もう二週間くらい前になるか。

 リツと初めて会った日から、さらに時が経った。


 今のボクは、リツと出会って、友達が心の内を明かしてくれたこともあり、自分から一歩を踏み出している。


「はーい。並んでくださーい」


 金曜日の駅。

 闇市の日にボクはマワリさんに頼んで、自分から人外達の集う場所にきた。難色を示されたが、『バイト』という形で屋台に立たせてもらったのだ。


 今、ボクが生きている世界の事を知りたい。

 そう思うのは、別に変な事じゃないだろう。


「パック二つ」

「はーい」


 血液パックを二つ袋に入れて、青白い顔のお姉さんに渡す。

 代わりに駄賃を受け取り、お菓子の入っていた箱の中に入れる。


「この前は邪魔されたからね。今日は混んでるよ」

「……あの時は、まあ、……すいません」


 同じ屋台の中には、ハナさんが立っていた。

 今、ボクは血液パックを売っている。

 これがコウモリには必要らしくて、献血で手に入れた血を売っているのだ。


 当然、バレたら社会問題になる。

 だけど、彼らには必要な食事だ。

 毎日ではなくても、摂取をしなくてはいけないので、こぞって買いに来るのだ。


「ワカナさんは大丈夫かな」


 一方で、ワカナさんは、詫び入れという形で入口の所に立っている。

 ガードマンの恰好をして、人の流れを誘導しているのだ。

 原因はボクにあり、子供のやった事ということで、ボクが反省の意を込めて謝罪したところ、手打ちにしてくれた。


 ボクのお守りを兼ねて、闇市の手伝いをしているという訳である。


「ほら。ボーっとしない」


 おっぱいが、ボクの顔を打った。

 柔らかく弾んで、体勢を崩しそうになるが、ぐっと堪える。

 ハナさんは良い匂いがした。


 顔の横でタプタプと揺れる肉塊を見て、ボクはパックを持つ手が震えてしまう。


「あの、パック5つ」

「あ、はい」


 ネズミ捕りの一件以来、ボクは周りを見る目が変わった。

 普段、話しかけてこない生徒が話しかけてきたり、ボクをさんざん玩具にしていた男子生徒は、前よりもフランクになった。


 イジリは相変わらずだけど、前以上に悪意を感じないというか。

 どこか認めてくれた感じがする。


「あ、パックがなくなった」

「裏にコンビニの冷蔵庫に入っているから。そこから補充して」

「わ、分かった」


 闇市は、夜まで続いた。


 *


 片付けが終わり、ベンチに座って一息吐く。

 体のダルさと疲労は、本当にバイト終わりと変わらない。

 バイトなんかしたことないけど。

 たぶん、こんな感じだろうという想像だ。


「はい」


 ほっぺに熱いものを押し当てられ、体が跳ねた。


「お疲れ」

「あ、……はい」


 ミルクココアだ。

 差し入れを受け取り、甘ったるい味を舌で味わう。

 熱くなった吐息が、白い煙になって口から出ていった。


「変わったね」

「色々あったもん」


 何気にハナさんと一対一で話すのは初めてだ。

 緊張はないけど、何を話そうか迷ってしまう。


「あ、あのさ」

「……ん?」

「ハナさんは、将来何かやりたいことあるの?」

酪農家らくのうか


 即答だった。

 ココアを呑みながら、何てことない風に答えられ、ボクは困惑してしまう。


「今、かなり厳しいけどね。でも、誰かがやらなくちゃでしょ」

「……すごいね」

「そう? 私、農業高校に入ってないから、飛び入りよ?」

「できるもんなの?」

「農業なんてツテがあれば、いくらでも学べる。牧場に先輩いるもん。だから、弟子入りするの」


 考えてるんだな。

 ハナさんの返事に、ボクはますます変な焦りが生まれた。

 松野との会話以降、ボクは将来の事を考えるようになっていた。


 本当に何も持ってない自分と向き合うのは、怖くてたまらない。

 誰だって自分の弱みとか、ダメな所は見たくないものだろうけど。


「いきなり何よ」

「いやぁ、……ボクはどうしようかなぁ、って」


 すると、ハナさんが笑った。


「何でもやってみれば? 今日みたいに飛び込んでみるのだって手でしょ」

「そういうもんかな」

「私の場合、牛に詳しいから」


 ――胸が揺れて、躍っていた。


「そっちの道に進むだけ」

「アパレルだと思ってた」


 ギャルだし。そっちの道だと思ってたけど。

 意外過ぎた。


「趣味は仕事の合間にできるでしょ。まあ、初めは覚える事いっぱいだろうけど。人手が何とかなれば、休みだって貰えるって先輩言ってたから」


 もちろん、甘くはないだろう。

 でも、ハナさんは将来を見据えている。


「何でもやってみなさいよ」


 初めて、ハナさんの笑顔を見た瞬間だった。

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