受け入れる

 ボクが見た者。

 リツという女は、分かりやすい言葉で表すのなら、『人外』と呼ばれる者で間違いないだろう。

 あるいは、『怪物』か。


 そのリツと昨日の夜に話して、どうしても気に掛かる事があった。


『わたしみたいのは、珍しくない』


 リツの発したワンフレーズだけが、頭の中で反芻はんすうしていた。

 正直に言うと、混乱が未だ解けていない。

 ありふれた日常を送っていたはずが、いつの間にか非日常にぶち込まれていたのだ。


 ボクは悩んだ。

 悩んだ末、友達の松野に打ち明けることにした。


 生徒たちで賑わう校内の食堂。

 目立たないよう、端っこの席に座り、ボクは向かいに座った松野に昨日起きた事を話した。


 話した結果。


「……タイトル教えてくんね?」


 ギャルゲだと思われた。


「いや、マジなんだって」

「あり得ねえだろ」

「本当だよ。白いマムシがいて。そいつが、すっげぇ美人になって。なんか、色々とエッチなんだ。今朝なんて――」


 今朝。

 起きた時に違和感があって、早めに目が覚めた。

 布団を捲り上げると、リツがボクの胸元に顔を埋めて熟睡していたのだ。


『くっさぁ。……すやぁ』


 なんて失礼なことをほざきながら、口元をグリグリしてきた。

 その時のボクは興奮するやら、夢じゃなかった驚きやらで、感情がついていかなかった。

 でも、不健全をこよなく愛するボクだが、一応離れる事にしたのだ。


 肩を掴んで寝返りを打たせようとした。

 しかし、ボクはリツと一緒に布団の外へ転がり、一緒に寝返りを打った。


 どういうわけかというと、脚と脚が絡まって、両腕は脇の下を潜り、背中でガッチリとホールドされている状態。


 締め付ける力は半端ではなく、ボクの力では振り解けなかったのだ。


「――って事があったんだよ」

「あのな。もし、お前の話が本当だとしたら。何で、手を出さない」

「……出せるかよ。マムシなんだぞ」

「だとしても、だ。相手は美女なんだろ。だったら、ほら。オレ達がプレイするギャルゲみたいに、裸にひん剥いて――」


 なかなかゲスな事をニチャニチャと笑いながら話す友人。

 だが、甘いな。

 すでに、全裸である。


「やめて! って言ってる所に、あれだ。エッチになる薬を投入するんだ。そうすると、アヘアヘ言いながら、媚びを売る一匹のメスに――」


 これも、甘い。

 リツはこう言った。


『ね。エッチしたいなら。アオの体の一部食べるから』


 まさかの要求だった。

 身体の欠損けっそんが条件とか、シャレにならない。


 松野の話は聞くに堪えなかったので、遮ってアプローチを変えてみた。


「だったら、松野。お前なら、そういう状況になったらどうするんだ」

「すぐに受け入れる」

「はんっ。口では何とでも言えるよ」

「お前、アホか。今じゃ、アメリカだろうが、他の国だろうが。ニュースでUFOの話バンバンやってるじゃん」

「それが何だよ」

「いや、だから。人間以外の生命体がいます、って。リアルで言ってんじゃん。そりゃ、初めそんなニュースが流れてきたときは、もうこの国終わってんな、って思ったよ。でも、連日同じようなニュースが流れてくるだろ? だったら、もういるんじゃねえのかな」


 適当とも言える友人の回答は、不覚にもボクの心に刺さった。

 確かに、公の機関が「UFOいます」なんて言ったら、宇宙人の存在を認めてるようなものだ。

 それって、人外がいる事が、いつの間にか世間で認知されているって事だろう。


 気づかなかったのは、ボクだけだった。

 そう考えると、マムシが人間化した一人の美女を容易に受け入れてしまう自分がいた。


「……そういう、もんなのかなぁ」

「おう。あれ、でも、お前、何て言った? 白いマムシって言ったか?」

「言ったけど」

「あー、それ、嘘だわぁ」


 イラっとくる顔と言い方で、松野が肩を竦めた。


「んだよ」

「だってよぉ。白い蛇って、あれアオダイショウだぞ」

「え、そうなの? ていうか、何でお前知ってんの?」


 母ちゃんも似たようなことを言っていた。

 白くなる個体とか、決まってるんだろうか。

 蛇なら、みんな同じだと思っていた。


「オレ、オカルト好きだもん」

「へえ」


 松野の意外な趣味を聞いて、素直に驚いた。


「頭の形と。目。あと、腹の鱗かな」

「詳しいな」

「白い蛇の話が本に出てきたとき、たまたま調べたんだよ。そしたら、まあ、きめぇ画像がたくさん……」


 好き好んで調べる奴はいないだろう。


「興味あるなら、調べてみろよ。ネットで調べるのも一つの手だろ」

「だな。お前の言う通りだ。ちと、調べてみるわ」

「おう。……それより」


 松野はボクの広げたお弁当箱に注目した。


「左貫の母ちゃん。ずいぶんと気合入ってるな」


 ボクの弁当は、現在ワカナさんが作っている。

 豚の生姜焼きにブロッコリー。

 マッシュポテト。

 それから、白飯に描かれた大きなピンクのハート。

 愛妻弁当みたいだった。


「色々あるんだよ」


 ワカナさんの作る料理は、味が濃い目で本当に美味しかった。

 体を気遣ってくれて、野菜もちゃんと入れてくれる。

 つくづく、ワカナさんみたいな嫁が欲しいとか、思う今日この頃だった。

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