第6話 薬師志願
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エリスはマルコから離れたくてクスリナ王立薬草学院へ行くわけではない。
知識があれば助けられるはずの命を救う仕事に就きたい、という夢があるからだ。
できることならマオック村にいたまま夢を叶えたいが、それはできなかった。
マオック村のような田舎の村々は、基本、無医村だ。
そもそも外科手術ができるような医師は王都か戦場へ駆り出されていたから町村部には、いたとしても
一種の医者だが手術ではなく薬の処方で人々の治療をする者たちだ。
エリスの夢はマオック村で薬師になることだ。
マルコも知っている。
アスラハン王国では国策として薬草の栽培を奨励していた。
国中、どこの町や村へ行っても、もちろん王都クスリナに至るまで薬の材料となる薬草が栽培されていた。
流通網を整備し、生産施設を整備し、外貨獲得手段として国をあげて様々な『薬』の生産に務めている。
けれども、材料さえあれば薬がつくれるかというと、そうはいかない。
きちんとした薬の知識を学ぶ必要がある。
マオック村にずっといたのでは民間伝承以上の知識は得られない。
どうしても、一度、村を出て正しい知識を学んでくる必要があるのだった。
マオック村としても村に薬師がいるようになるのは望むところだ。
現在、人類は、いつ終わるとも知れない魔王軍との戦いを何十年も続けていた。
人類軍の中心はシャン帝国だ。
アスラハン王国は魔王軍との戦端に対して後方に位置していたから普段の暮らしで、あまり組織的な魔物の脅威を感じることはなかったが、より戦端に近い国々では魔人や魔物による被害が後を絶たない。
治療のための薬の需要は人類が生活するあらゆる場所で高かった。
この世界の住人の力だけでは戦力が不足するため宗主国である
シレンはアスラハン王国で初であり唯一の転生勇者だ。
アスラハン王国は直接的な戦闘にはあまり参加しなかったが主に後方支援業務として物資の輸送や戦費の調達、薬の開発や生産の役目を担っていた。
王都にある王立クスリナ薬草学院の存在も、その一環である。
国内各地の町村長から推薦を受けた者の中から、さらに厳選された優秀な人材たちを対象に、全寮制、基本無料で薬草の栽培方法や採取、薬づくりの知識を教える。
卒業した者たちを、その後、国の仕事に就かせたり故郷に戻し薬師として地元に貢献させようという仕組みである。国力の底上げに繋げる目的だ。
エリスが選ばれた特待生とは、そのような制度である。
もちろん、エリスが薬師になりたいと思うようになったのには理由がある。
幼い頃から親しい村人の何人かを、薬さえあれば助けられたのに、という状況で亡くしているからだ。
栽培しているため村に薬の材料はいくらでもあるのに、ただ、王都へ出荷するだけで知識が無いから必要なときに薬に加工して活かせない。
王国全体として、もともと乳幼児の死亡率は低くなかったが、比較的、医療体制の整っている王都と比べてマオック村のような田舎では死亡率は倍以上だ。
エリスとマルコが生まれた年にマオック村で生まれた赤ん坊は全部で四人いた。
その年の内に一人が亡くなり、エリスが五歳の時に何日も高熱が続いた後に息をひきとる形で、もう一人が亡くなった。
もちろん、エリスともマルコとも友達だった。
後になって村人たちが『王都で売られている何とかという薬さえあれば助けられたんだ。薬をつくる材料は、全部、村で採れるものばかりだったのに』なんていう話をしているのを聞いた時には、いたたまれなかった。
村の誰かが知ってさえいれば助けられたはずの命である。
エリスが薬師になろうと心に決めた一番の理由だ。
いつか、自分にも子どもが産まれたとき、同じような目には遭いたくなかった。
結局、亡くなったその子の両親は王都に近い別の町へと引っ越した。
王都には移住の制限があるため、もともとの住人か新たに王都で生まれた者や職を得た者、エリスのような特殊事業による特別な許可を得た者しか住めなかったが、王都以外の町や村では移住については各町村長の裁量に委ねられていた。
どこも基本的に人口を増やしたいと考えているため移住を希望されて断られるようなことはない。
王都観光については制限はなかった。
どうしても王都に住みたいが叶わない者たちは王都の外壁の外に家を建てて勝手に住んでいた。
マオック村のような田舎であればあるほど過疎化はすすんでいく。
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