風呂場での珍事

 家に帰ると、ボクを待っていたのは黒いお姉ちゃんだった。


「スゥ、スゥ……」

「わ、ワカナさん」


 玄関先で、バンザイのポーズを取るボク。

 首筋や腕、腹や股間、尻に至るまで、ワカナさんは鼻を動かして、臭いを嗅いでいた。


「……お前、?」

「んなわけないでしょうが!」


 しかめっ面で、とんでもない事を口走るワカナさんに声を張り上げた。

 彼女は狼であるがゆえに、非常に鼻が良い。

 耳も良い。

 正体を知った今、彼女の優れた五感を誤魔化す事はできないと、それくらいの事は分かる。


 もしも、ボクが人を殺しているのであれば、ガクガクに震えて夜だって眠れない。


 ボクは、確かに女性から見れば、気持ち悪い生き物だ。

 でも、ボクは女の子はもちろん。人を殴りたいとも思わないし、ましてや殺そうなんて思わない。


 そりゃ、イラ立ったら、社会的に制裁を加えてやりたいとは考える。

 その程度の薄っぺらい平和を主義を掲げて、ボクは生きている。


「何で、そんなことを」

「……まあ、気のせいならいいけど」


 これは、リツを調べるためにマムシを調べた時同様、後から知ったことだ。


 狼に、


「オラ。服脱げ」

「ここで⁉」

「洗濯するから。あと、風呂入れ」


 玄関先で服を脱がされ、強制的に風呂場へ連れて行かれるボク。

 ワカナさんが歩く度に、床が大きい音を立てて軋むため、度々床が抜けないか心配になる。


 リビングを通り過ぎて、1階の突き当り。

 そこに風呂場があるのだけど、ワカナさんは制服を丸めてぶち込み、洗剤と柔軟剤を入れて、さっさと洗濯機を回し始めた。


「それ、洗濯機で払っても大丈夫なの?」

「着れればいいだろ」


 制服ってクリーニングに出さないといけなかったはずだけど。


「オラ。入れ」


 風呂場に押し込まれると、なぜかワカナさんも一緒に入ってきた。

 スポンジに洗剤をたっぷりと染み込ませ、再びバンザイのポーズを取る。


「わ、ワカナさん」


 ワカナさんは、鼻の上に細かい皺を刻んで、ボクの乳首を睨んでいた。

 ボクの乳首と何かを重ねているような。

 そんな表情だ。


 ワカナさんは雑というか、荒っぽい性格なので、洗い方にそのまま表れていた。スポンジのざらついた面で、首筋と顔を重点的に擦ってくる。


「わぷっ。おえっ」

「動くな」


 しつこいくらいに首筋を洗うと、今度は脇の下。

 それから、胸と腹を洗い、一度シャワーの湯を掛けられる。――と、思いきや、顔に掛ったのは、冷水だった。


「おっほおおおおお! やっべ。死ぬ! あああ! 死ぬ!」

「泡が落とせないだろ」

「いや、ちょ、はぁぁぁぁぁぁっ! ほぉ! ほぉ!」


 真冬に冷水を浴びると、人間はどうなるか。

 フクロウの泣き声を発するようになる。

 初めは冷たさを感じるけど、冷水を離した途端に体中が燃えるように熱くなった。


 たぶん、体内の温度管理をする器官が、緊急で温度を上げまくっているんだと思う。じわっとくる熱さが込み上げるのに、寒さは悪化し、訳が分からない状態になるのだ。


「動くなって」

「んも」


 顔を胸に埋める格好で、ボクは拘束された。

 顔が温かくて、ワカナさんの匂いに包まれる。

 でも、背中が非常に冷たくて、体中の筋肉が強制的に縮んでいた。


「いや、無理っスよ! お湯出してくださいよ!」

「お前ならできる」

「いやいやいやいや! これ、生物学的に無理です! 死にますって!」


 感触のない股間や尻を重点的にスポンジで擦られ、再び冷水が降ってくる。一緒に浴びてるワカナさんも相当冷たいはずだが、不思議とボクのように取り乱す素振りは見せなかった。


「あ~、っぶ。ほぉぉぉぉっ! ざむ”い”っ!」


 洗いにくいのか、体勢を変えられる。

 壁に手を突いて、尻をワカナさんに向けると、割れ目の中に冷水が入り込んできた。


「あ”あ”あ”あ”っ!」


 べちんっ。

 尻を叩かれ、体が跳ねてしまう。


「動くなって」

「無理っスよ! ワカナさんは冷たくないの⁉」

「こんなもん温いよ」

「ぜってぇ! ありえねええええ!」


 ワカナさんは、体温が高い。

 高すぎるがゆえに、冷水がぬるいと抜かす。

 そりゃ、真冬の山に流れてる川に比べたら、まだ家の水の方がマシかもしれない。でも、人間はどちらも耐えれないのだ。


「あ”あ”! わ”がな”ざん”!」

「なんだ?」


 視界がチカチカと点滅する中、自らの欲望で体温上昇を試みた。


「あ”どで! お”っ”ばい”! も”ま”ぜでっ!」

「……10年早い」

「や”だ! ごぼう”び、ほじい”!」


 肛門へ集中的に冷水が浴びせられる中、後ろでワカナさんが黙りこくった。が、時は止まっていないので、シンキングタイム中、ずっと肛門は冷却されている。


 最早、拷問であった。

 拷問以外の何物でもなかった。


「……ちょっとだけな……」

「あ”り”がどぉ”!」


 べちんっ。

 尻を叩かれ、ボクはガクガク震えながら、その場に崩れ落ちた。

 体に力が入らず、尻を天井に向けるポーズを取った。

 だが、冷水は肛門に浴びせられ続けた。

 なぜか、肛門だけが被害に遭っていた。


「あああああああああ!」


 勝手に顔面が上下し、ボクは力の限り吠えまくった。

 狼のように。

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