登校

 きっと皆さんは、後に異世界⋯⋯ある大陸で、ある男名前を聞くと誰もが崇めるような──俗に言う"神"という存在になった男の名前を知っているでしょう。


 その物語は終わってはいないから、彼がまだ⋯⋯これまたストレートにモノを言うならば、青臭い頃である。


 あの時の彼は、年齢が進み、かなり穏やかで、それなりに礼儀や人格はまだマシ・・・・だった為、誰も若かりし少年の実態を知らないでいた。


 この後に『王』だの『神』だの『皇帝』だ『暴君』だ『邪神』という如何にもな称号を得る少年⋯⋯神城という少年は、まだ若かりしこの頃、海外でなんと言われていたか知っているだろうか?などという問いは止めにしよう。


 答えは──「人の話を全く聞かない暴君」。


 彼は全く人の話を聞かず、全て独断と偏見で人を殺し、人を助けた。


 聞こえはいいが、実際の所は誰も知らない。


 何故なら現場を見た者は、第三者ではいないのだから。


 ──その刹那であり瞬間ときを見た者にしか。





 「仁くんー」


 扉の前でそう呼び掛けるのは紬。

 

 あの話から早速次の日、未だ半信半疑で隣の部屋にいる10歳児神城仁の部屋をノックして待機していた。


 紬は制服を着て待機しているものの、未だに昔の出来事を忘れられなかった。


 やっぱり今からでも止めたほうがいいって伝えるべきだよ。いくらで普通の子じゃないって言っても、限度があるよね。


 脳裏に焼き付くのは、友達が女友達に脱がされそうになっている場面や、自分や男の子の友達ですら⋯⋯殴られたり薬を売られている所だ。


 紬の深層心理の部分では、草木を含めた上級生たちを心底恐れていたのだ。


 学生というスクールカーストのピラミッドなど、大人になればあんまり関係ないにもかかわらず、仕方がないとも言える。


 人というのは──そんな生き物であるから。


 どうしようと悩む紬の前の扉がゆっくりと開き、出てきたのは⋯⋯ワイシャツすら着ておらずタンクトップ1枚。

 ヤクザさながらの真っ黒なスーツのズボンの方だけを履き、上は脇に抱えて現れた寝ぼけ気味の仁の姿だった。


 「⋯⋯わりぃ。だいぶ落ちてたわ」


 靴下を履いているタイミングで出てきた彼の体勢は壁に手をついて腰を落としていた。


 紬の視界には中々年頃の異性の少し色っぽい姿が映った。


 しかも、相手は表現する言葉が見当たらない程黄金比な顔面と低く荒々しい男の声。


 胸が常時恋に落ちる鼓動にしか聞こえない。


 「しっ、しっかり着替えてから出てきてよ」

 「なんでそんなに慌ててるんだよ。裸で出て来てる訳でもあるまいし」


 そういう問題じゃないんよ!


 そう言いたい紬だったが、必死に堪えて微笑みを浮かべる。


 そうこうしている内に靴下を履き終え、二人は一階への階段を降りリビングへと顔を出す。


 「おう仁! 中々様になってるじゃないか」

 「あんたが頼んだろうが」


 苦笑いでそう答える仁と豪快な笑い声を響かせる野田。その間を紬が通り過ぎて、椅子に座る。


 「⋯⋯⋯⋯」


 紬の表情が暗い。


 理由などわかっている隣に座る仁がチラッと紬の姿を見ると、背中を叩いて言った。


 「どうした、飯くらい食え。デカくなんねぇんだから」

 「う、うるさい⋯⋯!た、食べるもん!」


 目の前にある日本人らしい朝食を、急いで手を合わせて口にかき込む。


 「⋯⋯⋯⋯」


 気持ちを切り替えて朝食を始める紬を横目で見た仁は軽くクスッと鼻で笑い、自身も手を合わせて潔子特製の目玉焼きとウインナーを食べる。


 味は甘めで、仁は大層嬉しそうに食べていた。



 ・

 ・

 ・



 時間が経ったまだ冷え込む朝の8時頃。

 

 紬が通っている高校──練馬高校三年筆頭である草木を始めとした主要グループが屋上で集まっていた。


 「なぁ? 紬の奴全然応答しないんだけど」

 

 「うっそー? アイツもう少しで堕とせそうだったのに〜」


 「言ってやるな、アイツだってお友達が大変な目に遭っていたら嫌でも助けないとって脱いでくれるだろ?」


 男女3,3のこのグループは、この辺の地域で有名な不良グループである。


 まずリーダー格の草木竜介。

 草木の横を張り付く横田直樹。

 同じく青田力也。


 男よりも質が悪い女グループの筆頭は朝比奈麻理。そして鈴木京子と青島唄。


 この六人が揃うと、碌なことがない。

 日常的な飲酒喫煙はもちろんの事、万引き、シンナー、イジメ、児童ポルノ⋯⋯上げたらきりがない。


 「ねぇ竜?」


 「どうした麻理」


 「いやね? 全く返事こなくなってから結構経つけど、大丈夫かな?」


 「バレるとかそういう話?ねぇだろ。アイツには他言しねぇようにお友達とアイツ自身によーーく言い聞かせてるからよっ」


 アインシュタインの写真のように舌を軽く出し、100倍気持ち悪い笑みを浮かべる草木に麻理がツボって下品かつ大声で笑う。


 「ギャッハハハハ!確かに!」


 「でもさ、流石にあれは行き過ぎなんじゃ⋯⋯?」


 少し青褪めた様子で二人に聞くと草木はこれまた笑って、


 「何言ってんだよ!俺達のバックには一体いくつのヤクザとかいると思ってたんだ!大丈夫さ」


 とタバコを咥えながら笑う草木。


 「そ、そうだよな!」


 煙の舞う屋上でその後も不良グループが様々な事で遊んでいると、下がざわざわしていることに気付く。


 「おい、なんかうるさくねぇか?」


 「確かに、ちょっと見てみる」


 そう言って下を見下ろす麻理。


 「どうだ?」

 「⋯⋯⋯⋯」

 「麻理?」

 「ごっ、ごめん!」


 あたふたして草木たちの方ヘ向き直す。明らかに怪しい麻理の行動に全員が「ん?」と首を傾げる。


 「それで?」

 「⋯⋯紬が来てる、知らない男と」


 その一言で全員が立ち上がって同じように前のめりになって下を見る。


 映るのは明らかに大量の女たちに囲まれる紬の姿と、異質な黒スーツを着こなす男の二人。


 そして叫びに近い⋯⋯黄色い女たちの声。


 『あっ、あの!』

 『⋯⋯え?なんだこんな女ばっかいんの?』

 『メアド教えてください!』

 『え?いやメールしてなくて』

 

 「なんだあれ、あんなやつ学校にいたか?」

 「いやいなかったはずだ。草木は知ってる?」

 「⋯⋯いや、見たことない」


 (何だあいつ?先輩や組の人たちですら知らなかったはずだが)


 草木はすぐに血相を変えて下へと降りる扉まで走る。


 「お、おい草木!」

 「いくぞ! こうしている場合じゃねぇって!」


 (あいつ⋯⋯絶対にシメとく必要がある!もしかしたら昔の護衛の可能性が大だ!)


 


 そうして──化物と化物の邂逅が行われようとしていた。自分たちがこの先どうなるかをまだ知らない男女達が。

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