病愛

マワリさん

 駅で救出されたボクは、ワカナさんと一緒に帰ってきた。

 後の事は、残されたハナさん達に丸投げ。

 本人たちが、「早く行って!」とボクらを追い出したのだ。


 マワリさんの事は気になる。

 闇市の存在。駅の静けさ。

 気になる事はたくさんある。


 でも、考えた所でボクは真相究明するつもりはない。

 それよりだったら、今日の出来事を忘れて、疲れを取りたかった。


 そんな事を考えながら、自分の気持ちを無理やり抑える。

 だが、好奇心までは殺せなかったボクは、自室のパソコンで、ひたすらアオダイショウの事について調べた。


「うえぇ。マジか。毒ないだけで、めっちゃ強いんじゃん」


 アナコンダが良い例か。

 毒はないのに、締め付ける力が強すぎて、大型動物まで殺す生き物。

 人間まで丸のみにしてしまうらしいから、よほどだ。


 画面をスクロールすると、他にも詳しい情報が出てきた。


「……山では、あまりいないんだ」


 蛇と言えば、山とか、緑の多い地域に生息しているとばかり考えてしまう。これは、間違いではないけど、アオダイショウというのは、ちょっと違う。


 マムシなら山で生息している。

 対して、アオダイショウは、人間のいる場所で生息しているそうだ。

 昔の人は、「人間と共に暮らす蛇」なんて言ってたらしい。


 別名、里回さとまわり。


 本来は、アオダイショウは蛇でありながら、益虫えきちゅうだと語る者までいた。

 だけど、「噛んでくるじゃないか」と反論する者がいる。

 これに対して、サイトの人は答える。


『イジメられた経験を持つ蛇は、凶暴になります。蛇全般に対して言えますが、アオダイショウはです』


 温厚でありながら、アオダイショウと言うのは繊細な蛇。

 だから、自分がイジメられた事をのである。

 そういった経験から、人を見かけると逃げたりはするが、時に噛んできたりする個体もいるという。


 信じられない話だった。

 蛇は懐かない、というけど。

 懐かないんじゃなくて、相手に対して、のではないか。


 人間で考えてみれば分かる。


 例えば、ボクの場合。

 イジメてきた相手に心を許せるか、と考えると、


「うわ、殺してぇ」


 と、なる。

 その相手がいきなり優しくしてきても、


「何考えてるか分からないもんなぁ」


 信用ができない。

 だから、警戒する。

 懐くわけがなかった。


 これは、ボクの持論でいいけど。

 蛇は犬や猫のように戯れる事はなくても、記憶するくらいの知性は持っている。ずっと覚えている分、もしかしたら犬や猫より、頭が良いかもしれない。


 まあ、こういう分野は科学者の方々に任せよう。

 どうせ、科学なんて発見があれば、いくらでも覆る。


 ボクは席を立ち、窓のカーテンを開けた。

 冷たい空気を吸いたくなったのだ。


「……へえ」


 幻想的な風景が広がっていた。

 何度も見た自室からの風景。

 二階の自室からは、向かいの家が見えた。

 屋根に隠れるようにして、白い山の輪郭が見える。


 夜だというのに、空には赤みが掛かって、周囲の景色が明瞭に見渡せた。


 しんしんと降り積もる白い雪。

 わたあめのように、塀の上に積もった雪。

 生気を失った瞳でこちらを覗く


「……ふぅ。すっげぇ」


 目が、すぐ前のそれに、釘付けになってしまう。

 帽子を被って、黒いマスクをしている。

 全体的にモコモコとした暖かい恰好。

 吐息がマスクの横から漏れて、白い蒸気が発生しているではないか。


 長いまつ毛の奥にある、どす黒い瞳。

 ボーっとした様子で、ボクを見つめていた。


「もう、おかしいんだよな。すでに、おかしいのよ」


 もう一度、言わせてもらう。

 ボクの部屋は、二階である。

 二階の窓から見えたのは、それの首から上の部分。


 まつ毛に乗った雪が、瞬きをした際に、ぽたぽたと落ちていく。


「マワリさん。どうして、……分かったんだい?」

「前に、来たことあるから」

「へえ。いつだい?」

「アオくんが小学生の頃から、高校入学するまでの間」

「はは。結構、最近だね! マジかよ! 気づかなかったよ!」


 ボクが身を乗り出して、マワリさんの全体図を見ようとする。

 どんだけ大きいんだろう。

 だが、モコモコした手袋で顔を押された。


「風邪、引いちゃうよ」

「う、うん」


 話すと、優しい人なんだよな。

 人外だけど。


「……その、入る?」

「ううん。ここでいいよ」

「いや、でも、マワリさんこそ。風邪引くよ。ていうか、変温動物でしょ。死ぬって」

「ほっかいろ。服の上に貼ってる」

「ふ~ん」


 何だろう。

 あんな事があった直後なのに。

 マワリさんを見てると、心がチクチク痛む。


「い、今、そっち行くから」

「お構いなく。アタシ、ここで一晩過ごすから」

「死ぬって!」


 ボクは急いで部屋を飛び出した。

 会話は一階のリビングにいたワカナさん達にも聞こえていたらしい。

 ボクが部屋を出て、階段を下りると、すぐにリビングの扉が開いた。


 まあ、気まずい時間となったのは言うまでもない。

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