第一章
「よーし、それじゃ進路希望回収するぞー」
ホームルーム中の教室に、担任の声が響いた。
私は、周りを見回す。私と同じ年頃の、セーラー服姿の女子二十人ほどと学ラン姿の男子二十人ほど、合わせて四十人ほど。みんなそれぞれに、目を輝かせたり、不安を顔に浮かべたりしている。
私は後者なのかな……。
と思いつつ、私は自分の調査票に目を落とした。大学の欄には地元の大学の名前、進路の欄には「公務員」と書かれた紙。
それを昨夜記入した時の、胸の奥にねばねばしたものが絡みついてくるような感覚が蘇ってくる。それを忘れられないうちに、私は後ろの席から回ってきた調査票に自分のものを重ね、前に回した。
「アサちゃん進路決まった?」
放課後。私のニックネームを呼びながら、
「前から言ってるように、公務員」
と答え、「トモちゃんは?」と、彼女のニックネームを呼びながら聞き返す。それに彼女は、
「会社員。まだ業界とか決まってないけど……。その分よく言えば、未来の可能性はいろいろあるってことだよね」
と、笑いながら返した。
私は「私もそうなのかな……」と、手元に目を落としながらつぶやく。脳裏に蘇ってくるのは、自分の調査票に書いた「公務員」の三文字。
するとトモちゃんが私の顔をのぞき込んできて、
「ひょっとして、今の進路希望に納得してないの?」
と尋ねてきた。
その一言が、ぐさりと胸の奥に突き刺さってきて、
「わ、私そんな怖い顔してたかなー」
と、私はごまかす。それでも「してた」と答えるトモちゃんに、
「けど、他にやりたいこともないし……」
と、私は答えた。それに対して彼女は微笑んで、
「そっか。今のうちから進路が決まってるのも、悪いことじゃないよね。納得できなかったら、後から転職したっていいし」
と、肯定的なことを言ってくれる。それに私は、
「偉そうに。そうだトモちゃん、キャリアコンサルタントとかになればいいんじゃない?」
と、軽口で返した。それにトモちゃんも、
「ちょっとアドバイスしただけで? ま、それも悪くないかもしれないけど」
と、突っ込みを返す。
それでひとまず自分の進路の話をごまかせた私は、あいまいに笑った。
その日の夜。
父さん、母さんと一緒に、私は食卓を囲む。リビングのテレビでは、歌番組が流れていた。
それをBGMに、まず父さんが口を開いて、
「真朝。進路希望、言われた通りにしたか?」
と聞いてくる。私が、言われた通りに地元の大学の名前と「公務員」と書いたことを答えると、
「大丈夫よ、お父さん。この子真面目だから、きっと公務員になれるわ」
と、母さんが話を続けた。
私は、息が詰まるような感じを覚えながら、あいまいに笑った。
この苦しさはどこから来るのだろう。
安定した将来が見えていて、不安なんかないはずなのに。
そう疑問を持つ私をあざ笑うように、夢に向かって進め、みたいな内容の応援歌がテレビから流れていた。
そんな私の将来像を揺るがす出会いがあった。
県外の大学の駐車場。そこで私はトモちゃんと一緒にバスを降りて、引率の教師について行く。オープンキャンパスに参加するためだ。
芝生や、レンガ造りの通路がある大学構内を歩くと、きらきらした表情の、私と同い年くらいの制服姿の高校生たちや、おしゃれな私服を着た大学生たちを見る。
この人たちにも、明るい将来像があるのだろうか。そう考えて、あの息が詰まるような感覚を再び覚えながら、私はトモちゃんと一緒に大学の建物の中に入った。
私とトモちゃんは、大学のとある教室に入った。体験授業を受けるためだ。
そこで、
「本日は本学のオープンキャンパスに参加いただきありがとうございます。今日集まってくださった皆さんも、多様な将来像をお持ちのことと思います。昨今では進路も多様化しているので、皆さんが後悔しない選択をすることを、大学としてサポートしていけたらと思います」
と、あいさつした。
彼の言葉が、胸の奥を揺さぶる。
私は、父さんと母さんに言われた通りに公務員になって後悔しないのだろうか。
私がそんなもやもやを抱えている間に、体験授業は進む。
オープンキャンパスの帰りのバスの中で、
「授業面白かったし、学食もおいしかったね、アサちゃん」
と、隣に座るトモちゃんは感想を言った。一方私は、
「…………」
萩村先生の言葉を思い出して、黙り込む。それにトモちゃんが、
「アサちゃん。また怖い顔してるけど、どうしたの?」
と聞いてきたので、
「あの萩村って先生。後悔しない選択がどうのって言ってたよね……」
と、私はこぼした。それを聞いたトモちゃんは、
「うん。私もこれから大学選ぶ時や就活や転職する時、そういう考えかたを大事にしようと思う」
と答え、ついでに当然のように「アサちゃんは?」と聞いてくる。それに私は、
「けど、私には公務員以外の選択肢ってないし……」
と答えた。それを聞いて、トモちゃんは、
「ま、アサちゃんにも後から他の選択肢が見えてくるかもしれないしさ。そうなったら、アサちゃんなりに悔いのないように選べばいいよ」
と言いながら、私の頭をぽんぽんと撫でてきた。
その言葉や手の優しさが、私の胸の奥までは届かなかった。
オープンキャンパスの次の週の月曜日。昼休みに、私とトモちゃんは学校の図書室にいた。
図書委員であるトモちゃんとは、よく読書のために図書室に入り浸ることを通じて、私は仲良くなったのだ。
そこでトモちゃんが、
「アサちゃん。例の異世界転生もの、どうだった?」
と聞いてくる。それに私は、
「話は王道で面白かったけど、ひねりが足りないかな。異世界転生ものも飽和状態なんだから、例えば異世界で起業家が活躍する『いせきぎょ』みたいに、意外なアイディアの組み合わせがなくちゃ飛びぬけた面白さが出せない」
と、辛口評価をした。トモちゃんはそれをうんうんと聞いてから、
「今日もアサちゃんはラノベには辛口だね。じゃあ自分で書けば」
と答える。
『じゃあ自分で書けば』
その一言に私は、雷に打たれたような感覚を覚えた。
それだ! という衝撃を受けたのだ。
その日の夜。
私は自室のパソコンから、小説投稿サイトのアカウントを作った。
ペンネームは、「モーニング小淵沢」。
これでこれから、小説を書くぞ! と、私は意気込んだ。
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