きっかけ
「おはようございます」
「おはよう、仁くん」
ほとんど寝ない俺は、部屋で朝まで瞑想をしていた。正確には──体中に流れる自分の内功を巡らせ、洗浄していた。
「もう朝ごはん出来ているわよー?」
「すみません、いただきます」
「遠慮なんてする必要はないわよ? 朝はよく食べるのかしら?」
「まぁ程々にですが」
本来なら一万以上はとらないといけない体なんだが、他人の家でそんなことは言ってられない。
「その顔は、嘘ね」
「⋯⋯はい?」
「本当はお腹が空いているのね。ご飯は大盛りにしておくわね」
なぜだろうか。この人は的確に人の嘘を見破る力があるようだ。
「はい、大したものじゃないんだけど、昨日の残りと、軍で採用しているプロテインとサプリ」
「あぁ、ここにもあるんですね」
「もちろん! 仁くんが開発したって聞いたわよ? まだ10歳なのに⋯⋯凄いわね?」
大したことはない。
そもそも基盤を作り上げた人がいなければ自分には作れない代物なのだから。
「最初に作った人が凄いだけですから」
「もう、そうやって大人の言葉を無視する」
潔子さんはそう言って俺の額に人差し指で軽く突いた。
「⋯⋯⋯⋯」
思わず自分の両腕に視線が落ちた。
何処か感じる懐かしい感情。
今のは何だったんだろうか。
突かれた僅かの一瞬、ママと同じ姿に見えた。
「どうしたの?」
こちらを覗く潔子さん。俺はすぐに言葉を継ぐ。
「すみません、ちょっと寝ぼけていて」
「ほら、嘘」
「嘘じゃないですよ」
「嘘ね、何かあったんでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「いいのよ、まだ子供なんだから。10歳なんて⋯⋯色々考えて色々わからなくて当然な年齢なんだから」
その意見には否定せざるを得ない。
「そうはいきません」
「⋯⋯ん?」
「俺は、子供ではいれません」
「分かってるわよ?」
「⋯⋯え?」
「覚えておいて。いくら貴方が大人ぶろうと、大人にならなくちゃいけないのだろうと関係ない。あなたは生物学上──まだ不完全な10歳の子供なの。環境がそうさせないなんて関係ないの。私にとっては、ただの子供。だから別に外ではあなたのままでいいのかもしれないけど、ここにいる時は⋯⋯子供のあなたも見てみたいけどねぇ」
なんだそれ。よく分からない。
「わからないって顔ね?」
「まだ勉強についてはそこまで完全じゃないので」
「勉強じゃないわ?心の話よ」
「⋯⋯?」
若干眉をしかめる俺の表情に、潔子さんは小さく笑った。
「決めたわ」
「⋯⋯はい?」
「いいのよ、とりあえず夫には話しておきますから」
⋯⋯なんの話だ? マジで何?
その後野田さんも朝食に混ざって何気ない談笑を始めた。さっきの話はそれ以降続くことはなかったが、それらしい仲むつまじい会話は出来たかと思う。
大人を全員殺そうと思っていた自分には、中々見られない経験だった。
それから朝の10時前。
「野田さん、俺はそろそろ出るよ」
「あぁ、その事だが仁」
ドアノブに手を掛けたとき、野田さんが呼び止めた。だが、しばらく沈黙が続いたので、言葉の続きを聞こうと俺は振り返る。
「どうしたの?」
「いや、潔子が⋯⋯その⋯⋯」
「⋯⋯? 潔子さんがどうしたの?」
「えー⋯⋯その⋯⋯」
なんだ?この人にしてはやけに濁すな。
「珍しいじゃん、そんな顔して」
「今、俺達は東京なんだけど、一度実家に戻ろうって話が出てな」
「あぁ、確かそっちが本当の家なんだっけ?」
「ん? あぁ、よく知っているな」
まぁ自分の娘を永遠と自慢していたのはアンタだがなと内心ボソッと悪態をつきながら俺は言葉を続ける。
「まぁ色々情報網はあるからな。それで?実家に帰省する事と俺を呼び止める事と⋯⋯何の意味が?」
「まぁ⋯⋯なんだ? そのー、ウチに来ないか?」
「はぁ?」
やっと本題に入ったかと思えば、何を突然意味のわからないことを言い出すんだこの人は。
自分の家にわざわざ俺を招待してどうするつもりなんだ?
溜息混じりに俺は鼻で笑って返事を返す。
「おいおい。何の脈絡もなしにいきなり招待ってどういう腹のうちをしているんだよアンタは」
「いやぁ! 深い意味はないんだ!」
「あのなぁ、俺だって暇じゃないんだぞ? 今は下に任せっきりの仕事がたんまり山積みだ。事業に建設、軍事学の改編の為の情報提供だってある。会食に新事業のコンサルだって控えてるんだぜ?」
まぁぶっちゃけ、デマカセだ。
俺があいつらを育てているんだから、俺の代わりくらいの作業はいくらかできるようになって来ている。
俺がいなくても問題はないが、このままだと、この大人共のペースだ。
「えっ?お前そんなに仕事できるのかよ!」
「自慢じゃないが、そこそこやっているんだ。俺が歳相応の暇人だと思っているなら今の内に意識を変えてもらわねぇとこっちが困っちまうよ」
これなら、わざわざ行く理由が消える。
⋯⋯と、思っていたら。
「あら、仁くん来ないの?」
クソ面倒な大人がもう一人やってきてやがった。この人の目的が全く読めない。
「もう既にご飯も頂いていますし、これ以上お世話になるわけにはいきません」
笑みを取り繕って潔子さんにそう言うと、潔子さんも同様に
「しかしおかしいわねぇ⋯⋯」
「はい?」
「もし仁くんなら、わざわざそんなに仕事を山積みにして、行くかしらねぇ? 私から見た仁くんは、仕事をきっちりこなす優秀な子のはずなんだけど」
妙に突っかかってくるな、この人は。
「色々ありましてね」
「そう? 最近日本に戻ってきたんでしょ?」
「え? まぁ」
「だったら、少し期間が伸びたくらいで問題にならないでしょう?」
⋯⋯朝イチからの会話もそうだ。
この人の目的がマジでわからない。
「何が言いたいんです?ハッキリ言ってくださいよ。別に文句を垂れるくらいで、キレる訳でもないんですし」
ちょっと腹を立てた俺は、ある程度の信用があるからこそ、少し語気を強めて言う。
すると聞いていた野田さんが俺の問いに答えた。
「実はな? ウチの娘が最近反抗期っていうか⋯⋯その、俺のせいでもあるんだが⋯⋯色々学校であるみたいなんだよ」
「学校? 先生に言えばいいだろ」
すると再び、潔子さんが参戦してくる。
「仁くん、向こうで先生はどうだったのかしら?」
「⋯⋯⋯⋯」
──流石というべきか。向こうは露骨で最悪。よくご存知で。
「それで、何が言いたいんですか」
「仁くんあなた、まともな学生生活は送れているの?」
そう言われた俺は、真面目に今までの人生を振り返る。
起きれば
鉄と鉛、そして──血のニオイ。
限界まで精神力を削り、眠らない毎日。
食事は最低限の乾パンと水。
、、、ないな。
頭に浮かべた俺の結果は、悲しいほど煙と血生臭い戦争の日々だった。
向こうで学校に行っていた時期はあるが、大して良い事があったわけでもなく、むしろ問題を起こす側として迷惑を掛けた記憶しか残っていない。
⋯⋯あれ?何も言い返せないぞ?
「どうやら、まともな学生生活は送っていないようね」
浮かべている時間が長すぎて潔子さんは口元を隠して上品にクスッと笑っている。
「まぁそんなことはいいじゃないですか」
「よくありません!」
ピシッと指を立てて俺の前へ一歩、また一歩とズンズンやってくる。
「な、なんですか」
こんな圧迫感──戦争でも経験したことないぞ?一体この威圧感は⋯⋯?
思わず俺は後ずさる。
数歩さがった時には、玄関の扉にバタッと当たり、逃げ場がない。
そして顔の目の前までやって来たと思ったら、俺の両肩をガシッと掴む。
「せめて、貴方の人生に少しくらい⋯⋯青春の文字くらいは入れられるようにしないと」
真剣に。だがどことなく悲しげな潔子さんの言葉に、野田さんも顔を背けている。
⋯⋯なんの話だよ。
「青春ですか?」
ハッ、笑わせるな。
俺の人生に青春だと?ふざけんのも大概にしろよ。こんな男の人生に幸せの二文字なんていらねぇだろうが。
「ええ、あなたには笑う権利がある」
「どうですかね」
「とにかく、貴方はウチに住むの!」
掴んでいる肩に力がギチギチ音を鳴らし始める。この人、女性だよな? なんでこんなに握力が⋯⋯。
「イイ?住むの」
「え?だ、だから──」
「住むのよ」
な、なんだ!? この俺が圧倒的に悪い感。
いけないことを何もしていないぞ!?断じて。
「だから、俺もやることが」
「ありません。事業なんて部下にどうせ任せっきりでもなんとかなると思いますが?」
その怖い笑顔やめて。あなたの笑みはどう考えても怖いです。
「とにかく、そんな事は大人になればいくらでもできます。カネが大事?勿論です。でも、仁くんにはもう既に大量のお金があるでしょう? いいじゃない、少しくらい寄り道したって」
「いい?とにかく、貴方は、絶対に⋯⋯うちに住むの」
助けを求める為にチラッと横を見た。
しかしそこには──野田さんが諦めろと言わんばかりの子犬のように丸くなっている両目と目があってしまう。
⋯⋯あんた、家では負けてるんだな。
『仁、お前も俺の気持ちが分かる日が来るさ』
などという幻聴が耳に聞こえた気がする。
「いいわね?私が許可するまではうちに住むこと。よろしくて?」
歯車のようにゆっくりと野田さんを見るが、やっぱりだめだ。すぐに潔子さんが顔を強制的に合わせるように動かされる。
「いや、」
「関係ない。貴方は年齢にあった人生の過ごし方を学ぶべきよ」
⋯⋯駄目だ勝てん。
女は強し。誰だこの言葉を最初に言ったやつは⋯⋯天才だろ。
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