そこにいた

 一つ確信したのは、松野は人間である、という事実だ。

 松野を解剖したわけではないし、何の確証もないけど。

 松野は無人になった駅を見て、驚愕きょうがくしていた。


 もし、人外だとしたら、想定外の事態に別の反応を示すと思った。

 だが、松野は松野だった。


「人、……いなくね?」

「うん」


 こいつは、普段威勢いせいのいいことは言うけど、基本的にビビりなのである。


 ボクは駅の中を見回して、何となく違和感があった。

 外は灰色の空が広がり、雲の輪郭が見える程度には明るい。

 だが、駅の中はどことなくのである。


 夜の駅を想像してみてほしい。

 駅の明かりが点いていて、それだけが頼りだ。

 他は黒一色で、外から差し込む明かりはない。


 だから、何となく景色全体が暗いのである。


「はぁ、はぁ、な、なにが起きてんだよぉ」

「お、落ち着けって」

「だ、だな。もしかしたら、あれだ。オレ達、ラノベの世界みたいな、あれだ。異世界に転移したのかもしれない」


 松野の言ってる事は、本当にバカらしかった。

 けど、あながち嘘とも言えず、ボクは言葉に詰まる。


 人は、いつになったら自分のいる世界に疑問を覚えるのだろう。


 ボクの場合、リツやワカナさんが出てきてくれたから、まだ心が冷え込むだけで済んでいる。だけど、松野のように、何の心構えもなく、不意を突く形でこんな事態が起きれば、発狂物である。


 ボクは後ろを振り返った。


「なあ。ファイヤーとか使えるんじゃねえか。ステータス! おい、女神ぃ! ステータス!」


 ボクの隣では、松野が惨めったらしく発狂している。

 相当、ビビっているのだ。


 幽霊が出たわけではないのに。

 人がいなくなっただけなのに。


 この事態があまりにもおかしすぎて、怖くなったのだ。


「なあ。松野」

「ぇあ? なんだよ」

「あの子、どこ行ったのかな」


 ボクは後ろを確認した。

 後ろには、誰もいなかった。

 そう。のである。


 さすがに車の行き交う生活音くらいは、離れた場所から聞こえる。

 遠くからは工事の音が響いて、こっちにまで聞こえる。


 それ以外は、話し声すらしない。


「も、戻ろうぜ」

「おう」


 ボクらは来た道を引き返すことにした。

 ラノベ的な世界は、本当に選ばれた者しか辿り着けないのだと悟った。

 ボクらみたいのは、せいぜい猥談をして、下品な笑い声を上げているのがお似合いなのだ。


 そして、後ろに戻って間もなく、ボクらは帰れない事を察した。

 駅に入る前、ガラス張りのトンネルがある。

 この駅とトンネルの間辺りに、下へ続く階段があった。


 その階段の真下に、黒ずくめの男たちがいたのだ。

 何も言わずに、ジッとこちらを見つめて、突っ立ってるだけ。

 反対側の階段に向かうと、こちらも同じだった。


「うおえあああああ!」


 松野が唾を吐き出し、腹の肉を揺らしながらトンネルを潜っていく。


「ちょ、おい! 待てよ!」


 松野を呼び止めながら、ボクも来た道を戻る。

 トンネルに入ると、気のせいか灰色に染まっていた雲が真っ黒に染まっていく。

 妙だな、とは思ったけど、今は松野を追うのが先決だ。


 全力で走った松野は、「ぶっはぁ、はぁ」と息を切らし、階段の前で立ち止まった。


「おい!」


 松野の肩を掴み、ボクも階段の前に立つ。

 そこには、またしても異様な光景が広がっていた。


 総勢、100は超えるか。

 黒ずくめの恰好をした男女が、黙ってこちらを見上げていた。

 青白い顔で、とても生きているとは思えない顔つき。


 ――おかしい。


 階段の下にいる連中だけではない。

 空は、やはり明るかった。

 なのに、どうして駅やトンネルが真っ暗になったのか。

 その疑問を解くために振り返ると、ボクは見上げた事を後悔した。


「……マジか」


 駅から人は、いなくなっていなかった。

 初めから全員いたのだ。


 高さ3mか、4mはある高い天井。

 そこに彼らは


 ボクらが地面を歩くのと同じ。

 黙って空を見上げるのと、何も変わらない様子で、彼らは

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