はじめての美女

 これは知る人ぞ知る、その世界では常識とされる知識だが。

 マムシというのは、の生き物なのだそうだ。


 ボクは開けっ放しにしていた寝室のドアを閉め、お風呂に入って、それから自分の部屋でギャルゲをプレイ。


 時間は午前0時。

 まだ早いな。


 マムシだけではなく、ボクも夜行性だ。

 画面には、金髪の猫耳美少女が映っている。

 制限時間内に胸を連続クリックしよう、といった趣旨しゅしのゲームで、ボクのような気持ち悪いオタクは好んでこういう物をプレイする。


 理由だってある。

 ボクはモテないからだ。

 だから、二次元の女の子だけが癒しである。


「ふーん。赤いパンツか。あ、まだピンクが残ってるな。コンプしよ」


 こんな風に独り言を繰り返し、気持ち悪さに気持ち悪さを重ねる生き方をしている。

 だけど、これでいい。

 画面上で美少女が尻を突き出した瞬間で、一時停止。


 ボクはズボンを脱いだ。

 何てことはない。

 自家発電だ。


 いつもなら、済ませる事を済ませて眠りにつく。

 そのはずだったが、この日は違った。


 自家発電の最中は、周りの気配に敏感になってしまう。

 例えば、親の気配が近くにまできたら、すぐにズボンをずり上げるくらいには、察知能力が一時的に爆上がり。


 だからか、ボクは気づいてしまった。


 カチャ。


 ――ドアノブが独りでに回った瞬間に。


 慌ててズボンを履くよりも前に、疑問が浮かんだ。

 玄関の扉は鍵を閉めた。

 リビングの窓や他も戸締りは、OK。

 つまり、家の中には誰も入れないし、密室空間が出来上がっているはずだ。


 なのに、ドアノブはゆっくりと回って、ボクが見ている前で扉が開いた。


 ――泥棒だろうか。


 一気に背筋が寒くなってしまい、ボクは近くにあったフィギュアを手に取る。美少女フィギュアが握っていた、手のひらサイズの剣を摘まみ、ドアの方に向けた。


「はぁ、はぁ、……だ、誰だ!」


 恐怖で呼吸が震えた。

 息切れまで起こして、ボクはフィギュアの剣をブルブル震えながら構える。


 ドアの向こうにいた人物。

 それは――。


「あのさぁ」


 ドアが開くと、そこには見知らぬ女が立っていた。


「だ、誰……。え、マジで、誰?」

「ご飯、まだなんだけど」


 ボクの問いには答えず、要求を口にする女。

 何で、見知らぬ女が家の中にいるのかは最大の疑問だ。

 加えて、彼女の容姿にボクは本気で戸惑った。


 形容しがたい美女だったのだ。


 言葉で表すと、意味が分からないと思われる。

 でも、それしか言いようがない。

 白髪の短い髪といい、スラリと背の高い体といい。

 肌は雪のように真っ白で、全体的に妖艶ようえんな雰囲気が漂っていた。


 ボクと同種の人間に伝わるような言い方をすれば、「すっげぇエロい女」だった。


 しかも、何も着ていないのである。

 年頃のボクにとって、それは刺激的であり、夢にまで見た生の裸体である。


「お、あ、おお、お、……っぱい」

「ご飯」


 女は腕を組んで、首を左右に揺らす。

 イラ立っているのが伝わってきた。


 ボクは、この状況に困惑している。


 空から美少女が降ってくる。――分かる。

 曲がり角で美少女とぶつかる。――分かる。

 美少女と契約して魔法少女になる。――分かる。


 何か家にいる。――は?


「え、こういうのって、空から降ってくるのがオーソドックスなのでは? あれぇ。いるの? 家に? いつから? え?」


 戸惑いが加速していく。

 でも、美女の裸体は素直に嬉しいので、「ふひひ」と気持ち悪い笑みをこぼしてしまう。


 その直後、彼女はイライラとした様子で、近くにあったフィギュアを持ち上げた。


「ご主人様ぁ。お腹、――す~いた」


 バンっ。


 1万6千円がぶっ飛んだ。


「ああああああああああ!」

「さっき抜いてやったじゃない。なのに、ご飯忘れるってどういうこと? あー、もう、鬱になってきた」


 彼女はもう一体のフィギュアを手に取る。

 しょんぼりした顔で頭上に持ち上げ、ボクは両手を突き出す。


「待ちたまえ! その子には罪はないだろう!」

「女をバカにするからでしょ。ていうか、ただの人形じゃない」

「人形じゃない。フィギュアなん――」

「分かったってば。離せばいいんでしょう」


 バンっ。


 2万7千円が砕け散った。


「いやああああああ!」


 一つは、魔法少女プリティービッチ。

 もう一つは、会場限定の酒呑童女。


 どれも、再販していないから、もう一度手に入れるのは困難を極める。

 ボクの部屋には夢と希望と宝が積み上げられているのだ。

 それが突如乱入してきた、エッチな美女にことごとく破壊されていく。


「んー」


 しかも、彼女はボクの方をチラチラと見て、周りを物色している。

 ショックのあまり、初めは気づかなかった。

 だが、深呼吸を何度か繰り返すと、落ち着きを取り戻し、彼女の意図が段々と分かってくる。


 ボクがショックを受ける物を探しているのだ。


「う、っわ。あなた、お尻の穴好きなの? へえ。なかなか良い趣味してるわねぇ」

「あの、……すいません。どなたでしょうか」


 本棚に入れていたエロ本を勝手に読む美女。


「はっ。セクシーポーズだって。ここにあると邪魔ね」


 天井からぶら下がっているタペストリーを引き千切る美女。


 堪らずに、ボクは彼女の腰にしがみついた。


「もうやめてくれ! 十分だろ! どうして、ピンポイントで一番嫌がる事ばかりしてくるんだよ!」

「だから、ご飯って言ってるじゃない。あなたはいいわよねぇ。自分だけ大量のお肉食べてきて。でも、わたしは、ネズミの肉さえ食べられない。あーあ、可哀そう」


 壁には、『きゃぴりたいむ』とか、丸文字で描かれた美少女ポスターが貼ってある。そこに思いっきりパンチをされ、ポスターの美少女は顔がぐちゃぐちゃになり、最早何のキャラか分からなくなった。


「いやあああああ! ああああっははははははぁあぁぁぁ! や”め”でぇ”! い”や”あ”っ!」


 ボクにとっては、地獄絵図だった。

 家に乱入してきた美女が破壊の限りを尽くす惨事。


 二次元と三次元、どちらがいい。

 まるで、見えない何かに暴力的な問いを投げかけられているかのようである。


 彼女はにっこりと笑って振り返る。

 そして、ボクの頭を優しく撫でて、こう言うのだ。


「ねえ。まだあるんでしょ?」

「へ?」

「わたし。もっと嫌がることがしたいわ」

「き、鬼畜じゃねえか! 血も涙もないのかよ!」


 これが、ボクと彼女の最初の出会いである。

 破壊を続けさせるわけにはいかないので、ボクはコンビニに向かい、生ハムと唐揚げ、カルパスなど。脂質のオンパレードを買いに行くハメになった。

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