管理されるということ

 夜這いを受けて、朝を迎えたボクは眠い目を擦って登校した。

 教室では松野がそわそわとしていて、ボクの姿を見るなり、すぐに寄ってきた。


「お、おい。左貫」

「……おぉ。無事だったか」


 マワリさんが家に来たから、てっきり松野は何かされたんじゃないか。と、いう懸念が少しはあった。

 でも、興奮気味に話しかけてくるあたり、何事もなかったようだ。


「駅。どうだった?」

「あぁ、……駅ね」


 昨日の騒動があって、ボクも駅がどうなったのか気になっていた。

 電車でいつものように通学し、何気なく駅を見回した。

 床のヒビは多少残っていたけど、自動ドアや他の機械に関しては、元通りになっていたり、ブルーシートで隠されていた。


 全員、仲間だとマワリさんは言った。


 その言葉は本当だと思う。

 ボクが改札を潜る際、四方八方から視線を感じた。


 顔を上げれば、老若男女問わず、一瞬だけボクの方を見ていた。

 そこまでの事実を告げる事はしない。

 余計な事に巻き込ませたら、松野だって心が穏やかではなくなるだろう。


「故障中の札が掛けられてたよ」

「マジか。夢じゃなかったんだな」

「昨日の事は忘れよう。覚えてたら、また何かに巻き込まれそうだからさ」


 松野は隣の席に座り、まだソワソワしていた。

 テーブルの木目を見つめて、声のトーンを落とす。


「あの、さ」

「うん?」

「オレ、気になってんだけど」

「なんだよ」


 顔をぐっと近づけ、テーブルの陰に隠れる。

 指を折り曲げてきたので、ボクも屈んで耳を澄ました。


「日本って、……どんぐらいので、ああいうのいるんだ?」


 分かるわけがない。

 だって、人外は人間として生きているだろうし。

 駅員とか警察官まで仲間がいるなら、戸籍だって持っているだろう。


「考えたら、怖くてさ。だってよぉ。今って、変な外人とかまで、向こうからくるじゃん」

「うるせぇのに絡まれるぞ」


 海外の方が好きな人は、顔を真っ赤にして殴りかかってくるだろう。

 面倒ごとはゴメンだ。

 でも、松野が言いたい事も分かる。


「だってよぉ。あれ、日本だけじゃないだろ」

「まあ、……な」

「これは例えばだけどさ。中国とか、インドってメチャクチャ人口多いじゃん」

「うん」

「その人口の半分が人外だったら、どうすんだ? これ、悪口じゃなくてさ。だよ。人間じゃないのが、それだけの規模で紛れ込んでたら、分からなくね?」


 アポカリプスとか、終末とか。

 絵に描いたような地獄絵図にはならないけど。

 静かな狂気、みたいな感じで、ゾッとする光景が広がるだろうな。


「連日起きてる殺人事件とか。外国人の犯罪とかさ。全部に、人外紛れ込んでたら、話変わるだろ」

「考えたくないなぁ」


 本当に考えたくない。

 怖すぎる。


 ホラー映画だって真っ青の世界だ。


「不審者ってのも、……もしかしたら」

「おい。バカな事考えるなよ」


 松野は真剣な顔で俯いた。

 こいつにとっては、やっと巡り合えた非日常だ。

 ボクにとっても、非日常的な光景はロマンであったし、美女に囲まれている現在だって、その気持ちはある。


 だけど、同じ非日常の中でも、踏み込んではいけないものってのがあると思うのだ。


「ねえ」


 声に顔を上げると、横にはハナさんがいた。


「邪魔」


 しかめっ面で、ボクらを見下ろしてくる。

 松野は慌てて立ち上がり、席を譲る。


 真剣な話をしていたのに、ボクらはハナさんの胸部に注目した。

 座った振動で上下する肉塊。

 お見事だった。


「アンタらさ。変な事に首突っ込まない方がいいよ」


 足を組んでスマホを弄ると、ハナさんは画面を見ながら言った。

 ボクは顔の筋肉を引き締めて、見えそうで見えないスカートをガン見した。


「昨日、アンタらが助かったのは、ウチらがいたからだよ」

「あ、ありがとう」

「ふん。それにね。駅はマワリさんがいてくれたから。まだ穏便なの」


 人間売ってるとかいう話を聞いて、穏便とはこれ如何に。


「管理されてない場所の方が、危険なんだから」


 ハナさんがジロっとした目で見てきた。

 さりげなく、スカートの中を覗こうとした松野を蹴り、ハナさんは言った。


「夜は早く帰ることね」


 その言葉に、ボクは不穏な影を感じてしまうのだった。

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