好奇心

 昼食の時間になると、いつものように食堂で松野と弁当箱を広げた。

 思い切って、こいつにハナさんとヒマリさんの事を聞いてみる。


「えぇ? ハナちゃん?」

「うん。どういう人だっけ」


 これは、全国にボクと同じタイプの人間がいると確信して言うけど。

 同じクラスメイトなのに、全く素性が分からない者がいる。

 それが、ボクにとっては、ハナさんとヒマリさんだった。


 二人は見た目がギャルなので、ボクみたいなキモオタには縁がない。

 それもあるだろう。

 でも、それだけではなくて、何というか、のだ。


 クラスの男子で言うなら、ムードメーカーな奴がいたり、オラオラ系だったり、色々なタイプがいる。それらは、会話を盗み聞きすると、「あ、こいつ、意外とゲーム好きなんだ」とか、人と成りが見えてくるものだ。


 けれど、ハナさん達は違う。


 文字通り、何も分からないのである。


「分からねぇけど……」


 と、松野は言った。

 こいつもまた、二人については何も分からなかった。


「何で、そんなこと聞くんだよ」

「いや、だってさ」


 白いテーブルの上に広げている弁当箱。

 白飯の上に描かれた大きなハートマークを見つめながら、ボクはそれっぽい理由を並べる。


「あの、ムッチリとしたおっぱい。色欲の暴力だよ」


 松野はボクと同じで、エロい事が大好きだ。

 こいつを乗り気にさせて、少しでも知ってる事を引き出そうとした。


 分からないとは言ったが、ボクよりは話している。

 噂くらいなら、何か知ってるんじゃないかと期待したのだ。


「ボクは確信してるんだ。ハナさんは、絶対に乳首がでかい」

「ほう……」


 松野は、超簡単に釣れた。


「だから、気になってね」

「なに。告るつもり? やめといた方がいいって」

「何でだよ」

「や、まあ、噂だけどさ」


 ボクは耳を澄ませた。

 兎のように年がら年中発情している松野の事だ。

 絶対に何か小耳に挟んでいると期待した通りだった。


「パパ活。してるらしいぞ」

「パパ活?」


 援助交際の事だ。

 大人の男性に色を振りまいて、売春する行為。

 当然、アウトである。


「クラスの男子が、駅近くのラブホに入った所見たらしいぞ」

「駅近くにラブホなんてあったかぁ?」

「駅の裏にあるじゃん。あそこ、飲み街なってるんだよ」

「へえ」


 前のボクなら、「エロゲみたいだなぁ」と呑気な事を言って、エロい妄想をしまくっただろう。

 でも、今は別の想像が膨らんでいる。


 ――あいつら、何か怪しいよな。


 ボクは探偵でもないし、二人の素性を知る理由なんてない。

 なのに、こうやって聞きだしているのは、井戸端会議いどばたかいぎに花を咲かせる主婦達のように、好奇心で動いているからだった。


「もしかしたら、今日もパパ活するんかね。いつもスマホ見てるし。あり得るぜ」


 ハナさんがパパ活をするとしたら、どんな風に男を誘惑するんだろう。

 そう考えながらも、ある言葉が浮かぶ。


『明後日。駅に来ないでね』


 なんて事を言われたのだ。

 もしかしたら、パパ活する現場を見られたくないからか。

 ボクは考えた。


 パパ活をしている現場に鉢合わせ、「自分を大事にするんだ」とか言ったら、惚れてくれるんじゃないか、と。


 ボクの中で、好奇心から別の目的に変わった瞬間だった。

 上手くいけば、彼女ができる。

 欲望で生きてきたボクは、色々とご無沙汰だった事もあり、さらに想像が膨らんだ。


「なあ。松野」

「お?」

「ボク達で、ハナさん達を助けないか?」

「助けるって。……別に無理やりヤラレてるわけじゃないだろ」

「冷たい奴だな。ボクはね。困っている女子高生がいたら、同じ高校生として助けたいだけなんだよ」


 手を組み、表情を引き締めた。

 松野はカレーうどんを食べ尽くすと、続いて大きなおにぎりを頬張った。


「もし、パパ活の話が本当なら。誰かが止めてあげなくちゃいけない。そうだろ? ボクらは、人間だ」

「……んー……」


 まるで、彼女が人間じゃないみたいな言い方だ。

 人外の存在を知ったせいで、ボクの思考もずいぶんと変わったらしい。


「んじゃ、明日駅で待ち合わせるのは?」

「ははっ。分かってくれたか」

「おう。あのエロいボディをおっさんの手垢で汚すのはなぁ。ちと、世間は許してくれないぜ?」


 持つべきものは友達だ。

 松野と時間を決め、ボクは唐揚げと一緒にご飯を掻き込んだ。

 白飯の中には、昆布こんぶ佃煮つくだにが入っていて、とても美味しかった。


 不思議と、愛情を感じる弁当だ。


 こうして、ボクは――をしてしまったのだった。

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