テーブルが……
リビングで空調を整え、ボクは三人に挟まれる。
ワカナさんは明らかに表情が引き攣っていた。
リツは何だか楽しそう。
マワリさんは、ソファに座る事ができないので、ボクに密着する形で床に座っている。
「相変わらず、大きいわねぇ。あなた」
リツは懐かしい顔ぶれに会えて、嬉しいようだ。
「今は何してるのよ。闇市で働いているの?」
「……まあ」
「へぇ。今度、遊びに行ってもいい?」
「仕事、……ですので」
リツとマワリさんを交互に見る。
完全に陽キャと陰キャの構図が出来上がっていた。
マワリさんはボクの服の裾を摘まんでいるが、指の面積が大きいので、背中の生地をガッツリと掴まれている。そのため、隙間風が当たって寒かった。
「ねえ。リツ。闇市ってなに? ボクの知らない間に、何か地元がえらいことになってんだけど」
戦後じゃあるまいし。
闇市とか、あんな堂々とやるものではない。
「えーと。何曜日だっけ。月に1、2回やってるはず」
「金曜日です」
「そうそう。金曜日にね。人間以外が集まる、……パーティみたいなものかな。駅で開かれるのよ。そこで、わたし達みたいのが食べれる物とか、人間の取引が行われているってわけ」
すると、ワカナさんが腕を組んで言った。
「人間の取引は、遺体でもない限りされないんだよ。でも、最近の闇市は生きた人間を取引してるだろ。臭いで分かるぞ」
マワリさんが、黙ってボクの腰に手を回した。
「生きていても、どうしようもない人達を売ってるだけです」
「病んでる~っ。あははは!」
「笑い事じゃないでしょうが!」
人身売買ってやつなんだろうけど。
これ、奴隷として売ってるんじゃなくて、食べ物として売ってるんだよな。
二人の口ぶりから察するに、闇市は昔から開催されているみたいだ。
不思議なのは、あれだけ規模の大きいマーケットを開いて、誰も何も言わないことか。
「駅員。警察官。売店の店員。あの場にいる人たちは、全員が仲間ですので」
日本よ。どうなっちまったんだよ。
いつの間にか、ボクは人外に囲まれているってことではないか。
気づかなければ、みんな同じ人間だとばかり思ってしまう。
でも、そっちの方が間違いだった。
「素性。調べましたよ。過去にアオくんをイジメてた人達です」
「へー。どうだった?」
「黒です。変わっていません。平気で犯罪を行う人達ばかりでした。口に出すのも
物騒だなぁ。
「……用はないでしょう。死んだって、誰も悲しみませんよ」
垂れた髪の毛を口に咥え、大きく見開いた目でリツを睨む。
リツは「ふふ~ん」と、にんまり笑う。が、怖いのか、ワカナさんの陰に隠れてしまった。
「アタシだって、始末する人間は選んでますよ。だって、アオくんのお嫁さんですから」
「あれ⁉ グレードアップしてる! まだ付き合ってないのに!」
本人を差し置いて、マワリさんの中だけで話が進んでいた。
「み、皆殺しにするとか、……言ってなかった?」
「…………………………………………………………嘘です」
「お、お前な」
ワカナさんまで、ドン引きしていた。
本当に嘘なのかまで怪しい。
「まあ、アオがさ。望んでないことばかりするのは、やっぱり違うじゃない? だから、もう止めてあげて」
「お断りします」
「もう~。この子、頑固なのよ」
リツが頬を膨らませた。
こんなリツ初めて見た。
「アオの事、好きなの?」
「愛してますよ」
模範解答過ぎる。
「何がきっかけ?」
「命を助けられたことです。小さな肉塊がブルブル震える姿が、とても印象的でした。初めは、可愛すぎて食べたかったです」
バッ、と立ち上がったボクは、すぐに避難を開始した。
だが、長い腕に抱えられ、逃亡を失敗した。
「でも、アオくんの魅力は見た目だけではないです。何をしても失敗して。何をしても、カッコつかない。そういう所が愛らしいです。あ、でも、助けてくれた時は、カッコ良かったです。でも、そのカッコ良さを自ら全力で投げ捨てるような姿が、堪らなく好きなんです。太ってる所が好きです。臭い所が好きです。ハチに刺されたような顔立ちが好きです。全て、アタシだけの物です。誰にも渡しません」
ワカナさんは顔を両手で覆い、顔の筋肉がピクピクと痙攣していた。
リツは小さく拍手をして、明らかに「やっべ」という感情を笑顔の裏に隠していた。
だけど、リツは腕を組んで考える。
「うーん。でも、困ったなぁ」
「何がです?」
「人を殺しちゃうような人は、……アオの傍に置けないなぁ」
「あなたが決める事ではないでしょう。アオくんが決めることです」
「へえ。……一緒に住まわせてあげようと思ったのに」
「う……」
初めて、マワリさんが怯んだ。
「今の弁当、こいつが作ってるんだけどさ。肉に偏ってて」
「は? 野菜も入れてるっての!」
「いやいや~、ほら、ね? 愛情が足りないじゃん」
チラ、とリツがマワリさんの方を
ボクも視線を辿って、様子を窺う。
「……ぐ……っ……っ」
歯を剥き出しにして、床を睨んでいた。
腹の底から悔しそうに表情を歪め、手の平を握りしめると、ギチギチと音が鳴った。
「アオの童貞奪っちゃうよ?」
「それはダメ!」
買ったばかりの木製テーブルが、拳一つで粉砕された瞬間だった。
破片が天井に刺さり、勢いで舞い上がったテーブルは、ボクの真横を通過し、窓ガラスを突き破った。
「ああああああああああ!」
テーブルは、二度死ぬ。
真冬に窓ガラスが破壊されるのは、シャレにならない。
叫んだボクは頭を抱え、ワカナさんを見た。
「アタシが! アタシだけが貰っていいの! あなたに愛情なんかないくせに! 出しゃばらないでよ!」
ワカナさんが破片を拾い、「うわ」と顔をしかめた。
窓ガラスの状態をチェックするが、完全にアウト。
「でも、殺しちゃうんでしょぉ? だったら、……ねぇ?」
「くっ、でも、仕事だから……。仲間との、コミュニティだから」
「なーにも、闇市に行くなとは言ってないでしょ。生きた人間を売買するのを止めなさいって言ってるの。殺したら、アオの方だって罪悪感背負うのよ?」
「うぅ……」
ワカナさんが舌打ちをして、ガムテープを探し始めた。
「どうするの。わたしの提案に乗るの? 乗らないの?」
二人は話をしていたが、ボクは窓が破壊されたことに、気が気でなかった。
教訓としては、人外を怒らせるな、と言ったところだ。
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