第四章

 話は、進路相談の時に戻る。

 萩村先生は、私を応援してくれた後で、

「それで小渕さん。もう卒論以外の単位は取り終えたかな?」

 と確認してきた。私がそれを「はい」と肯定すると、先生はさらに、

「それで、小説一本書くのにはどれくらいかかりそう?」

 と聞いてくる。私が「調子よくて半年くらい……」と答えると、先生は、

「じゃあ、九月の終わりまでに小説を書き終えて、十月の始めには卒論の作成を開始すること。それを僕と約束してくれるかな?」

 と聞いてきた。

 私は、身が引き締まる思いで、

「分かりました」

 と答える。



 それから私は、バイトも辞めた。小説を書く時間を作るためだ。

 辞めるという意思を伝えてから二週間後。最後の出勤を終えてから、バイト先の百均の事務室で、

「今までお世話になりました」

 とあいさつしながら、私は店長に頭を下げる。それに対し店長は、

「こっちこそ、今まで世話になったね。それより、小説家目指してるんだって? 頑張ってね!」

 と、応援してくれた。

 それにも胸が熱くなるのを感じながら、私は荷物をまとめて、改めて頭を下げてから事務室を出た。



 それから、こんなこともあった。

 ある日私は、トモちゃんからの、

『ご飯食べてる?』

 というチャットアプリでのメッセージに、

『ちゃんと食べてる。大丈夫』

 と返信した。

 それから、チャット相手の一覧を確認し、父さんと母さんをブロックしていることを確認する。

 その後私は、スマホを置いてパソコンに向かった。今日は家賃を振り込む日なのだ。そのために私は、銀行のインターネットバンキングのページにログインした。

 家賃を振り込んで、それでも残高が思ったより多いことが気になって、私は取引明細を確認する。すると、父さんの名前での振り込みが、五月も続いていた。

 あんな喧嘩別れみたいなことをして、仕送りしてもらえないことも覚悟していたのに。だから、それにも私は、目頭が熱くなるのを感じた。



 そんなことも経験しつつ、私は新作小説の企画を進めた。

 今まで一次落ちしてきた時は、ラブコメやSFなど違うジャンルに挑戦してきた。しかし今度は、得意の異世界もので再び勝負をかける。

 前に二次選考を通った作品の選評も参考にする。曰く、要約すると、「キャラクターやギャグはいいが、しっかりプロットを練ってから書きましょう」とのこと。

 そもそも以前は、プロット自体作らずにノリで書いた。だから今回は、そこから反省して、ちゃんとプロットを作ってから臨むことにする。

 私は、小説のプロットの相談ができる場所をネットで探して、小説投稿サイトの掲示板を見つけた。そこで、プロットの作りかたから相談して、基本的なストーリー構成の仕方から、優しい回答者さんたちに手取り足取り教えてもらう。

 そうして、私はプロットを練り上げた。



 プロットを作ったら、あとは執筆あるのみだ。

 私は、家事などがない空いた時間にはひたすらパソコンに向かって、キーボードを打った。

 今回の作品は、シリアスな異世界もの。勇者として剣と魔法の世界に召喚された少年が魔王と戦うという、べったべたな内容だ。

 私は、主人公が異世界に召喚されれば一緒に不安になり、彼が仲間を増やして冒険を進めていけば一緒にわくわくし、彼が魔王に追い詰められれば一緒にはらはらし、彼が見事魔王を倒せば一緒に喜んだ。



 そんな物語の一部始終を書くのに、九月上旬までかかった。

 それから、推敲もする。まず小説の全体を読み返して指摘点を書き出し、直す。それから、本文を一通り読みながら、誤字脱字などを直した。

 そんな作業を経て、私は九月下旬には、小説を投稿サイトから新人賞に投稿した。



 それから、卒業論文を翌年の三月までに書き、大学を卒業してから、その年の秋。

 生活のためにまた始めた、スーパーのバイトの勤務終了後に、私はスマホから新人賞の結果を確認する。

 結果――「銀賞」のところに、私の作品の名前があった。

「…………!」

 バイト先のロッカー室の中だったので、大声を出したり飛び上がったりしたい衝動を抑えたが、それでも私はガッツポーズして喜んだ。

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