マワリの本気

 朝、起きると珍しい光景があった。

 リビングのエアコンで、暖房をガンガン点けて、布団に包まるリツがいた。マワリさんに至っては、家の中で防寒着を羽織っている。


「え、どうしたの?」

「あー、……おはよ」

「……おはようございます」


 二人は寄り添って、グロッキー状態だった。

 キッチンで料理をしているワカナさんに聞くと、


「今日、クッソ寒いだろ。それで死にかけてんの」

「う、わぁ……」


 やはり、ボクの見立ては間違ってなかった。

 変温動物にとって、温度は何よりの天敵。

 今日は気温がマイナスまで落ち込んでいるし、窓越しに聞こえる音だけで、吹雪いている事が分かる。


「あの、早くこっちにきてくれませんか。寒いんです」


 マワリさんが両腕を伸ばしてきた。

 戸惑いながら、マワリさんの膝の上に乗ると、包み込むようにして抱きしめてくる。


 逃がさないように両腕で包み、顎を乗せ、大きくて長い脚は胡坐を掻くようにしてガッチリとホールド。


「……ん……ふぅ……はぁ~~~~……これが……命……」

「つめ、って! 氷みたい!」

「ずるー。わたしも、そっちに行く」


 ペタペタと駆け寄ってくると、リツが前から抱き着いてきた。

 対面した形で抱きしめてくると、狭い隙間に両手両足を入れてきて、ブルブル震えていた。


「狼やい。それ終わったら、外で雪かきしてきてー」

「お前らな……」

「室外機が埋まったら、ほんとに死んじゃうよぉ」


 リツがカチカチと震えている。

 まあ、確かにヒートテックとか、ストッキングだけじゃ寒いな。

 母ちゃんの部屋に行けば、何か着れる物があるだろう。

 学校に行く前に、漁っておくことにした。


「分かってはいたけど。冬の時期はお前らにできることないな」

「夏場ならねぇ。何でもできるんだけどぉ」

「いや、日差しが強いと動かないだろ」


 ニートじゃねえか。

 でも、本人たちにとっては命に係わることだろうし。

 洒落にならないのだろう。


「ちょうどいいのは、春と秋ですね。夏に近い時期と、冬に入る前。アタシ達が活発に動き回れますよ。全盛期です」

「みじっけ! そこまで細かい時期を計算しないと、外に出れないんだ」

「そうよぉ。だから、大事にしなさいね。わたし達が家で干からびてる姿、見たくないでしょ」


 皮だけ残して蒸発とか、グロすぎる。

 そんなことを考えていると、ボクは朝から困ったことになった。


 前からはリツの柔らかい胸が顔に当たり、ちょうど際どい位置に尻が当たっている。

 後頭部にはマワリさんの胸。

 尻や足もマワリさんに包まれ、全方位から良い匂いがした。


 こうやって絡まれていると、ボクは今、マムシとアオダイショウに絡まれている事をすっかり忘れてしまう。


「……あら。ちょっと。硬くなってきたわぁ」

「リツさん。あまり、ベタベタしないでください」

「これは生命活動の一環よ。……それ」


 ズボンに両手が入ってきた。


「お、っほぉぉぉ! つめ、ってぇぇぇぇ!」


 変温動物の両手が、超冷たかった。

 氷を直に当てられているかのようである。


「な⁉ それは反則です!」

「まあまあ。あなたは、いざという時のために、興奮させる練習すればいいじゃない。それに、温まるわよ」

「……くっ」


 ボクの胸を撫でまわし、「う、うぅん」とマワリさんが困ったように声を漏らす。


「咥える以外で、……思いつかないです」

「純情ねぇ」


 いや、捕食だけどね。

 しつこいけど、捕食は自然な行為だから。

 考えるまでもないんだろうな。


「耳を舐め回すとか」

「……へ、へぇ」

「昨日、ワカナが耳かきしてあげてたから。綺麗にしてるわよ」


 それは初耳である。


「え? いつの間に?」

「寝てるときに、やってたわよ」


 だから、何で意識がない時にやってくるのだろう。

 意味がない。

 ボクがそれを体感できない。


「ほら。ベロ出して。教えてあげるから」

「は、はい。……ん、ぇぇ……」


 こういう時、マムシのお姉さんが先輩であった。

 改めて、間近で見たマワリさんの舌。


「え? え?」

「ビックリでしょ。わたしと違うもんねぇ」


 リツの場合は、異様な長さだった。

 けど、形は人間に近い。


 マワリさんの場合は、人間の舌とは異なっていた。

 先端が二叉ふたまたに分かれているのである。

 長さはリツより長く、先端からは長い切れ目があり、二つに分かれた赤黒い舌が左右別々に動いている。


 まるで、透き通った粘液に包まれた、赤いなめくじのようであった。

 先端が自在に折れ曲がり、クワガタのように両側から挟み込む動きを見せる。


「……えっちでしょ?」


 リツが反対側の耳に囁いてくる。

 朝から強烈なASMRを聞かされ、興奮が止まらなかった。


「ほら。もっと、下品に動かしなさいよ。良い感じに温まってきたわ」


 初めて見ると、驚いてしまう。

 でも、慣れてくると、それがどれだけ妖艶で、男の性をくすぐるものかを肌で感じてしまうのだ。


「お、おおおお!」


 先端の内側同士が擦れ合い、らせん状に絡まっていく。

 雑巾のように絞られた舌の先端からは、やはり艶のある蜜が絞られた。

 リツの胸元に垂れたことで、唾液の染み込んだ部分だけが変色する。


 確か、蛇は淫奔いんぽんの象徴なのだとか。

 ネットで調べた時に、見かけた気がする。


 マワリさんが照れながらも、いやらしい動きを舌で体現する。

 これを見せられたら、納得せざるを得なかった。


「あー、……すっごい温かい。ねえ。今日は学校休みなさいよ」

「おい。飯できたから離せ」

「食べさせるから、そこに置いておいて」

「学校に行かないとだろ」


 ゴツゴツトした腕で、首根っこを引っ張られた。

 大蛇の巣から救出されると、二匹の蛇は低い唸り声を上げた。


「お前も、苦労が絶えないな」

「……くっ。なぜ、今日学校なんだ。おかしいぜ」


 股間が破裂する。

 熱が止まらない。


「さっさと食え」


 ワカナさんに促され、食事を取る。

 視界の端っこでは、二匹の蛇がボクを誘惑していた。

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