新生活

リツ

 自分の性癖を赤裸々に暴かれた屈辱。

 それより、彼女が現れたことで、新たな生活が始まってしまった。


「尻の穴、ね」


 周囲からは、気持ち悪いと言われるような趣味しかないボク。

 だけど、こよなく愛しているし、ボクは尻が大好きだ。

 いや、そんなことはともかくとして、ボクの前には謎の美女がいる。


「いい加減、答えてくれません? 誰です?」

「リツ」


 たんと答えるのだ。


「神社で猫を丸のみにしてる所をサチコさんに拾ってもらったの。わー、人間だーって。ちょっとだけ、びっくりしたけど。あなたのお母さん? よほど変わり者みたいね」

「ウチの母ちゃんは歩くトドだぜ。確かに、外見だけで言うなら、変わり者だ」

「変わってるのは、中身よ」


 生ハムをモグモグと食べて、ソファの背もたれに寄りかかる。

 手慣れた仕草でエアコンを操作すると、暖房の温度を上げた。


「くそ。……エロいな」


 エロい。――というと、品がないかもしれない。

 彼女のプロポーションは、ボクが言うほど下品な体つきではなかった。

 言うなれば、中間。


 モデルのように手足は、無駄な肉が一切ない。

 顔はシャープで、輪郭がくっきりしている。

 それこそ、マムシの三角形の頭のように、くっきりと。


 きめ細かい肌は染みが一つもなくて、見れば見るほど人間離れした小奇麗さがある。尻の膨らみや胸の膨らみに至るまで、全部が綺麗に整っていた。


 予め、計算されて作られたマネキンのように。

 彼女の体には、無駄なたるみがない。


 ハムを食べ終えると、明後日の方を向いていた彼女――リツが目だけをこちらに向けた。

 目じりに皺を刻み、ニヤリと笑うのだ。


「えっち」

「いやいやいや」


 ボクは慌てて首を横に振った。


「話を整理すると、あれだろ。母ちゃんの部屋には、マムシなんていなかった。いたのは、見知らぬ女だったってことか」

「話聞いてた? わたし、蛇よ。人間で言う所のマムシ」

「じゃあ、何でそんな、人間の……」


 人間の姿で、マムシと名乗る女。

 どこぞの安っぽいアニメではあるまいし、ボクには信じられなかった。


 違うな。


 信じたいけど。現実にはあるわけがないから、否定する材料を探しているだけだ。

 ボクは美女と縁がない。

 だからこそ、エッチな美女が目の前にいて、「夢でした」なんて最悪な展開を自分の人生で迎えたくないのだ。


 だから、ボクは否定をする。


し。元の姿にも戻れる。あなたの体で言うなら、背伸びする感じ? んー、立ち上がる感じ、……かな」


 いまいち、要領を得ないが、そういうことらしい。

 リツは続けて言った。


「でも、と思うけど」

「何を言ってるんだい。ボクは目の前に、最高の美女がいるんだぜ?」

「えぇー、……んー、……ふふ、ありがと」


 頬に手を当てて、リツが満更でもなさそうに笑う。


「蛇が人間の姿になれるなんて。控えめに言って、最高のファンタジーだよ。そう。幻想だよ。こんなこと、あるはずが……」

「そう?」

「そうだよ」

「本当に、あなたの周りにいないの? わたし、何年もこうして生きてるけど。日に日に増えているわよ」


 猫のように細い目が、ボクを見つめていた。


「どうして、人間って。見た目だけで判断するのかしら。それだけが、いまいち理解できないのよねぇ」


 不思議そうに言うと、リツは立ち上がった。

 背伸びをして、壁際に向かうと、何やら操作パネルでお風呂を沸かし始めるではないか。


 奇妙な事に、人間の文明を使いこなしていた。

 リツは長く生きていると言っていたし、どこかで人間の生活を知ったのかもしれない。

 それは、ボクの母が原因かもしれない。


 真相は不明だが、彼女はニコニコと笑って言った。


「そういえば、名前何だっけ」

「アオだよ」

「あらぁ。そう。アオ、ね」


 意味ありげに笑うのだ。


「なんだよ」

「同じ蛇の仲間に、図体ばかり大きくて気の弱いのがいるのよ。可愛いわよね」


 そう言って、彼女は風呂場に向かった。

 残されたボクが悶々としたのは、言うまでもない。

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