”夜這い”

 夜。寝ている時だった。


「あなたはマワリが好き」

「う、うぅん」


 耳に生温かい感触があった。

 じっとして、感触に意識を向ければ、ひんやりとしている気がする。


「朝昼晩ずっと離れない。アタシがいないと生きていけない。赤ちゃんは10人作る」

「……うぅ……うぅん」


 気のせいか。耳の穴をくすぐられている気がした。

 細い綿棒で。あるいは、水に濡らした極細のゴムベラで、浅い場所を撫でられている気がした。


「他の女は橋の上から落とす」

「……う?」

「男とは縁を切る。女は殺す。みんな殺して、殺して殺して殺して殺して……」

「……うぅ……っ!」


 子守唄のような優しい口調や言葉が、いきなり呪詛じゅそに変わった。

 寝返りを打とうとするが、何かに押さえつけられ、身動きができない。

 暗闇の中、重い瞼を持ち上げる。


「……アタシがいればいいでしょ。……全部してあげる。……でも、……みんないらないよね……」


 腹の上に、ニシキヘビがいた。


「うおっ⁉」


 布団から見えたのは、極太の胴体。

 目だけを動かして横を見ると、大きな蛇の頭。

 心臓に悪いなんてものではない。


 ていうか、強烈過ぎて気を失いそうだった。

 正確には、ニシキヘビ並みにデカいアオダイショウだ。


 隣で寝ていたはずのリツを探し、反対側を見る。


 デカいマムシがいた。


「うおおおおっ⁉」


 美女の姿なら、欲情できるくらいに余裕がある。

 だけど、蛇の姿はダメだ。

 いくら美女と分かっていても、得意ではない。


 素直に言うと、とても気持ち悪かった。

 人間でいうところの体にしなりを作ったポーズは、シルエットだけで理性を破壊しにくる気持ち悪さがある。


 顔も。口も。チロチロ伸ばした舌も。

 全てが気持ち悪すぎて、全身に鳥肌が立った。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

『お。発情してる』


 してるわけがなかった。

 冷や汗が止まらないのだ。


『あの、どいてくれませんか? アオくんはアタシと一緒に寝てるんです』

『えー……。でも、ほら。今から、夜這いするんでしょ?』


 夜這い。――確かに、読んで字の如く、夜中に這いずり回っている。

 ボクの上を無駄のない滑らかな動きで這い回っている。


『手ほどきしてあげるから。いっちゃいなよ』

『い、言われなくても……』


 せめて、真っ暗闇だったらよかった。

 だけど、田舎の真冬は都会と違って、明るいのだ。

 カーテンを開けていると、薄っすら闇が透けて見えるくらいには、輪郭が見えてしまう。


 その理由は、都会に比べて、田舎の空気が綺麗な事と、外灯が少ないからだと聞いたことがある。


 ともあれ、ボクの目の前には大蛇の頭部が迫っている。


『アオくん。……一緒に……大人の階段上ろうね』


 天国の階段なら上れそうだった。


『わぁ。かたくなってる~』


 全身がね。


『まずは、……き、キスから』


 ツーっ、と頭部が接近。

 チロチロと舌を出した口先が、ボクの唇に触れた。

 地獄のような感触だった。

 意外と硬い口先。

 頭を前後して、唇をつついてくるのだ。

 唇の肉が押し潰れて、口先が歯にゴツゴツ当たっていた。


「んぼぇ。んぶぅぅ……!」


 肝心のワカナさんはどこだろう。

 少なくとも視界には入っていない。


『睡眠薬』

「んぶ?」


 ボクの疑問に答えるように、リツがASMRで答えてくる。


『この子が、薬入れてたから。オオカミに聞くくらいだから。たぶん、強い薬じゃない?』


 なんで、止めねえんだよ。

 抗議の声を上げたかったが、口を開いたら、舌が入ってくる。

 本来、女性の舌を受け入れたいぐらいには、スケベ心がある。


 だが、蛇はダメだ。

 吐き気が込み上げないほど、怖すぎる。


『わたしは、……こっちにしようっと』

『あ、ちょっと!』


 スーっ、と威嚇の声を出して、布団に潜り込むリツに怒るマワリさん。

 感触から察するに、ズボンの中に潜り込もうとしていた。

 さらに、地獄絵図だ。


『え、やだ。起ってる?』

『や、……やだぁ』


 起っていない。

 興奮していない。

 体は氷のように冷たくなってる。


「ちょ、あの、二人とも」


 大蛇の触れ合いパークじゃないんだから、本当にやめてほしい。

 これだけ抵抗があるのに、なぜ掴んで止めないのか。

 そもそも触れないのだ。

 冷たい鱗の感触は、例えるなら魚のようだ。


 あれの柔らかい感触が、体中を這い回っているのだ。


『これが……アオくん……の……』

『咥えなよ』

『え、で、できるかなぁ』


 捕食である。

 誰が何と言おうが、誰がどう見ても、捕食である。


「や、やめて! つか、牙があるだろ!」


 強制的にスネークスパとかいうマッサージを受けているみたいだ。

 股の間や股間部に這い回る感触が、あまりにもヤバすぎて、心臓が寒くなってくる。


『アオくんは、……アタシのを……舐めてもいいですよ』


 ビタン。

 頬に叩きつけられる尻尾。


「いやいや! これ咥えるって上級者すぎるだろ!」


 二次元には人外物ってジャンルがあるけど。

 そのまんま蛇は、見たことがない。


『い、いただきます』

「やめてえええええ!」


 リツは最後まで笑っていた。

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