対面
なんで俺がこんなことになってるんだか。
◇◆
手すりに頬杖をつきながら高速で動く窓の外に見える景色を眺めていた。かれこれもう数時間は揺られている。
「仁くん、お弁当あるからね」
「⋯⋯あぁ、ありがとうございます」
この人たちも物好きだよな。こんな可愛げのないクソガキにここまで丁寧にするなんてよ。俺だったら絶対に助けねぇわ。
そう言いながらも貰った弁当を開けて、中身を覗く。厚焼き卵にヒジキ、唐揚げ、野菜。そして一段下には白米。
──見た所どれも手作りのようだ。
頭が下がる。
一口頂く。⋯⋯美味い。
「⋯⋯⋯⋯」
「どうしました?」
視線に気付くのが遅れたが、どうやら俺の反応をずっと見ていたようだ。
「失礼、美味いですよ」
「あらそう!」
パァァと明るくなって嬉しそうに前方へと体勢を元に戻す潔子さん。本当⋯⋯物好きだな。
そうこうしている内にPAに止まる。俺は特に用はないのだが、二人がやたらと俺を外に出そうとするので、仕方なく付いていくことにした。
「仁! 見ろよ、お前九州の土産なんて食ったことないだろ?」
「んぁ? なんだよ⋯⋯」
野田さんに手を引かれ、見えるのはどれも九州ならではの品々。
「栗饅頭だぞ!? 仁、買っていこう!」
「俺よりアンタが盛り上がってどうするよ」
「おぉ!こっちにはうまかっちゃん!」
「こっちには 金平糖だ!」
⋯⋯本当に俺の為なのか?
仕方ないが、まぁ悪くないだろう。
クスッと笑って二人の後を付いていく。
「⋯⋯ん?」
三人で歩いていると中々視線を浴びる。誰か有名な人でも来ているのか?
少し周りをキョロキョロしていると、野田さんが笑って俺に耳打ちする。
「お前、自分の顔見たことあるのか?」
「はぁ?」
よくよく見れば、みんなが俺を見ている。俺が何したってんだ?
「イケメンは言うことが違うねぇ〜。俺もおんなじ頃くらいのガキだったら、きっと浮かれまくってたさ」
「よくわかんねぇこと言ってねぇで、お土産回るぞ」
「なんだかんだ馴染んでるじゃないか、仁」
ピクッと眉が釣り上がる。
⋯⋯あんたのせいだろうが、俺が連れられているのは。
◆◇
「着いたな!」
「長かったよ。煙草吸いたいんだけど」
「おぉ、ここは田舎だからよ、このへんで吸っても怒られん」
「二人とも?」
自分の体が変な感じするのは、やっぱりこの人が何か言ったときなんだよな。
「なんだよ潔子、良いじゃないか。一服くらい」
「あのね?あなた、隣にいる子供はお幾つかしらねぇ?」
鋭い視線が⋯⋯。
首を回して視線からそれるが、それた方向にわざわざ移動してツッコミを入れまくる潔子さん。
「いいわね?仁くん? あなたは未成年よ? 何を成し遂げたか⋯⋯言いたいことはごもっとも。男たるもの、口ではなく行動で示す。そうね、貴方の功績は通常の人間では成し遂げられないことだと夫から聞いています。ですが──」
「⋯⋯ッ」
指を差して潔子さんは、俺に向けて言葉を続けた。
「ここではただの私の息子です。何をしたのかなど関係ありません!」
⋯⋯? へっ?
「俺、いつあなたの息子になったんでしょうか?」
「この間からよ」
「⋯⋯俺何も話を聞いていないんですが⋯⋯?」
「関係ないわよ。あなた子供だもの」
横暴だ⋯⋯! そんなことあっていいわけ無いだろ。
俺が言われているのに見かねた野田さんが、割って入ってくれる。
「潔子、一応仁には吸ってもいいという証書があるんだ」
「⋯⋯本当?」
「それは間違いなく本当の事です潔子さん。じゃなかったら堂々とこんなに吸わないですよ」
唇に手を当てて溜息をつく潔子さん。
「そう、それなら駄目だなんて言えないわね」
ナイス野田さん! アンタもやる時やるな!
「とりあえず一服だけさせてください。もうヘトヘトです」
「貴方からそんな言葉が出るなんて信じられないけど、きっとそうなんでしょう」
**
それから一服を終えて、夕方手前。
俺は実家であるこのクソ広い家にお世話になる前に、掃除を始めた。
掃除は全ての始まりであり、最優先事項である。全ては清潔にするところから。
玄関、廊下、階段、トイレ、部屋一つ一つの角まで全て。
終われば主婦の戦場である台所。
冷蔵庫の必要な整理整頓。
潔子さんが使用する系統を感覚で寄せ集め、しっかり百均で買ってきた道具でまとめて置く。
終われば床の水拭きとから拭き。
やることが無いとはいえ、夫婦二人が何処かへと出掛けたのでやったが、我ながらなかなかの出来だと思う。
「世話になるんだ。これくらいはやるべきだろう」
ガチャッ。
「帰ってきたか」
野田夫婦の帰還に合わせてお茶はテーブルの上に用意して、俺は立ったまま挨拶。
「お疲れ様です」
これでバッチリ。だと思ったんだが⋯⋯。
「やり直し」
「⋯⋯へ?」
結構キレイにしたと思うんだが、これでもやり直しか。
「もしあれば、具体的な場所を⋯⋯」
「違う」
違う? なら、一体なんの事を──
「仁、言う言葉が違う」
野田さんまで、なんの事言ってるんだ?
困惑している俺に、潔子さんは完全に頭を覆って溜息すら吐いている。
「あのねぇ⋯⋯家族は『お疲れ様です』なんて言わないでしょ?」
、、、なるほど。
「おかえりなさい」
「そう」
満足気に頷く野田夫婦。
なるほど、こういう行動が大事な場面もあると。勉強になるな。
「本当に凄いわねぇ、仁は」
俺が掃除をした所に気付き、確認までしている。流石は主婦と言ったところか。
「あなた、なんで仁をもっと早く紹介しなかったのよ」
「いいや、俺だって紹介したくないわけでじゃなかったんだぜ!? やめてくれよ!」
何故か二人で揉め始める。俺は退散しておくか。
「あらいけない、仁くん、娘が帰ってくるから、夕飯にしましょう」
「あぁはい、何を手伝えばいいんですか?」
「もう⋯⋯そんな事で言ったわけじゃないの。食べるわよ」
⋯⋯なるほど? 俺はまだ一般家庭に馴染むのには、だいぶ早そうだ。
「仁、潔子の邪魔になる前に、俺達は一服でもしておくぞ」
「了解」
手元の何気ないサインで野田さんが必要事項があるというジャスチャーを取った。何かあるんだろう。
「相変わらずそのライター高そうだな」
「あぁ。実際高かったはずだぞ? 確か70万くらいしたってあいつらが言ってたな」
「マジかっ! 俺なんて100円ライターなんだけど」
「買えよ」
「俺の稼いだ金は全部家だよ」
シクシク泣きながらそう言いながらも、嬉しそうに見えるのは、家庭が大事だからだろう。
「そんで? 何かあったの?」
「いいんや?」
「何もないのか?」
「いや、ほら⋯⋯一応、許可も取らないで連れてきちまったからよ、流石に申し訳ねぇっつーか、まぁ色々?」
「なんだそれ」
「「ははははっ」」
一応俺と野田さんは三度戦場で同行している。
それなりには人格を知ってはいたが、なるほど⋯⋯こりゃ好かれるのも当然だわな。
「それで? 本当に用件なんてなかったのか?」
「まぁ正確には色々ある。主に俺の隊の話だが」
「続けろ」
「まぁお前にこれから少しずつ世話になる訳だし、俺も何かやれる事はねぇか気になってよ」
「とりあえず口は出さず、介入しなけりゃそれでいいよ」
「仁、無くなってるぞ」
「あぁ、」
もう一本火をつけ、そこからしばらく軽い会話が続いた。もう一服が終わる頃、砂利を踏む音が俺達の耳に入って来る。
「⋯⋯ん? 誰だ?」
「帰ってきたな」
「あぁ、娘さんか。じゃあ挨拶しないとな」
すると見えたのは、俺より少し長いストレートな茶髪の女の子。だいぶ短いスカート丈に、パーカーを着込んでリュック紐に手を掛けて帰ってくる姿。
「
見たことない表情だ。
普段とは違う、家庭の父の表情だろう。
あれが本来といえばそうなのだろうが、微笑ましいな。
火を消そうとした時、忘れていたのと、俺の思惑が違った。
「ジジイはうるさーい!!!」
、、、⋯⋯?
ジジイ⋯⋯?
「紬〜!!」
急に声量が上がり、いきなり飛び込みに向かう野田さんに俺はどうしょうもない笑いを隠せなかったが、とりあえず娘さんとの熱量の差がすごい。
「なんでパパが嫌いになったんだよぉ〜!!」
震えた声で崩れ落ちる野田さんを後ろで眺める俺は、悲しさと笑いが混濁してとりあえず瞼を閉じることにした。
「やめて!恥ずか⋯⋯し⋯⋯い、か⋯⋯」
縋る野田さんに嫌気が差している様子の娘さんだったが、次第に声が徐々に弱まっていく。
ん?なんでそんな声が小さくなっていくんだ?
それに、なぜかこっちを見ている。
あっ、そうか。俺、初対面だから驚くのも無理ねぇよな。
「あっ、初めまして。お父さんの友達のじ⋯⋯んぇぇぇ!!!」
一瞬、俺でも目を疑う速度で、俺の着ているロングコートの両襟を掴み、滅茶苦茶荒々しい呼吸で野田さんを見た。
「パパ!! このイケメン、何処から連れてきたの!?ていうか実在するの!?」
「⋯⋯ええ? あぁ、仁な! 今日からウチでしばらく暮らすことになったから、把握しておいてな」
「パパァァァァァ!!!!」
その場で何故か砂利の上に崩れ落ちて、野田さんに向かって泣き叫んでいる。
えっ? 一体何が起こっているのか、誰か教えてくれ。
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