おっきい女

 いつの間にか、気を失っていたらしく、ボクは違う場所で目を覚ました。両手は何かで縛られて、身動きができない。


「あ、あれ? くそっ!」


 細い紐状の何かで縛られていた。

 振り解こうと力を入れると、肉に食い込んで痛い。

 だけど、足だけは縛られていないので、何とか逃げられそうだ。

 そう思い、場所を確認するため、顔を上げる。


 すると、息が詰まってしまった。


「……おはよう」

「お、おは、ざっす」


 見知らぬお姉さんが、両膝を抱える形でしゃがみ、ボクをじっと見つめていた。

 白い歯を覗かせ、お姉さんは「あはっ」と笑った。


「久しぶりだねぇ。会いたかったよぉ」

「はい?」

「何年ぶりかな。6年くらいかなぁ」

「……え?」


 予め、言っておく。

 ボクに生き別れの姉妹はいない。

 ましてや、美人の幼馴染などいるわけがない。


「ど、どなたですか?」

「寂しいこと言わないで」

「すいません。でも、記憶になくて……」


 口を尖らせるお姉さんは、素直に可愛かった。

 妖艶な雰囲気とか、ガテン系とか、そういうスパイスの効いた魅力ではない。

 超正統派というべきか。

 本当に不純なものが感じられず、ひたすら清楚な女性だ。


 ボクはお姉さんの事をよく観察した。


 滑らかで、絹のように艶のある黒い髪は、腰まで伸びていた。

 蛍光灯の白い明かりが反射することで、髪の表面に青みが掛かり、光沢が強調される。


 そこで、ようやく分かった。

 黒色に見えた髪は、濃度が濃いだけで、黒ではない。

 どちらかと言えば、紺色だ。


 紺色の髪の裏側は、今時のオシャレらしく、外側よりも明るい色合いの青に染めている。


 紺色と青の融合ってところだ。


「ふふっ。もっと、見て」


 頬杖を突いて、お姉さんと見つめ合うボク。

 何だか、照れ臭かった。


 髪から顔に目が映ったことで、ある事に気づく。

 お姉さんの目尻には、黒い筋のようなラインが引かれていた。

 まるで、リツのようなオシャレだな、と思ったのである。


 顔立ちは、もちろん美しかった。

 系統は違うけど、シンプルにリツやワカナさんよりも、ガチの美人だ。

 クリクリと丸い黒目玉。その周りは、せた金色をしていて、やや垂れた目の形をしている。


 肌の色は青白く、血管が透けて見えそうだった。

 赤いセーターとジーンズを着ていて、上にロングコートを羽織っている。


 全体的に見れば、優しいお姉さんって感じだ。

 母性を感じるけど、女としての色香が半端ない。

 だけど、本当に清らかな見た目と雰囲気をしており、声色は落ち着いた大人の女性。


 結論を言おう。


「わっかんねぇ! 誰だぁ⁉」


 こんな美人がいたら、忘れるわけがない。

 むしろ、ボクの人生がばら色に染まっていた事は違いなかった。


「ヒントはね。アオくんが小学生の頃。アタシとんだよ」

「小学生?」

「うん。公園でね。アタシがイジメられていた時、アオくんが助けてくれたじゃない」


 お姉さんは、立ち上がって後ろ手を組んだ。


「おぇっ⁉」


 驚き過ぎて、変な声が出てしまった。

 信じられない事に、お姉さんの身長はワカナさんを超えていた。

 想像してみてほしいのだが、駅の待合室は天井が高い。

 たぶん、2、3mはある。

 そこになのである。


 身長だけではなく、よく見れば背丈に伴って、肩幅や腰回りまで、通常の女性の倍はある。シルエットだけ見れば普通だが、近くで見ると圧巻の一言に尽きた。


「八尺様?」

「えぇ。なにそれぇ?」

「あ、いや……」


 思わず、都市伝説界のアイドル的存在を口にしてしまった。

 本当に八尺ほどの背丈があるので、間近で見ると開いた口が塞がらない。


「小学生か」


 良い思い出ないんだよな。

 ボクは生まれてこの方、ずっとイジメられてきたし。

 誰かを助けられるほど、勇気がない。


 ボクが首を捻って考えていると、お姉さんが隣に座った。


「ごめんね」

「いや、忘れてるボクが悪いんですよ」


 美人を蔑ろにしたら、本当にバチが当たる。

 それだけ申し訳ない事をした。


「アタシ、あの時この姿じゃなかったから忘れてるかも」

「ほ、ほう?」


 今の一言で、すぐに気づいた。

 まだ四日目でありながら、ボクは人外センサーが敏感になっている。


「お姉さんって、元々何の生き物なんですか?」


 お姉さんは頬を膝にくっつけ、ボクの目を見て言った。


「――蛇」


 薄過ぎず、厚過ぎず、丁度良い膨らみの唇が動く。


だよ。アオくん」

「……へ……ぇ……」


 ボクは思った。


 ――分かるわけないだろ。


 顎をしゃくり、ボクは俯いてしまった。

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