友達

心の変化

 12月16日。

 クラスメイトの会話で、ボクは思い出した。


「冬休み。どこ行くよ」

「とりま、遊ぼうぜ」


 なんて声が聞こえてきた。

 教室内では、みんな似たような事ばかりを会話している。

 ボクには、クラスメイト一人、一人に見えない境界線のようなものが見えていた。


 大半は和気あいあいとして、冬休みの事を話している。

 一部では、机に突っ伏す生徒が数人。

 残りは、本を読みながら真顔で話す生徒達。

 あるいは、スマホを弄りながら、何かを話している生徒達。


 ――あぁ、このクラスにも、……


 日が経つのは早いもので、リツ達と暮らし始めて、一週間が経過した。

 周りの生徒を見ていると、隣の席から声が掛かった。


「なあ。左貫」

「え、あ?」

「これ、見ろよ」


 松野はスマホの画面を見せてきた。

 キラキラとした目で教えてきたのは、心霊スポットだった。

 この寒い時期に怖い話とか、余計に寒くなる。


「オカルト好きだな」

「まあな。んなことよりさ。オレ、気づいたんだ」

「気づいたって?」

「このスポットさ。元々、旅館があったんだ。でも、奇妙なことに気づいたんだけどさ」


 松野はニヤッと笑い、


「出るんだってよ」

「だろうな。心霊スポットだもん」

「実際に、ここで死体が見つかったらしい。5件は見つかったって。ちょうど、オレらが入学式んときに、事件があったって」


 なのに、なぜ知らないのか。

 そもそもニュースを見ないからだ。

 松野も同じだろう。

 ニュースを見るよりアニメを観る。


 世間で起きてることなんて、ボク達は知ったこっちゃなかった。


「死体は全部、ネズミに食べられて酷い有様だったってさ」

「……物騒だなぁ。ボクは平和主義だよ。関わりたくないぜ」

「いや、左貫。ここは行ってみようぜ」


 松野がそんなことを言いだし、ボクは言葉に詰まってしまった。

 こいつは、確かに怖い目に遭ったはずなのに、どうして情熱を燃やせるんだろうか。


「せっかくさ。オレ達は、ラノベみたいな世界にいるんだ。そんな世界にいるって、気づいちまったんだよ」

「あ、あのな、松野……」

「最近、つまらねぇことばっかじゃん。テレビもさ。学校もさ。全部、つまらねぇじゃん」


 深いため息を吐きだし、松野は肩を竦めた。


「結局さ。オレにとっちゃ、面白いことが全てなんだよ。面白いことがやりたいんだよ」

「駅での一件忘れたのかよ。怖い目に遭っただろ」


 すると、松野は口を尖らせ、軽く太ももを殴ってきた。


「お前はいいよな」

「え?」

「だってよ。あんなでっかくて、エロいお姉さんと知り合いなんだろ。オレに隠れて、ポコチンしゃぶってもらったり、こっそりエッチとかしたりしてんじゃねえの」


 ボクは真っ向から見つめて言った。


「蛇の口に股間を突っ込むことがエッチだというなら、それは正解だ」

「それ捕食だろ」


 やはり、ボクがされていることは、捕食以外の何物でもなかった。

 どれだけエロい声で喘ごうが、蛇の姿で股間を弄られるというのは、捕食とか、食欲的な意味での品定めでしかない。


 分かっていたけど。第三者に言われると、悲しくなってくる。


「え、お前、まさか。蛇……飼ってんの?」

「……いや、飼ってるっていうか」

「オレ、蛇のブリーダーとか、ぶっちゃけ悪趣味だと思うんだよな」

「ブリーダーがキレるぞ?」

「だってよぉ。蛇だぜ? 怖いよ。気持ち悪いじゃん」


 返す言葉がない。

 夏の日の散歩道で、路肩に見慣れない黒い物体を見つけたら、体がビクッと震えてしまう。日光に照らされた鱗は、まるで水を浴びたタイヤのように鱗の溝がハッキリと見えるのだ。


 きっしょかった。

 本当に、ぞわっとした。


 そして、ボクは今、アオダイショウとマムシに絡まれている。

 何も言えなかった。


「蛇は懐かないんだぞ」

「それって、……本当なのかな」

「爬虫類に感情があるわけないだろ」

「辛辣だな、おい」

「お前こそ、なにムキになってんだよ」

「ムキになんて……」


 どこまでも、ボクだけの持論に終わるのは、ちょっと悲しい。

 それこそ、ブリーダーの人とか、誰か共感できる人はいないんだろうか。


 蛇って、頭が良いと思うんだよ。

 本当に知性が高いと思うんだよ。

 犬とか猫と違って、感情が読み取りにくいだけなんじゃないか。


 そう考えてしまうのは、人間の姿になったリツとマワリさんを見てるからだ。


「まさか、アオダイショウがヤンデレだなんて思わなかったけど」

「ヤンデレ? え、なに、あのでっかいお姉さん?」


 松野が目を丸くした。


「あれ、……八尺様だろ?」

「そう見えるよなぁ。だよなぁ」


 頼めば、絶対に何でもやってくれる。

 尽くすタイプ。

 それから、超束縛するタイプ。

 言葉で表すのなら、『面倒くさい大和撫子』ってところか。


 外見は本当に好みなんだけど。

 家にいると、何となくリツの方が不思議と落ち着いてしまう。

 意地悪だけど、明るくて、本当に人の感情を読み取るのが上手い。


 疲れてると、蹴ってくるのだ。

 ボクが暇してると、膝に乗って絡んでくる。


 これが毎度やられるから、鬱陶しい。

 同時に、今まで感じた事のない賑やかさがあって、落ち込んでいる暇がない。


「とにかくさ。蛇なんてやめとけ。噛まれるぞ」

「うん。そうね。悪気なくても噛んでくるよ。あいつら」

「……どうなってんだよ」


 自分の心の変化に戸惑ってしまった。

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