毒には毒を、化物には化物を。

 「あぁ⋯⋯緊張する」


 紬と仁は学校近くの商店街を歩いていた。というのも仁が商店街に並ぶ八百屋に興味があると言って半分無理矢理ここに来たのである。


 落ち着かない様子の紬の隣で、白菜を手にした仁は少し笑って「大丈夫だ」だと会計をしに向かう。


 「いやでも⋯⋯仁くんは何も知らないからそんなこと言えるんだよ」


 「なんだなんだ? 昨日は問題なさそうな顔しといて」


 「い、良いでしょ!別に!」


 『あら、二人はカップルかい?なら少し負けとくよ!』


 「おー本当?ありがとおばちゃん」


 「ちょ、ちょっと聞いてるの!?」


 「はぁ⋯⋯ほら」


 紬の頭を仁がポンと手を置くと、茹で上がったタコのように紅潮させてモジモジしている。


 『気をつけるんだよー!』


 八百屋を出て暫く歩いていると二人の視界の奥には学校が見えていた。紬の歩幅に合わせる仁は、少し口の端を歪ませ、


 「それに、お前が恐れているものは──大したものじゃない」


 「た、大したものじゃない⋯⋯って」

 

 「ま、見てればわかるさ」


 そう言って仁は漬物の白菜を口に放り込みながら学校の校門へと向かった。


 紬が何か言っているのを華麗スルーする白菜を食べる仁の様子は、傍から見たらカップルそのものだった。



 

***




 『ありの〜ままの〜』


 『もう何回歌ってんの?』


 練馬高校に続く一本道。

 

 そこで絶賛登校中である女子高生たちのグループは、現在流行中の映画、『華雪』の歌を披露していた。


 周りからの痛い視線を無視して進む女子高生たちだったが、何かの圧を感じて全員が後ろを振り向いた。


 『仁! ちょっと歩くのが速い!』


 『これでも結構合わせてるだろ?ガキが遅すぎるんだよ』


 女子高生たちの視界に仁が映ったその時、全員の時間が完全に停止。


 あまりに現実離れしたサングラス越しのその美男は、誰もが目を擦って二人が歩き去るのを見てしまうほど⋯⋯圧倒的なオーラを放っていた。


 二人が歩き去った後、その場にいた全女子が息をするのを忘れて、やっとそこで空気を取り込んで呼吸を始めた。


 『ね、ねぇ⋯⋯あんなイケメン、この学校に居た?』


 『いなかった』


 『いるはずないでしょ、いたら大騒ぎよ』


 その時、その場にいた全女が、殺気に満ちた。


 全女の目は完全に合い、テレパシーのように頭に一言浮かぶ。


 

 "コレ、は!!絶対に狙い時!!"




***


 

 「⋯⋯ん?なんか後ろからゴゴゴって聞こえない?」


 「あ、本当だ。一体なんの音だろう?」


 立ち止まって振り返った二人の視線の先に、やがて大量にこちらへ向かってくる女子高生たち数十人が映る。見ていた二人は急いで端によるのだが、最初から狙いは仁であり、紬はあまりの女達から発せられる殺気に恐怖すら覚えていた。


 「ひっ⋯⋯!?」


 『貴女、何年?名前は?』


 『この人とどんな関係?』

 

 『あのすいませぇ〜ん〜お名前なんて言うんですかぁ〜?』


 甘えた声が仁に大量に向かい、血と殺気に満ちた問いかけが紬に向かう。


 「え?急に何?」


 『え?何年のクラスですかぁ〜?』


 「いや、この学校じゃないけど⋯⋯」

 

 『てことは近々転校してくるってことですか?』


 「まぁあんまり間違いでもないんだけど⋯⋯」


 『えぇ〜!本当ですか!?』


 止まらない女子生徒の口撃に、さすがの仁も後ずさり。その問答が5分程続くと、とりあえず移動しようと二人を中心に数十人が一斉に動き始めて校門を通り、グラウンドのど真ん中まで移動した。


 校門周辺にいた女子生徒たちも仁のオーラに当てられ、黄色い声援がねずみ算式に増えていく。


 「ちょっ、誰!?」


 『あの、お名前なんて言うんですか?』

 

 (マズい、全然話が通じねぇ)


 「とりあえず一旦あとだ。俺は仕事でここに来てるからな」


 『どんなお仕事されてるんですか〜?』


 「えっ?」


 普段ここまで表舞台に出たことの無い仁は、一般人の熱い眼差しと止まらない質問攻めに完全に押し負けていた。


 すると一つ怒号がグラウンド上に響き渡る。


  

 ──草木達だ。


 周りの女子生徒たちはすぐに散り散りとなり、何事もなかったかのように登校し始めていく。


 真っ赤に膨れ上がり、肩で息をする草木。その視線の先は、仁ではなく、紬。


 「⋯⋯あっ」


 紬はすぐに仁の背中へと回って隠れる。


 「おいっ、紬! 暫くの間何やってた!?」


 「そうだぜ野田? いつまでも逃げるのが通用するとでも思ってたんだぁ?」


 草木の後ろには他の不良メンバーたちも合流し、一斉に紬に対して罵声を浴びせていく。


 「ふわぁ〜⋯⋯⋯⋯」


 だがそんな中、一人だけ場違いなほどリラックスしてその場で棒立ちのままその光景を見つめる一人の少年がいた。


 「おい、紬のツレか?」


 草木は紬の前にいる仁に向かって睨み、そして問う。


 「ん?あー俺に言ってんのか?」


 「他に誰がいんだよ?」


 「ま、それもそうだな」


 「おいお前ら!!お客さんがやってきたぞ!!」


 そう言うと後者の方から数十人の不良たちがドンドン草木の背後にやってきては挑発混じりの嘲笑を仁に向けている。


 「練馬のルールは知ってるか? 練馬の高校と言えば草木ってな!」


 「⋯⋯知らん」


 「⋯⋯何?」


 淡々と呟く仁に眉を寄せる草木。


 「知らね。ていうかどうでもいいんだけどよ、とりあえずこのガキの護衛として今日からコイツと一緒に投稿することになった神城だ。以後よろしくな」


 プルプル怒りで体を震わせる草木。


 そう、今までこんなナメ腐った言動に慣れていない草木のボルテージが一気に上がっていく。


 「おい、誰に向かって言ってんのか⋯⋯分かってるだろうな?」


 「っつ、お前こそ⋯⋯。誰に言ってんのか⋯⋯分かってんのか?」


 若干ツボっている仁が途切れ途切れに返すと、草木の隣にいる金属バットを持った草木の仲間たちが前へと進む。


 「俺達のバックには色々いんだよ。神城⋯⋯お前、一人でここで生きていけるなんて思うなよ?」


 「所詮学生のおままごとだろうが。俺はルールさえ守っていれば、別なとやかく口を挟むつもりはない」


 「どっから出てくるんだ?その度胸は」

 

 「まぁ⋯⋯お前たちみたいなやつには理解もできない人生ではあるな」


 「おい、殺れ」


 「えい」と数人の不良たちが仁に向かってゆっくりと進む。


 「今謝っても遅いからな。紬、お前運が無かったな」


 草木がそう言うと一斉に仲間たちが似たような言葉を大声で叫ぶ。


 

 『終わりだな!』

 『後でどんな顔してるのか⋯⋯楽しみだよ』

 『たっぷり回収しないとな!』


 

 「紬、少し下がってろ」

 

 「で、でも⋯⋯」


 「多分死ぬぞ? 一応念の為だ」


 紬が少し仁との距離を取る。

 だがその瞬間──紬がすぐに叫んだ。


 「危ない!!」


 紬の前を一人の不良が通って背後から金属バットで殴り掛かる。


 「ていうかお前ら⋯⋯」



 ガコンッッ──!!



 草木達に向けて話していた仁の背後から頭部に金属バットが直撃。


 通常の人間ならまず間違いなく即死レベルのフルスイング。


 さすがに頭へ行くとは思わなかった数人の悲鳴がグラウンドに響いた。

 

 

 『きゃー!!』



 即死だ。間違いなく。



 "普通の人間"──ならば。


 殴った張本人は震えていた。男が当たり前のように自分の方を向き、消えることの無い眼光が注がれているから。


 「お前さぁ、ちなみにだけど、いくつ?家族は何してんだ?」


 (あっ、ありえない!!)


 ふ、フルスイングだぞ⋯⋯!?

 なんで血も流れずに、平然と話してるんだよ!!こいつはぁ!!


 「なぁ?⋯⋯いいか?」


 少年は耐えられなかった。

 目の前の男から流れ込んでくる異様な覇気とも呼べる威圧感に。


 「し、しねぇ!!!」


 彼の名前⋯⋯そんな物はすぐに忘れ去られるからいいとして。


 彼は今までに数々の犯罪を積み重ねてきた。


 それこそこの場にいる100人以上にも登る不良たち全員だが。


 

 だから──。



 ドゴォォォォン──!!!



 と、地球で絶対に聞くことのない轟音がグラウンドに響く。


 とても人が出すことのない音。


 何故か地面が軽くヒビが入っているという意味の分からない現象が目の前で起こっていても。


 ──誰も何も言えない。


 正しく言うのならば、目の前にいるのは⋯⋯人間を辞めている科学では全く測りきらない超常の人間が目の前に立っているのだから。


 ありのままを説明すると、振りかぶった金属バットの上からただ神城が足で軽く真下に振り下ろしただけである。


 よく見るだろう?ちょっと武術の蹴り技を見て、軽く足を上げて力も入れずに足を下ろすような真似を。

 

 ──⋯⋯一緒だ。ただ、やっている人間が"神城仁"という超越した人間がそれを行うことで、全く別次元の威力を発揮しているというだけ。


 周りの人間には肉眼では全く追えないスピードでソレが行われたため、動いてさえいないように見えているのだ。


 振り下ろしただけであるその足の先にいた不良少年の一人の頭は、そのまま地面に激突して軽く頭部がめり込んだというだけ。


 フルスイングと比べれば大したことではないのだが、普通の人間ならば大問題だ。


 「お前らさぁ⋯⋯」


 吐息混じりに呟かれる神城の言葉。

 先程までなら大した意味を持たなかった男の言葉だが、今は違う。


 「コレ、普通即死」


 自分の頭を指して神城は草木たち不良に向けて当たり前の説明を行う。


 「いいか?馬鹿じゃねぇんだから分かるだろ?いくら俺が護衛だって言ってもよ?限度ってもんがあるじゃねぇのよ」


 倒れている不良の胴体の上に、神城はベンチに腰を下ろすように座り、煙草に火をつける。


 「駄目だぞ?最近も少しずつヤクザ界隈も危なくなってきてるんだからさ?もう少し考えて行動するべきじゃないのか?⋯⋯ええ?」


 誰も声を発せない。煙草の細煙が舞う中、誰一人男に向けて声が発せられない。


 あまりに異質で。


 あまりに特異で。


 あまりに強すぎるオーラを放つ一人の男に。


 だが彼らは知らない。

 目の前に座る少年はただの10児である事を。


 「お前らさぁ?別に素手で来るならまぁわかるぜ?だけどよぉ⋯⋯これはちゃうやろ?」


 立ち上がり、神城は座っていた不良を軽く蹴って転がす。


 「あぁ⋯⋯死ぬ手前じゃん。やべやべ」


 と、草木達へと振り向き、ゆっくりとした足取りで──一歩ずつ。


 一歩、一歩。恐怖を伝播させるその足取りで、向かう神城だった。

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