特訓?

 食事を済ませた後、ボクは風呂に入る事にした。

 浴槽に浸かり、全裸でタイルの上を見つめる。


『あ、あまり、じっと見ないでください。……恥ずかしいです』


 風呂場の床に、大蛇がいた。

 最早、大きすぎてニシキヘビと区別がつかないアオダイショウ。

 風呂場の入口では、リツがニヤニヤとして見ていた。


「ぬるま湯だけど。寒くないでしょ」

「……そういう問題じゃないんだけど」

「なによ。不満そうじゃない」

「当たり前だろ。何が悲しくて、家で大蛇と対峙しなきゃいけないんだよ!」


 ぬるま湯に濡れた青い鱗は、緑と黒の二色を際立たせ、ボクにものすごい抵抗感を芽生えさせてくる。首を持ち上げると、下は綺麗な真っ白の蛇腹。虹色の光沢を放っており、きめ細かい横線が入っており、それが縦に等間隔で続いていた。


「あぁ、すっごい。見れば見るほど、恐怖」


 マワリさんはお湯の温度を確かめるために、水面を口先でちょんちょんと突く。入っても大丈夫な温度だと確認すると、無駄のない滑らかな動きで、浴槽の縁からボクの肩に掛けて上ってくる。


「あ、……あああ! ……すっげ! 直に、触ると、やっべ!」


 切れ目の入ったこんにゃくがボクの体を這い回っている。

 鳥肌物だった。


「こ、これのどこが将来と関係あるんだよ!」

「だからさ。ペットショップでも開けば?」

「はぁ?」

「蛇専門のショップ。ブリーダーになってくれた方が、わたしとしては結構楽なのよね」

「何が⁉」

「各地方に仲間をお届けするのよ。利便性あっていいでしょ?」


 脇の下を通り、首に巻き付いてくるマワリさん。

 耳の穴を細いゴムベラみたいな舌で舐めてきて、おぞましいASMRを聞かされる。


『見せつけてあげましょう。夫婦の仲を……』

「いや、これ、罰ゲームとか、そういうのにしか見えな……」


 ボクが震えていると、蛇に詳しい蛇が、説明をしてくれる。


「こいつ樹上性じゅじょうせいがあるから」

「なにそれ?」

「木上るよ」

「……ひっ」


 ていうことは、何か。

 普段散歩している道。

 夏の木の上には、蛇がいる可能性があるって事だろうか。


 知識を一つ増やしたことで、ボクは全身が震えた。

 思えば、ネズミ退治の一件で、やたらと壁を登るのが上手い蛇たちがいた。あれは、色こそ黒だったり、茶色だったりしたけど。全部、アオダイショウという事だろう。


 身体能力が高いのは知っていたが、ガチで怖くなった。


「マンションの三階くらいまでなら、まあ、余裕で」

「どうやって?」

「溝あるじゃない。壁に、細い溝が。あそこに体をにゅっと入れて……」

「お、……おぉ……」

「ツーっと芋虫みたいに上っていくの」

『朝飯前です』


 耳元で清楚な声が聞こえる。

 自信に満ち溢れた言葉が、ボクに絶望を与えていた。

 逃げ場ないじゃん。

 どこまで追ってくるのよ。


「さ。次は両手で持ってみて」

「ま、まだやるの?」

「マワリは満更でもなさそうだし。いいんじゃない? こんなに慕ってくれる蛇なんていないわよ」


 リツの指示に従い、ボクは両腕を前に突き出した。

 すると、マワリさんが肩から腕に掛けて移動してくる。

 腕と腕の間に体を入れて、端から端までに体を巻き付け、グルグルと巻かれていく。


 そして、気づいたことがある。


「お、……っも」


 そう。メチャクチャ重いのだ。

 油断していたから落としそうになったが、座った体勢で力み、何とか支える。


『酷いです』

「ごめん。口を開けて落ち込まないで。普段のヤンデレモードより倍は怖いよ」


 リツはニヤニヤと笑いながら、ボクを見ていた。


「アオ」

「な、なんすか?」

「夏になったらさ。友達連れてくるよ」

「友達?」

「都会に行った子や山に住んでる子」


 蛇の友達、と聞いて嫌な予感がした。

 ていうか、山に住んでるがもう答えみたいなものだった。


『あの、女を連れ込まないでほしいんですけど』

「アオに女慣れさせるためだってば。大丈夫。もう結婚してるから」


 そういう問題じゃない。


「ちなみに、何人くらい?」

「50人くらい?」

「お、えぇ……」

『あ、アオくん!』


 吐き気がした。

 想像しただけで、頭が痛い。

 家に50匹の蛇が押し寄せてくる、というのは間違いなくホラーだった。足の踏み場がないほどの蛇に居座られたら、発狂するに決まってる。


「全員、美人よ」

「……いや、そういう問題じゃないっスよ」

「大丈夫。全員、蛇の姿のままで来させるから」

「はぁ、はぁ、……それ。地獄じゃないか。つか、やっぱり、蛇のままで居させる気かよ」


 リツはボクをイジメるのが大好きなようだ。

 そこから考えると、ボクの望む人間の姿で、という要望は通らない。


『むぅ。アオくん。浮気はダメですよ』


 言葉だけ聞けば可愛らしいが、目を向けると、牙を剥き出しにしたアオダイショウが超至近距離にいる。


「し、しないって」


 こう言うしかなかった。

 リツはケラケラと笑い、やはり楽しそうである。

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