夜の学校

 夜の学校は薄気味悪い。

 言葉だけ聞くと実感がないけど、実際に夜訪れてみると、確かに頷ける。昼間には透き通ったガラスが、全て真っ黒に染まっているのだ。


 日光の下にある校舎は白塗りだったのに。

 今は冬という時期に加えて、澄んだ空気の中を外灯の明かりが照らしているから、校舎が赤色に染まっていた。


 タクシーの運転席に、ボクは意を決して声を掛ける。


「あ、あの! すいません!」


 怒られることが、怖い。

 でも、友達を失う方が、堪らなく怖い。

 一発や二発は殴られる覚悟で、運転手の人にお願いをする。


「実は、財布持ってきてなくて。でも、家に行けばあるので、ここで待っててもらえますか⁉」


 後部座席と運転席の境目には、アクリル板があった。

 声は届いているはずなのに、運転手のおじさんは「あぁ……」と、ダルそうに返事をした。


 とてもじゃないけど、接客をしている人間の態度とは思えなかった。

 いや、ボクの無茶な要求が困らせているのは知っているけど。

 それでも、堂々とため息を吐かれた事なんてなかったから、ビックリしてしまった。


「早く友達の所に行ってあげなさい」

「は、はい!」


 開いたドアから外に出て、助手席側から一礼する。

 校門をよじ登り、中に入る。

 松野がどこから侵入したのか気になるが、なかったら割ってみようと思った。むしろ、今の事態を考えるなら、警察に来てもらった方が早い気もする。


 生徒玄関の方に向かって走り出し、ふとボクはある事に気づく。


「あれ? そういえば、……ボク、タクシーのおじさんに、よな? あれ?」


 首を傾げて、何気なく周りを見る。

 今考えていたことが、一瞬で忘れた。


 ――足跡だ。


 学校から帰る途中は、しんしんと降っていた雪。

 大勢の生徒が行き交い、先生たちも行き来するから、玄関前の雪はぐちゃぐちゃになっていた。が、大量の足跡から外れて、脇を歩いた跡を発見した。


 大量の足跡には、いくらか雪が重なっていた。

 一方で、脇を歩いた足跡には、大して


 それは、新しい足跡であることを示していた。


「どこ行ったんだ……」


 もしかしたら、と思い、足跡を追う。


「これ、……一人じゃない。たぶん、分かんないけど。三人? いや、……五人くらいいるような……」


 玄関前と違って、グチャグチャに入り乱れてはいなかった。

 足跡を見ていると、まるで中に入る場所を探しているかのように、度々窓の方につま先が向いている。


 足跡を追っていくと、校舎の裏側に辿り着いた。

 すると、今度は大きな跡があった。

 足跡じゃない。


「……松野……。転んだんだな。……なんか、赤いの付いてるけど」


 玄関前と違って、校舎裏は雪寄せされていない。

 だから、跡がくっきりと残っている。

 さすがに校舎の裏側は木が生えていて、見えにくい。

 スマホでライトを点けて、ボクは松野の行方を追う。


 跡から推測するに、松野は学校に複数人ときた。

 でも、何かを目撃して、動揺してたんじゃないかな。


『人を……食ってた……』


 目を覆いたくなる現場を目の当たりにして、怖くなったに違いない。

 あいつ、威勢は良いけど、怖がりなんだ。

 学校に来たという事は、近くの場所にいたってことだよな。


 何をしに学校に来たんだ。

 連れてきた奴らの目的は分からないけど。


 足跡は途中まで続いており、道の半ばで一階のベランダに入ったようだ。柵の所に雪が付いている。


 よく見れば、窓ガラスが外れていた。

 暗闇の広がる教室内に枠ごと倒れていて、破片が散らばっている。


 スマホで照らすと、破片には血がついていた。


「……松野……ッ」


 ボクはスマホをポケットに入れて、柵をよじ登った。

 運動神経が悪すぎて、ずり落ちた拍子に頭を打つ。

 痛みに構ってる暇はなくて、頭を押さえながらボクは教室の中に入った。


「ここから、体育館は……」


 一階は、三年生の教室だ。

 一年生は三階。


 凹型になった校舎の西側。

 ここが現在地だ。

 体育館は校舎と隣接している。

 行くには渡り廊下を通る道と、職員室の前を通る道がある。


 渡り廊下は、教室を出て右に向かい、真っ直ぐ行くと突き当りに扉がある。いつもは開放されているから、開け閉めする必要はないけど、今は鍵が掛かってると思われる。


 そして、職員室前の道は、教室を出て右に向かい、また左に曲がって生徒玄関の前を通らないといけない。ようは、遠回りなのだ。


 職員室前だったら、外に繋がる渡り廊下と違って、建物が繋がっているし、扉はないからは通れるはずだ。


「……よし」


 スマホのライトで辺りを照らし、ボクは職員室前の道に向かった。

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