があったので、そのドアを叩いてみることにした。メンバー集めもそうだし、ギターの練習の相談もできると思い、岩本は期待した。
ドアを開けて入ってきた岩本に視線が注がれる。早速部長と思わしき男が岩本に話しかける。
「こんにちは。入部希望者かな? 俺は部長の遠藤だよ。よろしくね」
「岩本です。最近ギターを始めました。よろしくお願いします」
遠藤からいろいろな話を聞くことができた。軽音楽部は部員が30名ほどおり、どちらかと言えばロックを好む部員が多く、岩本のようなフュージョンを好む部員は少ないということなどを説明してもらった。岩本はそこまで聞いて、ちょっと合わないかもなと思っていた。岩本は高中に夢中でロックにはあまり興味もなかったし、うるさい環境で岩本には会話が難しい環境だったからだ。しかし、横で遠藤と岩本の会話を聞いていた部員が話しかけてくる。
「岩本君、高中好きなの? 私も好きだよ。あ、私は高梨。よろしく。ベースやってるんだ」
「俺はドラムの石田。俺も高中好きなんだよね。話合うかもね」
岩本は物事がうまくいき始めたと感じた。岩本は興奮しながら言う。
「高梨さん、石田さんよろしくお願いします! 実は今度の文化祭で高中をやりたいと思ってまして、一緒にバンドを組んでくれませんか?」
2人は顔を見合わせると、微笑みながら「もちろん!」と言ってくれた。岩本も微笑みながら「よろしくお願いします!」と言った。
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