バーにて

 結局断れなかった。花屋敷さんに連れていかれたのは路地裏みたいなところにあるお店。雑居ビルの二階にあるのだけど階段を上がり、重々しそうな木製のドアを開くと、


『カランカラン』


 カウベルが鳴る仕組みか。店には長いカウンターがあって、カウンターの後ろにビッシリと並んでいるのは洋酒だ。ベストを着込んだ男の人がいると言うことは、


「風吹さんは、こういう店は初めてですか?」


 初めてではない。飲み会の流れで連れて来られた事もあるのはある。だけど明日菜にはちょっと敷居が高い感じ。いわゆるオーセンティック・バーになると思うけど、肩が凝りそうだし、客の年齢層も高いのよね。


 とりあえずカウンターに座ったけど、こういう店で困るのはメニューがないこと。バーも飲み屋の一種のはず。そういう店ならビールとか、酎ハイとか、店で提供してくれるメニューが普通はあるじゃない。


「バーで提供できる飲み物はメニューでは書き切れませんから」


 そりゃ、あれだけお酒の瓶が並んでいるから、そうなるのはわからないでもないけど、慣れない客に不親切じゃないか。


「少し慣れれば簡単ですよ」


 あれだろうな。カクテルの名前を覚えるとかだろうけど、そんなもの今言われたって困るのよ。こういう時は花屋敷さんがオーダーするのと一緒で逃げる手はあるけど、強いお酒だったら困るのよね。そんな事を考えているうちにバーテンさんが前に来て、


「何にいたしましょうか」


 ほらこうなるじゃない。花屋敷さんはどうするかと思ってたら、


「ロングでラムベースで甘すぎないのが良いわ。こちらには、フルーツで作ってあげて。そうねパイナップルでお願い」


 なんだなんだ、このアバウトすぎるオーダーは。こんなものバーテンさんを困らせてるだけじゃない。花屋敷さんって高慢金持ち陰険女だったのか。そしたらバーテンさんはニコやかに、


「かしこまりました」


 おいおい、こんなオーダーが通るのかよ。明日菜には罰ゲームとしか思えなかったけど、バーテンさんは困った素振りも見せずカクテルを作り上げ、


「お待たせしました」


 バーってどうなってるんだ。そこから、


「再会を祝してカンパ~イ」


 パイナップルのフルーツカクテルだけど飲みやすくて美味しい。知らずに飲んだらフルーツジュースと勘違いしそう。なるほどこうやってお酒と認識させずにカクテルを飲ませて酔い潰してホテルに連れ込むのに使っているのか。


「ロングだから心配ありませんよ」


 どういう意味だろう。今日は女同士だから心配ないとしておこう。さっき花屋敷さんは『再会』と言ったけど、厳格には間違っていない。そりゃ、高校以来十年振りだものね。だけど親しいには程遠い関係だ。とにかくまともに話をしたのは一度きりだもの。


 だから二人きりにされると困る。共通の話題が乏しいと言うより一つしかない。とはいえあの話題をいきなり出すのは間が悪い。だけど何か話さないともっと間が悪い。困ったな。花屋敷さんを見ると宛然とカクテルを楽しんでるじゃない。こういうバーは良く来てるのかな。


「まあ、仕事の付き合いもありますから」


 へぇ、こんなバーを接待に使うんだ。てか、そこでブチっと話を切るな。誘ったのは花屋敷さんだからつないでよ。そう言えば合コンに来るぐらいだろうから、まだ独身なのか。あれだけの美貌の上にお金持ちのお嬢様だから引く手はあまたと思うけど、


「だから難しい部分はあったかもしれません。それ以前の話でもあるのですけどね」


 これも聞いたことだけはあるけど、あまりに美人過ぎるのも大変だそうなんだ。人を好きになるのはやはり見た目が九割。これは間違いじゃない、そりゃ、まず外見から判断するのは男も女も同じだ。


 外見時点でハンデがある、ましてやハンデを抱えすぎると相手にもされなくなる。もちろん外見がすべてではない。接していくうちに相手の本性が段々とわかってきて、外見はクリアしても落選する事もあるし、逆に外見時点で選外だったのが合格になることだってある。


 ここで美人過ぎると、外見は余裕で合格する。女として羨ましすぎるのだけど、あまりに外見の合格点が高すぎて、外見しか見てもらえない不満が出てくるそう。そこにお金持ちのお嬢様なんて加わると、


『顔と財産しか見られない』


 こういう鬱憤が溜まっていくことがあるそう。どっちもない明日菜には実感は永遠に出来ないけど、美人で金持ちに生まれたデメリットだとか。羨ましすぎるデメリットだけど花屋敷さんもそうだったのかもしれないな。


 ・・・えっ、まさか、そんな基準で高校時代から彼氏を選んでたとか。あの時の謎は未だにあると言えばある。結城君は悪い人ではない。むしろ良い人だった。それは明日菜だって認めてる。だけど見た目は申し訳ないけど恋愛対象にするのに無理はあった。


 そりゃ、頭が良くて医学部志望の面は絢美たちが良物件としたのは今の方が良くわかる。今日の合コンだって医者相手と言うだけで女性軍のテンシュンがあれだけ上がったものね。今日だけでない、合コンに医者が混じっていれば、少々ルックスに難があっても人気は集まるもの。


 だけど高校生でそこまで医者を目指している点を高く評価するだろうか。もちろんマイナス要素にはならないだろうけど、社会人、それもアラサー女が評価するほどプラスにならない気がする。


 だってさ、あの頃の男子でモテていた西野君とか、島田君や、堀川君に較べると結城君の評価は無いに等しかったもの。せいぜい、その他大勢だよ。そう言えばモテ男三人はどうなったのかな。


「そうですね、二十歳過ぎればタダの人ぐらいでしょうか」


 西野君はサッカー、島田君はテニス、堀川君は音楽で光ってたけど、そっちのプロを目指すにはさすがに遠かったのか。よほどの自信がないとプロなんて目指さないし、目指したってプロになれるのは、ほんの一握りだけ。だから普通に大学に進学してたはず。だけどそれをタダの人は言い過ぎじゃない。


「それが無難な進路であるとは思いますが、高校時代までの輝きはそれぞれの得意分野での活躍があってのもの。それがなくなれば、どこにでもいる大学生になり、どこにでもいる社会人になっただけのお話かと」


 そっか花屋敷さんは同窓会で会って知っているんだ。


「風吹さんも幻想があるのなら会わない方が良いかと存じます」


 花屋敷さんがここまで言うからには、見る影もなくブヨブヨに肥えてしまってるとか、下手すると頭が薄くなってるとか、


「言わぬが花もあります」


 人生も厳しいな。女だって十年の歳月は厳しいよね。高校時代に光り輝いていても、今はどうなってるかは怖いぐらい。その点で言うと花屋敷さんは凄いよな。


「そうでも御座いません。さっきも言ったではありませんか、それ以前の話になっていますから」


 なんだそれは。


「それを言えば風吹さんは羨ましすぎる」


 どこがだ。相も変わらぬ陰キャのチビで幼児体形女。花屋敷さんと比較に出されるだけで侮辱だ。だいたいだよ、明日菜の唯一の恋愛経験がどれほど悲惨なものだったか・・・しまった、上手く聞き出されてしまった。


「・・・なるほど、ある種の黒歴史で御座いますね」


 あっさり言うな。人生の汚点みたいなものなんだぞ。


「これは申し訳ございません。妙なのに引っかかれたのは素直に同情します。だけど風吹さんは一つ誤解されています」


 どこがだよ。


「ロリコン男に目を付けられたのは事実ですが、それはロリコン男にしか目を付けられなかったのではなく、ロリコン男にも目を付けられるぐらい魅力があったことになります」


 えっと、えっと、


「風吹さんが選んでしまった男がハズレであったのは黒歴史で御座いますが、他の男を選んでいたら違っていたかと存じます」


 そんなこと言うけど他にはいなかったんだよ。


「風吹さんの実感としてはそうだったかもしれません。それにここで聞く限り、そのハズレ男はかなりのイケメンのモテ男だったではありませんか」


 うぅぅぅ、それはそうだった。だから明日菜も舞い上がっていた。


「他にも風吹さんに恋焦がれてた男はいらっしゃったのに、それが見えなかっただけだと存じます。自覚はないかもしませんが、風吹さんには男を近づけないオーラが御座いますから」


 そんなもの信じられるか! いくら言葉を飾ろうが花屋敷さんとは月とスッポンなのは誰が見てもわかる。


「わたくしもスッポン程度の魅力が御座いましたから、辛うじて和也を張り合うことが出来ました」


 あのね、どうして明日菜が月で花屋敷さんがスッポンなのよ。ここまでになると嫌味だよ。それはともかく和也って結城君の事だよね。そっか、そっか、恋人関係になってるから名前呼びしてるのか。そうならない方が不自然だもの。


 だけど合コンに参加してるってことは関係は終わったって事だよね。もっとも、あれから十年だものね。続いている方が珍しいよ。すると花屋敷さんは少し寂しそうな顔をして、


「そうなります」

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