重過ぎる話

 こうなってくると気になるのは、なぜに花屋敷さんがあれほど結城君に執着したかよね。もう時効だろうし、わざわざ誘ったのだから聞いても良いはず。というか花屋敷さんとの間で共通の話題はこれしかないから、花屋敷さんもこれを話に来ているはず。


 やっぱりあの時も思ったけど、結城君が医学部志望で将来は医者になる良物件の判断はあったと思う。あの時もそれはあるって言ってたけど、


「さすがにまだ高校生で御座いました。プラス材料にはなりましたが、決定打には程遠いものでした」


 当時だって医学部志望ってだけで頭が良い象徴みたいな扱いはあった。あんなところ、半端な頭の良さじゃ入学なんて出来るろころじゃない。その医学部に行けば医者になるし、医者が良い職業ぐらいはわかってたけど、


「わたくしもそんな感じです。なにか特殊すぎる職業の感覚がありました。かえって薄気味悪いぐらいの感じさえあったのじゃ御座いませんか」


 花屋敷さんも上手いこと言うな。高校生にもなれば、将来の進路、ぶっちゃけなるべき職業をそれなりに真剣に考える。


「今から思えば笑ってしまいますが、真剣と言っても良い大学に入って、良い会社に入るぐらいが精々で御座いませんでしたか」


 そうだった。漠然と会社員ぐらいが圧倒的多数派で、どういう業種に進みたいでさえおぼろげだったもの。だけど中学生、ましてや小学生に較べたら現実的になっていた。


「そう言えば格好が良いですが、入れない大学や学部を自覚した程度でしたよ」


 まあそうだった。今も当時も同じだけど難関大学と言えば東大とか京大になる。あの高校だから狙ってるのもいたし、合格して入学したのもいる。机を並べて勉強したから肌でわかってるけど、ああいう連中の頭の良さは別格だったもの。そうであるための努力もしてるんだろうけど、到底追いつけるようなものとは思えなかった。


 東大とか京大も別格だったけど、医学部を狙う連中も同じぐらい別格だった。そんなところを狙えるのは羨ましいと言うより、薄気味悪い面があったのも否定できないな。薄気味悪いは言い過ぎだとしても、ちょっと違う人ぐらいかな。


 高校生と言っても現実はそんなもので、たとえばアラサー女が結婚相手として医者を見るのと大違いだよ。さすがの花屋敷さんでもそうだったんだ。


「そりゃ、今とは価値観がかなり違います」


 そうなると謎は深まる。医者になると言う将来性の評価が大きくないとすれば、もっとシンプルに成績評価だったとか。


「成績も相手を評価する指標になりますし、成績だって悪いより良い方がプラス評価になります。ですが、そんなに重く見てられましたか?」


 勉強が出来るのは尊敬はされてた。これだって軽蔑する理由はないぐらいかな。もっとも実力テストの上位になるより、西野君のサッカー部や島田君のテニスでの活躍の方に熱狂的な高評価を与えていたもの。


 たとえ結城君が学年一位になったしても、あらそうぐらいの反応だったかな。それより何より申し訳ないけど結城君の見た目の評価は高くない。むしろ低い。身長こそあったけど、他に評価できるポイントなんてあったっけ。


「風吹さんにもそう見えてたのはラッキーだったかもしません」


 そりゃ、優しいのは認めるけど、ヒョロガリだったし、男らしい力強さにも無縁だったし。


「あの勇気はわからなかったようですね」


 なにかしたの。たとえば花屋敷さんがヤンキーに絡まれていたのを助け出したとか、


「そういう勇気じゃ御座いません。好きになった女を口説き落とそうとする勇気です」


 あれを勇気と言うのかな。


「最後のところがやはりわかっていらっしゃらなかったのですね。難攻不落どころか、近づくことさえ出来ないとされた風吹さんに猛アタックしたことです」


 なんだそれ。誰が難攻不落だ、近付けないってなんなのよ。


「もちろんそれだけじゃありません。飛び切りのイケメンなのもあります」


 どこがだ。明日菜だって毎日のように会ってたんたぞ。


「それが見えたのがわたくしの自慢になるかもしれません。和也はイケメンで格好が良くてジェントルマンなのです」


 それって好きになったからそう見えただけでしょうが。すると花屋敷さんは悪戯っぽく笑って、


「ところで風吹さんは、合コンで前に座っていた男をどう思われました?」


 どうって・・・正直なところイケメンだしイイ男だった。あれで医者だからモテない方が不思議だし、それよりなにより合コンなんかに良く出てきたものだと思ったぐらい。あれだけの男を女がほっとくものか。


「風吹さんは気づかなかったようですが、あれが和也です」


 か、和也って結城君だったの。信じられない。あそこまで行けば別人じゃない。まさか花屋敷さんは結城君がああなるってわかってたとか。


「ええそうです。だから風吹さんから奪い取ったのです」


 奪われた実感はなかったけど、そんなとこまで花屋敷さんは高校の時に見えてたとは。でもさぁ、あの合コンの空気は変過ぎたよ。


「ああそれ。後で話しますわね。ちょっとした悪戯みたいなものです」


 あれが悪戯・・・ところで結城君との交際はいつまで続いたんだろ。


「和也が港都大医学部に進んだのは知ってますよね」


 そうだったっけ。


「わたくしも学部は違いますが港都大なのです」


 同じ大学に入って交際を続けたのか。


「ですが・・・」


 そうらしいのは明日菜も聞いた事がある。これは大学の規模で変わるけど、大きいところは複数のキャンパスを持っているところは少なくない。明日菜が卒業した西宮学院もそうで、本部は文系学部だけど、理系学部は狸が原キャンパスで殆ど交流ないものね。


 港都大も歴史的にいくつかの大学が集まっての出来たところがあって、医学部は大学病院があるところがキャンパスになってるはず。これも教養の時はまだ同じの可能性もありそうだけど、専門に上がれば完全に別のはずだ。


「今はまた変わっているかもしれませんが、当時はそんな感じで御座いました」


 教室で日常的に顔を合わせない関係から徐々に疎遠になったとか、


「大筋はそうかもしれません。ですが本当の理由は風吹さんです」


 そんなの言われても高校を卒業してから結城君に会ったのは今日が初めてだ。


「そういうのじゃありません。和也の本当の好みは風吹さんなのです」


 そりゃ、結城君は花屋敷さんじゃなく明日菜にアタックしたけど、それは明日菜が手頃そうなのと、花屋敷さんが高嶺の花過ぎたからだ。明日菜だって高校の時よりマシになってると思うけど、今だって花屋敷さんと較べたら話にならない。


「和也が風吹さんに浮気などしていないのは一番良く知っているはずです。ですが、和也の心はわたくしでは引き留められなかったのです。わかるものですよ、和也が本当に愛したいのはわたくしじゃないって」


 微妙過ぎる話だけど心が離れる感触だけはわかる気がする。明日菜もロリコンのペドフィルの変態野郎の心が離れていくのはわかったもの。明日菜の場合はモロの浮気にはなるけど、浮気されなきゃ・・・これはヘドが出そうな話になるからやめておこう。


「そんな時にあるキッカケが御座いました。それで身を引かせてもらいました」


 別れたってこと。


「あれは和也じゃなくとも身を引いています。女として欠陥品になったようなもので御座いますから」


 欠陥品ってどういうこと、


「子どもを産めない体になってしまいまして・・・」


 な、なんだって。若い女性に多いと聞いたことがある子宮頚癌になってしまったなんて。


「そういうことです。子宮を失ってしまいした」


 そ、そんなぁ。どうして花屋敷さんがそんな目に。どれほど辛かったなんて想像すらできないよ。


「さすがにショックでしたし、大学も休学しました。ついでに和也とも別れる事にしました。和也の心もつかめなかっただけでなく、体もこうなってしまいましたから」


 すべてに恵まれ、何不自由なく暮らしていたと思っていた花屋敷さんにそんな悲運に見舞われていたなんて。神様は意地悪過ぎる。命こそ奪われなかったものの、女のすべてを失ってしまったようなものじゃないか。


「まあまあ、生きていられるから良かったと思っています。ちゃんと暮らして行けますし、風吹さんとだってこうやってお話だって出来るじゃ御座いませんか」


 ここまで来るのにどれだけかかったのだろう。明日菜が同じ目に遭ったら、こうなれるかは自信が無いよ。


「わたくしのことは、それぐらいにしておいて頂けますか。それで話は戻りますが今日の合コンですが・・・」


 あれはどうなってたんだ。

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