二人

 性獣並みに興奮しきっていたボクは、電車に乗って家に帰ろうとした。

 駅一本分の距離を電車で移動して、駅の裏側へ道なりに進めば、閑静かんせいな住宅街がある。そこが、ボクの家がある場所だ。


 だけど、駅に入った途端、ボクは電車に乗る事を忘れてしまった。


「あれって……」


 見覚えのある顔が、駅の中にいたのだ。


 駅の中は、だだっ広いT字路みたいになっていた。

 中央部に駅の改札があって、広い通路はずっと奥にまで続いている。

 ちょうど、改札口からは見えない曲がり角の位置に、何やら人だかりができていたのだ。


 スマホを弄りながら、ベンチに腰を下ろす。


「ヒマリさんと、ハナさんだ」


 教室では、ボクの両側に座っている女子たちだった。

 病人みたいな顔色の人たちと一緒にいるため、気になってしまった。


 青白い顔をした男女は、総勢3~40人はいるか。

 それぞれ革ジャンや喪服など、全体的に黒い衣服を着ていたので、非常に目だった。


 これだけ奇妙な集団なのに、周囲は無関心を極めている。

 ハナさん達は真剣な表情で、何やら男の人たちと話をしていた。

 話し声は全く聞こえなかった。


 ――珍しくない。


 再び、リツの言葉が頭に浮かんだ。

 もしかして、この人達も人外なのだろうか。

 だとしたら、どういう人外なんだろう。


 黒ずくめの恰好で、青白い顔。


 考えていると、アナウンスの声が駅内に響く。

 ちょうど、ボクが乗る電車が着くとの事で、我に返ったボクはすぐに立ち上がった。


「やべ。乗り遅れる」


 最悪、電車を逃したら、バスで帰らないといけない。

 前だったら、余裕で逃してゲームセンターで時間を潰すなんてザラだった。でも、今は電車を逃したら、とんでもないことになる。


 リツのマムシらしい気性の荒さは、空腹時に現れると睨んでいる。

 ていうか、一度被害に遭っている。


 壁に穴は空けるわ。ポスターは破くわ。フィギュアは破壊するわ。

 もう、ボクにとっては悪夢以外の何物でもない。

 しかも、力が強いからボクでは全然歯が立たないのだ。


 電子マネー決済で、改札を通り、いつものように3番線のホームに向かう。素行は悪いけど、急いでいるためにエスカレーターを走って下りていく。


 そして、ちょうどホームに着いた頃に、電車が耳障りな音を立てて線路の上にやってきた。


「はぁぁ……。間に合ったぁ」


 電車に乗り、一息吐く。

 周囲は生徒やサラリーマンでいっぱいだった。

 ボクは人を掻き分けて、向かいの乗降口に移動。

 扉の前に着くと、もう一度ため息を吐いて、振り向いた。


 ボクの前には、


 それは、それは見事な乳房ちぶさだった。

 大きな肉塊から視線を持ち上げ、「誰のおっぱいだろう」と、前に立つ女の人を確認。


 視界にその人の顔が入ってきた直後、ボクは首筋が痺れるような驚きに息が詰まった。


「あ、れ」


 赤毛に水色のメッシュが特徴的なツインテールの女。

 何より、色々と大きい女。

 ハナさんだった。


 それだけではない。

 視界の端には、見覚えのあるシルエットが映っている。

 制服の着崩し方に覚えがある。


 ロングのウルフヘアーで、襟足が肩口に垂れている女子。

 黒いマスクをしているが、キリっとした顔立ちなので、すぐに分かった。

 隣は、ヒマリさんだ。


 二人は集団の輪に入っていて、話をしている最中だったはず。

 なのに、急いで駆け込んだ電車内にいたのだ。

 二人はボクをジッと見下ろしていた。


「……なに?」

「え、いや、……別に」


 頭を掻こうと腕を持ち上げる。

 その時、妙な感触が手首に伝わった。


 ふにゅぅ、と柔らかい何かが潰れていく感触。


「ちょ」

「あ、あ、す、すいませ……」


 ハナさんの胸を持ち上げてしまった。

 色々と大きいために、彼女の胸はボクのぽっちゃりした胸に密着する形となっている。


 ハナさんからは、名前の通り甘ったるい花の香りが漂ってくる。

 ヒマリさんからは、ミント系の爽やかな香り。


 二人の匂いに挟まれ、ボクは色々と辛抱堪らなくなった。


「お前さ」


 ヒマリさんに声を掛けられ、ボクは縮こまる。


「……はい」

「聞いてたろ」


 聞いてない。

 聞き耳を立てていたが、何も聞こえなかった。


「だから言ったでしょ。こいつ、絶対に絡んでくるよ」

「メンドくさいな」


 二人はボクをジロジロと見て、何やら話し始めた。

 でも、話の内容が見えず、ボクは困惑するばかり。


「殺そうか」

「できるなら、事故に遭わせたいけどね。止めといた方がいいよ」


 物騒な話だった。

 ボクは思う。


 ――え、スクールカーストって人権ないの?


 気持ち悪いのは、自覚している。

 でも、日々真面目に生きて、自分の欲望と向き合って、1日を大切にしているのに。訳も分からず、殺されるような相談をされないといけないんだろうか。


 そう考えると、あんまりだった。


「ブタ」

「ボクですか?」

「チンコヘアー」

「……それ、やめてください」


 女の子が、ストレートな言葉で言わないでほしい。

 ボクは傷つくし、品のない言葉を使うと、その人の品格まで落ちてしまう。


 エッチな意味での下品なら歓迎だが、それ以外は微妙だ。

 ボクが何も言わずに黙っていると、ハナさんが指を突き付けてきた。


「明後日。バスで帰って」

「え、何で……」


 ボクが何か言おうとすると、ヒマリさんに胸倉を掴まれる。


「言う事聞いて」

「……はい」


 ヤンキーに絡まれるキモオタの図式が完成していた。

 怖くて震えていると、ヒマリさんがマスクを押さえて、顔をしかめた。


「く、っせぇ」

「ボクぅ、これでも毎日風呂に入ってますよ。歯だって磨いてますし。全部綺麗にしてますよ」


 キモオタは顔面こそ気持ち悪いが、全部が汚いのは一部だけ。

 ボクはエチケットを心掛けている。

 当然といえば当然だけど。

 ボクは風呂や歯磨きは欠かさない。

 トイレはビデを使う。


 超清潔にしている。


「お前、麻薬じゃん」

「そこまで? え、そこまでっすか?」


 乱暴に離され、ボクは自分の腕や制服の中を嗅いでみた。

 ちゃんと洗剤の香りはするし、良い匂いがする。

 視界に違和感があったので、顔を上げると、二人はいつの間にか目の前からいなくなっていた。

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