女って怖い

 今から唐突に、俺はとんでもない事を尋ねるんだが。


 お前ら──初体験っていつだ?

 ん? あぁ、俺は⋯⋯その⋯⋯去年、戦場で捕虜になってる際に犯されました。

 テントの中で、女4人に無理やり。


 男はみんな、性行為をするのがとてもいいというが、そんなことは微塵もない。むしろ、最悪な初体験として刻み込まれているから、俺にとって女は──差別の対象である。


 だが、一応俺にも線引きは存在している。

 知り合い、またはどうしても必要価値のある奴らは例外とする。それ以外は最悪。


 ⋯⋯あぁ、リアル最悪なクソッタレマンだろうな、見方によっては。構わねぇんだけども。


 ──なんでこんな最悪な初体験の話をしなきゃいけないかって?


 「あ、あのっ!」

 「名前なんて言うんですか?」


 「おい、答えてやれよ。娘が──」

 「パパは黙ってて!!」


 折角野田さんが助け舟を出そうとしたのにもかかわらず、怒鳴って野田さんを撃沈させる紬ちゃん。

 

 現在は夕御飯を野田一家と頂いている最中なんだが、どうにもこのやり取りに満足行っていないと自分では思っている。


 俺はなぜこんな好かれているのだろうか?

 まだ会って数分、いや一時間も経ってないはずなんだがな。


 「自分は仁って言います」

 「名前までかっこいいー!!」

 

 まだ俺の言葉が終わってないのに、間髪入れずにそうツッコミが入る。


 「どこ生まれなんですか?何月誕生日なんですか?何座ですかー? あぁ! 誕生日が分かれば問題ないですね〜!なんちって!」


 必死に質問してくるこの子には非常に申し訳ないと思っているが、俺はどう接すればいいと思う? 俺は全く対処に困っている最中だ。


 初めての時と全く似たシチュエーションで凄く困っているんだ。誰か女性マスターでもいたら教えて欲しいと思います。


 「紬、今食事中でしょ。はしたない」

 「ママはパパがいるからいいでしょ!」

 「何の話をしているの?」

 「もう時代が違うんだよ? 高校1年生にもなって、男が出来ないって女の恥なんだって!」

  「紬に男だぁ〜!?」


 あぁーあぁーあぁー。

 椅子から立ち上がって野田さんが力瘤を見せびらかして今にも燃え上がる寸前。


 「パパには関係ないでしょ!」

 「いーや関係あるね!! 紬の男はしっかりとした誠実な男にこそ意味がある!!」


 ていうかさ? 俺外国で色んな家庭見てきたけど、ここ仲良くねぇ?


 向こうってそもそも学校行って帰ってこないのが普通だったりするわけだし? やっぱり日本って教育が行き届いてるんだなぁと感心するな。


 ⋯⋯うんうん。


 「仁くんは何一人で考えているの?」

 「いえ、ただ⋯⋯仲の良い二人だなと──」

 「仲良くない!!」「なっ!そうだろ?仁!」


 息はぴったりなのに、言ってることが真反対なんて⋯⋯なんて悲しい親子の熱量なんだ。


 思わず顔を覆いたい気持ちでいっぱいだが、これも親子の関係なのだろう。気持ちを落ち着かせて、俺も参加しようではないか。


 「ひとまず⋯⋯その、折角潔子さんが作った夕食なんだ、しっかり食べよう」

 「仁、お前まともな事言えたのかよ」


 ⋯⋯心外な。誰に向かってそんなこと言ってるんだ。


 「仁さんがそういうので、静かに食べまーす!」

 「うっふふ、仁くんはこの肉じゃが⋯⋯かなり気に入ってくれた様子かしら?女の度量を図るならこの料理だと思って一番最初に見せるべきだと思ったの」


 やべ。そこまで意図して言ってなかった。ジロジロこっち見て伺ってるし。


 「肉じゃがはいいですよね。最初にこの料理を考えた人は天才なんじゃないかって思います」


 回避だ回避。さっさと逃げるぞ。


 「そうね、味はどう? 食べれる?」

 「勿論じゃないですか。こんな平然と食事しているんですから」

 

 潔子さんはそう言うと大袈裟に「まぁ」と上品に口に手を当ててこれまた上品に笑う。ここで俺はだいぶ野田さんはどうやってこんな女傑と結婚出来たのかが気になるどころか問い詰めたくなったが、我慢だ我慢。


 会話が終わってそこから2分か3分。俺は違和感を感じる。さっきから聞こえる音は食事にしか発しない金属音のみだからだ。


 「いや、普通に会話はしましょうよ」

 「仁が変なこと言うからだろ?」

 「え? 俺が悪いの?野田さん」

 「⋯⋯そうだろ?」


 え? 食事中に暴れだしそうな二人を止めた俺ってそんなイメージを持たれてたのか? これって俺が悪いの!?


 「いや、暴れだしそうな二人を止めただけでしょ? 俺が悪いの?」

 「⋯⋯それもそうだな」

 「なんでそんな拗ねてんだよ」

 「ぷっ⋯⋯!」


 俺と野田さんの会話に女二人が笑いを噴き出した。あ、なんか俺試されてたのかとすぐに感じ、元通り肉じゃがを口にする。


 夕御飯が終われば、俺は当たり前のように潔子さんの手伝いだ。食事というのは命を頂くということ。家族にも口うるさく言っている事だ。俺達は生命を頂き、国に手を貸し、自分たちが生きるため、そして自分の全ての原動力である力とする為だ。


 その為に使った食器を洗うのは当然の事。

 俺は急いで全員分の食器を片そうとすると、紬を含めた三人が驚いた。


 「どうかしましたか?」

 「本当に出来た子ね」

 「なんかわからないけど、私もやるっ!」


 何やら大人には謎に褒められ、このガキはやる気を出し始めた。よくわからん。


 「仁、お前すげぇよ」

 

 皿を洗っている俺に対して隣で堂々煙草をスパスパ吸う憎たらしい野田とかいうクソッタレが無駄口を叩く。


 「何が?」

 「そんな率先してやるなんてよくできたもんだよ」

 「子供たちに教えているのは俺だ。一番先頭に立ち、子供たちに教える者が模範となる。そんな事もできないなんて親にはなるべきではない」

 「⋯⋯当て付けだろ絶対」

 「これは俺の常識だ」

 

 当たり前だ、何を言う。子供を作り、育てるというのはそういう事だ。そんな事もできない奴がバンバン子供を作って散々な結果を生み出したのが──歴史が語っているだろう。


 「野田さん、あんた勉強した方がいいぞ」

 「10歳児に諭されるとはな」

 「当たり前だ。娘を愛するのはいいが、しっかり母親と父親の役割を全うできなくてはな」

 「まぁそれは⋯⋯仁の言う通りだな」

 

 野田さんの目線は、食卓の上を頑張って拭くガキを映していた。俺も皿洗いだけでは視界が暇なので、同じように口ずさみながら食卓を拭いている少女を眺めてみる。


 「ふん♪ふん♪ふん♪」


 

 ⋯⋯まぁ、噂とは違って、随分良い子なのでは? 反抗期と言っても、そこまでと言う風には感じないのだが。


 「仁さん、終わりました!」

 「あ、ありがとう」


 洗っている真横で報告を受けた俺は、そろそろ俺も終わらせないとと思っていると。


 ん? 何故か布巾を置こうとはせず、俺をずっと見ている。


 「どうかしたの?」

 「あ、コレ」


 あぁ⋯⋯絞った方がいいか。


 「こ、これ⋯⋯受け取ってください」

 「う、うん。あ、ありがとう⋯⋯」


 なんか凄い手首を沿わせながら凄いベタベタ触って布巾を受け取る。あまりに長い時間に俺は若干の冷や汗と共に慌てて受け取った。


 


**


 とりあえず一通り終わったようだから、外へとて出ては一服を始めた。


 まぁ今の時期は少し肌寒いか。

 これくらい何ともないが。


 「⋯⋯⋯⋯」


 ふと、耳に幻聴が聞こえる。


 ──助けて。


 「⋯⋯⋯⋯」


 ──なんでぇ⋯⋯タスケテくれないの?


 「⋯⋯静かにしろ」


 一人になるとずっと俺の聴覚を邪魔するかつて聴こえてきた死者の声。傭兵時代に聞いてきた様々な年代の死を回避したい生命最後の叫び声。


 「ふぅ⋯⋯」


 細い煙が、綺麗な夜空へと上っていく。俺は、良かったんだろうか?リチャード。今、俺はお前に会いてぇよ。


 ヴヴゥ。

 ガラケーが鳴る。


 「はい」

 『おーい創一!! 恋しいリチャード君だ──』


 ピッ。


 「さて、戻ろう」


 ヴヴゥ、ヴヴゥ。


 『何で切んだよ創一!』

 「悪い、タイミングが良かったんだ」

 『そんな理由できるんじゃねぇぞ!』

 「悪かった。それでどうした?」

 『近々日本に行くことにしたんだが、なんかいる?』

 「それはお前が?俺が?」

 『まぁどっちもだな。日本はチップがないって言ってただろ? それ以外にも語学の勉強は全員で必死にやってるからまぁあれだとして、他に必要そうなもんがあれば教えて欲しいと思ってな』

 「そっちと違って、そこまで必要ねぇさ。余程の事がなけりゃな」

 『おっ、そうか』

 「あ、そういえば⋯⋯」



**



 ピッ。ガラケーをしまい、俺はついでにもう一服を始めた。


 「さて、どうなるか⋯⋯だな」


 もう片方のポケットからスマホを取り出し、カレンダーを見る。


 "2014/4/17"


 まだ9歳か。俺も、まだ9年しか生きてねぇのか。


 人生はあっという間という風に聞いたはずだが、そんな事はないな。長い。


 ピロン、ピロン。


 「⋯⋯ん?」


 APhoneを見ると、メールが大量にやって来る。

 止まらない。宛先は⋯⋯全部一流企業からだ。

 

 「俺は今、ただの一般人の家庭にいるらしいぞ」


 何やら悪寒がした気がするが、俺はそっと画面を閉じて煙草を切り上げる。


 「まぁ、中々悪くないじゃないの」


 俺はわざとらしく嗤って家に戻った。とりあえず潔子さんに怒られたが。


 

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