意外な一面

 ボクにとっては、ホラーと恋愛の二つが同時に押し寄せる時間だった。


 マワリさんの小さい胸の膨らみを背中に感じて、ひたすらお腹の肉を揉まれる。贅肉の感触が好きらしく、マッサージをするように、ぷにぷにと揉みしだかれた。


 時刻は19時。


「アオくんがエッチな子だって知ってるよ。アタシ、ずっと見てたから」


 おい。リツよ。

 誰が臆病で、温厚だって?

 話が違うじゃないか。


 過去に聞いた話と全く嚙み合わない性格だ。

 マワリさんはずっと絡みついて離れてくれない。

 目はとろけて、青白い肌は桃色に染まっていた。


 彼女の紅茶のような匂い。

 体が熱くなればなるほど、匂いの密度が増していく。

 ずっと嗅いでいると、「これ体臭だ」と気づいた。

 ようは、葉っぱの匂いなのだ。


 髪は、人間で言う所のメッシュってやつか。これもオシャレではなくて、地毛だ。アオダイショウの体が緑と黒の二色であるように、濃い青と明るい青の二色で染まっている。


 髪の毛が視界を覆って、上を向くと明かりに照らされるため、透けて見えていた。


「アオくん。……今日、お家行きたい」


 体臭は良い匂いがして、口臭まで葉っぱの匂いがする。

 全てが良い匂いで、見れば見るほど、幻想的な美しさを持つ女性だった。


 パッと見は清楚なのに、中身はドロドロ。

 どう例えていいのか分からないけど、病的なまでにドロドロとしている。


 ボクはと言うと、されるがままになりながら、松野の事を考えていた。

 無事かどうか、それだけ聞きたい。

 ていうか、19時になっても、人の気配は消えたままだった。

 電車の音は聞こえる。なのに、人の気配がない。


 ――狂ってるぞ。


 突然、世界の全てが反転したかのようだった。


 ボクは狂気的な世界に耐え切れず、大声で叫んだ。


「マワリさん! ボクはもう帰るぜ!」

「ん。いいよ。アタシと帰ろっか」

「いやいやいや! ボクはぁ! 一人で帰るよ!」

「だ~め。襲われたらどうするの?」


 待ってくれよ。

 この人、何なんだよ。


「あのさ。ボク、最近色々と辛抱堪らないんだよ」


 キモイのはお手の物。

 だったら、とボクはキモさの限りを尽くすだけだ。

 たっぷりと気持ち悪がられて、女の子に引かれようじゃないか。

 そして、「もう顔も見たくない」と言われようじゃないか。


 女の子は性的な行動に嫌悪するだろう。

 まあ、人によると思うけど。

 大体の人はしかめっ面して、心無い言葉を吐き、去っていくと確信している。


 犯罪者に対して罵詈雑言浴びせるのは分かるけど。

 ボクのような人畜無害に対してまで吐き出す勢いだからな。

 だが、この場合はやらせてもらう。


「マワリさん!」

「ん。なあに?」


 足を伸ばし、ふんぞり返って言った。


「しゃぶれよ」

「……え?」

「ボクはさ。エッチな事が好きなんだ。気持ち良くなることしか考えていない。だから、さっさとしゃぶって、解放してくれない?」


 こんな奴がいたら、間違いなく射殺されてる。

 ボクはする。

 自分で言っておきながら、反応をまともに見れず、マワリさんから顔を背けた。


「エッチ、したいの?」

「早くしゃぶれよ! はーやーくーっ!」


 こんな最低で、ゲスな言動に対して、彼女は言った。


「よろこんでっ」


 嬉々として答えたのだ。


「でも、大きいから。咥えられる自信がないかも。んーん。頑張るね」


 大きくて、柔らかい両手が、ボクの顔面をしごき上げる。

 首筋を優しく掴み、上下に動かしながら、襟足の辺りに湿った感触がした。


「あの、……なにを」

「ごめんね。アタシ、初めてだから。どうしていいか分からなくて。でも、頑張るね」


 軽めに首を絞められ、ボクは咳き込んだ。


「げほっ」

「あ、痛かった?」

「……いや。痛いっていうか」


 ボクが知ってるエッチではなかった。

 顔面を巻き込んで、ぐりぐりとぎこちなく上下に動かす。


「う、ぶっ。ぶふっ。げほっ」

「アタシね。全部、アオくんにしてあげようと思って。……実は勉強中なんだ。あ、ほら。子供を作る時は、必要な事じゃない? だから、ね。勉強中なの。……これで合ってるかは、分からないんだけど」


 ボクは「違う」とハッキリ言いたかった。

 でも、口が手で塞がれて、声を発することができない。

 若干、息苦しくて、空気を取り入れる方が優先だった。


「じゃあ、舐めるね。……んぇ」


 水音が、聞こえた。

 ボクは両手で頬を挟まれ、視界が縦に伸びている。


「おっき……。ん……。口に、入らな……っ」


 だって、頭だもん。

 そこ、違うもん。


「アオくんの、すっごい臭いだね」


 頭は洗ったはずだけど。

 そこを臭いと言われるのは、心外である。


「男の人って、ここ。舐めると気持ちいいんだよね」

「待ってくれ。そこ脳天だ。何も出ないよ。出るとしたら、脳汁だよ。固形物だったら、脳みそだよ」


 待合室には、水音が響いていた。

 頭の舐めるお姉さんの水音である。

 もう、意味が分からなかった。


 一応、エロいといえば、エロい。

 ただ、行為を見てみると、何が起きてるのか分からない。

 されてる本人が一番分かってない。


「わぁ、すっごい。ビクビクしてきたぁ」

「ごぇっ。げほっ。そりゃ、……首絞められてるもん」


 マワリさんは、甘えるようにしゃぶってきた。

 


「そこに性感帯はないよ! 頭で感じる人見たことないよ!」

「あ、あれ? 間違えちゃった? でも、ここから、赤ちゃんの種出るんだよね。白いの、出るんだよね」

「いや、ちょ、白いのは出ないよ! 強いて言うなら、ピンク色だよ! 血が薄まった色しか出ないよ!」


 マワリさんは、オロオロとしていた。

 ボクは立ち上がって、一旦呼吸を整える。


「……う、うぅ。やだぁ」


 顔を隠し、マワリさんが恥ずかしがっていた。

 青白い肌をしている分、顔の紅潮こうちょうがはっきりと分かる。

 耳まで真っ赤に染めて、つま先がバタバタと上下しているではないか。


「いいかい。マワリさん。女の子がしゃぶるのはね。……ちょ、こっち見てくれよ」

「ちょっと待って。今はダメ!」

「な、君からやってきたんだろう! 何を恥ずかしがってるんだ!」

「いやぁ! ごめんなさい!」


 アオダイショウの臆病さは、ここに現れていた。

 彼女は恥ずかしがると、人前に顔を出せなくなるようだ。


「照れてんの? ねえ。照れてんの⁉」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 膝に顔を埋めてしまい、マワリさんが出てこなくなった。


「なん、だよ。この人……」


 魅力といえば、魅力だが、マワリさんは色々な側面の持ち主だった。

 病的なまでに愛してくれる一面。

 なのに、失敗すると巣ごもりした何かのように、出てこなくなる。

 だけど、反応がいちいち可愛らしくて、イジメたくなってしまう。


 大きいのに、小動物みたいな人だった。


「マワリさん。こっちを見てくれ! 頼むよ!」

「もうちょっとだけ、ま、待ってください」

「いいや、ダメだね。今すぐ見るんだ。ボクはもう止まらないよ!」

「いやぁ……っ!」


 股間を突き出して迫ると、マワリさんは首を大きく横に振った。

 一段と赤くなったマワリさんは、首筋まで桃色に染まっていた。


「くそぉ! マジでイジメたくなるよ! なんだよ、この人! マジで性癖狂うわ! おい。マワリ。こいつを――」


 股間を一気に前へ突き出す。

 ズボン越しにマワリさんの頭部に触れた。

 その時だった。


 バリ”ン”っ。


 大きな破壊音と共に、自動ドアが吹っ飛んできたのであった。

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