人生で一番……

 一週間余り禁欲で限界を迎えたボクは、ムラムラが限界に達した。

 そこに付け込んだリツが、友達との電話中にやたらと誘惑してきた。


 そして、夜。


「ふぅ。……ついに、ボクも童貞卒業か」


 リツが言ったのだ。


『今日夜這いしにくるね』

『いや、夜這いって堂々と宣言するものじゃないでしょ』

『細かい事はいーの』


 頬に軽くキスをした後、リツは階段を下りていった。

 たぶん、ワカナさんが寝るまで待つのかもしれない。


「いや、待て。ただ眠りについただけじゃ、あの人場合ダメじゃなかったか?」


 狼特有というか、耳が良い。

 鼻も良い。

 だから、睡眠薬を盛るのかもしれない。

 本当はいけない事だけど、今日だけは――いいよね。


 部屋に置いた石油ストーブを点けて、部屋を暖める。

 枕は二つ。

 布団もよし。


 カーテンは閉めて、ゴミ掃除もした。


「まさか、マムシで童貞卒業するって、前代未聞だよな」


 世界にボクだけしかいないだろう。

 噛まれたら終わり。

 そんなリスキーな事、する人がこの世にいるわけがなかった。


 ストーブは点けっぱなしで、部屋の明かりを消す。

 ボクはすでにパンツ一丁の恰好だ。


「……来い」


 ボクは布団に入って、初陣を待った。


 *


 一時間が過ぎた頃か。

 乳首の辺りに違和感があって、目を覚ました。


 どうやら、寝てしまったらしい。


「ん、……んー。――はっ」


 乳首が濡れる感触に、ピンときた。

 今、乳首を舐められている。

 湿った柔らかい肉で摘ままれ、ゆっくりと上下にしごかれているではないか。


「お”お”っ!」


 変な声が出た。

 くすぐったいのに、気持ちいい。

 乳首を重点的にマッサージする快楽に身を任せ、ボクは彼女の名前を呼ぶ。


「ふぅ、ふぅ。り、リツ。……ボクも。いえ、ボキにも舐めさせてください!」


 そう言った途端、異変が起きた。


 がりっ。


 いきなり、乳首を噛まれたのだ。


「いってぇ!」


 甘噛みじゃない。

 本気で噛まれた。

 ヒリヒリとする乳首を労わるように、再び舌が這い回る。

 暗くて見えないが、今ボクの上にリツが乗っているはずだ。


 手探りでリツの頭を探し、指先にはひんやりとした感触が伝わってきた。が、リツにしては頭部が大きいように感じる。


 大きい。――頭のデカい醜女しこめは、ボクの家にいない。

 しかし、身長とバランスの関係で、頭部が通常の女より大きい人はいる。


「ま、まさか……」

「あの女に、……何をしてもらうつもりだったんです?」


 マワリさんだった。

 喋る度に吐息が口元に当たり、思わず背筋が寒くなった。


「アオくんは、天井のシミを数えていてください。すぐに終わりますから」

「シミが見えないよ。だって、暗闇だもん」

「……ん、……だったら、アタシの舌と指先に集中してください」


 一瞬、驚きはしたが、マワリさんも美人なので、「まあ、いいか」と納得してしまう。だって、美人に迫られて断る方が狂気ってものだから。


 言われた通りに、ボクはマワリさんの与えてくる快楽に身を任せた。

 乳首を舐め、乳首を重点的に指で弄り、吸われる。

 確かに、気持ちいい。


 ついに大人の階段を上るんだ、という期待が胸を膨らませる。

 だが、約30分後。

 ボクはまたしても異変に気付く。


「あ、あの……」

「ふぁい。なんれふか?」


 気持ちいいんだけど、しつこくない?

 そりゃ、エッチな事をしているんだな、ていう気分でボクは気分が高揚こうようしている。

 だけど、しつこ過ぎた。


「ち、乳首、ふやけそうなんですけど……」

「嫌ですか?」

「嫌じゃ、ないけど。……でも、マワリさんが、その、ボクの童貞貰ってくれるんですよね?」

「もちろんですよ」

「えーと、言い辛いんですが。……いつ、その、……添い遂げを?」


 すると、マワリさんが答えた。


「今日は、しませんけど……」

「ええッ⁉」

「だって、リツさんから聞きましたよ。男の人は、正式に、男女の営みをしちゃうと、……って」


 ――あの、アマあああああああッッ!


 久しぶりにキレてしまった。

 さんざん、焦らされた挙句に待っていたのは、更なる焦らし。


「蛇の生殺しだよッッ!」


 これ、どうすんだ。

 ボクの気持ちは、決まっていたのに。


「それに、アオくんはまだ高校生だから。大人になってから、って」

「いやいやいやいやいや! 今時の高校生はァ! 全員やってますぅぅ! ボクのようなァ! クッソ陰キャが出遅れてるんですぅ! 初陣に出られないんですぅ!」


 青春=エッチみたいな所はある。

 女の子とイチャラブなんて、誰しもが夢見る。

 ボクは夢を見た。

 今日は、現実にするため、この場にいるのだ。


 それをリツという意地悪美女が、超えげつない焦らしに加えて、超過酷な結果を与えてきた。


「はぁ、はぁ、ね、ねえ! マワリさん!」

「はい」

「童貞ぇ! 奪ってください!」

「でも……。うぅ、……うぅん」

「何を悩んでるんですか! ボクを……。ボクを男にしてください! お願いします!」


 股間が死にそうだった。

 変な熱を持っているし、武将が目覚めてしまっている。

 もう何を言ってるのか分からないほど、ボクは錯乱した。


 その場で土下座をして、暗闇の中にいるであろうマワリさんに腹の底から声を張り上げる。


「お願いします! エッチしたいんです! お願いです! 一日中でもいい。何時間でもいい。腹上死したっていい! ボクをメチャクチャにしてください!」


 だけど、マワリさんは渋っていた。


「ごめんなさい。アタシだって、いっぱいエッチな事をしてあげたいけど。リツさんの言う事も、一理あるなって」

「えええええええええ⁉」


 説得済みだった。


「アオくんの事が好き。愛してるわ。だからこそ、一人前の大人にしてあげて。それから、結婚しようって、さっき決めてきたの」

「はぁ、はぁ、う、嘘だ……」

「本気よ。赤ちゃんの部屋。アオくんのために、ずっと開けておく。でも、赤ちゃんができちゃったら、高校生には荷が重いって」

「リツに言われたのぉ⁉」

「……うん。アタシ、不幸にしたくないの。いっぱい幸せにしてあげたい。ずっと。ずっと。アタシだけが面倒を見る。うんと、エッチな事をしてあげる。でも、……子作りは、アオくんが卒業してからにしたいかな。それに、しちゃったら、アオくん死んじゃうし」


 頭を掻きむしり、ボクは枕に顔を突っ伏した。


「んおおおおおおおおおお!」

「で、でも、大人になったら、いっぱいできるんだよ。今は我慢して。ね?」

「無理だよおおおおおお! あのアマあああああああ! なんっっっで、誘惑してきたんだよおおおおお!」

「……え?」

「……あ」


 発狂のあまり、余計なことを言った。


「今の話、……なに?」

「え、と。あの、あの、……違うんです」

「ううん。違わない。誘惑したって言った」

「言ってな――」

「言ったよ」


 蛇の生殺しに加えて、ヤンデレスイッチが入った。

 一度、こうなると、彼女が納得するまでボクは解放されない。

 リツは上手いこと逃げるだろうし、それが分かっているから、マワリさんはボクに詰問きつもんするのだ。


 結局、ボクが寝たのは、午前3時だった。

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