おっきい女
絶句
人外との触れ合い生活から、四日目。
今日は松野と一緒にラブホへ調査に行こうという約束の日だった。
制服では目立つので、ボクは上にパーカーを着ている。
松野は一度家に帰ってから、駅にきた。
東京と違って暑くはないから、ジャンバーとか着込まないといけない。
駅の近くにある広場にやってきた松野は至って普通の恰好。
ダッフルコートを着て、下にはジャージという姿だった。
「オレさぁ、ナイチンゲールのドスケベコス持ってんぜ」
「お前が持っててどうするんだよ。それ、女の子が着ないと意味ないだろ」
ゲームのキャラの話だ。
なかなか際どくて、素敵な恰好をしているキャラがいて、その女キャラの事を話していた。
なぜか、松野は女物のコスプレを持っているらしいが、こいつが何を考えているのかは、いまいちわからない。
「着てこようと思ったんだよ」
「……なるほどな。だから、ボクらって気持ち悪い目で見られてんのか」
丸々太った男が女物のコスプレをする、というのは一般的には受け入れがたい。昨今、色々な人がいるから、言いにくいけど、あえて言わせてもらおう。
すっげぇ、気持ち悪い。
でも、それはボクも周りから見れば同族なので、声を大にしては言えない。
ともあれ、松野が来たことでボクらは動き出す。
目的地は、駅の裏側。
今いる場所は、バスの停留所とか、タクシーが留まっている場所だ。
裏側は飲み街になっているというが、あまり行ったことがないので、ボクは全然詳しくない。
ポケットに両手を突っ込み、震えて呼吸をする松野についていく。
「ハナさんいるかな」
「いんじゃね? あの二人は、まあまあビッチでしょ」
「お前、そういう事言うなよ」
「バーカ。ビッチはビッチなんだよ。そして、オレはビッチを愛してるんだよ」
「愛の言葉にしては口が悪いな」
言葉は最悪だけど、松野は松野でビッチ系の女の子を愛しているようだった。たぶん、そういうフェティシズムがあるのだろう。
「お前は嫌いなのかよ」
灰色に染まった空を見上げ、ボクは自分に素直になった。
「この世で最も愛してる」
だから、ボク達は友達なのだ。
ボクらは、世界が嫌だと言っても、好きだという気持ちに嘘を吐かない。例え、口にしたら処刑と言われるような世の中でも、ボクらはひた隠しにして、好きという気持ちを抱え続けるだろう。
広場から離れると、すぐにショッピングモールがあった。
つい最近、リツの下着類を買ったモールだ。
モール前には宝くじ売り場があった。
それを通り過ぎていくと、すぐ目の前には階段とエスカレーターがある。上がれば、そのまま駅の中に辿り着くって構造だ。
ボクらは階段で上がることはない。
普段、周りから見下されている分、階段を上がる奴らを見下し、「せいぜい働きなよ」と優越感に浸る事で、ひねくれた気持ちを満たすからだ。
エスカレーターで上ると、ガラス張りのトンネルが見えた。
ここを潜れば、駅の構内に入る。
ふと、松野が言った。
「なあ」
「んだよ」
「今の……」
ニヤケて、松野はすれ違った女子高生を目で追う。
黒いマスクをしたショートカットの子だ。
スマホを弄りながら、パーカーのポケットに手を突っ込み、階段を下りていく。
「オレの事見てよぉ。舌なめずりしたぜ」
「えぇ?」
松野を選んだら、人生地獄ルート確定なのに。
物好きな子もいるものだとボクは振り返る。
女子高生は――階段の途中で立ち止まり、確かにこっちを見ていた。
「……う」
発情したメスの顔でもなければ、恋する乙女の顔でもない。
彼女は目をカッと見開いて、ボクらを見ている。
白目玉は充血して、赤く染まっていた。
「な、なあ。行こうぜ」
「急かすなよ」
松野は振り向いて、舌を出した。
下品な音を立てて、舐めしゃぶるような舌の動きを見せつける。
他からすれば、「死ねばいいのに」と辛らつな言葉が返ってくること間違いない行為だ。
そして、今のボクにとっては、松野の空気を読めない行動が、余計に不安を駆り立てた。
女子高生は、人形のように立ち止まって動かない。
松野は相変わらず舌をベロベロと動かすが、ボクは我慢できず、乱暴に腕を掴み、引っ張った。
「なんだよ」
「バカ。睨んでただろうが」
「そんなわけないだろ。きっと、欲求不満なんだぜ」
「松野。頼むから、今だけ正常になってくれ。一生のお願いだから」
自分でも睨まれただけで大袈裟だと思う。
思うのだけど、背中に氷を当てられたような、ヒヤッとする感覚が一瞬にして込み上げ、ボクは我慢できなかった。
どう言葉で表現したらいいのか分からないけど。
関わっちゃいけないような気がしたのだ。
「おっほ」
トンネルの中に入ると、松野がまた変な声を出す。
「ついてきてんじゃん」
そんな事を嬉々として話すのだから、ボクも後ろを見てしまった。
先ほど階段の途中で立ち止まっていた女子高生は、確かに道を引き返していた。スマホを弄りながら、視線はボクらの方をジッと見つめ、ついてきている。
――こいつ、おかしいぞ。
――なんか、……人間とは思えないような。
彼女の不思議な行動や全体的に漂う異様さから、ボクは人外の事が頭に浮かんだ。
ボクは少しだけ怖くなってきた。
ボクの気持ちなんてお構いなしに、松野はニチャニチャと笑って、肘で小突いてきた。
「なあ。あれイケるんじゃねえか。ラブホにさ。連れて行って、しっぽりしてきていいすか?」
「お前さ。いい加減に――」
言いかけて、ボクは思った。
松野は、そもそも人外という存在を知らない。
厳密には、二次元とかの創作物を通して、知識は持っているけれど、現実の方にいるとは認識できていない。
できるわけがなかった。
だって、ボクらが普段目にしているものは、作り物だからだ。
本物ではない。
ボクと松野の間に違いがあるとすれば、『本物を知っているか、どうか』に尽きるだろう。
「ま、松野。今日は中止。遠回して帰ろうぜ」
「はぁ? 何言ってんだよ。ハナちゃんはどうすんだよ。弱みを握るって約束したろ」
「そんなゲスな考えで、ここに来てねえよ」
早足で歩くと、松野も不満げに歩幅を合わせてくる。
構内から階段で下りて、家路に着こうと考えたのだ。
ボクはオカルト系アニメとか好きな癖に、本能とかいう曖昧な感覚は信じていない。けれど、今なら信じることができる。
変な汗が止まらない。
ヤンキーに絡まれただけで冷や汗が噴き出すのに。
その倍は汗を掻いている。
「なあ、待てって」
肩を掴まれ、ボクは足を止めた。
松野の制止に応えたわけではない。
自分から歩を止めたのだ。
「せめて、喫茶店でチョコレートとミルクティー飲もうぜ」
デブご用達のメニューを口にする友人。
その肩を手の甲で叩き、ボクは顎で目の前を差した。
「なん――」
松野は抗議の声を口にしたが、途中で言葉が消える。
当たり前だ。
現在の時刻は、17時を過ぎて、学生やサラリーマンが電車を利用する時間。人が混み合う時間帯だというのに、駅の構内は無人だったのだから。
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