変わった風景

 家に帰ると、玄関先に巨木があった。

 否。――マワリさんだった。


 初めは笑顔で迎えてくれたけど、舌をチロチロと出した直後、急に不機嫌な顔になる。


「……どこに……行ってたんですか?」

「学校、だけど」

「嘘」


 嘘と申すか。


「女の匂いがする」

「えぇっ⁉ スン、スン」


 腕や脇、制服の匂いを嗅ぐけど、女の子の匂いなんてしない。


「昨夜、夜伽よとぎをしたばかりだというのに」

「あぁ。牙が当たらないようにしてくれたのは感謝してるよ。だけど、一番敏感な部分で、蛇の口内を味わうという前代未聞の体験をしたけどね」


 ちなみに、股間の付け根の真上辺りに、ちょっとだけ傷が残ってる。

 下腹部用の傷薬を買ってきてもらって手当をしたけど、まだヒリヒリする。


 ボクが下腹部を押さえると、マワリさんは前屈みになって、顔を近づけてきた。


 目を見開いた女が顔を近づけてくるのは、ある意味ドキドキする。

 見た目だけはオカルトで有名な八尺様そのものだ。


「ズボン。脱いでください」

「待ってくれ」

「いいえ。待ちません。また――」


 ボクの前で、見る見るうちに姿が変わっていく。

 大きな美人さんが、青色に変色していくのだ。

 体が縮んでいき、骨をポキポキと鳴らしながら変形する様は、クリーチャーさながら。


 大きな衣服だけを残し、玄関先に現れたのは、顔を覆いたくなるほどショックな見た目をした大蛇だった。


「あぁ、もう、勘弁してくれ。その姿見てると、心臓寒くなるんだよ!」

『アタシの方が寒いですよ。でも、浮気されるくらいなら、アタシがこの場で、精魂尽き果てるまで搾ります』

「え、その姿じゃないとダメなの⁉ せめて人間の姿になってよ! 捕食なんだって!」


 スルスルと這ってくると、首を伸ばしてくる。

 細くて、赤黒い舌先がチロチロと高速で出し入れされており、見ているだけですぐに家を出たくなった。


『咥えてさしあげます』

「咥えるっていうか、丸呑みだけどね。呑んでるけどね」


 口を開くと、綺麗なピンク色をした口内が見えた。

 もう、おぞましいったら、ありゃしない。


『んぁ、入れへ、くらはい』

「あのさぁ! 蛇に求愛されるの、世界でボクだけだぜ⁉ どうすんだよ、これ!」


 そうこうしていると、リビングの扉が開いた。

 エプロン姿のワカナさんが、手に持ったお玉で胴体を叩き、足で長い体を脇に寄せていた。


『……食べますよ』

「いいから。家に上がらせろって。いつまでやってんだ」


 ワカナさん、今日は窓ガラスの修理をするために、業者に連絡していたな。

 普段は、刻印の仕事をしているらしくて、色々な知り合いがいるそうだ。そのため、ガラスの業者を紹介してもらい、わざわざ取りに向かったとか。


「あ、今日はシチューなんだ」

「好きだろ。上がれ。つか、お前はどけ」


 太ももを思いっきり噛まれたが、ワカナさんは丈夫なので、ビクともしない。人間より皮が厚いとか、話していた気がする。


 リビングに入ると、数日前とは違う日常風景があった。

 リツがソファで寝そべり、テレビを見ながらゲラゲラ笑っている。

 ワカナさんがお玉を水で洗い、料理を作る。


 そして、ボクは大蛇にまとわりつかれて、苦しむ。


「窓ガラス、……直ってるのに。どうして、寒いんだろう」


 冷や汗が止まらなかった。

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