電話でのトラブル①

「岩本さん、一番に東京支店本宮さんからお電話です」


 清水から回ってきた電話に岩本が出る。


「岩本さん、お疲れ様です。東京支店本宮です」

「はい、岩本です。お疲れ様です」

「岩本さんから頂いた図面なんですが、3ページ目の手すりの数間違っていませんか?」

「ちょっと待ってください。私も今その図面開くので」

「岩本さん、この図面じゃ仕事できないですよ」


 岩本はその発言にカチンとしながらも、静かに図面を開く。確かに一見、手すりの数が間違っているように見えた。しかし、それは岩本が図面を書く段階で何度も確認した部分なので間違いはないはずだった。岩本は再び確認する。やはり間違っていない。本宮が手すりの数が違うと言っているのは間違いだった。


「本宮さん、手すりの数、やっぱり合ってますよ」

「いや、そんなはずない」

「ちゃんと見てください。見づらいかもしれませんが、ちゃんと書いてあるんですよ」

「あ……、本当ですね。すみません。それじゃあ」

「いや、ちょっと待ってください。この図面じゃ仕事できないとか言いましたよね? それはなんですか?」

「いや、それは言葉の綾で……」

「ふざけるな! 私は丁寧に仕事してるんだ。お前みたいなやつにバカにされる筋合いはない!」

「すみません」

「だいたいいつもなんですか!? お前が悪いみたいな言い方いつもしますよね? ご自身が悪いんでしょう!? 馬鹿にするのも大概にしろよ」

「はい、すみません……」


 こうしてヒートアップした岩本を止める人物、勝田は今日は有休だった。見かねた相田部長が声をかける。


「岩本さん、ちょっと落ち着いてください」

「はい? なんですか? 相田部長。私は電話中ですよ?」

「それはわかるんですが本宮さんにきつく当たりすぎですよ」

「きつくないですよ! 相手が悪いんだから」

「だとしてもきついです。とにかく落ち着いて。電話切って私と話しましょう」


 そういって、相田は岩本の電話を奪い取り、受話器を置く。岩本はむっとした表情を見せたが、少しだけ落ち着いたように思える。別室で岩本と相田は話をする。


「相田部長、なんなんですか!? 勝手に電話切らないでくださいよ」

「まあまあ、岩本さん、落ち着いて」

「私は落ち着いていますよ!」

「いや、興奮しています。とにかく話しましょう。なにを言われたんですか?」

「私の書いた図面がおかしいと言われて、こんな図面じゃ仕事できないとも言われました。確認したら向こうが勘違いをしていてたんです。私は悪くなかったんですよ!」

「そうなんですね。でもあんなに怒鳴るのは違いますよ。岩本さん、もっと落ち着きましょうよ。これは言いたくないですが、部内どころかフロア、社内の人たちが岩本さんを怖いと思ってるんですよ? もっと仲間なんだから優しくしましょうよ」

「私が怖いですか。そんなことみんな思ってるんですか? おかしな会社だ! 私が障がい者だから差別しているんでしょう! 相田部長も私をバカにしているんですか?」

「私はバカにしていないですし、みんなもバカにしていないですよ。障がい者差別も私含め、みんなしていません。落ち着いてください」

「私の耳が悪いことをいいことにみんなで陰口をたたいているんでしょう!? 嫌な会社だ! まったく」

「岩本さん、私の声、聞こえていますか?」

「聞こえていますよ! 相田部長もやっぱり私の耳のことをバカにしていますね!? この距離と声量で聞こえないはずがないでしょう!」

「いや、違います。岩本さん、興奮しているので、私の落ち着いてという声が届いていないのかと」

「だから聞こえているって言ってますよね!? みんな私のことをバカにしているんだ……」


 岩本は一転、怒りから悲しみに感情を振っていった。これには相田も困ってしまう。正直面倒だなとすら思うが、部下の管理も仕事なので優しく声をかける。


「岩本さん、私も協力しますから、もっと頼りになって、優しい人になりましょう」

「私は……私は……」


 岩本は相当落ち込んでいるようだった。しかしそれながらも、怒りの感情も渦巻いており、岩本の胸中は穏やかではなかった。こんな面倒な人間の対応をする相田部長や周りの人間も穏やかな胸中ではなかったが。


「とにかく岩本さん、今日は帰ってゆっくりしてください。明日から一緒に頑張りましょう」

「……はい」


 岩本は納得した表情ではなかったが、とりあえずその場は収まった。しかし、それとは対照的に相田の心中は穏やかではなかった。「なんであんな面倒なやつをかくまわないとならないんだ」相田も悩んでいた。相田は初めての部長職でもあり、悩みは尽きなかった。相田にも岩本にも家族がいたが、悩みはお互いに家族には話せないでいた。しかし、岩本はとうとう家族に相談することにした。


「お父さん、会社で嫌われているかもしれない」

「え?」


 岩本の妻と息子、娘が声を合わせて言う。動揺の空気が食卓に広がる。そんなわけないだろうと岩本本人以外は思うが、岩本の表情を察するに本当だろうなと思う。


「あなた、会社もう辛いの?」


 岩本の妻が岩本に尋ねる。岩本は首を縦に振り、答える。


「ああ」


 シーンとした空気が場を支配した。だがしかし、岩本以外の家族はやっぱりねと思うところもあった。岩本は俺が俺がタイプで家族の中でも少しめんどくさいと認識されている。岩本はそれに気づいていない、裸の王様のようだった。裸の王様と言えど一家の主である岩本は誇りを持っていた。岩本が続ける。


「正直、もう辞めたいと思ってる。でも、みんながいるからがんばるよ」


 またしても静寂が支配する。家族は内心、偏屈な性格を直せばいいのにと思っているが誰も口にしなかった。いや、できなかった。そんなことを口に出せば岩本が激高するに決まっているからだ。家族からも嫌われる岩本の人生に救いはなかった。岩本の過去にすら救いはない。岩本は過去を思い出す。

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