安否と背徳
家に帰り、松野に電話をした。
一回目で繋がらなかったが、向こうがボクの電話に気づいたらしい。
折り返し電話をしてくる形で、松野が掛け直してきた。
「大丈夫か?」
『え?』
電話の向こうは、何だか騒がしい。
人の声っていうか、風の音が酷かった。
ノイズが走り、受話口に強風が当たっているため、耳を澄ませないと聞き取りにくい。
「大丈夫かって。今日休んだろ」
『ああ。その事か……』
間を空けて、松野が言った。
『大丈夫だよ。それよりさ。左貫。やっぱ、すげぇよ』
「何がだよ」
椅子に座り、背もたれに寄りかかる。
一人にしてくれ、って言ったけど。
ボクの言うことなんて無視して、リツが部屋に入ってきた。
きっと、他の二人には黙ってきたのだろう。
ニヤニヤとして、ボクの太ももを撫で回している。
ズボンの前に跪くと、リツは長い舌を出して、触れるか触れないかのギリギリの所で、舌先を動かしていた。
色々と辛過ぎて、空いた手を強く握りしめてしまう。
本当に、マムシは意地悪だ。
意地悪過ぎて、本当に狂いそうだった。
あれだろうか。
攻撃的なマムシの性分なんだろうか。
ボクには、意地悪だけど魅惑的なギャルにしか見えない。
『オレ達ってさ。気づかなかっただけなんだよ。ほんっと、バカだった』
「……お前」
ボクが言おうとした途端、リツは鼻先をある部分に擦り付けてきた。
「いっぱい……舐めちゃおっかなぁ……。ふふん……」
「ンぐうううううう⁉」
『どした?』
「い、いや、何でもな……」
一瞬、股間が変な所に引っかかって痛かった。
毒だよ。
猛毒。
マムシは猛毒だ。
上目遣いで、ひたすら誘惑を繰り返してくる。
太ももの内側を枕代わりにして、長い舌で、ぷっくらとした自分の唇を舐め回すのだ。
娼婦なんて足元にも及ばない。
本気の誘惑。
「それよか。お前、変なことに巻き込まれてないだろうな」
『巻き込まれてるかどうかで言うんだったらさ。オレと左貫だけじゃない。日本に住んでる連中、全員巻き込まれてるよ。生まれた時から、ずっと。だから、気づかなかったんだ』
リツのスキンシップがエスカレートしていく。
指の爪を使い、ボクの胸に円を描いてくるのだ。
「っ。……ど、どういう意味だよ」
友達との電話中にイタズラはやめてほしい。
すごい背徳感がある。
『だから、オレ達が物心つく前から、ずっといたんだって。ちょっとした所作も。行動も。よく見れば、首を傾げるような点ばかりなんだよ。ふとした瞬間、相手の事、変だなって感じる時あるだろ』
「ま、まあ……」
『だったら、逃げないで。自分がアタックするしかないでしょ』
「……やっぱり、何かに巻き込まれてるんじゃ……」
『左貫。やっと面白くなってきたんだよ。オレの人生。クソみたいな日常ばかり過ごしてきたけど。今、すっげぇ面白いんだ』
「……松野」
電話越しに聞こえた松野の声は、活き活きとしていた。
やっと巡り合えたと言わんばかりに、興奮している。
友達が嬉しいと、ボクだって嬉しい。
でも、今松野が何をしているのか想像すれば、本当に放っておいていいのかどうか、悩んでしまう。
「今、どこにいるんだ?」
『前に教えたろ。心霊スポットの場所』
「一人か?」
何やら、電話の向こうが騒がしい。
複数人いるようだが、聞き取れない。
気が付けば、リツはボクの電話を盗み聞きしていた。
唇と唇を密着させる形で、耳を電話に寄せている。
一センチもない距離で、猫のような目が、ボクの目を覗き込んでいた。
鼻から漏れる息が口元に当たり、蕩けそうなくらいに体から力が抜けていく。
危うく、電話を落としそうになったが、リツがボクの手を支えてくれた。
『今行きます! じゃあ、オレ用があるから。今度、紹介するからよ。楽しみにしてろ。じゃな』
そして、松野の電話が切れた。
通話が終わったスマホを優しく取ると、リツは布団のある方に放り投げ、唇を重ねてくる。
「誰から電話?」
「……と、友達……んむ」
長い舌が、口の中を這い回ってる。
優しく、意地悪に耳たぶや耳の裏を触ってきた。
リツはボクの下唇を甘噛みすると、そのまま顔を引いていく。
引っ張られた唇が離れると、リツは口角を上げて笑った。
唾液で濡れた唇を舐め回し、湿った吐息が漏れると、
「キス。……上手いでしょ?」
「は、はい」
「続きしてあげようかなぁ。……んー、アオ可愛いからねぇ。いっぱい、嫌がることしたいのよねぇ」
ひょっとして、蛇によって性格が大きく違うのかもしれない。
マムシの場合、攻撃的な所が目立つ。
だけど、その実態は『意地悪なお姉さん』というだけなのかも。
ようは、『ドS』なのだ。
主導権が自分にないと、嫌がる性格だ。
相手から何かをされるのは、当然。でも、望んでもいないことをされると、怒る。
一方で、自分から積極的に仕掛けて、相手を困らせる事を楽しんでいる。
そういう一面があるのかもしれない。
少なくとも、リツに関しては、間違いなく意地悪なタイプだった。
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