岩本の過去②
岩本は中学校に入学した。公立の中学校だったので、小学校時代の同級生はほとんど同じ中学校に入学してきた。岩本はまたいじめられると思ったが、幸い、いじめてきた同級生は違うクラスだった。岩本はホッと胸をなでおろした。初めてのホームルームが始まって、担任が自己紹介をする。
「みんな初めまして。君たちの担任の田辺だ。担当科目は理科だ。よろしくな」
どことなく種田を連想して嫌なしゃべり方だと岩本は思った。しかし、そこはまだわからない。岩本はこれから判断していくしかないと思うことにした。
「じゃあみんな自己紹介しようか。まずはそっちからだ」
自己紹介が始まる。みんなそれぞれ簡単に名前と趣味や、入りたい部活などを話していく。出席番号があいうえお順なので早々に岩本の番が回ってくる。
「岩本昭です。趣味はフュージョンというジャンルの音楽を聴くことです。あと、俺耳が悪いので、困ったら助けてほしいです。みんなよろしくお願いします」
岩本の発音はやはり少しおかしく、クスクス笑う人や、どよめきが起こった。岩本は羞恥心から少し顔を伏せた。田辺からフォローが入る。
「岩本は自分でも言っていた通り、耳が悪いから周りのみんなフォローしてやってくれな。じゃあ次」
岩本はそんな言い方ないだろうと思った。耳が悪いことはそんなに悪いことなのか、俺は悪人なのか。岩本は悲しかった。
ホームルームが終わると、みんなそれぞれに話しかけたりしながら、帰りの時間となる。岩本はまたひとりぼっちなんだろうな、中学校でも。と思っていると、岩本に話しかけてくる男がいた。
「岩本君だっけ? 俺、米田正和。俺もフュージョン好きなんだよ。仲良くしてくれ」
岩本は自己紹介の時間にみんな声が小さかったり、口元が見られなかったりで、ほとんど自己紹介を理解することができなかった。そんな中、米田は岩本に大して、大きな声で話しかけてくれて岩本はうれしい気持ちになった。
「米田君だね。俺は岩本昭。よろしく。フュージョンで好きなバンドある? 俺はカシオペア!」
「俺もカシオペア好きなんだよ! 話が合いそうだね!」
米田とは帰り道の方向も一緒だったので、カシオペアの話をしながら一緒に帰路に着いた。岩本はギターに興味があったが、米田はギターよりもベースにあこがれがあり、お小遣いを貯め、ベースを買う計画をしていることなど話してくれた。岩本もその話を聞いて、自分もお金を貯めてギターを買おうと決意した。楽器買ったら、バンド組もうなーと約束をした。岩本はこの嬉しかった出来事を早速母親に話した。母親もとても喜んでくれた。早速友達ができたんだね。よかったねえと喜んでくれた。父親にも話したが、普段寡黙な人だったが少し安心した表情を浮かべた。岩本はそれも嬉しかった。
中学校は楽しかった。米田という友達もできたし、サッカー部に入り、充実した青春を送れていた。岩本は米田との繋がりや、部活での出会いなど友達がどんどん増えていった。ただ一方で、岩本の耳のことをバカにする人間はいた。岩本の発音を真似したり、岩本に聴こえるか聴こえないかの声量でバカにしたりしていた。だが岩本は友達がいたから大丈夫と思えていた。実際、友達はかばってくれる。たまに辛くなることはあったが、米田たちと話すとすぐに良くなった。
そんな岩本はサッカー部で他校まで遠征試合に行くことになり、部員みんなで隣の中学校まで自転車で移動していた。サッカー部にも岩本をからかってあざ笑う連中はいたが、同時に仲の良い部員もいたのでそこまで気にしていなかった。顧問の先生もいい人間で岩本を大切にしてくれていた。隣の中学校に到着し、挨拶もそこそこに試合が始まる。岩本はフォワードでレギュラーメンバーだった。岩本の耳が悪いこともあり、大きな声出しを顧問は部員に指導していた。大きな声を出すことで士気が上がり、いいムードを部員たちに醸し出していた。岩本は部員から合図を受け、パスを受け取るとシュートを放つ。そんな場面が試合中何度もあった。結果として試合には3-0で勝利した。試合後、隣の中学校の生徒から岩本は話しかけられた。「あのシュートすごかったね」「何年もサッカーやってるの?」など好意的なことばかりだった。しかし、岩本は耳が悪く、ほとんど聞き取れず、愛想笑いを浮かべることしかできなかった。顧問から「こいつは耳が悪くて聞き取りづらいんだ」そんな説明を受けると、隣の中学校の生徒たちは「ああ」と言って、岩本から離れていった。めんどくさいと思われたのだ。岩本は悔しかった。俺の耳が悪くなければ、そう強く思わされた。
試合の帰り道。サッカー部の岩本をいじめている部員たちは岩本をバカにした話で盛り上がっていた。「あいつ知らん奴らにも避けられたな」「耳が悪いってホントかわいそうだよな」岩本にはほとんど聞こえなかったが、バカにされているのは空気で分かった。岩本は怒りが湧くよりも、悲しみが湧いてきた。耳が悪いことは罪なのか、耳が悪いと笑われなくてはならないのか。岩本はそれを友達に聞いてみようと思った。
岩本は翌日、米田に聞いた。
「俺の耳が悪いってのは悪いことだと思うか?」
「なんだよ。突然。まあ、苦労はするかもしれないけど、悪いことではないよ」
「本当にそうか? 昨日隣の中学校との試合でそこのやつらにも避けられてさ、しんどかったんだ」
「確かに避けるようなやつらはいるかもな。でも、その分仲いい友達を作ればいいんじゃないか? 俺みたいな」
岩本は米田の言葉に感激した。米田のことを親友だと思った。岩本は「ありがとう。米田は俺の親友だ」と言った。米田も「俺たちは一生親友だ」と返してくれた。米田と岩本は仲がより良くなった。休み時間はずっと一緒にいるし、帰り道も一緒なのでほとんど一緒の時間を過ごしていた。そして、とうとう米田がベースを買ったから見に来てくれ、と言ってきた。岩本も興奮しながら「今日でもいいか?」と聞いた。米田はもちろんと言い、学校から直接米田の家に向かった。米田の家は古めかしい一軒家で、あまり裕福ではないらしい。しかし、しっかりと米田の部屋もあり、広いとは言えないし、汚い部屋だったが、早速ベースを見せてもらった。ジャズベースタイプの白いベースで、横には小さなオレンジアンプがあった。岩本は興奮しながら「何か弾いてくれ」とせがむ。米田は「まあまあ」と言いながら、セッティングを開始する。ジャズベースから延びるシールドをアンプにつなぐと、米田が弦を指ではじく。初めて生で聞いたベースの音は低くうねっていた。米田がニヤニヤしながら岩本を見る。どうだ? すごいだろ? と言わんばかりに。岩本は自分にも触らせてほしいとせがむ。「もちろん」と言って、岩本にベースを渡す米田。岩本は適当にフレットを抑えながら、弦を指ではじく。鈍い音がした。岩本は初めて自分が鳴らした楽器の音に感激する。自分がはじいた弦からシールドを通して、アンプから音が鳴る。その事実が岩本を喜ばせた。
「おお……」
岩本は感嘆のため息をつく。米田がそれを見てニヤニヤする。「いい音鳴るよな」と米田が言う。米田が続ける。「これから猛練習して、絶対うまくなるわ。岩本も早くギター買って、俺とバンド組もうぜ」岩本もうなずき、ギターを買う決意を新たにした。
岩本は自分の家に着くと自分の貯金額を確かめる。全部合わせて3万円。初心者セットのギターなら買えるが、岩本はこだわりたかった。岩本が欲しいギターは10万円ほどするのでギターを買うにはまだまだ足りなかった。当然アンプなど周りの物も必要なわけで、お金はまったく足りなかった。月の小遣いは3000円で貯めるには程遠い金額だった。高校に入ってからアルバイトをして稼ぐしかないなと岩本は感じ始めていた。しかし、それだと米田との約束が遠のいてしまうという懸念があったが、岩本はそこを譲ることはできなかった。
月日がたち、岩本たちは中学3年生になっていた。ギターを買う約束をしてから2年ほど経ってしまっていた。その間、米田から「いつギター買うんだよ」と何回も言われたが、岩本は「まだお金がない」と言い続けていた。米田はそのたびに、「早く買えよ。俺に追いつけなくなるぞ」と言っていた。岩本は心苦しかったが、どうしても自分の欲求にあらがうことができなかった。ある日、米田が痺れを切らしたのか言った。
「岩本、お前ギター買う気ないな? 俺とバンド組みたくないのかよ」
「いや、買う気はあるんだけど、高いギターだからまだ買えないんだ」
「最初から高いギター買わなくてもいいじゃないかよ。まずは安いギターで練習すれば」
「でも俺はそこにこだわりたいんだ」
「じゃあもうお前とバンドは組まない。友達もやめる」
「え? そんなの関係ないだろ」
「いやあるね。約束を破るのは友達じゃない。違うか?」
「俺はどうしてもこだわりたくて……」
「知らん。絶交だ」
米田が去って行ってしまった。この出来事以降、米田と岩本は話すことはなかった。岩本にはほかにも友達がいたが、米田という親友を失った岩本には悲しみが訪れた。一方で米田も寂しそうにすることがあったが、米田は友達が多い方ですぐに慣れていったようだった。岩本は俺は悪くないと思い続けていた。せっかく買う高い買い物なのだからこだわって当たり前だ、そんな風に思っていた。米田に話しかけようとしたこともあったが、米田には無視されてしまう。米田も岩本の方を見つめることはあったが、結局、話すことはなかった。
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