蛇の……

 リビングでテレビを見ていると、ボクの地元が取り上げられていた。


『遺体は身元不明で、警察は事件として捜査を進めています』


 松野が言っていた心霊スポットが現場だった。

 そもそも、心霊スポットは立ち入り禁止になっている。

 動画などで、人が入っているのは事前に管理者へ許可を頂いているからだという。


 でも、若者はそういったことを無視して、中に入っては騒いだりなど、迷惑行為に及んでいるとテレビで言っている。


「こ、怖いな……」


 リビングで、ボクはソファに座らなくなった。

 というか、座らせてもらえなくなった。

 マワリさんの膝の上に乗せてもらい、テレビと向き合う形で座っている。


 ソファには、ワカナさんとリツが座っていた。

 見上げると、「わぁ……っ」といった喜色満面の笑みを浮かべたマワリさん。


「大丈夫ですよ。アタシ、守りますから」

「こいつ言ってることガチよ。本当に人殺すからね」

「余計に怖いって!」


 足が痺れて崩すと、何も言っていないのにマワリさんが太ももを揉んでマッサージしてくれた。


 太ももの内側を念入りに。


「あの、……くすぐったい」

「またまた~」


 際どい場所に指を這わせ、ボクの反応を楽しんでいた。

 何も言わずに黙っていると、頭に口元を押し付けて、「好き」と執拗に告白をしてくる。


「いや、そろそろ……」

「だめです」


 ボクは一週間禁欲生活を続けている。

 相当に堪えていた。

 マワリさんは日に日にスキンシップがエスカレートしていく。

 ボクに触れる時には、愛情がたっぷり込められていて、男として色々と発散したい衝動に駆られる。


「おい。イチャイチャすんな」

「え? 夫婦では普通の事ですが?」

「夫婦じゃないだろ」

「……はぁ?」


 そして、犬猿けんえんの仲ならぬ、犬蛇けんだの仲。

 マワリさんは、見せつけるようにして、ボクに頬ずりをしてきた。

 ひんやりとした柔らかい頬が密着して、指は鼠径部そけいぶの辺りを艶めかしく徘徊する。


「アタシは妻として夫の体を欲しているだけです」

「今のところ、捕食しかされてないけどね」

「お望みとあれば、みさおを立てますよ。ふふ。女の覚悟を舐めては困ります」


 ワカナさんはイラっとした表情で睨んでいた。


「え、じゃあ、……エッチとか、させてくれるの?」

「したいですか? いいですよ。アオくんの匂いを嗅げば、すぐに女の準備は整います」


 恍惚とした表情を見て、ボクは股間が熱くなってしまう。

 そこへ黙っていたワカナさんが口を開いた。


「やめとけ」

「嫉妬は困ります。この人は、アタシの。夫なんです!」


 いきなりヒステリックに叫ぶのだから、びっくりする。


「アオ。蛇と、その、……セックスは止めておいた方がいいよ」


 直接的な言葉で言われて、ちょっと気まずい。

 同じことを思ったのか、ワカナさんも正面を向いて、頬を搔いていた。


「参考までに聞くけど。……なんで?」

やるらしいぞ」

「は⁉」

「一晩中だよ。ずっと離れないぞ。リツが言ってた」


 リツの方を見ると、またわざとらしく、淫らな素振りを見せるのだ。

 何もない所に指で輪っかを作り、唾液で濡れた赤い舌が輪の中を通る。

 チロチロと舐め回すような仕草が、股間に悪かった。


「んぐぅ!」


 股間を押さえ、ボクは己を律する。

 絶対にわざとやってる。


「ま、一晩中っていうのは、だけどね」

「嘘でしょ? 一晩中で短いの?」

「短いわよぉ。だって――」


 体の向きを変え、上半身だけを捻じり、ニヤニヤとした笑みをボクに向けた。


「正確には、だもの」

「死ぬぅ! 殺される!」

「ちょっと! 脅かさないでください!」


 結論から言うと、蛇の交尾はメチャクチャ長い。

 それを人間が体感した時、きっと快楽より苦痛を味わうだろう。

 まさに、天国のような地獄である。


「言っとくけどねぇ。起ちませんでした、は理由にならないわよぉ」

「えぇぇぇ……っ!」

「肛門に指突っ込んで、無理やり起たせるからね。これは人間相手かな。蛇だと、……まあ、絞め殺すけど」

「恐ろしいよ! どんだけ交尾に情熱掛けてるんだよ!」


 人間が確認できてないだけで、蛇同士にも色々あるみたいだ。

 たぶん、「女に恥を掻かせるな」とか、そういう感じだろうか。


 素直に怖かった。


 リツはケラケラと笑った。

 いつも楽しそうに笑っていて、何だか飽きない人だ。

 そりゃ、貞操だけで見れば、リツは『ビッチ』とか、『淫乱』とか、悪い言葉が当てはまるかもしれないけど。


 貞操だけでは、その人の良さというか、計り知れない。

 リツを前にすると、そう思える瞬間があった。


 まあ、素直に言うと、ボクとしてはエロいお姉さんの方が好きなので、ビッチとか、淫乱は女神そのものなんだけど。


 そんな事を考えていると、頭には松野が浮かんだ。


『面白いのが全てなんだよ』


 口元は笑っていたけど、松野はうんざりした様子で言っていた。


「アオくん」

「あ、うん。何でもない」


 考え事をしてしまい、変だと思われたか。

 長い首を伸ばして、逆さまに覗いてきたマワリさんに首を横に振った。


「そうですか。あの、そろそろお風呂入ってきたらどうです?」

「そうしよっかな」

「ええ。お尻も綺麗に洗ってきてください」

「うん。……ん?」


 天使のような笑顔で言うのだ。


「いっぱい。……エッチしましょうね」

「今日はさせないからな。あたしが一緒に寝る」

「泥棒猫はすっこんでなさいよ!」


 バチバチに睨み合う二人をよそに、ボクは膝の上から離れる。

 リツの方に避難すると、太ももを指でつつかれた。

 指を折り曲げ、顔を貸すように言われたので、黙って屈む。


「……そんなにムラムラしてるなら。初めては、わたしにしておくことね」


 リツはにっと笑った。

 どこまでも、自由な人だった。

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