第二章

 土曜日の午前。

 私は、ワープロソフトで小説を書いていた。

 内容はコメディ調の異世界転移もの。死んで異世界に勇者として召喚された少年が、変てこな人々や武器や魔法や敵に四苦八苦しながら魔王軍に挑む、という話だ。

 王様から与えられた、一撃で百の敵をカエルに変える剣を主人公は振るう。彼が敵部隊を無力化したはいいものの、足の踏み場に困りながら先に進む場面を書くにあたり私は、

「あはははは!」

 と大笑いしながら、キーボードを打った。



 その後私は、問題に気づいた。

 まず夕方。母さんが帰ってきてから、夕食の調理の手伝いをさせられる。

 それから父さんが帰ってきてから夕食を取って、少し休んだら洗濯だ。一日分の半分の洗濯物をかごから洗濯機に移して、洗濯機を回す。

 その間に受験勉強。母さんと父さんがたまに見張りにくるから、私は参考書にずっと向かっていて、小説の原稿に向かうどころじゃない。

 そして洗濯が終われば、三人分の大量の洗濯物を干させられた。

 そんな夜を過ごして、あとは寝る。



 つまり何を言いたいのかと言うと、小説を書く時間が取れない。

 私にいろいろな家事を手伝わせることについて、母さんは、

「将来生活するのに困らないようにね」

 と言っていた。それも一理あるけど、今は受験勉強しながら小説を書くという、将来に向けた挑戦の真っ最中だ。正直に言えば、家事はなるべく母さんに任せて、小説に集中したい。

 とはいえ、さすがに明日、日曜日になれば、小説を書く時間も取れるだろう。

 そう思って私は眠りについたが、考えが甘かった。



 日曜日。

 今日は父さんが仕事休みで、朝からずっと家にいた。

 居間から私の自室まで、父さんが見ているテレビ番組の音声がずっと聞こえてきていて、たまに水分補給やお昼のためにキッチンに行けば、父さんの姿がちらりと見える。

 たったそれだけ。それだけのことで、

「が……!」

 キーを打とうとしても、指がスムーズに動かなかった。

 頭の中からもうまく言葉が出てこなくて、私は文章を書いては「これじゃない」と思っては消すことを繰り返す。

 そうこうしていて、結局夕方に母さんが帰ってくるまで、私はワープロソフトにして一ページくらいしか小説を書き進められなかった。

 その後は、だいたい昨日と同じ。まず、母さんが帰ってくるのに合わせて、私は慌てて参考書に向かう。そして部屋に顔を出した母さんが、私が勉強しているのを見て、

「感心、感心」

 と言ってから引っ込むのを確認して、私は安堵する。

 それから家事をさせられたり、その合間に(たまに入ってくる監視付きで)受験勉強したりしてから、眠りについた。



 そこから、私は認めざるを得なかった。

 父さんや母さんがいる家では、息苦しくて小説を書けないということを。



 それを解決する策を、私は取った。

 翌日月曜日に、父さんや母さんの監視が入らない隙に、私はワープロソフトの書きかけの原稿を小説投稿サイトにコピペして、下書き保存する。

 それから火曜日以降、学校の昼休みや放課後。私はスマホから小説投稿サイトにログインし、下書きの続きをぽちぽちと書き進めた。

「ぎゃはははは!」

 と笑いながら小説を書く私に、

「アサちゃん何してるの?」

 とトモちゃんが聞いてきたので、私は正直かつ端的に、

「小説書いてる」

 とだけ答えた。

 それから一学期が終わり、夏休みの間も土日以外ほぼ毎日登校日だったので、放課後の小説執筆がはかどった。



 だが家ではあまり小説がはかどらないことが続いたので、私はさらに手を打つ。

 秋にまた進路希望調査があって、私は「職業」の欄には相変わらず「公務員」と書いていたが、「大学」の欄には、一学期にオープンキャンパスで行った大学の名前を書いたのだ。

 トモちゃんが、

「アサちゃんその大学に進むの?」

 と驚くのに対し、

「うん。公務員になるには、もう少しレベル高い大学を出ておいたほうがいいかなって」

 と、私はしれっと、両親にも説明していた表向きの理由を答える。

 本当は、小説がはかどらない実家を出たいだけ。その真意を隠して。



 実家を出られると思うと、受験勉強もはかどった。

 父さんや母さんが見張りにきても、

「ふんふんふーん」

 なんて鼻歌まで歌いながら、私は参考書の問題を解いていった。



 そして年明け。小説執筆はまだ続いていたが、その合間に、私は大学を受験した。

 それから合格発表。自室のパソコンで、母さんと一緒に専用ページを確認する。

 そこに私の番号があるのを確認してから、母さんは、

「真朝……! よかった……!」

 と、泣きながら喜んだ。

 私もほくそ笑む。実家を出られることが嬉しい、という本音は隠したまま。



 それから、受験から卒業までの余裕がある時期に、私は小説を書き上げ、新人賞に投稿した。

 さらに春休み。一人暮らしするアパートを不動産屋さんや父さんと一緒に探して、大学近くの物件を選ぶ。

 不動産屋で、十枚くらいの大量の書類に署名と捺印もした。その際、保証人になってくれる父さんにも、署名・捺印してもらう。

 父さんは仕送りも約束してくれて、家では、

「真朝……! 初めての一人暮らし大変だと思うけど、元気でな……!」

 と、泣きながら言っていた。

 私は、それにもしめしめと思いつつ、新生活に胸膨らませた。



 それから、その年の夏。

 私は、一人暮らしの自宅で、布団で横になっていた。

 授業もバイトも休みの時には、ひたすらだらだら寝ている。

 そう言えば、そろそろ新人賞の二次・三次選考の結果発表だ。私はのそのそと布団から這い出して、スマホを手に取る。

 そして新人賞のページにアクセスすると――二次選考通過作の中に、私の小説の名前があって、やった! という歓喜が湧き上がってくる。

 だが、嬉しいのはそこまでだった。

 三次選考通過作の中に、私の作品の名前はなかった。

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