第7話 秘密をばらされたくなかったら言うことを聞け

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 村長が強制的にエリスたちを連れて帰った後、マルコは一人で規定量の残りの薬草を採取し村の集荷施設へ運び込んだ。


 とぼとぼと家に帰り部屋に引きこもると布団に潜り込む。


 心配したマリーベルが様子を見に来た。


「エリスが王都に行っちゃうって。転生勇者様が迎えに来た」


「お迎えが!」


 と、マリーベルは一瞬驚いたが、すぐに平静さを取り戻した。


「エリスちゃん、とうとう自分からは言えなかったんだね。だから、言っただろ。あのは、この村にとどまるようなじゃないって」


 マリーベルは以前からエリスが特待生として、いつか村を出る日が来ることを知っていたようだ。「マルコには自分で言うから」と、エリスから固く口止めをされていたらしい。


「うん」と、マルコ。


 続く言葉は、思ったけれども、さすがに口には出さなかった。


『わかってるよ。補正は村を出たら解けちゃうって。幼なじみ補正がかかっているからエリスは僕の相手をしてくれてたんだ』


 口には出さなかったけれども何度も頭の中で繰り返し考えてしまう。


 マルコは、いつの間にか眠りに落ちていた。


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 マルコは夢を見た。


 転生勇者が、この世界に転生してきた後の夢だ。


 今朝、馬車から降りてきた際のシレンの夢である。


 マルコの特殊能力による夢ではない。


 その日にあった出来事を頭の中で自動的に反芻整理する普通の夢だ。


 マルコはシレンに『ポエマー』と呼びかけそうになった。


 ラジオネーム『恋に恋するポエマー』を略して『ポエマー』だ。


 寸前で口をつぐんだけれども『ポエ』くらいまで呼びかけていた。


 シレンは、ぎょっとした様子を見せた。


 確かに、一瞬、マルコを睨んだ。


 その後は何事もなかったかのような無表情になったけれど何だったのか?


 もし、突然、声をかけられて驚いただけという理由でなければ他に何がある?


 多分、シレンには、『ポエ』が聞きとれたのだ。


『ポエ』と来れば、『ポエマー』だろう。


 普通の人は使わない言葉だが転生前の笠置かさぎ詩恋しれんにとっては日常用語だ。『ポエマー』イコール『恋に恋するポエマー』である。


 自分のラジオネームを知る人間の存在に驚いたのだ。


 しかも異世界で。


 だから睨んだ。


 シレンは山でもマルコを睨んでいたとエリスが言っていた。


 嫌われる覚えなどないんだけれどなぁ。


 何が、そんなにシレンのお気に召さないのか?


 もちろん、マルコがシレンのラジオネームを知っていることだろう。


 シレンにとってラジオネームは他人には知られたくない、ばらされたくない秘密なのだ。


 おそらく、自分の世界にいた頃にも自分が『恋に恋するポエマー』である事実は秘密にしていたのだろう。


 なぜならば、多分、単純に恥ずかしいから。


 ラジオネームを知られているということは『恋に恋するポエマー』としてのシレンの投稿内容もマルコは知っているはずだと思われているのに違いない。


 仮に投稿内容までは知らなかったとしても『恋に恋するポエマー』というネーミングから色々と想像されてしまう時点で十分に恥ずかしい。


 まず『恋』が、もう恥ずかしい。


『恋に恋する』となると相当恥ずかしい。なにしろ、恋に恋してしまっているのだ。現在進行形で恋には縁がないのに決まっていた。


 そのうえ『ポエマー』だ。


 自分の恋であったり恋以前であったり、そのようなものを詩にしてしまうのだとしたら、やっぱり恥ずかしい。


 恋でなくとも自分が書いた詩を人に知られるのは恥ずかしい話だ。


 書いた詩以前に詩を書いていると知られることすら普通は恥ずかしい。


『恋に恋するポエマー』まで重なれば、恥ずかしさ極まれり、である。


 もちろん、マルコはシレンが知られていると思っている『恋に恋するポエマー』としてのシレンの投稿内容(大半が自虐的だ)の多くを承知している。


 スダマサピくん関連の恥ずかしい投稿のあれやこれやを色々、通称、黒歴史書に書き留めていた。


 今思えば、なぜ自分は、そのような夢の内容を書き留めようと思ったのかをマルコは思い出せない。


 書き留めるところまでを含めてがマルコの特殊能力であるのだとしか言い様がなかった。


 山でエリスにシレンから睨まれているという指摘を受けた際『秘密を知られたからには生かしてはおけない』という恐ろしい想像をしてマルコとエリスは震え上がった。


 だが、逆に『おまえの恥ずかしい秘密をばらされたくなかったら言うことを聞け』という方向性もある。


 そう考えるとシレンからすれば自分が脅されるネタをマルコに握られていることになる。そりゃあ睨みたくもなるだろう。


 マルコはハッと目を覚ました。


 突然、マルコは自分の特殊能力の使い方に思い至った。


 誰に対しても使える能力というわけではない。


 効果を発現する相手が極めて限定的なのだ。


 シレンの黒歴史を行使するにあたって一番効果的な相手がいるとすれば、その人物は、もちろんシレンである。


 使い道は、もちろん脅迫だ。


『転生勇者の黒歴史』をばらさない代わりに、僕の言うことを聞け、の一点張りだった。


 問題は、いつ使うのか?


 もちろん、今に決まっていた。


 マルコはエリスの王都行きを阻止したい。


 でも、薬草の知識を得たいというのはエリスの夢だ。


 エリスの夢を阻止はできない。


 であるならば自分も一緒について行く。


 当のエリスを迎えにくるという役割を持ってマルコの前に転生勇者本人が現れたのだ。


 どう考えても、マルコに特殊能力を使えというフラグが立ちまくっている。


 マルコは立ち上がった。


 今すぐシレンに会いに行かなければならなかった。

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